609 / 1,505
第35章 沈黙
沈黙
しおりを挟む
一月も半ばとなれば正月の雰囲気も抜けるものだった。昨日、水島の前の住居の残留アストラル波の採取を行ったデータは司法局本局と東都警察に提出されていた。ともに結果が出るには時間がかかるという回答を誠達は受けていた。そんな中、彼はじっと端末を覗き見ながら隣で野球のボールをいじっているかなめに目をやった。
「そう言えば最近走ってませんね」
誠の一言にかなめはにんまりと笑いそのまま視線を正面のカウラに向けた。
「私は走っているぞ。夜なら時間は作れるだろ?」
「カウラちゃん……危ないわよ。夜中に一人で走るなんて……そうだ!誠ちゃんも一緒に走らない?私も少し走りたいのよ。最近体がすっかりなまっちゃって」
アイシャの言葉に呆れたカウラはそのままモニターに目を移して作業を始めた。
「馬鹿なことを言いてえところだが……最近は辻斬りがここらでも出てるからな。得物でも持つか?」
「だから、ここは胡州じゃないの」
指で銃の形を作ってみせるかなめにたしなめるような調子のアイシャの言葉が飛んだ。
「動けないのはつらいのは分かるんすが……」
ラーナが困ったように机にかじりついている四人を見ながら苦笑する。違法法術発動の容疑者である水島勉の身辺捜査の権限は東和警察が握っていた。放火や傷害などの嫌疑のある事件の発生時刻の水島のアリバイの有無の捜査は極秘裏に東都の捜査官達が行っていた。アストラル波の照合データの回答が司法局から出たとしても東都警察の許可がなければ誠達は指をくわえてみているしかない。その事実が重圧として誠達にのしかかっていた。
「しかし……奴等は嫌疑が裏付けられたらアタシ等に内緒で逮捕しちゃうんじゃねえのか?」
ボールをもてあそぶのにも飽きたかなめの一言に思わず誠もうなづいていた。
「先々月の同盟厚生局の事件では見せ場を私達が持っていったからな。今度は手柄を……などと言うのもありえる話だな」
いつもなら苦笑いで済ませるかなめの言葉にカウラは同調しながら弱弱しく微笑む。アイシャは何度かうなづきながら時折ラーナに視線を送っていた。
「どうっすかね……アタシとしちゃたぶんそれは無いと思うっす。虎の子の法術部隊は相手が他人《ひと》の法術を勝手に発動すると言う事件の特性からあまり動かしたくは無いっすし、どこまでその能力を水島とか言う被疑者が見につけているかも分からない状況っすから」
ラーナは申し訳なさそうにつぶやく。
「手柄は自分で確保して厄介事はアタシ等に押しつけるわけだ……世渡りが上手いねえ、あの小太り署長。さすがキャリア組は違うわ」
かなめの愚痴にラーナは力なくほほえむ。彼女は真ん中分けのおかっぱ頭の髪を手櫛ですきながらモニターに目を戻した。誠はかなめと同じ気持ちでなんとなく釈然としないまま、モニターの中の再びこれまでの犯行の手口を載せているファイルのデータを読み直していた。
「まるでうちは便利屋ですね」
思わずつぶやいた誠にアイシャが笑いかける。
「今頃気づいたの?遅かったわね」
「なんだ?アイシャは警察の肩を持つのか?」
むっとしたようにかなめは立ち上がりかける。それをアイシャがにらみ返す。
「くだらないことは止めておけ。たとえすべての準備を整えたとしても東都警察には手に余るのは間違いないんだ」
それだけ言うとカウラは再び端末へと視線を向ける。時間が経つ事にイライラが増していくのが感じられる。誰もが結論を、結果を待ち望んでいた。
「カルビナさん。どこくらいまで捜査が進んでいるとかわかりませんか?」
耐えきれなかった誠の言葉にラーナはため息をついた。
「神前さん。一応東都の各警察署にもプライドがあるんすよ。自分の管轄した場所で起きた事件。その容疑者を特定するならできれば自分の手で捕まえたくなるものっす……確かに最終的には手に余ってうちに回ってくるっすけど」
「縦割りの弊害だな……まあ、連中はアタシ等のことは『同盟司法局なんて無駄な組織を作りやがって』って思われているかも知れねえがな」
思い切りかなめらしい言葉に誠はうなづくと目の前の画面に目を向けた。東都警察と同盟司法局。結局は別組織による同床異夢の捜査活動に過ぎないことは嫌でも分かっている。
ただその事実を確認するためだけに時間が流れているのではないか。誠はいつの間にかそう考えていた。
「慎重なのが信条の東都警察のご丁寧な捜査が続いているんだ。このまま一週間ぐらい待たされても不思議は無いぞ。楽にしてろよ」
かなめの言葉。ある意味当然だとは分かっていても慣れない誠には待ち続けること自体が苦痛だった。
「でも……こんなところでくすぶっているのに意味はあるのかしら?どうせ今日も定時になったらこの部屋から追い出されるんでしょ?しかも連絡が携帯端末に届けばいつでも出動できる状態にしていろって言われてるんだから……無意味よね」
立ち上がるアイシャ。誠も左手の携帯端末に目をやる。小さな端末だが、その中の情報は常に東都警察の最新情報が流れ込んできている。
「私達はアウェーなんだ。我慢しかできないだろ」
カウラはまじめにモニターを覗いている。げんなりしながら誠は再び画面へと目を向けた。
「うわー!イライラする!」
珍しく取り乱したようにアイシャは叫ぶとそのままどっかりと椅子に腰掛けた。
そしてまた沈黙が倉庫だった部屋の中を支配した。
「そう言えば最近走ってませんね」
誠の一言にかなめはにんまりと笑いそのまま視線を正面のカウラに向けた。
「私は走っているぞ。夜なら時間は作れるだろ?」
「カウラちゃん……危ないわよ。夜中に一人で走るなんて……そうだ!誠ちゃんも一緒に走らない?私も少し走りたいのよ。最近体がすっかりなまっちゃって」
