レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
581 / 1,503
第18章 行動開始

行動開始

しおりを挟む
「それじゃあ……方針はそれで決まったわけだから行こうじゃねえか」 

 かなめはそう言うと東都警察の紺色のジャンバーを肩に突っかけるようにして立ち上がる。とりあえず誠達が始めることにしたこと。それは新規の住民登録を行なった人物をすべて見て回ると言う地道な行動だった。

「しかし……本当にお巡りさんは大変よね。武装は拳銃とショットガンだけ?」 

「ゴム弾入りの非殺傷弾入りだ。しかも一発撃ったら始末書一枚だそうだ」 

 アイシャもカウラも顔色は冴えない。司法局の丙種装備よりも落ちる装備に不満を言いたい気持ちは誠にもよく分かった。相手は法術師の能力を乗っ取る化け物である。空間制御系の法術を使われればショットガンなどお守り以下なのは嫌というほど分かっている。

「でも準軍事行動じゃないんですから実弾は……」

 不満そうな女性陣を落ち着かせようと口を開いた誠。そんな彼を明らかにあざけるような視線でかなめが見つめてきた。 

「奇麗事は良いけどよう。オメエは租界で撃ちまくらなかったか?」 

「撃ちまくるのは誠ちゃんじゃなくてかなめちゃんでしょ?それ以前に誠ちゃんの下手な鉄砲を市街地で撃ちまくられたら私も困るわよ」 

 入り口に立ってニヤニヤ笑っているかなめを押しのけるようにしてアイシャはそのままドアを出た。そしてそこで何かとぶつかってよろめく。

「ごめんなさい……ああ、ラーナちゃん」 

 大柄なアイシャはよろめく程度で済んだが走ってきた小柄なラーナは廊下に倒れてぶつけたひじをさすっていた。ラーナはすぐに手にした荷物が無事か確認すると申し訳なさそうにアイシャを見上げた。

「あまり廊下は走るものじゃないな……」 

「すいやせん!ベルガー大尉!」 

 カウラを見つけてすぐに立ち上がって敬礼をするラーナ。さすがに司法局法術特捜本部の捜査官と言うこともあって警察の制服はしっかり板についている。彼女ならこの手詰まり状態を打破してくれると誠は期待して彼女を見つめていた。

「神前曹長……」 

「ああ、こいつは巡査部長だそうだ」 

「そうなんですか?」 

 ニヤニヤ笑っているかなめから話を聞いてラーナは少しばかり得意げに誠を見上げていた。

「まあ無駄な挨拶は抜きにして、失礼するっす……」 

 そう言うと慣れた手つきで中央のテーブルに腰をかけたラーナは、手にした大きなバッグから携帯端末を取り出すと、手早く立体画像表示システムを起動した。すぐに近隣の交番のデータがオープンになり、その近辺のアパートの状況を表示する画面が移る。

「やはり捜査の基本は地道な聞き込みっすよね。恐らく犯人は年明け前後にこの豊川に転居してると思われるっすから各交番に新規の入居者のいるアパートやマンションを訪問する指示するっす」 

「良いのかよ……簡単に言うけど。アタシ等は捜査会議にも出れない身分なんだぜ。それに訪問するって言ったって用件はどうするんだよ。『あなたは犯人ですか?』とか聞いてまわる気か?」

 パイプ椅子に腰を下ろすと、自嘲気味な笑みを交えてつぶやくかなめにラーナはこともなげに微笑んで見せる。 

「訪問の名目については問題ないっす。防災関係の書類を持たせて訪問てえ形をとるっす。それに先程ここに来る前に刑事課に寄ってきたっすからすでに話は通ってるっす」 

 かなめの不安そうな顔に淡々と答えるラーナの顔が面白くて誠が噴出しそうになる。それに殴るポーズをするかなめ。それを無視してラーナは端末の画面を切り替えた。

「現在15万件分のアパートやマンションが対象になるっぽいすけど、犯人が法術適正のある人物と仮定した場合、正直あまりいい物件には出会わないっすから……」 

 そう言うとすぐに画面が検索中のものに切り替わる。そして豊川市内の地図に赤い点と青い点が点滅する画面へと切り替わった。赤い点はどちらかといえば駅の周りや旧街道の周りという再開発前の古い町並みの中に集中している。一方青い点は新開発の公営団地や新しく延伸された私鉄の路線近辺に散らばっていた。

