レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
614 / 1,531
第40章 後手

後手

しおりを挟む
 水島のアパートまであと少しというところだった。信号待ちのためにカウラは車を止めた。

「おい、西園寺……何かあったのか?」 

 カウラは後ろの席のかなめに声をかけた。右足を車の後部座席に突っ込んだまま右手を耳に当ててじっと動かないかなめ。それは彼女の脳の中に埋め込まれた通信端末にアクセスしている時の彼女らしい態度だった。

「西園寺さん……」 

 心配して声を掛けた誠の顔面にかなめの右ストレートが炸裂する。そのまま誠の体はアイシャの頭のある助手席の背もたれに激突する。そしてすぐに苦々しげな笑みがかなめの顔に浮かんだ。

「どこかの馬鹿野郎が水島のアパートにカチコミをかけやがった。騒ぎを聞きつけて駆けつけた巡回の警官二名が重傷だ」

「後手を踏んだか……で?そのあとは?」 

 いつもなら車が傷つくと文句を言うカウラだが冷静に後部座席のかなめに振り向いて尋ねる。隣ではアイシャがすでに端末を取り出して検索を掛けていた。

「出てきたのはダンビラ片手の大男だそうだ。防弾ベスト越しに二太刀浴びせた後は忽然と銀色の円盤の中に消えたそうだ……そりゃあ干渉空間だな。やられたよ」

 かなめはそう言うと制服のポケットに手を伸ばしてタバコを取り出したがさすがにそれを許すほどカウラは寛容ではなかった。睨み付けられるといつもの卑屈な笑みを浮かべてかなめはタバコを仕舞った。 

「警察も非常線を張ってるみたいだけど……空間跳躍をする相手に何をやっているのやら……。それにしても先を越されたわけね……どうするの?」 

 助手席で携帯端末の検索結果から視線を離したアイシャの目がカウラに向かう。誠はただ黙って指揮官の表情のカウラを眺めていた。

「西園寺。他に死者や怪我人は出ているのか?」 

「怪我したのは警官だけ。斬り付けられた時に悲鳴を上げてそれに驚いて飛び出した近くの住人がいるそうだが……顔とかを見る余裕も無かったらしい。単独犯かどうかも定かでは無いみたいだな」 

「カウラちゃん。こうなったらいっそのことのんびりと怪我をしたおまわりさんの回復まで待ちましょうか?」 

 アイシャの笑み。明らかにカウラを挑発しているような雰囲気のその言葉がカウラに迅速な行動を強制していることだけは確かだった。誠はそんな彼女を一瞥した後あごに右手の親指を当てて考え込んでいるカウラに視線を移す。

「例の人斬りかどうかは分からないが、警官相手に冷静に刀を振えるそういうことに慣れた人物。それに大男の仕業かどうかは別として干渉空間を展開できるだけの法術師が動いている。ターゲットが留守だと言うのに行われた騒ぎだとしたらとてつもない馬鹿だったと言うことだが……そんな馬鹿が今まで東都警察の捜査網に引っかからないで闊歩していっとは考えにくいな」 

 カウラの推察にアイシャは同感というようにうなづく。

「恐らく水島とは顔を合わせたが逃げられた……斬殺魔以外にも水島さんとやらに接触している勢力があるわけね……しかも恐らくこちらも干渉空間を展開できる手練れ付き。厄介なことになりそうじゃないの」 

 そう言うとアイシャはそのまま助手席の扉を開けてカウラの赤いスポーツカーの後ろに回りこんだ。カウラはそれを見てトランクの鍵を開ける。開いたトランクに上半身を突っ込んだアイシャはそのまま鮮やかなオレンジ色に染められたショットガンを取り出した。そしてそのまま車中にショットガンを突き出してくる。夕闇の中、あまり車の通りの多くない大通りの中央で銃の受け渡しをしている姿は極めて目立つものだった。誠がなんとか銃を受け取りながら周りを見るといつの間にか何人かの通行人が珍しそうに歩道で立ち止まっているのが見える。アイシャが東都警察の制服を着ていなかったら通報されていたかもしれない。

「かなめちゃん。ラーナちゃんに連絡つく?」 

「例の警邏隊に仕掛けたアストラルセンサーか?頼りになるかねえ」 

「他に手段が無い」 

 渋るかなめを一瞥した後、アイシャから銃を受け取ってそのままダッシュボードを開けた。中にはオレンジ色の紙箱が入っている。カウラはそれを躊躇無く開け、中から取り出した低殺傷性弾薬を薬室に装填する。

「誠ちゃんも」 

 助手席に戻ったアイシャから低殺傷弾薬を受け取った誠もまねをして初弾を装填する。かなめも同じく銃を手にしてにんまりと笑いながら弾を込め始める。

「どこまで干渉空間を使っての転移ができるかはわからないが……突然の襲撃を受けてとなればそう遠くには飛べないはずだ。上手くいけば警邏隊のアストラルゲージに動きが見れるはずだ」 

