レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第12章 出向

座敷牢

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 左側に並ぶ部屋はそれぞれ捜査関係の部署らしく私服、制服の署員がひっきりなしに出入りを繰り返していた。男はその部屋をまるでそんなものが存在しないと言うようにまん前を向いたまま歩き続ける。

 なかなかたどり着かなかったが、エレベータルームを通り過ぎて人気がなくなると男の足取りは急に遅くなった。いくつかの閉まったままの扉。そのどれを開くか迷っているように何度か身を翻した後、その中の真ん中の一番地味な扉を男は開いた。

「おう、来たか」 

 すでに東都警察の制服に着替えていたかなめが目に飛び込んでくる。黙っていれば制服が似合う彼女らしく襟に警部補の階級章を光らせている。

「そういえば大丈夫?神前……一応巡査部長扱いでよかったんだな」 

 カウラから誠に巡査部長の階級章が手渡された。

「それにしても……私は似合う?」

 カウラとかなめが警部補の階級章をつけているのに対し、アイシャのそれは警部のものだった。いつも東都警察の巡査部長の制服を着ているはずのラーナだが彼女の姿はなぜか見えなかった。

「おい、とっちゃん坊や。何でこいつが警部なんだ?」 

 誠をつれてきた男にかなめは喧嘩腰で食って掛かる。誠は止めようと手を伸ばす体勢で話を聞いていた。

「いやあ、僕は事務方だからねえ……」 

「事務屋だと現場のことがわからねえって言う気か?うちでさえ管理部門の大将はアタシ等の行動も把握済みだぞ。なんだか東都警察も……」 

「黙れ、西園寺!」 

 カウラが思い切りテーブルを叩く。

「一応、これでも仲がいいんですよ……ねえ?」 

 さすがにかなめの暴走が予想を超えていたのでフォローを入れるアイシャだが、にらみ合うかなめとカウラを珍しそうに眺める男の目に浮かんだ軽蔑のまなざし。こう言うことに敏感なかなめは怒りのようなものを覚えているらしいことは誠にも分かった。

「まあ……とりあえずこちらの部屋を使用してください。それと連絡は杉田と申すものが担当しますので」 
 それだけ言うと男は出て行った。いつもの面々だけになると誠達は部屋の様子を思い思いに見回した。

「用具室か。結構片付いているんだな。うちの部隊とは……」 

「でも本来人のいるとことじゃないんじゃないの?ここ」 

 カウラは何とか自分を納得させるようにつぶやくがそれをアイシャがぶち壊す。確かに何もなかった。端のほうに書類のダンボールが山積みにされ、とってつけたようにいつのころの時代のものかと聞きたくなる端末が置かれた机と椅子が四つ並んでいる。

 ノックの音がした。

「どうぞ」 

 アイシャが当然のように答える。入ってきたのはかなりくたびれた背広を着た定年間際と思われるやせぎすの男だった。

「杉田さんですね」 

 アイシャの言葉にそれまでの無表情が人懐っこいものへと変わる。

「ええ、まあ」

 杉田の返事にアイシャは満足げにうなづく。かなめは相変わらず不機嫌そうに周りを見回している。

「ひでえ部屋だな」

「実は……上からの指示でね。本来なら大事な助っ人だ。いい部屋を用意しておくべきなんですけどねえ」 

 杉田氏が口を開くまでもなく誠達はこの惨めな有様が東都警察上層部の意図だと言うことを理解していた。

 同盟厚生局事件。一応外面的にはテロリストによる法術データ強盗事件と言う発表で落ち着いているが、三ヶ月前のその事件は厚生局による違法法術研究の事故が原因であり、その為に東都警察と司法局実働部隊が対応に当たったことは司法関係者なら誰もが知っていることだった。

 その時、虎の子の法術対応即応部隊を投入しながら何一つ点数を稼げなかった東都警察が、暴走する実験体を対峙して見せた誠達に明らかに嫉妬していると言う噂は散々聞いていた。

 そしてその結果が目の前の哀れな現状だった。仕方がないというように顔を怒りで引きつらせながら椅子に座るカウラ。かなめはもう怒りを通り越して呆れてそのまま窓から外を眺めている。

「空調はちゃんと効くのね」 

 そう言いながらアイシャはそのまま奥の空調機を確認する。誠はただ黙って杉田の顔を眺めていた。

「ご不満でも?……まあ不満でしょうね」 

 急にそれまでの杉田の柔和な表情が緊張する。一応は東都警察の警察官。しかも見るところベテランであることは間違いない。にらみを利かせるように言われれば誠はただ黙ってうなづくしかない。

「……捜査関係の資料は閲覧できるのですか?」 

「当然です。ただし……プロテクトがかかっている部分については……」 

「安心しな。うち専属のハッカー吉田は本隊でお寝んねだよ」 

 半分やけになったようにかなめは叫ぶとそのまま近くの席に腰を下ろした。

「それではよろしくお願いします」 

 そう言うと杉田は見放すようにドアを閉めて消えていった。

「予想したよりはかなりましなんじゃないの?」 

 早速端末を起動させながらアイシャがつぶやいた。

「でもなあ」

「西園寺。結果で示せばいい事だ」 

 カウラの言葉にかなめは渋々うなづく。誠はただ不安で一杯になりながら自分の襟に巡査部長の階級章を取り付けていた。
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