レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
611 / 1,535
第37章 目撃者

目撃者

しおりを挟む
「まだかよ」 

 定時まで30分。かなめは大きく伸びをした。誠は呆れてつい目をかなめに向ける。そのかなめが声をかけたカウラは警邏隊から送られてくるアストラルゲージの波だけが映る画面から目を放そうとしない。彼女も一応は小隊の隊長である。無駄かもしれなくても仕事の真似事くらいはかなめの前ではしなければならない。

「聞いてるのか?」

「まだ30分前だ」

 かなめのしつこさに耐えかねたというようにカウラが吐き捨てるようにつぶやく。 

「それじゃねえよ。ちゃんと水島を引っ張れる証拠は見つかったのかって言うことだよ」 

 そう言うと答えを期待していないというようにかなめは大きく身をそらして伸びをする。アイシャもラーナもいつものこのかなめの気まぐれな言動にため息を漏らした。

「かなめちゃん。そう簡単に証拠が挙がるなら誰も苦労はしないわよ」 

「そりゃあそうだけどさあ」 

 今度はかなめは左肩に手を当ててぐるぐると回す。要するに退屈なのだ。誠は思わず単純で分かりやすいかなめの行動を微笑みながら眺めることにした。

「サイボーグが準備運動か?」

 重量のある義体の重さに耐えかねてぎしぎし言う椅子の音が気になったカウラの一言。かなめもその音を無駄に出しているという自覚はあるらしく回していた腕を止めて机に突っ伏せる。 

「うるせえなあ……別にいいだろ」 

 しばらくそのままで時が流れる。だがかなめの退屈がどうにかなるわけではない。

「とりあえずタバコ吸ってくるわ」 

「はいはい!行ってらっしゃい!」 

 投げやりなアイシャの言葉にかなめはそのまま席を立とうとした。ここまではいつもの光景だった。

 だがその時突然ラーナが立ち上がった。

「取れたっす!取れたっすよ!」 

 誠よりも二つ年下の割にはいつも落ち着き払っているラーナの歓喜の声に一気に部屋の緊張が高まる。

「なんだ?何が取れたんだ?」 

 まるで子供のようにモニターを指差すラーナにかなめが驚いて声を掛ける。その表情が眠そうな気配を一気に消し飛ばしてシリアスなものに変わると部屋の空気が一変した。

「元旦の東宮神社の放火!目撃証言が取れたんすよ!確かにその時に水島は現場にいたそうっす!」

「一件だけか?偶然と言われたらおしまいだぞ」 

 待ちかねていた事実だがカウラはまだ冷静を装っていた。だがラーナの言葉は続く。

「それだけじゃ無いんす!豊川市での最初の自転車の転倒事件の現場、次の北川町でのぼや騒ぎ、そして駅前の殺傷事件の現場でも……」 

「それどこの証言よ?それだけ証拠が揃ってれば東都警察が動いてるでしょ?」 

 アイシャのたしなめる声もラーナの笑みを止めることはできない。

「同盟司法局法術特捜を舐めてもらっては困るっす!情報ソースは秘匿事項なので明かせませんが目撃者の身元は確かっす。裁判での証言の約束も取れるっす!」 

 ラーナは得意げに胸を張る。カウラとアイシャはただ呆然と新事実に目を見張るばかりだった。ただかなめだけは一人うなづいて納得が言ったような表情を浮かべていた。

「西園寺さん……?」 

「なあに、情報収集を行う必要のある機関はどこでも独自の情報ルートは持ってるものだ。まあ……茜が一から作ったにしては準備が良すぎるから叔父貴のコネクションからの情報だろうな。なら精度は確かだ」 

 かなめの一言がただ立ち尽くしていたカウラとアイシャの目に生気を戻した。二人は顔を見合わせてとりあえず椅子に座った。

「これで引っ張れるぞ……どうする?」 

「待ちなさいよかなめちゃん。情報が確かで起訴して勝てるのは分かっていても……逮捕令状は?裁判所の命令書は?」 

 必死に落ち着こうとしているアイシャ。その声はいつもの余裕のある彼女らしくもなく上ずっていた。アイシャの珍しい鋭い目つきに刺激されるようにラーナのキーボードを叩く速度が加速する。

