570 / 1,531
第11章 時代行列
時代行列
しおりを挟む
ハンガー奥の用具室の中。並んでいるのが源平絵巻の大鎧だという時点ですでにかなりシュールだった。それでも室内の隊員達はまるでそれが当然のことのように神妙な顔つきで作業を続けている。
「目撃者無し。証拠物件も挙がらず……まあ元々期待はしていなかったがな」
大鎧の盾を誠に外してもらいながらカウラがつぶやいた。節分の時代祭りでの武者行列。司法局実働部隊が設立されてから豊川市の時代行列の源平合戦武者行列は一気に歴史マニアに注目されるイベントになっていた。
基本的には士官は大鎧で馬に騎乗し、下士官以下は腹巻姿でそれに従う。
しかし、馬との相性が最悪のカウラは他の士官達が最低でも隊から貸し出した胴丸を着た乗馬クラブの係員に引いてもらいながらよたよたと騎乗を続ける中、去年は一人重そうな大鎧を着こんで一人歩いて行進していたと言う。今日のグラウンド一周の練習の時も嵯峨の顔で借りた乗馬クラブの馬との相性の悪さを再確認させるようにそもそも馬の轡に触れることすら出来ないで少し落ち込んでいるように見えた。
すでに自分で緋糸縅《ひいとおどし》の西園寺家伝来の縁の大鎧を脱ぎ終えて狩衣姿のかなめが扇子を翻しながらカウラを冷やかすタイミングを計っていた。
わいわいと年に一度のイベントと言うことでお互いの胴丸姿を写真に撮り合っていた警備部の金髪の隊員達。さすがに飽きが来て部屋の隅で鎧をしまっている運行部の女性陣の手伝いを始めて視界が開ける。するとかなめの表情は一気に呆れたようなものに変わる。
「それにしても……アイシャ」
扇子を懐に収めるとかなめが大きくため息をつく。その目の前には他の隊員とはまるで違う鎧姿のアイシャがいた。
「なに?かなめちゃん」
「その鎧やっぱおかしいだろ?おかしいと思わないのか?」
「いいじゃないの。これは私の私物なんだから」
そう言って鉄でできた胴を外すアイシャ。彼女だけは戦国末期の当世具足姿だった。剣術道場の息子で多少そういう知識もある誠も違和感を感じはするが、どうせアイシャに何を言っても無駄なのは分かっているのでただ黙ってカウラが鎧を脱ぐのを手伝っていた。
「そう言えばシャムは?」
かなめは床机に腰をかけて一月の寒さを身に受けながらも平然と扇を弄っている吉田に声をかけた。
「あいつか?馬の世話だよ。それにしてもなんだ……お前等の追っている事件」
「別に追ってるわけじゃねえよ」
「なら気にならないわけだな」
そっけなく言うと吉田は立ち上がった。
「いや……アタシ等の担当じゃねえけどさ。気になるじゃねえの。他人の能力で相撲を取る卑怯者……うちは法術とは因縁があるしさ……何か知っているのか?」
明らかに素直さに欠けるいつものかなめの姿を見ると満足したように吉田は再び床にどっかりと腰を下ろす。
「なあに、今回の事件の情報に関しちゃ俺の知ってることと茜のお嬢さんの知ってることの差なんてほとんど無いよ。ただ……」
「ただ?」
もったいぶった吉田の態度にカウラはいらいらしながら吉田に話を促すような相槌をいれた。
「こう言うイカレタ連中を相手にしてきた経験が長い者から言わせて貰うとだ。急に犯行の場所が飛んだことにはそれなりの理由があるはず……と考えるのが自然だな。犯人の拠点が東都西部に移った……たまたまこちらに来て悪戯の虫が騒いだとしてこちらに来る特別な何かの理由があるのか……」
「吉田少佐。もしかして住民認定の記録を全部見たんですか?」
呆れたように口を挟んだ誠に吉田がうなづく。
「でもなあ……法術関係の資料は極秘扱いだ。俺でも簡単には開けない。そこで法術特捜の名前で捜査令状を……」
「無茶をおっしゃらないでいただけます?」
そこにはいつの間にか鎧兜の並んだ部屋にふさわしいような和服姿の茜が立っていた。
「あっお嬢さんいらしたんですか?」
吉田は胡坐の姿勢からさっと立ち上がると平安武者の臣下よろしくさっと片膝をついて茜に伺候する。
