レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第26章 装備品

オレンジのショットガン

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 杉田の視線は興味深い機械に向けられていた。ただ黙り込み、じっと考えを巡らす老刑事。確かにアイシャの提案は呑めないものでは無い。それでもそんなに簡単に十五人から一人の犯人を特定できる装置が開発されていたなどと言う寝耳に水の話を信用していいのかどうか。

 沈黙は長く、永遠に続くかに思えた。そしてその一つを手に取るとようやく心を決めたというように杉田は立ち上がった。

「それでは警邏の担当者と話を詰めますので……この機材は……持って行ってもいいんですか?」 

「すべてお持ちいただいてもよろしいですよ……なんでしたら運びましょうか?警邏課まで」 

「いえいえ……」 

 アイシャのサービス精神に杉田はきびすを返すとそのまま部屋を出て行った。先ほどまでイライラを溜め込んだ表情をしていたかなめがにんまりとタレ目をさらに酷くしている。

「なに?その顔」 

「いいじゃねえか……それにしてもオメエにしてはよくやった。愉快痛快って奴だ」 

 かなめとアイシャ。二人ともニヤニヤしながら席に戻った。カウラは何とか乗り切ったと言うように慣れない東和警察の襟の形を気にしながら席に戻る。

「これで一段落……と言うかしばらくはすることがなくなるわね」 

「そうか?いきなりドカンと本命にぶち当たるかもしれねえぞ。それにしてもこの機械……使えるのか?」

「さあ……」 

 首をひねるアイシャにかなめは呆れた表情を浮かべていた。

「使えるかどうか分からない機械で何する気だ?」 

 思わず叫んだかなめの肩をアイシャが叩いた。

「いい?かなめちゃん。相手は今回これまでのいたずら以上のことをやってのけた。違う?」 

 アイシャの表情がふざけたものから真剣なものに一瞬で変わった。

「まあな。人が一人死んだんだ」

 しぶしぶかなめはそう言った。
 
「じゃあこれまで以上に警戒感が強くなってるわよね。当然身を守るべく法術を発動する可能性は高くなる。これも理解できる?」

 子供をなだめすかすような調子のアイシャの言葉。かなめも筋は通っているアイシャにはうなづくしかなかった。 

「地道な市民との協力関係を築いている豊川警察署の皆さんの情報網。多少はあてにしましょうよ。そして十分な事前調査をした後には……あれの出番が来るかもしれないしね」 

 そう言って先ほどの箱の隣の黒いケースを指差すアイシャ。そしてその姿から誠も中身が大体想像がついた。

「ショットガンですか?」 

「低殺傷性のね」 

 誠の質問にあっさり答えるアイシャを見るとすばやくかなめが立ち上がる。慣れた調子でその一番上のケースを運んできてテーブルの上でふたを開く。

「相変わらず派手な色ね。警察も」 

 その蛍光オレンジで染め上げられたショットガンにアイシャは苦笑いを浮かべた。

「実弾入りと区別がつかないとどこでも困るんだよ。元々低圧の制圧弾やゴム弾を使用するんだ。実弾入りのショットガンと同じ色だと最悪バレルが破裂なんてことにもなりかねないからな」 

 そう言うとかなめはショットガンを取り出しすばやくそのフォアエンドを握り締めて引く。かなめの顔が何か引っかかるようなことがあるというように曇る。そしてそのまま同じ動作を何度か繰り返してから銃をまじまじと見つめていた。

「弾はここの装備課からの支給になるな」 

 カウラの一言に手にしていた銃を抱えるとかなめは明らかに不満そうな顔をしていた。

「弾も警察持ちか?信用できるのかよ。弾のトラブルでバレルが破裂なんて洒落にならねえぞ」 

 かなめの言葉にカウラも複雑な表情を浮かべた。

「一応これも東都警察の借り物だ。違う系統の弾丸の使用許可など出ないだろうな」 

 そう言うカウラを無視して銃を構える振りをするかなめ。その表情は冴えない。

「確かにキム君の選んだ弾なら信用できるけど……元々こういう非殺傷銃器の扱いなんて素人の東都警察の下っ端のこの署の銃器担当者の選んだ弾でしょ?いざと言う時不発で泣くのは私達だからねえ……」 

 アイシャの表情も冴えない。誠はわけも分からず目の前に置かれたオレンジ色の塗装が施されたショットガンを眺めていた。

「そんなにトラブルとかが多いんですか?低殺傷性の銃弾って……」 

「オメエははじめはリムファイアの22LRのルガーを使ってたからな。遅発、暴発当たり前のあれよりはましだと思うが……」 

 かなめはショットガンをテーブルに置くとそのまま座って分解を始める。

「元々低圧力の稼動ということで調整されているはずだけど……場所によってはただ色を塗っただけのを支給しているところもあるのよ。そう言うのでセミオートで撃てばバレルの破裂は大げさとしてもガス圧が安定しなくて……」 

「排莢不良ですか?それとも……不発?」 

「両方だね。銃で問題になるような出来事はいくらでも起きうる。キムの奴のメンテナンススキルは伊達じゃないんだ。お前さんのスタームルガーもモーゼルパラベラムも気難しい銃のわりにしっかり動いてるだろ?奴はその程度のことはやってのけるのさ」 

 珍しく人を褒めるかなめを見て誠は小火器担当にして部隊の二番狙撃手であるキム・ジュンヒ少尉のごつい顔を思い出していた。

「それじゃあ今回も……」 

「神前。そんなに気にするな。とりあえず手動で対応すれば不発はそのまま無視して排莢すれば問題ない」 

「カウラ。甘ちゃんだぞ。相手は必死の演操系法術師。どうなるかなんて読めないんだからな」 

 かなめの顔はいつもの残酷さを帯びたまま銃を解体していく。

「どう、かなめちゃん」 

「油はちゃんとさしてある……っていうかこいつは一回も撃ってないな……部品のエッジが立ってやがる。慣らしでもやらないとどうなるか分からねえぞ」 

「勘弁してよ……こいつをセミオートで撃ったら絶対トラブル起こすわよ」 

「ならポンプアクションのみで対応しろ」

「冷たいのね、カウラちゃんは」 

 アイシャはそう言うと自分の銃をまじまじと眺める。

「犯人の特定は人任せ。特定できても獲物はこれ。できれば自首とかしてくれないかしら」 

 アイシャはそう言ってポケットから取り出した銃器用の携帯工具入れを取り出す。そしてそのままかなめが指でこじ開けた銃身の下にある弾倉部分を開きにかかった。

「そんなに簡単に話が済むなら警察はいらねえな」 

 警察官の制服を着ているかなめがつぶやくと誠から見てもかなり滑稽な光景に見えた。
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