「地裁には嵯峨警視正の顔が利きますから……なんとかうちにも令状が……」 

「頼むぞ茜、希望の星だよ……これでこの退屈な蟄居部屋ともおさらばだ!」 

 満面の笑みで叫ぶかなめにさすがに不謹慎だと言うようにカウラが白い目を向けているのがおかしくて誠はつい噴出していた。

「そうだな……これで我々の勝ちだ」 

 これまでは黙っていたものの豊川署のやり方に我慢ならならなかった。そんな気持ちがありありと分かるような薄ら笑いを浮かべながらカウラはラーナの手つきを眺める。

 誠は自分には少しばかり女性恐怖症の気があるのではないか。その顔を見て背筋が寒くなる自分を感じながらそんなことを考えていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第五部 『カウラ・ベルガー大尉の誕生日』

橋本 直
SF
遼州司法局実働部隊に課せられる訓練『閉所白兵戦訓練』 いつもの閉所白兵戦訓練で同時に製造された友人の話から実はクリスマスイブが誕生日と分かったカウラ。 そんな彼女をお祝いすると言う名目でアメリアとかなめは誠の実家でのパーティーを企画することになる。 予想通り趣味に走ったプレゼントを用意するアメリア。いかにもセレブな買い物をするかなめ。そんな二人をしり目に誠は独自でのプレゼントを考える。 誠はいかにも絵師らしくカウラを描くことになった。 閑話休題的物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

メトロポリス社へようこそ! ~「役立たずだ」とクビにされたおっさんの就職先は大企業の宇宙船を守る護衛官でした~

アンジェロ岩井
SF
「えっ、クビですか?」 中企業アナハイニム社の事務課に勤める大津修也(おおつしゅうや)は会社の都合によってクビを切られてしまう。 ろくなスキルも身に付けていない修也にとって再転職は絶望的だと思われたが、大企業『メトロポリス』からの使者が現れた。 『メトロポリス』からの使者によれば自身の商品を宇宙の植民星に運ぶ際に宇宙生物に襲われるという事態が幾度も発生しており、そのための護衛役として会社の顧問役である人工頭脳『マリア』が護衛役を務める適任者として選び出したのだという。 宇宙生物との戦いに用いるロトワングというパワードスーツには適性があり、その適性が見出されたのが大津修也だ。 大津にとっては他に就職の選択肢がなかったので『メトロポリス』からの選択肢を受けざるを得なかった。 『メトロポリス』の宇宙船に乗り込み、宇宙生物との戦いに明け暮れる中で、彼は護衛アンドロイドであるシュウジとサヤカと共に過ごし、絆を育んでいくうちに地球上にてアンドロイドが使用人としての扱いしか受けていないことを思い出す。 修也は戦いの中でアンドロイドと人間が対等な関係を築き、共存を行うことができればいいと考えたが、『メトロポリス』では修也とは対照的に人類との共存ではなく支配という名目で動き出そうとしていた。

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?

山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。 2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。 異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。 唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

空色のサイエンスウィッチ

コーヒー微糖派
SF
『科学の魔女は、空色の髪をなびかせて宙を舞う』 高校を卒業後、亡くなった両親の後を継いで工場長となったニ十歳の女性――空鳥 隼《そらとり じゅん》 彼女は両親との思い出が詰まった工場を守るため、単身で経営を続けてはいたものの、その運営状況は火の車。残された借金さえも返せない。 それでも持ち前の知識で独自の商品開発を進め、なんとかこの状況からの脱出を図っていた。 そんなある日、隼は自身の開発物の影響で、スーパーパワーに目覚めてしまう。 その力は、隼にさらなる可能性を見出させ、その運命さえも大きく変えていく。 持ち前の科学知識を応用することで、世に魔法を再現することをも可能とした力。 その力をもってして、隼は日々空を駆け巡り、世のため人のためのヒーロー活動を始めることにした。 そしていつしか、彼女はこう呼ばれるようになる。 魔法の杖に腰かけて、大空を鳥のように舞う【空色の魔女】と。 ※この作品の科学知識云々はフィクションです。参考にしないでください。 ※ノベルアッププラス様での連載分を後追いで公開いたします。 ※2022/10/25 完結まで投稿しました。

3024年宇宙のスズキ

神谷モロ
SF
 俺の名はイチロー・スズキ。  もちろんベースボールとは無関係な一般人だ。  21世紀に生きていた普通の日本人。  ひょんな事故から冷凍睡眠されていたが1000年後の未来に蘇った現代の浦島太郎である。  今は福祉事業団体フリーボートの社員で、福祉船アマテラスの船長だ。 ※この作品はカクヨムでも掲載しています。

処理中です...