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第33章 転換点
埋立地
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「これは……港湾部の遼南難民租界と大差無いな」
巨大なトレーラーをやり過ごしてそのまま埋立地の道に車を走らせながらカウラはつぶやいていた。冬の東都城東区。埋立地に向かうトレーラーには基礎工事に使うのだろう巨大な鉄骨がむき出しのまま積み重ねられているのが見えた。走る車は工事用の車両ばかり。去年から本格的に始まった城東沖の埋め立て工事がいかに大規模なものかと言うことを誠達に知らせるには十分すぎる車両の列が続いていた。
「アパートなんかあるのかよ」
「地下鉄の駅が近いからその周辺にはあるんじゃないの?」
かなめの言葉に助手席のアイシャが紺色の長い髪の枝毛を気にしながらぶっきらぼうに答える。誠も臨海部と言うと危険地帯の難民租界近辺ばかりを思い出していたが、目の前の次第に海へと拡張していく街の端っこと言う光景を見ると別世界のように思えた。
「人が住むには向かないところは租界と一緒か……だけどあっちの方がとりあえずとはいえ人が住んでるだけましかな」
つぶやいたかなめに誠も自然にうなづいていた。大型車の絶え間ない通行に瀕死の道路のアスファルトの割れ目から地下水が絶え間なく湧き出す様が目に飛び込んでくる。
「これは……帰ったら洗車しないとな」
カウラはそうつぶやくとようやくビルの基礎工事をしているらしい一角にトレーラーが入っていくのを避けながら車を加速させた。
「でもまあ……数年立ったらここら辺のビルもマンションだかオフィスだかができるんでしょ?そうなればにぎやかになるかもしれないじゃない」
「アイシャ……おめでてえな。一発不況が来ればゴーストタウンの出来上がりだ。どうなるかわかったもんじゃねえよ」
「ずいぶん慎重なのね、かなめちゃん……何か悪いものでも食べたの?」
「今朝はオメエと同じものを食った……そうか、オメエも悪いものを食ったから変なのか」
いつものように一触即発の二人を誠は眺めていた。まっすぐ続く道の片隅にようやくコンビニエンスストアーと完成しているビルらしきものを見つけてほっとして運転中のカウラに目をやった。
「あそこのコンビニの近くだな」
カウラはそう言うと走る車の無くなった道で車を加速させる。小さな点のように見えたコンビニエンスストアーの建物が三階建ての比較的新しいビルでその二階より上がアパートになっていることに誠も気づいた。
「コンビニの近くって言うか……コンビニの上じゃん。水島とかいう奴はコンビニの店長だったのか?」
かなめの言葉に誠は曖昧な笑顔を浮かべて再び目の前のコンビニに目をやった。
意外にもコンビニには客が多く見られた。
「結構にぎわってるな……まあこれだけ工事現場だらけで他に競争相手も無いんだ。独占企業の利益とかいう奴かね」
助手席から降りると周りを見て回っているアイシャが降りるのにあわせて体を乗り出したかなめの言葉。誠は苦笑いでそれにこたえた。
「あそこ……駅?なんでまたこんなところに」
アイシャが遠くの建物を指差す。そこにはいくつもの地下鉄の出口が見てとれた。周りは造成中で枯れた草だけが北風になびいている。予定された未来のために作られた駅。現在はただ郊外から都心に向かう通勤客に停車時間の分だけ苛立ちを供給する要素以外の効果は無いだろう駅を見て誠もこの荒れ地に住むことの異常性に気がつきつつあった。
「まともな神経の持ち主なら逃げ出したくなるのも当然だな」
そう言うとカウラはコートから携帯端末を取り出した。
