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第15章 暴力捜査官

変えられた日常

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「怪我人は無しか。いいことじゃねえか」 

 全焼した廃屋を見上げながらかなめがつぶやいた。すでに能力暴走を起こしてパニック状態に陥ったパイロキネシス能力者の豊川商業高校の女子生徒は警察署へ向かうパトカーに乗せられて消えていた。

 あたりは消防隊員と鑑識のメンバーが焼け焦げた木造住宅の梁を見上げて作業を続けていた。

「これでもう例の犯人は豊川市に拠点を移したと考えるべきかな……」 

「カウラちゃんが珍しいわね。ちょっと結論急ぎすぎじゃないの?」 

「まあ私も『近藤事件』以降は考え方も変わったからな。法術に関してはどんどん先回りして考えないとな。被害が大きくなってからでは遅いんだ」 

 カウラは張り巡らされた黄色いテープを持ち上げて現場に入る。アイシャやかなめ、誠もその後に続く。焦げ臭い香りが辺りにに漂っていた。現場の鑑識の責任者らしい髭面の捜査官がカウラに敬礼をした。カウラ達も敬礼をしながら辺りを見回した。

「ああ、司法局さんからの出向している方達ですか」  

「よくご存知で」

 鑑識の男の笑み。専門技術者らしく署長はじめとする豊川署の警察官僚の含むところのある笑みとは違う頼りにしていると言っているような笑顔だった。久しぶりに誠も警察の人間の言葉をそのまま信じてみることができるような気分になっていた。

 だがすぐにその顔は周りの生暖かい目で見る刑事達と同じ色に染まり始める。組織の壁はやはりどこでもとてつもなく高い。 

「まあ……うちは狭いですから……それに噂はかねがね」 

 含むところがあるというような笑みにカウラもあわせて乾いた笑顔を浮かべた。

「連れていかれた女の子が……いわゆる『被害者』と言う奴ですか?」 

 誠の言葉にうなづきながら鑑識の男は辺りを見回した。彼が口を開くより早く、現場の責任者らしい頭頂部まで禿げ上がった髪が目立つ定年間近と言う風な感じの巡査部長は誠の階級章を見ながら頭を掻きながら前に出てきた。その姿を見て鑑識の髭の男はそのまま先ほどまで続けていた燃えた廃屋の前の道路に散らばった家の破片を集める作業を再開した。

 巡査部長は余計なことを鑑識が言わなかったかと威圧するような視線で髭の男を見送ったあと明らかに面倒な相手をあしらうような口調で説明を始めた。

「今のところパイロキネシストの能力を使用しての放火と考えるのが妥当ですな。事実、我々が探し出した宅配便の運転手の証言でこの道路から見える壁が一気に発火したと言うことが分かりましてね。物理的にそう言う燃やし方をすれば出る科学物質の反応もないですから……すぐに非常線を張りましたから他にパイロキネシストがいたとは考えられません。まず間違いなく彼女のパイロキネシス能力が利用されてこの建物が燃えたのは事実だと……」 

 いかに自分達がこの捜査の主役か強調したいと言う意図が満々の口調に明らかにかなめは苛立ちを隠せない様子だった。アイシャの押しとどめる手を叩き落としてそのまま同じくらいの背の警部に挑戦的な視線を送っている。

「で、その餓鬼が何か言ってたのか?」 

 警部補の階級章のかなめに見つめられると頬を緊張させながら巡査部長が頭を掻く。

「まあかなりパニック状態で……本部で改めて調書を作成したときに……」

「悠長だねえ。その間にまた一つ二つ事件がおきるんじゃねえの?」 

 かなめの言葉にはいつもの凄みがあった。言っていることにも間違いが無いだけに巡査部長はどぎまぎしながら言葉を続ける。

「聞き出せたことは……自転車でこの道に入ってしばらくしたら意識が朦朧として気が付いたらこの廃屋が燃えていたと……」 

「ほう?気が付いたら?放火の意図があったかどうかは確かめて無いんですか?」 

 やけに丁寧に口を挟むかなめにむっとした表情を浮かべる鑑識の責任者の巡査部長に誠はいつの間にか同情していた。

「ですがこれは都内で昨年から続いている……」 

「んなこと聞いてんじゃねえんだよ!」 

 口答えをする相手にかなめが切れた。突然の恫喝の声。先ほどまで誠達の相手をしていた禿の鑑識が驚いて振り返りあんぐりと口を開けている。

「あの餓鬼が嘘ついているとか考えたことがねえのか?あ?」 

「しかし……それじゃあ演操術の法術師はいないということであなた方はただの無駄飯食い……」 

 思わず本音が出て口をつぐむ鑑識の隊長。かなめはそれを見て満足げにうなづく。

「かなめちゃん。いじめはいけないのよ」

 さすがにアイシャはここでかなめを止めにかかった。このままならいつまでもかなめは目の前の巡査部長をつるし上げるばかりで話が進まない。 

「いいだろ?合法的なストレス解消法だぜ」 

「まったく趣味が悪いな」 

 いつものことなのでアイシャもカウラもニヤニヤと笑っていた。その様子が薄気味悪いと言うように巡査部長は襟を揃えると去っていった。見てみるとそこにはようやく到着した幹部と思える背広の警察官がいてすぐに敬礼すると誠達が入ることすら許されなかった廃屋の敷地へと彼等を案内している。