「吉田少佐。そんなに卑屈にならないでいただけます?」
いつものように優雅に空いた丸椅子に腰掛ける。当然のようにその隣には荷物を持ったラーナが立っている。
「卑屈にもなりますよ……捜査に関しては嵯峨のオヤジさんが助けを呼ぶまで手を出すなって言われてますし」
「じゃあさっきの話だとすでに手を出しているみたいですわよね」
いつもの氷のような流し目で吉田を一瞥して黙らせるところは茜の父が遼州一の悪党と呼ばれる嵯峨惟基であることを再確認させた。冷たく澄んでいてそれでいて見ているものを不安にする何を考えているのか読めない見せ掛けのような微笑を作る技。誠はいつ見てもその表情の作り方に親子の面影を見て感心させられていた。
「法術絡み。特に調査がほとんど及んでいない能力を持った馬鹿が相手だぜ?多少法の目をくぐって無茶をしてもさっさとあぶりだすのは得策じゃねえのか?今は人死にが出ていないんだ。そのうち暴走してどうなることやら……」
かなめの言葉には誠もカウラもうなづくしかなかった。
「でもそうなれば東都警察は面目丸つぶれよね。またマスコミからうちの暴走を止められずにそれどころか手柄まで持ってかれたなんて書かれて……。まあ、『税金泥棒』の称号がうちから東都警察に移るのは結構なお話だけど……」
鉄製の重い胴を外して伸びをしながらのアイシャはそうつぶやいた。誠はやはり自分が組織人であることを再確認した。
「よくわかっているじゃねーか」
そう言って歩いてきたのはすでに勤務服に着替えを終えて半分笑顔を浮かべているランだった。
「今回は多少は東都警察に活躍してもらわなきゃなんねーんだ。きついぞ、人に手柄を取らせるってのは」
ランは頭を掻きながら部屋の隅の折りたたみ椅子を小さな体で運んでくる。
「クバルカ中佐!お願いがあるんですが!」
「アイシャ……萌えたから抱きしめさせてくれってーことならお断りだかんな」
笑顔のアイシャをランは警戒するような瞳で見つめる。それをみてカウラが噴出しそうになる。
「信用無いですねえ。私」
「まあいつものことだからな」
そう言いながらかなめは小手を外す作業に取り掛かった。
「それよりクラウゼ。お願いはどーした?」
ようやくランは話を戻そうとした。しばらくアイシャは話を振られたことを気づかないように突っ立っていた。
「早く話せよ。くだらねー話ならぶん殴ってやるから」
指を鳴らしながら小さなランがすごんで見せる。誠から見てもその光景はかなり滑稽だった。ランの身長は118cm。一方のアイシャは180cmを超える。小学生がプロスポーツ選手を脅迫しているようにしか見えない。つい笑いがこみ上げてくる。
「私達を派遣してくれませんか?豊川署に」
『は?』
時が止まったようだった。誰もがアイシャの言葉の意味を理解できずにいた。ただ一人吉田は納得したようにうなづいている。
「あれか。法術関係捜査の実績はあるからな。その経験を生かしての助っ人と言うことなら……受け入れてくれるかもしれないねえ」
吉田の言葉にようやく全員がアイシャの意図に気づく。そしてその視線は自然と法術特捜の全権を握る茜へと向けられた。
茜は襟元に手をやりしばらく考えていた。
「別にはったりじゃないですし……実績ならありますよ。厚生局事件の報告書は豊川署でも閲覧できるはずですから」
アイシャの言葉に茜は小首をかしげて考えにふける。その肩をランがぽんと叩いた。
「アタシは無理だが……クラウゼにベルガーに西園寺に……神前。これで十分だな」
「え?島田君達は?」
そんなアイシャの言葉に首を振るラン。彼女も一応この部隊の主である技術部部長、許明華大佐の部下に隊を離れる命令は出せないことは誰にも分かっていた。
「お前等経由なら色々情報も豊川署に流してやれるし……あちらも所轄の玉石混交とはいえそれなりに膨大な資料を扱っているんだ。俺等の知らないことも知ってるはずだしな」