「この赤い点がかつて警察が捜査のために入ったことのあるアパートやマンションす。一方青いのが捜査を受けてねえマンション。青い点の方は正直あまり当たりが無いと思ったほうが良いっす。警邏の担当者も都合があるっすから赤い点から優先的に聞き込みを開始するのをおすすめするっす」

 事も無げに言うラーナの言葉に誠達はただ感心しながら聞き入るしかなかった。 

「あれか……建ててから年数が経ってるとか、駐車場が無いとか……条件が悪くてあまり入居者を選ばない物件の方が当たりを引く可能性が高いということか?」 

 あごに手を当てながら納得しながらカウラがうなづく。

「ベルガー大尉。さすがっすね。悲しいことっすけど入居条件の緩いところのほうが犯罪発生率は高いっすから。そこでさらに念を押す意味を込めてこの赤い物件に関しては直接私達が訪問するっす」 

 ラーナはそう言うと今度は地図から表へと画面を切り替える。

「おい、ラーナ。ずいぶん簡単に言うけど……それなりに数があるぞ?」

 あっさり『直接訪問』などと口にするラーナを慌てたような声でいさめようとするかなめ。だがラーナはまるで動じることなくそれに答える。 

「西園寺大尉も心配性っすね。この前の同盟厚生局の事件に比べたら調べる範囲は半分以下っすよ。しかも私達は司法局から法術関連の専門家ということで捜査に参加って形っすから。率先して捜査活動を行わないと行けないのは任務上仕方の無いっすよ」 

 思わず笑いを漏らしているラーナ。アイシャも納得がいったように腕組みをしながら頷いている。

「当然分かれての捜査になるな。全員でまわるのは効率が悪すぎる」 

 カウラはそう言うと誠達を見回した。

「西園寺と神前。それにカルビナで回ってくれ。私とアイシャで行動することにする」 

「えー!なんで私とカウラちゃんなの?それになんでカウラちゃんがそう言うことを決めるのよ。私は警部!カウラちゃんは……」

 まるで子供のように抗議するアイシャにカウラは穏やかな笑みを湛えながら続けた。 

「お前はサボるからな、ほっとくと。それに司法局では階級はあまり意味は無いってことになってるだろ?先に決めたほうが勝ちだ」 

 カウラはそう言うと自分の小型携帯端末を胸のポケットから取り出しラーナの情報のダウンロードを始める。

「さてと……犯人め!見つけたらギトンギトンに伸してやる」 

「西園寺さんそれだけは止めてください」 

 パンチのポーズをとるかなめを誠がなんとか眺める。そんな誠達の様子を端末をしまいながらラーナは楽しそうに眺めていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

潜水艦艦長 深海調査手記

ただのA
SF
深海探査潜水艦ネプトゥヌスの艦長ロバート・L・グレイ が深海で発見した生物、現象、景観などを書き残した手記。 皆さんも艦長の手記を通して深海の神秘に触れてみませんか?

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

魅了だったら良かったのに

豆狸
ファンタジー
「だったらなにか変わるんですか?」

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

レジェンド・オブ・ダーク遼州司法局異聞 2 「新たな敵」

橋本 直
SF
「近藤事件」の決着がついて「法術」の存在が世界に明らかにされた。 そんな緊張にも当事者でありながら相変わらずアバウトに受け流す遼州司法局実働部隊の面々はちょっとした神前誠(しんぜんまこと)とカウラ・ベルガーとの約束を口実に海に出かけることになった。 西園寺かなめの意外なもてなしや海での意外な事件に誠は戸惑う。 ふたりの窮地を救う部隊長嵯峨惟基(さがこれもと)の娘と言う嵯峨茜(さがあかね)警視正。 また、新編成された第四小隊の面々であるアメリカ海軍出身のロナルド・スミスJr特務大尉、ジョージ・岡部中尉、フェデロ・マルケス中尉や、技術士官レベッカ・シンプソン中尉の4名の新入隊員の配属が決まる。 新たなメンバーを加えても相変わらずの司法局実働部隊メンバーだったが嵯峨の気まぐれから西園寺かなめ、カウラ・ベルガー、アイシャ・クラウゼの三人に特殊なミッションが与えられる。 誠はただ振り回されるだけだった。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...