「間違いなくこっちに来たんだな。人の褌で相撲をとる馬鹿が」 

 これ以上の詮索はただの無駄。そう判断して振り向いたかなめのその言葉に一瞬で真顔に戻ったカウラとアイシャがうなづく。誠はただいつものように彼女達が暴走しないように見張っていた。

「でも……放火魔ってこう言う野次馬の中にいることが多いんですよね。それにさっき法術師はすべて調べたなんて態度でしたけど法術適正は任意でしょ?」

 誠は話題を変えようと野次馬達に目を向けた。何名かの警察官が時々野次馬に声をかけて質問をしているようだが、時折逃げていく人物もいるのでとてもその質問が役に立っているようには誠には見えなかった。

「まあね。本来法術について知らなかった現場の捜査官の認識なんてそんなものよ。あの連中じゃまず犯人逮捕は無理ね」

 住宅街のお化け屋敷が延焼したことで遠くを見るとさらにこの騒動を見ようと人が集まっているのが見える。

「しかもここの捜査官の調べてるのは実際に火をつけた人間ばかりだ。この事件の主犯は火をつけるんじゃなくて火をつけさせるんだからな。放火魔みたいにいつまでもこの現場にいるかどうか……なあ、アイシャ」 

「私に聞かないでよ。放火魔の心理なんて知らないわよ」 

 迷惑そうにかなめに向かって言うアイシャ。誠はただ訳もなく野次馬達が増えていく様を眺めていた。

「ともかく例の不動産屋めぐりを始めねえとな。いつ人死にがでるかわからねえ」 

 かなめの言葉に誠達の顔に緊張が走った。法術関連の事件は誠がその存在を示して見せた半年前の『近藤事件』以来、増加の一途を辿っていた。好奇心で受けた法術適性検査で突然自分に力が宿っていることを告げられた人物が暴走する話。そんな事例は法術特捜の首席捜査官の茜から嫌と言うほど聞かされていた。

 ほんのちょっとした好奇心でそれは始まる。それがいつの間にか人を傷つけるようになり、さらに重大な事件を起こすことになる。そんな典型的な法術関連事件。今回は趣が違うが確かに自分の力の使い方が来るって着ているという意味で同じ様相を呈してきた。

「じゃあ私達の捜査を始めるとするか」

 すでにカウラは車の運転席に乗り込もうとしていた。その赤いのスポーツカーに誠達は乗り込む。後部座席に押し込まれた誠が現場検証中の刑事達を見れば、まるで哀れんでいるような薄笑いを浮かべて誠達が車を出すのを眺めていた。

 細い路地を抜け幹線道路へと車は進む。

「愉快犯ですかね」 

 誠の一言ににんまりと笑うかなめ。そして次の瞬間誠の足はかなめのチタン合金の骨格を持った右足に踏みしめられた。

「痛いですよ!西園寺さん!」 

「当たり前だ。痛くしてるんだからな」 

 かなめのそんな言葉に振り向いたアイシャが苦笑いを浮かべている。カウラはまるで聞いていないと言うように変わる信号の手前で車を止めた。

「まだまだ小手調べ程度の気分だろ。この前の婆さんを標的にした時は珍しく空間制御で時間軸をいじると言う大技を使ったが、まだ空間制御系の法術を借りて何かをするって所までは考え付いていないみたいだからな。アタシなら次は干渉空間展開能力のある奴を見つけて宝飾品店に忍び込んで……」 

「ずいぶんリアルね。自分でやる気?」 

 アイシャが茶々を入れたので身を乗り出そうとしたかなめだが、カウラはうんざりしたと言うように車を急発進させた。

「おい!ベルガー!」 

 後頭部を座席にしたたかぶつけたかなめが叫ぶ。だがカウラは振り向くこともしない。

「お前さんがさっき作ってたハイキング表の通りに行くつもりだがいいか?」 

「カウラちゃんはクールねえ。上官命令、それでいきましょう」 

 かなめは複雑な表情でうなづく以外にすることは特になかった。再びカウラは左にウィンカーを出すと一方通行の横道へと車を乗り入れた。表通りから見えるビルの裏は曲がりくねった道。かつての街道筋のままの細い道の両側に狭い店舗が続いている。

「ったく場当たり的な造成しやがって……再開発はまだなのか?」 

「かなめちゃんのお小遣いで何とかすれば?」 

「やなこった!」 

 かなめとアイシャのやり取りに誠はつい噴出す。すぐにかなめのタレ目が威圧するように彼をにらんでいく。店が終わると今度はトタンでできた安っぽい壁ばかりが並ぶ平屋の家々の中へと道は進んだ。
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