「あくまで希望的な推測だと言うわけね」 

 カウラの推測を聞くとアイシャは自分の銃を手にして初弾を装填した。

「人事を尽くしたんだから後は天命を待ちましょう」 

 アイシャの言葉に誠達は大きくうなづいた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 『修羅の国』での死闘

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第三部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』は法術の新たな可能性を追求する司法局の要請により『05式広域制圧砲』と言う新兵器の実験に駆り出される。その兵器は法術の特性を生かして敵を殺傷せずにその意識を奪うと言う兵器で、対ゲリラ戦等の『特殊な部隊』と呼ばれる司法局実働部隊に適した兵器だった。 一方、遼州系第二惑星の大国『甲武』では、国家の意思決定最高機関『殿上会』が開かれようとしていた。それに出席するために殿上貴族である『特殊な部隊』の部隊長、嵯峨惟基は甲武へと向かった。 その間隙を縫ったかのように『修羅の国』と呼ばれる紛争の巣窟、ベルルカン大陸のバルキスタン共和国で行われる予定だった選挙合意を反政府勢力が破棄し機動兵器を使った大規模攻勢に打って出て停戦合意が破綻したとの報が『特殊な部隊』に届く。 この停戦合意の破棄を理由に甲武とアメリカは合同で介入を企てようとしていた。その阻止のため、神前誠以下『特殊な部隊』の面々は輸送機でバルキスタン共和国へ向かった。切り札は『05式広域鎮圧砲』とそれを操る誠。『特殊な部隊』の制式シュツルム・パンツァー05式の機動性の無さが作戦を難しいものに変える。 そんな時間との戦いの中、『特殊な部隊』を見守る影があった。 『廃帝ハド』、『ビッグブラザー』、そしてネオナチ。 誠は反政府勢力の攻勢を『05式広域鎮圧砲』を使用して止めることが出来るのか?それとも……。 SFお仕事ギャグロマン小説。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

底辺エンジニア、転生したら敵国側だった上に隠しボスのご令嬢にロックオンされる。~モブ×悪女のドール戦記~

阿澄飛鳥
SF
俺ことグレン・ハワードは転生者だ。 転生した先は俺がやっていたゲームの世界。 前世では機械エンジニアをやっていたので、こっちでも祝福の【情報解析】を駆使してゴーレムの技師をやっているモブである。 だがある日、工房に忍び込んできた女――セレスティアを問い詰めたところ、そいつはなんとゲームの隠しボスだった……! そんなとき、街が魔獣に襲撃される。 迫りくる魔獣、吹き飛ばされるゴーレム、絶体絶命のとき、俺は何とかセレスティアを助けようとする。 だが、俺はセレスティアに誘われ、少女の形をした魔導兵器、ドール【ペルラネラ】に乗ってしまった。 平民で魔法の才能がない俺が乗ったところでドールは動くはずがない。 だが、予想に反して【ペルラネラ】は起動する。 隠しボスとモブ――縁のないはずの男女二人は精神を一つにして【ペルラネラ】での戦いに挑む。

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

「日本人」最後の花嫁 少女と富豪の二十二世紀

さんかく ひかる
SF
22世紀後半。人類は太陽系に散らばり、人口は90億人を超えた。 畜産は制限され、人々はもっぱら大豆ミートや昆虫からたんぱく質を摂取していた。 日本は前世紀からの課題だった少子化を克服し、人口1億3千万人を維持していた。 しかし日本語を話せる人間、つまり昔ながらの「日本人」は鈴木夫妻と娘のひみこ3人だけ。 鈴木一家以外の日本国民は外国からの移民。公用語は「国際共通語」。政府高官すら日本の文字は読めない。日本語が絶滅するのは時間の問題だった。 温暖化のため首都となった札幌へ、大富豪の息子アレックス・ダヤルが来日した。 彼の母は、この世界を造ったとされる天才技術者であり実業家、ラニカ・ダヤル。 一方、最後の「日本人」鈴木ひみこは、両親に捨てられてしまう。 アレックスは、捨てられた少女の保護者となった。二人は、温暖化のため首都となった札幌のホテルで暮らしはじめる。 ひみこは、自分を捨てた親を見返そうと決意した。 やがて彼女は、アレックスのサポートで国民のアイドルになっていく……。 両親はなぜ、娘を捨てたのか? 富豪と少女の関係は? これは、最後の「日本人」少女が、天才技術者の息子と過ごした五年間の物語。 完結しています。エブリスタ・小説家になろうにも掲載してます。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

冤罪で追放した男の末路

菜花
ファンタジー
ディアークは参っていた。仲間の一人がディアークを嫌ってるのか、回復魔法を絶対にかけないのだ。命にかかわる嫌がらせをする女はいらんと追放したが、その後冤罪だったと判明し……。カクヨムでも同じ話を投稿しています。

処理中です...