「水島勉……32歳。大手印刷会社の営業部に所属していたが四ヶ月前に退職。自主退職となっているが……これは事実上の法術師外しだな。一部の同期の面々が個人加盟組合をバックにつけて退職の取り消しを求めて裁判で係争中だ。全員が法術適正者。そう遠くないころにマスコミが騒ぎ出しそうな話だ」
誠も何度か同じような話を聞いたことがあった。東和政府は公式には法術師の差別行為には労働局の強制査察などの強硬姿勢で臨むと宣言していた。だが実際は査察が行われたケースではすべて裁判所の命令によるものだった。遼南などの著しい経済復興で経済の成長が鈍化していることに危機感を募らせている財界が競争力確保の為に法術師を狙い撃ちしてリストラを行っていると言う話は嫌と言うほど聞かされていた。
誠達はコンビニの駐車場で車を降りた。荒涼とした造成地を眺めながらアイシャは眉をひそめている。
「こんなところで無職……一日じっとしてるわけ?おかしくなっちゃうわよ」
「なんだよアイシャ。テメエなら一日中アニメが見れるって喜ぶんじゃねえのか?」
かなめの突っ込みにアイシャは手を叩いて笑みを浮かべる。
ただでさえ女性が珍しい埋め立て地のコンビニにエメラルドグリーンや濃紺の色の髪の長身の女性が周りを見渡していると言う状況には昼時の近くの工事現場に出入りしているらしい作業員達の注目を集めるには時間がかからなかった。
「おい、見物に来たわけじゃねえんだぞ。とっとと奴さんのお部屋とやらを拝みに行こうぜ」
かなめは手に管理事務所から借りた鍵を持って颯爽と歩き始める。店の前でタバコを吸っていた客の視線はかなめについて動いているのが誠にも分かり次第に自分の頬が朱に染まっていくのを感じていた。
「誠ちゃん……どうしたの?」
明らかに自分が注目を集めていることを知りながらアイシャが振り返る。ただ何もできずに誠はそのままアパートの階段を登るかなめ達の後に続くだけだった。
そこには生活感が感じられない。階段を登りながら誠が感じたのはその事実だった。
「やっぱり誰もいないアパートはさびしいもんだな」
あちこち眺めながらかなめがつぶやく。かなめが寮に来る以前に住んでいたマンションには他の同居人はいなかったが警備員が駐在していたので何とか人の住むところらしさを感じたが、このアパートにはそんな雰囲気すらなかった。二階に上がった四人の目の前には五つのドアの郵便受けから飛び出す雨に濡れてぐったりしたようなチラシがあるだけで他の気配は何一つ感じなかった。
「203号室ね」
アイシャはそう言うと鍵を奪って真ん中のドアにたどり着いて電子キーをセットする。鈍いモーター音とともに扉の鍵が解除される。
「何が出てくるんだ?」
ニヤニヤ笑うかなめ。誠にはただ異様な雰囲気ばかりが感じられて、思わず逃げ出したくなる自分を押さえ込んでいた。
「行くぞ」
開いたドアに入っていくアイシャに刺激されたようにカウラが誠の肩を叩いて部屋に入るように促す。仕方なく誠も冬だと言うのに妙に暖かい空気が流れてくる部屋に入っていった。
「普通だな……」
靴を脱いですでに部屋の真ん中に立っているかなめの言葉に誠も頷くしかなかった。染み一つ無い壁。天井も高く白い壁紙に覆われている。
「ちょっとこれを」
カウラはそう言うと携帯端末並みの小さな機械を取り出した。残留アステロイドデータ測定器。ラーナに与えられた機械を部屋の中心に設置するとその小さな画面に起動状態を示すマークが映りだした。
「これも証拠能力は無いんだろ?」
「しょうがないじゃない。今のところは水島とか言う人がこれまでの違法法術発動事件に関与している可能性があるくらいのことしか分からないんだもの。これで反応が一致すれば東都警察も彼の犯行当時の動向を捜査してくれるでしょうし、上手くいけば任意で引っ張れるかもしれないわよ」
「なんだよ、アイシャ。オマエもアイツを引っ張りたいんじゃねえか」
アイシャの言葉にかなめはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。カウラは一人機械が求めるコマンドを入力していた。
「それにしても……もしかしてこの一室だけですか?入居していた人がいるのは」
誠の言葉にかなめは呆れたようにうなづいた。
「条件としては結構いい物件じゃないの。駅は見えるほど近いし……確かに殺風景で今の季節は冷えそうだけど」
「さっき住むのはごめんだと言っていたのは誰だかね」
思わず窓ガラスに手を伸ばすアイシャ。彼女の言葉にかなめが皮肉を込めてつぶやく。アイシャが開いた窓。そこからみえるのは基礎工事の為に杭を打つ機械の群れだった。
「まあ……この光景がいつまでも続くわけじゃないだろうからな。造成が終わればそれなりの街になるって言うのに」
「そうも行かなかったんだろ。突然リストラされて……何かを変えたかったんだろうな」
カウラは静かにそう言うと水島勉の経歴書を携帯端末に表示させた。
「一応名門の私大の社会学部を優秀な成績で卒業。その後会社では営業マンとして務めているが……評判は芳しくないな」
「よくある話過ぎて笑いたくなるね」
そう言いながらかなめは新品の白い壁紙を撫でていた。ひとたび沈黙が部屋を支配する。
「解雇後は独学で司法試験受験で知られる豊川の明法大学の法科大学院試験に合格……」
「会社員失格の後は資格を取って独立ねえ……まじめそうな奴だね。不器用を絵に描いたような経歴だな」
かなめはそう言うとそのまま部屋の中央のアストラルゲージの計測器に歩み寄った。
「これで……結果が出るだろうな」
カウラは中央の小さな機械を手に取った。そしてそのまま画面を操作する。何も無い空間にいつものようにアストラルパターンデータが表示された。
「これをカルビナに転送して……」
「お仕事終了ね」
そう言うとアイシャは大きく伸びをした。かなめは飽きたというようにそのまま玄関に向かう。
そんな二人を見ながら誠はなんとなく外の杭打ち機を眺めていた。
「何か見えるのか?」
カウラに声をかけられて誠は我に返った。そして外の建築用機材の群れを見ながらしばらく眺めていた。
「こんな街……」
「街とは言えねえだろ。ただの工事現場だ」
外を眺める誠にそう言いながら一緒に外を見るかなめ。二人とも明らかにこの部屋が異常な場所であると言うことを確認していた。
「夜はこの下のコンビニの店員と工事現場を警備する警備員だけ……さびしいところね」
アイシャはそう言いながらコートの襟を直す。その動作にカウラも苦笑いを浮かべながらアストラルゲージの終了を始めていた。
「この部屋で暮らすのを選んだ……先を見るにしてもほどがあるよな。確かに空気が読めなくて会社を解雇になるには十分な神経の持ち主だな」
そう言うとそのままかなめは玄関に向かった。
「何年か経てば人気スポットになりそうだけど……どうなるか分からない時代だから」
呆然と目の前の道路を通過していくトレーラを眺めている誠の肩に手を乗せるアイシャ。カウラはそれを見ても気にしないというように終了したアストラルゲージをコートのポケットに収めた。
「水島とかいう人物は人間が嫌いなのかな」
「好きだったらこんなところで暮らせるわけ無いわよね。でも……そんな人物が他人の能力を乗っ取って犯罪に走る。なんだか不思議な話よね」
「不思議?むしろ当然じゃねえのか?誰でも彼でも人であると言うことだけで憎むことができる人間はいるものだぜ。まあめったにお目にかかれねえが今回の水島何がしとかいう奴もそう言う人種だったと言うことだよ」
カウラ達の雑談に一区切りつけるとそのままかなめは外へと出て行った。外の冬の冷たい外気がこもった部屋の中に舞い込んできて誠達を包む。妙に生暖かい空気から開放されて誠は一息つくと玄関に向かった。
「西園寺の言う通りなんだろうな。たまにはアイツもいいことを言うものだ」
そう言いながらカウラはブーツを履く。誠は靴を履く二人から再び視線を窓の外へと移した。
「どんな人物なんでしょうね」
「すぐに会えるわよ。まあ私は会いたくないけど」
アイシャはそう言いながらパンプスを履くと大きく伸びをして廊下へと消えていった。
巨大なトレーラーをやり過ごしてそのまま埋立地の道に車を走らせながらカウラはつぶやいていた。冬の東都城東区。埋立地に向かうトレーラーには基礎工事に使うのだろう巨大な鉄骨がむき出しのまま積み重ねられているのが見えた。走る車は工事用の車両ばかり。去年から本格的に始まった城東沖の埋め立て工事がいかに大規模なものかと言うことを誠達に知らせるには十分すぎる車両の列が続いていた。
「アパートなんかあるのかよ」
「地下鉄の駅が近いからその周辺にはあるんじゃないの?」
かなめの言葉に助手席のアイシャが紺色の長い髪の枝毛を気にしながらぶっきらぼうに答える。誠も臨海部と言うと危険地帯の難民租界近辺ばかりを思い出していたが、目の前の次第に海へと拡張していく街の端っこと言う光景を見ると別世界のように思えた。
「人が住むには向かないところは租界と一緒か……だけどあっちの方がとりあえずとはいえ人が住んでるだけましかな」
つぶやいたかなめに誠も自然にうなづいていた。大型車の絶え間ない通行に瀕死の道路のアスファルトの割れ目から地下水が絶え間なく湧き出す様が目に飛び込んでくる。
「これは……帰ったら洗車しないとな」
カウラはそうつぶやくとようやくビルの基礎工事をしているらしい一角にトレーラーが入っていくのを避けながら車を加速させた。
「でもまあ……数年立ったらここら辺のビルもマンションだかオフィスだかができるんでしょ?そうなればにぎやかになるかもしれないじゃない」
「アイシャ……おめでてえな。一発不況が来ればゴーストタウンの出来上がりだ。どうなるかわかったもんじゃねえよ」
「ずいぶん慎重なのね、かなめちゃん……何か悪いものでも食べたの?」
「今朝はオメエと同じものを食った……そうか、オメエも悪いものを食ったから変なのか」
いつものように一触即発の二人を誠は眺めていた。まっすぐ続く道の片隅にようやくコンビニエンスストアーと完成しているビルらしきものを見つけてほっとして運転中のカウラに目をやった。
「あそこのコンビニの近くだな」
カウラはそう言うと走る車の無くなった道で車を加速させる。小さな点のように見えたコンビニエンスストアーの建物が三階建ての比較的新しいビルでその二階より上がアパートになっていることに誠も気づいた。
「コンビニの近くって言うか……コンビニの上じゃん。水島とかいう奴はコンビニの店長だったのか?」
かなめの言葉に誠は曖昧な笑顔を浮かべて再び目の前のコンビニに目をやった。
意外にもコンビニには客が多く見られた。
「結構にぎわってるな……まあこれだけ工事現場だらけで他に競争相手も無いんだ。独占企業の利益とかいう奴かね」
助手席から降りると周りを見て回っているアイシャが降りるのにあわせて体を乗り出したかなめの言葉。誠は苦笑いでそれにこたえた。
「あそこ……駅?なんでまたこんなところに」
アイシャが遠くの建物を指差す。そこにはいくつもの地下鉄の出口が見てとれた。周りは造成中で枯れた草だけが北風になびいている。予定された未来のために作られた駅。現在はただ郊外から都心に向かう通勤客に停車時間の分だけ苛立ちを供給する要素以外の効果は無いだろう駅を見て誠もこの荒れ地に住むことの異常性に気がつきつつあった。
「まともな神経の持ち主なら逃げ出したくなるのも当然だな」
そう言うとカウラはコートから携帯端末を取り出した。
「水島勉……32歳。大手印刷会社の営業部に所属していたが四ヶ月前に退職。自主退職となっているが……これは事実上の法術師外しだな。一部の同期の面々が個人加盟組合をバックにつけて退職の取り消しを求めて裁判で係争中だ。全員が法術適正者。そう遠くないころにマスコミが騒ぎ出しそうな話だ」
