レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第50章 鍛錬

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 その日、誠は殺気を感じて目覚めた。時計は5時45分を指している。まだ起きるのには早い。事実、寮のほかの部屋には動きのようなものは感じられなかった。

「眠れないか……」 

 一月半ばの寒気が全身を覆いつくしたのでそのまま誠は起き上がった。そしてそのまま部屋の端の棚に目を向ける。

「明後日だったよな」 

 その棚にはびっしりとアニメのヒロインのフィギュアが並んでいた。半分は誠が作ったものだったが入隊してからは作るのを止めていた。道具を実家に置いてあったという事情もある。軍の養成所の二人部屋では有機溶剤を溶かすなどと言うことはルームメイトに喧嘩を売るようなものだった。司法局実働部隊の下士官寮に移ってからはアイシャ達に何度も作るように催促された。それでもどうも気分が乗らずに今日まで手を出さすにいた。

「そろそろ作ろうかな……」 

「何を作るんだ?」 

「うわ!」 

 背中からの女性の声に誠は棚に倒れそうになるのを上手くかわしてそのまま畳に転がった。

「西園寺さん!直ったんですか?」 

「おうよ、修理完了だ……それにしても気持ち悪りいなあ。人形見つめてニヤニヤ笑いやがって」 

「良いじゃないですか!それより何で今の時間に?」 

 そう言う誠だがすでにジャージに着替えてかなめの背中の後ろに立つカウラとアイシャの落ち込んだ表情でなんとなく予想がついた。

「ランニングにでも?」 

「そう言う事だ。豊川署にいる間はしてないだろ?たるんできてもうそろそろ自主的にやろうと言う気になるだろ?」 

 タレ目の端をさらにたらしてにやけるかなめ。誠は大きくため息をついた。

「ごめんね誠ちゃん。止められなくて……」 

「クラウゼさんいいですよ。着替えますから」 

「え?」 

 聞こえない振りのアイシャにため息をつきながら誠は箪笥をあけてジャージを取り出した。

「じゃあ食堂で」 

 そう言うとかなめは居座る気が満々のアイシャを引っ張って部屋の外に消えた。

「なんだかなあ……」 

 冬の寒さに誠は震えながら着替える。そして先日の事件を思い出しながら着替えをした。

 水島勉による連続違法法術発動事件は複雑な様相を呈し始めていた。東都でも地球伝統保守派系の野党が国民全員の法術適正検査の義務化の法案を提出していた。与党がその法案の対案として提出したものにも年齢制限などの緩和策が盛り込まれているものの義務化と言う方向性ではどちらの法案も似たり寄ったたりの内容だった。

 法術師の脅威を叫ぶマスコミが連日ワイドショーに集まっては司会者を苦笑させるような暴言を吐き続け、法術適正者の氏名発表を望む意見がネットを駆け巡る。遺伝子検査で地球人以外のDNAが検出された人間の排斥を訴えた月刊誌が同盟憲章に違反する行為だとして廃刊になるなど騒ぎはとどまるところを知らなかった。

 ただ朝の誠にはとりあえず着替えを済ませることの方がそんな世の中の流れより重要なことだった。いつもの事ながら大通りから遠い住宅街の中の下士官寮の冬の朝は静かだった。着替えを済ませて顔を洗って階段を下りる。世の中がどう動こうがその動作が変わることは無かった。

 なぜか食堂には多数の人の気配があった。皆暗鬱な表情でジャージを着て雑談を続けている。

「西園寺さん……なんで俺達まで」 

 入り口でジャージ姿で突っ立っている島田。隣の菰田もめんどくさそうにあくびをこらえていた。

「鍛え方が足りねえから鍛えてやろうってんだ。感謝しろよ」 

 二人を眺めながら食堂の椅子にどっかりと腰を下ろしているかなめ。厨房の中を見れば食事当番と言うことで難を逃れた肥満体型のヨハンとその仲間達がちらちら島田達に哀れみの視線を投げながら料理の真っ最中だった。

「なんですか……寮の全員ですか?」

 いつも出勤時にはジャージを着ることにしている誠である。おかげで二度手間にはならなくて済むがこの夜明け直後の早朝からのランニングにつきあわされるとは思っていなかったのでただ呆然とやる気をみなぎらせているかなめを見つめるだけだった。 

「これから忙しくなった時を考えたら当然だろ?法術がらみとなれば茜の法術特捜や東都警察の法術部隊じゃ遅すぎることは分かったんだから」 

「でもかなめちゃん。それと私達の早朝強制ランニングと何か関係があるわけ?」 

 アイシャは相変わらず不満そうにつぶやく。隣のカウラはかなめがマメに非番の隊員までたたき起こしたことに呆れるように静かに番茶を啜っていた。

「なんでもそうだが体力が重要だぞ。今回の事件で分かったろ?」 

「誰かはかませ犬になって蜂の巣にされたもんね」 

「アイシャ……死にたいか?そんなに……」 

「苦しいわよ!かなめちゃん!」 

 口答えをするアイシャの首を握って振り回すかなめ。その様子に苦笑いを浮かべながら厨房からヨハンが顔を覗かせた。

「簡単なものしかありませんけど。豆のスープと黒パン。そしてベーコン」 

「それだけありゃ十分だ。とっとと食うぞ」 

 かなめはそう言うと先頭に立って朝食を乗せるトレーに手を伸ばした。

「朝食!」 

 さっと飛び上がりアイシャがかなめからトレーを奪う。そして何事も無かったようにお玉を手にしたヨハンの前に立った。

「テメエ……」 

「ぼんやりしているからでしょ?この前だって簡単に片腕斬られて腹に銃弾を受けて……」 

「オメエなら大丈夫とでも言うつもりか?」 

「そこまで言うつもりは無いわよ……でも今現にこうしてトレーを奪われたわけだし」 

 アイシャの言葉に言葉をのむかなめ。その様子を見ながら笑顔のカウラが一番早くヨハン達から朝食をトレーに受けて一番手前のテーブルに着いた。

「カウラちゃん……」 

「早く食べろ。ランニングをするなら食べてしばらくは動かない方が良いんだろ?」 

 平然と食を進めるカウラにかなめとアイシャは顔を見合わせると並んでいた島田達整備班員ににらみを利かせてそのまま割り込む。

「神前!オメエも早く食え」 

 かなめの言葉に苦笑いを浮かべると誠はそのまま列に並ばされた。

「でも……ランニングから帰ってから食事の方が良いんじゃないの、ホントは」 

 アイシャの何気ない言葉にかなめの頬がぴくりと震えた。

「考えてなかったみたいだな……」 

「一応俺達は生身なんで……食べてすぐに運動すると腹痛を起こすかも知れませんよ」 

 カウラと島田の言葉が呆然と立ち尽くすかなめに止めを刺した。

「うるせえ!朝食は大事だ!後で出勤の準備の時間が無くなると困るだろ?」

「言い訳ですね」 

 かなめの理屈をそう切って捨てるとヨハンはさっさと黒パンを口に投げ入れた。それを見ながらアイシャは何事も無かったかのようにカウラの隣に座って食べ始める。

「早くしなさいよ。冷めちゃうわよ」 

 アイシャのちゃっかりした態度に切れそうになるかなめを見ながら誠も彼女の正面に座ってスープをすすることになった。

「なんでこんな事に……」 

 誠の愚痴にただカウラとアイシャは苦笑いで答えることしかできなかった。
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