アイシャの言葉に呆れたカウラはそのままモニターに目を移して作業を始めた。
「馬鹿なことを言いてえところだが……最近は辻斬りがここらでも出てるからな。得物でも持つか?」
「だから、ここは胡州じゃないの」
指で銃の形を作ってみせるかなめにたしなめるような調子のアイシャの言葉が飛んだ。
「動けないのはつらいのは分かるんすが……」
ラーナが困ったように机にかじりついている四人を見ながら苦笑する。違法法術発動の容疑者である水島勉の身辺捜査の権限は東和警察が握っていた。放火や傷害などの嫌疑のある事件の発生時刻の水島のアリバイの有無の捜査は極秘裏に東都の捜査官達が行っていた。アストラル波の照合データの回答が司法局から出たとしても東都警察の許可がなければ誠達は指をくわえてみているしかない。その事実が重圧として誠達にのしかかっていた。
「しかし……奴等は嫌疑が裏付けられたらアタシ等に内緒で逮捕しちゃうんじゃねえのか?」
ボールをもてあそぶのにも飽きたかなめの一言に思わず誠もうなづいていた。
「先々月の同盟厚生局の事件では見せ場を私達が持っていったからな。今度は手柄を……などと言うのもありえる話だな」
いつもなら苦笑いで済ませるかなめの言葉にカウラは同調しながら弱弱しく微笑む。アイシャは何度かうなづきながら時折ラーナに視線を送っていた。
「どうっすかね……アタシとしちゃたぶんそれは無いと思うっす。虎の子の法術部隊は相手が他人《ひと》の法術を勝手に発動すると言う事件の特性からあまり動かしたくは無いっすし、どこまでその能力を水島とか言う被疑者が見につけているかも分からない状況っすから」
ラーナは申し訳なさそうにつぶやく。
「手柄は自分で確保して厄介事はアタシ等に押しつけるわけだ……世渡りが上手いねえ、あの小太り署長。さすがキャリア組は違うわ」
かなめの愚痴にラーナは力なくほほえむ。彼女は真ん中分けのおかっぱ頭の髪を手櫛ですきながらモニターに目を戻した。誠はかなめと同じ気持ちでなんとなく釈然としないまま、モニターの中の再びこれまでの犯行の手口を載せているファイルのデータを読み直していた。
「まるでうちは便利屋ですね」
思わずつぶやいた誠にアイシャが笑いかける。
「今頃気づいたの?遅かったわね」
「なんだ?アイシャは警察の肩を持つのか?」
むっとしたようにかなめは立ち上がりかける。それをアイシャがにらみ返す。
「くだらないことは止めておけ。たとえすべての準備を整えたとしても東都警察には手に余るのは間違いないんだ」
それだけ言うとカウラは再び端末へと視線を向ける。時間が経つ事にイライラが増していくのが感じられる。誰もが結論を、結果を待ち望んでいた。
「カルビナさん。どこくらいまで捜査が進んでいるとかわかりませんか?」
耐えきれなかった誠の言葉にラーナはため息をついた。
「神前さん。一応東都の各警察署にもプライドがあるんすよ。自分の管轄した場所で起きた事件。その容疑者を特定するならできれば自分の手で捕まえたくなるものっす……確かに最終的には手に余ってうちに回ってくるっすけど」
「縦割りの弊害だな……まあ、連中はアタシ等のことは『同盟司法局なんて無駄な組織を作りやがって』って思われているかも知れねえがな」
思い切りかなめらしい言葉に誠はうなづくと目の前の画面に目を向けた。東都警察と同盟司法局。結局は別組織による同床異夢の捜査活動に過ぎないことは嫌でも分かっている。
ただその事実を確認するためだけに時間が流れているのではないか。誠はいつの間にかそう考えていた。
「慎重なのが信条の東都警察のご丁寧な捜査が続いているんだ。このまま一週間ぐらい待たされても不思議は無いぞ。楽にしてろよ」
かなめの言葉。ある意味当然だとは分かっていても慣れない誠には待ち続けること自体が苦痛だった。
「でも……こんなところでくすぶっているのに意味はあるのかしら?どうせ今日も定時になったらこの部屋から追い出されるんでしょ?しかも連絡が携帯端末に届けばいつでも出動できる状態にしていろって言われてるんだから……無意味よね」
立ち上がるアイシャ。誠も左手の携帯端末に目をやる。小さな端末だが、その中の情報は常に東都警察の最新情報が流れ込んできている。
「私達はアウェーなんだ。我慢しかできないだろ」
カウラはまじめにモニターを覗いている。げんなりしながら誠は再び画面へと目を向けた。
「うわー!イライラする!」
珍しく取り乱したようにアイシャは叫ぶとそのままどっかりと椅子に腰掛けた。
そしてまた沈黙が倉庫だった部屋の中を支配した。
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
もう、終わった話ですし
志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。
その知らせを聞いても、私には関係の無い事。
だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥
‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの
少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!
七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ?
俺はいったい、どうなっているんだ。
真実の愛を取り戻したいだけなのに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる