レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
600 / 1,531
第32章 安息日

定時

しおりを挟む
「よー!仕事は順調か?」 

 定時丁度。どう見ても小学生のピンクのダウンジャケットを着た少女の声で誠は我に返った。

「姐御……隊は良いんですかね」 

 豊川警察署の古びた建物の奥の暗い部屋。そんな場所には似つかわしくない満面の笑みの上官クバルカ・ラン中佐にかなめが声をかける。

「おー。問題児がここに集まってくれたからな。静かなもんだよ……ラーナ。調子はどうだ」 

 昼過ぎに帰ってきてからラーナはほとんど画面から目を離さずにじっとしていた。何か本局で分かった事実があるのかどうか。誠達は気にはなったが声をかけられる雰囲気では無かった。無表情を顔に貼り付けたまま黙って各移動車両データを検索している。

 緊迫した表情のラーナを見つけたランも、ただ苦笑いを浮かべるばかり。手にしていた袋から缶ビールを取り出したあと、静かにプルタブを引いて口に運ぶ。そんな小さなランの視線の先では画面から目を離さない緊迫したラーナの姿があった。

「いいのかよ、餓鬼が部下の出向している警察署で飲酒してるぞ」 

「余計なお世話だ馬鹿野郎」 

 かなめにチャカされてもランは上機嫌にごくりごくりとビールを飲む。誠は彼女が戸籍上は39歳であることを以前書類で見せられたときの衝撃を思い出した。確かに物腰や貫禄はその年齢の方がふさわしいところがある。確かランの前の実働部隊長の明石清海中佐も39歳だったはずなので年功序列を重視する東和軍の影響力の強い司法局の人事としてはそれが的確に思える。

 そんな誠の考えとは別に相変わらずランはにやにや笑いながらラーナを眺めていた。

「何か良いことでもあったんですか?」 

 さすがにこういうことには厳しいカウラがさらにバッグから二本目の缶ビールを取り出すランを見て苦笑いを浮かべながら声をかける。

「まあー吉田の野郎との賭けに勝ったからな」 

「あの電卓と賭け?そちらはずいぶんと暇そうだねえ」

「そりゃあオメー等がいないのはでかいよ。アタシも自分の仕事がはかどって……毎日定時退勤だ」

「うらやましいねえ……」 

 かなめが思わず本音を口にしていた。戦闘用に調整された義体のサイボーグのかなめもその精神まで強化されているわけではない。戦闘用に遺伝子操作で生み出されたアイシャやカウラも、慣れない『待つ』と言う任務に疲れてすでに集中力の限界を迎えていた。誠が目を向けても三人とも憔悴しきっているのが分かる。それを見抜いたとでも言うような笑みを浮かべたランは二本目の缶ビールのプルタブを引いた。

「さっきの吉田との賭だが、今回の捜査でいつオメー等が正しい捜査手法にたどり着くかってのを賭けたんだ。アイツはラーナと西園寺がいつかは喧嘩すると読んでたが……茜の読みどおり西園寺は自分の専門じゃ無いことではおとなしいからな。おかげで今日は運転手付きで飲みにいける」

 あれだけ協力をしておきながらまるで信用がなかったことが分かって膨れるかなめ。そのタレ目がご機嫌なランを睨み付けた。 

「勝手に飲んでろ!餓鬼!」 

 そう叫ぶとかなめは自分の席の端末に首筋のジャックからコードをとしだして差し込もうとした。だがその手をランの小さな手が握り締める。

「おいおい、根詰めすぎだぜ。これから長いんだ。今日は終りにして飲みにでも行こうじゃねーか」 

「それランちゃんのおごり?」 

 アイシャが飛び上がるようにして立ち上がる。それを見たランは満足げにうなづいた。

「ならいいか!」 

 突然立ち上がるかなめの行動は誠達にすでに予想されていた。にんまりと笑いながら誠に絡みつくかなめ。さすがにカウラやアイシャの目があるのが気になるが暴力サイボーグに逆らう度胸は誠には無かった。

「いいわけ有るか!いつ犯人が特定されるか分からないんだぞ!」 

 カウラの言葉にアイシャも頷きそのままビールを飲んでいる少女のように見えるランを睨み付ける。

「オメー等……自分が立てたプランをちゃんと把握しておけよ。神前、犯人が特定できたとしてどうする?」 

 ランの鋭い視線に誠は驚いて口ごもった。ため息をつきながらランは言葉を続ける。

「オメー等の資料は法的には何の資料的価値も無い代物だ。司法局のデータバンクは本来門外不出で外部に出ることはあり得ないことになっている。各自治体の法術適正結果も同様だ。オメー等が十五人を絞り込んだのはこの二つの資料をつきあわせた結果だろ?任意で出頭を求めるにしても担当は豊川署の捜査課になる。オメー等の仕事にゃならねーよ」 

「クバルカ中佐のおっしゃるとおりっすね。もし容疑者が特定されても捜査権限は豊川駅前法術殺傷事件の捜査チームの仕事っすから」 

 ランの言葉に頷きながら端末を終了するラーナ。そして彼女が顔を上げたときに彼女の同盟司法局法術特捜での上司に当たる嵯峨茜警視正が狭苦しい部屋に入ってきた。

 いかにも珍しそうに古ぼけた机や痛んだ壁を眺める紫色の着物が似合いすぎる茜に誠達は見とれていた。

「皆さん……あまさき屋は抑えましたわよ。急ぎましょう」 

「けっ!」

 明らかに場違いな格好と上品な物腰は対極に立つかなめの声と同調して全員をアフターファイブモードへと切り替えていた。

「じゃあ……ラーナちゃん。先に着替えてるわよ」 

 アイシャはそう言うと恐る恐る端末を終了しているカウラを引っ張って廊下に向かう。かなめもニヤニヤ笑いながらその後に続いた。

「クバルカ中佐、神前曹長。ちょっとラーナと話がありますから」 

 遠慮がちにつぶやく茜の言葉に棒立ちの誠の腕を撮ってランが誠を廊下に連れ出した。

「あいつ等も色々あんだよ。とりあえず着替えて来いや」 

 そう言われた誠は不承不承定時ということで更衣室に向かう事務職員の流れに続いて建物の奥の男子更衣室に向かった。

 明らかに異物のように思われている誠。それぞれに楽しそうに雑談を続ける署員から離れて一人更衣室で着替えをしていれば、さすがにホームだった司法局実働部隊の隊舎が恋しくなってくる。

「それで……うちの家内がな……」 

 嘱託職員のような白髪の男性署員が年下の巡査部長に身の上話をしていた。最年長が46歳の嵯峨と言う司法局実働部隊では味わえない空気を感じながらジャケットを羽織る誠。そんな中で突然派手に扉を叩く音が誠の耳に飛び込んできた。

『出て来いよ!神前!』 

 あまりの激しいノックに署員達は驚く。そしてその視線は必然的に誠へと注がれた。驚いた誠は慌てて着替えを済ませると走り出す。

「すみませんお騒がせしました……西園寺さん!」 

「なんだよ遅いテメエが悪いんだろ?」 

 迫力のある面持ちでかなめは誠を見上げる。その隣には髪を結びなおす途中で出てきたと思われるカウラとコートの襟を整えているアイシャがいた。

「そんなに急いでどうするんですか!」 

「いいんだよ。ただで酒が飲めるんだから」 

「アタシはオメーのボトルまで頼まねーからな」 

 満面の笑みのかなめにランが突っ込みを入れる。周りの帰宅しようとしている女性署員の痛い視線が誠に向かってきていた。どれも殺気が感じられて誠はひたすら居づらい感覚に襲われた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第六部 『特殊な部隊の特殊な自主映画』

橋本 直
SF
毎年恒例の時代行列に加えて豊川市から映画作成を依頼された『特殊な部隊』こと司法局実働部隊。 自主映画作品を作ることになるのだがアメリアとサラの暴走でテーマをめぐり大騒ぎとなる。 いざテーマが決まってもアメリアの極めて趣味的な魔法少女ストーリに呆れて隊員達はてんでんばらばらに活躍を見せる。 そんな先輩達に振り回されながら誠は自分がキャラデザインをしたという責任感のみで参加する。 どたばたの日々が始まるのだった……。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 『修羅の国』での死闘

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第三部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』は法術の新たな可能性を追求する司法局の要請により『05式広域制圧砲』と言う新兵器の実験に駆り出される。その兵器は法術の特性を生かして敵を殺傷せずにその意識を奪うと言う兵器で、対ゲリラ戦等の『特殊な部隊』と呼ばれる司法局実働部隊に適した兵器だった。 一方、遼州系第二惑星の大国『甲武』では、国家の意思決定最高機関『殿上会』が開かれようとしていた。それに出席するために殿上貴族である『特殊な部隊』の部隊長、嵯峨惟基は甲武へと向かった。 その間隙を縫ったかのように『修羅の国』と呼ばれる紛争の巣窟、ベルルカン大陸のバルキスタン共和国で行われる予定だった選挙合意を反政府勢力が破棄し機動兵器を使った大規模攻勢に打って出て停戦合意が破綻したとの報が『特殊な部隊』に届く。 この停戦合意の破棄を理由に甲武とアメリカは合同で介入を企てようとしていた。その阻止のため、神前誠以下『特殊な部隊』の面々は輸送機でバルキスタン共和国へ向かった。切り札は『05式広域鎮圧砲』とそれを操る誠。『特殊な部隊』の制式シュツルム・パンツァー05式の機動性の無さが作戦を難しいものに変える。 そんな時間との戦いの中、『特殊な部隊』を見守る影があった。 『廃帝ハド』、『ビッグブラザー』、そしてネオナチ。 誠は反政府勢力の攻勢を『05式広域鎮圧砲』を使用して止めることが出来るのか?それとも……。 SFお仕事ギャグロマン小説。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

底辺エンジニア、転生したら敵国側だった上に隠しボスのご令嬢にロックオンされる。~モブ×悪女のドール戦記~

阿澄飛鳥
SF
俺ことグレン・ハワードは転生者だ。 転生した先は俺がやっていたゲームの世界。 前世では機械エンジニアをやっていたので、こっちでも祝福の【情報解析】を駆使してゴーレムの技師をやっているモブである。 だがある日、工房に忍び込んできた女――セレスティアを問い詰めたところ、そいつはなんとゲームの隠しボスだった……! そんなとき、街が魔獣に襲撃される。 迫りくる魔獣、吹き飛ばされるゴーレム、絶体絶命のとき、俺は何とかセレスティアを助けようとする。 だが、俺はセレスティアに誘われ、少女の形をした魔導兵器、ドール【ペルラネラ】に乗ってしまった。 平民で魔法の才能がない俺が乗ったところでドールは動くはずがない。 だが、予想に反して【ペルラネラ】は起動する。 隠しボスとモブ――縁のないはずの男女二人は精神を一つにして【ペルラネラ】での戦いに挑む。

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

「日本人」最後の花嫁 少女と富豪の二十二世紀

さんかく ひかる
SF
22世紀後半。人類は太陽系に散らばり、人口は90億人を超えた。 畜産は制限され、人々はもっぱら大豆ミートや昆虫からたんぱく質を摂取していた。 日本は前世紀からの課題だった少子化を克服し、人口1億3千万人を維持していた。 しかし日本語を話せる人間、つまり昔ながらの「日本人」は鈴木夫妻と娘のひみこ3人だけ。 鈴木一家以外の日本国民は外国からの移民。公用語は「国際共通語」。政府高官すら日本の文字は読めない。日本語が絶滅するのは時間の問題だった。 温暖化のため首都となった札幌へ、大富豪の息子アレックス・ダヤルが来日した。 彼の母は、この世界を造ったとされる天才技術者であり実業家、ラニカ・ダヤル。 一方、最後の「日本人」鈴木ひみこは、両親に捨てられてしまう。 アレックスは、捨てられた少女の保護者となった。二人は、温暖化のため首都となった札幌のホテルで暮らしはじめる。 ひみこは、自分を捨てた親を見返そうと決意した。 やがて彼女は、アレックスのサポートで国民のアイドルになっていく……。 両親はなぜ、娘を捨てたのか? 富豪と少女の関係は? これは、最後の「日本人」少女が、天才技術者の息子と過ごした五年間の物語。 完結しています。エブリスタ・小説家になろうにも掲載してます。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...