誠も何度か同じような話を聞いたことがあった。東和政府は公式には法術師の差別行為には労働局の強制査察などの強硬姿勢で臨むと宣言していた。だが実際は査察が行われたケースではすべて裁判所の命令によるものだった。遼南などの著しい経済復興で経済の成長が鈍化していることに危機感を募らせている財界が競争力確保の為に法術師を狙い撃ちしてリストラを行っていると言う話は嫌と言うほど聞かされていた。
誠達はコンビニの駐車場で車を降りた。荒涼とした造成地を眺めながらアイシャは眉をひそめている。
「こんなところで無職……一日じっとしてるわけ?おかしくなっちゃうわよ」
「なんだよアイシャ。テメエなら一日中アニメが見れるって喜ぶんじゃねえのか?」
かなめの突っ込みにアイシャは手を叩いて笑みを浮かべる。
ただでさえ女性が珍しい埋め立て地のコンビニにエメラルドグリーンや濃紺の色の髪の長身の女性が周りを見渡していると言う状況には昼時の近くの工事現場に出入りしているらしい作業員達の注目を集めるには時間がかからなかった。
「おい、見物に来たわけじゃねえんだぞ。とっとと奴さんのお部屋とやらを拝みに行こうぜ」
かなめは手に管理事務所から借りた鍵を持って颯爽と歩き始める。店の前でタバコを吸っていた客の視線はかなめについて動いているのが誠にも分かり次第に自分の頬が朱に染まっていくのを感じていた。
「誠ちゃん……どうしたの?」
明らかに自分が注目を集めていることを知りながらアイシャが振り返る。ただ何もできずに誠はそのままアパートの階段を登るかなめ達の後に続くだけだった。
そこには生活感が感じられない。階段を登りながら誠が感じたのはその事実だった。
「やっぱり誰もいないアパートはさびしいもんだな」
あちこち眺めながらかなめがつぶやく。かなめが寮に来る以前に住んでいたマンションには他の同居人はいなかったが警備員が駐在していたので何とか人の住むところらしさを感じたが、このアパートにはそんな雰囲気すらなかった。二階に上がった四人の目の前には五つのドアの郵便受けから飛び出す雨に濡れてぐったりしたようなチラシがあるだけで他の気配は何一つ感じなかった。
「203号室ね」
アイシャはそう言うと鍵を奪って真ん中のドアにたどり着いて電子キーをセットする。鈍いモーター音とともに扉の鍵が解除される。
「何が出てくるんだ?」
ニヤニヤ笑うかなめ。誠にはただ異様な雰囲気ばかりが感じられて、思わず逃げ出したくなる自分を押さえ込んでいた。
「行くぞ」
開いたドアに入っていくアイシャに刺激されたようにカウラが誠の肩を叩いて部屋に入るように促す。仕方なく誠も冬だと言うのに妙に暖かい空気が流れてくる部屋に入っていった。
「普通だな……」
靴を脱いですでに部屋の真ん中に立っているかなめの言葉に誠も頷くしかなかった。染み一つ無い壁。天井も高く白い壁紙に覆われている。
「ちょっとこれを」
カウラはそう言うと携帯端末並みの小さな機械を取り出した。残留アステロイドデータ測定器。ラーナに与えられた機械を部屋の中心に設置するとその小さな画面に起動状態を示すマークが映りだした。
「これも証拠能力は無いんだろ?」
「しょうがないじゃない。今のところは水島とか言う人がこれまでの違法法術発動事件に関与している可能性があるくらいのことしか分からないんだもの。これで反応が一致すれば東都警察も彼の犯行当時の動向を捜査してくれるでしょうし、上手くいけば任意で引っ張れるかもしれないわよ」
「なんだよ、アイシャ。オマエもアイツを引っ張りたいんじゃねえか」
アイシャの言葉にかなめはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。カウラは一人機械が求めるコマンドを入力していた。
「それにしても……もしかしてこの一室だけですか?入居していた人がいるのは」
