レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第45章 援軍

援軍

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 階下で銃声が響く。水島は反射的に頭を下げて廊下の腐ったタイルに這いつくばる。しばらくの銃撃戦の様子が聞こえる。そしてまだ遠くの出来事だというのに自分が晒している滑稽な姿を思い出してこんな状況だというのに笑いが起きてくるのを感じていた。

「な……なんなんだよ……まったく何がどうなっているんだ?」 

『おじさんも鈍いね。さっき説明しなかったかな?司法局実働部隊だよ。おじさんの部屋に現れた日本刀の男とやりあってるんだね』 

 相変わらずのんびりとしたクリタ少年の言葉が頭の中に響く。

「銃撃戦をしているのか流れ弾でばったりなんて……勘弁してくれよ」 

 恐怖に震えながら一言。這いつくばっている水島の姿を想像しながら腹を抱えて笑っているだろう少年を思い出すとはらわたが煮えくりかえる思いがする。だが事実、水島は今は無力そのものだった。法術師の気配はびんびん感じる。それほどげっぷがでるほどだ。だがどれも水島の手に負えるような甘い輩は一人もいない。その中でも一番の力の引っかかりを感じる存在の感情が水島と同じく恐怖のどん底にあるのが唯一の救いだった。

「馬鹿が一人いるよ……司法局実働部隊かな?力があるのにびびっちゃって……それでも軍人か?」 

 憎まれ口を叩いたところで誰も聞くものなどいないというのに。水島はそんな軽口を叩かなければ正気が保てない自分を腹立たしく思いながら再び立ち上がろうと手に力を入れる。

 こんなに自分の体が重かったのか。そう感じるほど両の腕は緊張でこわばって言うことを聞こうとしない。なんとかよろよろと立ち上がった瞬間。水島の目の前に干渉空間が広がった。

 どうにでもなれ。そう思って黙って壁に寄りかかって見つめていた空間から人影が現われる様。そこに敵意が無いのが分かるとようやく水島は足の震えを止めることができた。

 だが現れたのはクリタ少年ではなかった。

「どうも……」 

 戦闘服に身を包んだサングラスの大男。手にした銃はごてごてした正規軍の銃などではなくやたらとスマートな見慣れない形をしている。あの少年が連れてくる助っ人。真っ当な軍人のはずがない。先ほどの安心が次第に氷解していく中、男はそのまま動けない水島に近づいてくる。

「ちゃんと立ってください」 

 男の体格にも似合わないか細い声に驚きながら水島は壁に張り付いていた背中を持ち上げてよろよろと直立した。戦闘服の男は手にした軽そうなアサルトライフルを何度か叩いた後、そのまま扉から頭を出す。そして水島を振り返り、付いてこいと言うように指を指し示した。

 他に水島に頼るものなど無い。ただ重そうな防弾チョッキと予備弾薬を胴に巻き付けた大男が暗がりの中に消えないように必死に後を付ける。

「離れないでくださいね」 

 まるで賓客を案内するかのような言葉に、彼があまり日本語が得意ではないことに水島は気づいた。任務とは言え異国で自分のようなつまらない人間のごたごたに巻き込まれたかわいそうな男。先ほどまでの無様な自分を忘れたかのように水島の心に同情の念がわいてくる。

「ご苦労様ですね」 

「これも仕事ですから」 

 男はかけていたサングラスに手やりながら階段の手前で止まった。先ほどの銃撃戦の後、しばらく廃病院は元の沈黙を取り戻していた。

「銃撃戦になりますか?」 

「さあどうでしょうか?」

 水島の余計な感情を察したような投げやりな言葉。男はそのまま銃を構えて階段を下りていく。

「ミスター水島。法術の気配はありますか?」 

「いえ……」 

 水島の言葉に少し不満そうにそのまま男は階段を静かに下りる。水島の足取りも釣られて忍び足に変わっていた。

「恐らく日本刀の男と連れの法術師は『ギルド』ですね。それに司法局実働部隊……難しい任務です」 

「はあ」 

 淡々と話す大男の言葉を聞きながら水島は静かに四階の階段を下りきったところで身を伏せる大男に合わせてしゃがみこんだ。
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