誠の言葉にかなめは呆れたようにうなづいた。
「条件としては結構いい物件じゃないの。駅は見えるほど近いし……確かに殺風景で今の季節は冷えそうだけど」
「さっき住むのはごめんだと言っていたのは誰だかね」
思わず窓ガラスに手を伸ばすアイシャ。彼女の言葉にかなめが皮肉を込めてつぶやく。アイシャが開いた窓。そこからみえるのは基礎工事の為に杭を打つ機械の群れだった。
「まあ……この光景がいつまでも続くわけじゃないだろうからな。造成が終わればそれなりの街になるって言うのに」
「そうも行かなかったんだろ。突然リストラされて……何かを変えたかったんだろうな」
カウラは静かにそう言うと水島勉の経歴書を携帯端末に表示させた。
「一応名門の私大の社会学部を優秀な成績で卒業。その後会社では営業マンとして務めているが……評判は芳しくないな」
「よくある話過ぎて笑いたくなるね」
そう言いながらかなめは新品の白い壁紙を撫でていた。ひとたび沈黙が部屋を支配する。
「解雇後は独学で司法試験受験で知られる豊川の明法大学の法科大学院試験に合格……」
「会社員失格の後は資格を取って独立ねえ……まじめそうな奴だね。不器用を絵に描いたような経歴だな」
かなめはそう言うとそのまま部屋の中央のアストラルゲージの計測器に歩み寄った。
「これで……結果が出るだろうな」
カウラは中央の小さな機械を手に取った。そしてそのまま画面を操作する。何も無い空間にいつものようにアストラルパターンデータが表示された。
「これをカルビナに転送して……」
「お仕事終了ね」
そう言うとアイシャは大きく伸びをした。かなめは飽きたというようにそのまま玄関に向かう。
そんな二人を見ながら誠はなんとなく外の杭打ち機を眺めていた。
「何か見えるのか?」
カウラに声をかけられて誠は我に返った。そして外の建築用機材の群れを見ながらしばらく眺めていた。
「こんな街……」
「街とは言えねえだろ。ただの工事現場だ」
外を眺める誠にそう言いながら一緒に外を見るかなめ。二人とも明らかにこの部屋が異常な場所であると言うことを確認していた。
「夜はこの下のコンビニの店員と工事現場を警備する警備員だけ……さびしいところね」
アイシャはそう言いながらコートの襟を直す。その動作にカウラも苦笑いを浮かべながらアストラルゲージの終了を始めていた。
「この部屋で暮らすのを選んだ……先を見るにしてもほどがあるよな。確かに空気が読めなくて会社を解雇になるには十分な神経の持ち主だな」
そう言うとそのままかなめは玄関に向かった。
「何年か経てば人気スポットになりそうだけど……どうなるか分からない時代だから」
呆然と目の前の道路を通過していくトレーラを眺めている誠の肩に手を乗せるアイシャ。カウラはそれを見ても気にしないというように終了したアストラルゲージをコートのポケットに収めた。
「水島とかいう人物は人間が嫌いなのかな」
「好きだったらこんなところで暮らせるわけ無いわよね。でも……そんな人物が他人の能力を乗っ取って犯罪に走る。なんだか不思議な話よね」
「不思議?むしろ当然じゃねえのか?誰でも彼でも人であると言うことだけで憎むことができる人間はいるものだぜ。まあめったにお目にかかれねえが今回の水島何がしとかいう奴もそう言う人種だったと言うことだよ」
カウラ達の雑談に一区切りつけるとそのままかなめは外へと出て行った。外の冬の冷たい外気がこもった部屋の中に舞い込んできて誠達を包む。妙に生暖かい空気から開放されて誠は一息つくと玄関に向かった。
「西園寺の言う通りなんだろうな。たまにはアイツもいいことを言うものだ」
そう言いながらカウラはブーツを履く。誠は靴を履く二人から再び視線を窓の外へと移した。
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