なんとも他人事のように吉田はそう言うと立ち上がった。
「いいんですか?隊長の許可は……」
カウラの言葉にランはわかっているというようんいにんまりと笑う。その笑顔は頼もしく『アタシに任せろ!』と太鼓判を押しているとこの場の誰もが思っていた。彼女はそのまま何も言わずに満足げにうなづくと足袋を脱げないでいるカウラの足に手を伸ばした。
「おい、ちょっと足を上げろ」
いきなり手を出されて驚いたカウラはランに言われるままに足を上げた。そしてそのままランは椅子の横棒に載せた右足の足袋をとめている紐を緩め始める。
「実は……おやっさんから言われててな。今回の件。誰か志願する奴がいれば捜査に当たらせてやれってよー」
器用に紐を解いていく小さなランの姿を見ながらアイシャが少しだけ目を潤ませていた。
「ランちゃん……」
「おやっさんのお考えだ。それと今アタシのことを抱きしめてみろ……ぶっとばすからな」
そう言われるとアイシャはがっくりとうつむいてしまう。それを見ながら黙々と作業を続けてワイシャツに袖を通しているかなめが大きくうなづいていた。
「まあ叔父貴だからな……裏で何を考えているのやら……まあアタシも今度の事件の馬鹿野郎には着物代を弁償してもらわないといけねえからな」
「かなめちゃんも手伝ってくれるの?」
アイシャは目を潤ませて手を合わせる。かなめは思わず引き気味にうなづくとそのまま無視してランに目を向けた。
「で、現在の豊川署の捜査担当の部署は?」
「あそこは捜査二課だそうだ。しかも専従捜査官はいねーそうだ……危機感があるのかねーのか……当日は相当な騒ぎだったみてーじゃねーか?そのくせ専従捜査員はゼロ。矛盾だらけだな」
ランは顔を上げてかなめ達を満足げに見上げる。そしてカウラの右足の足袋を脱がせると今度は左足に取り掛かる。そしてそんなランの言葉に予想通りだというようにかなめは口笛で応じた。
「大山鳴動して軽犯罪ですか……まああれから連続して小火騒ぎがあれば本庁から捜査官でも派遣されたんでしょうが……法術の違法発動だけならそんな感じですよね」
誠も胴丸や上半身の小手などを自分でとって足袋を脱ぎ始める。その様子を確認するとランはそのままカウラの左足の足袋を脱がせた。
「まあそんなところだ。危機感が足りねーんだろうな。この前の厚生局事件の時はあれほど大騒ぎしたのに被害が小さければなかったことにする。まったくお役所仕事って奴さ」
「アタシ等もお役所ジャン」
「くだらねーことやってねーで早く着替えろ!」
ランの言葉に舌を出すとかなめはすばやく鎧の胴を元の箱に戻した。
「でもさっきの派遣任務の話は本当と受け取っていいんですよね」
「当たりめーだろ?くだらねーこと言ってねーで着替えろ!」
ランの怒鳴り声に一斉に隊員達は着ている鎧を脱ぎ始める。誠も自分の胴丸の背中に手を伸ばしながらこれからの任務に緊張の気持ちを隠すことが出来ずに引きつった表情を浮かべながら結び目の紐を捜した。
「目撃者無し。証拠物件も挙がらず……まあ元々期待はしていなかったがな」
大鎧の盾を誠に外してもらいながらカウラがつぶやいた。節分の時代祭りでの武者行列。司法局実働部隊が設立されてから豊川市の時代行列の源平合戦武者行列は一気に歴史マニアに注目されるイベントになっていた。
基本的には士官は大鎧で馬に騎乗し、下士官以下は腹巻姿でそれに従う。
しかし、馬との相性が最悪のカウラは他の士官達が最低でも隊から貸し出した胴丸を着た乗馬クラブの係員に引いてもらいながらよたよたと騎乗を続ける中、去年は一人重そうな大鎧を着こんで一人歩いて行進していたと言う。今日のグラウンド一周の練習の時も嵯峨の顔で借りた乗馬クラブの馬との相性の悪さを再確認させるようにそもそも馬の轡に触れることすら出来ないで少し落ち込んでいるように見えた。
すでに自分で緋糸縅《ひいとおどし》の西園寺家伝来の縁の大鎧を脱ぎ終えて狩衣姿のかなめが扇子を翻しながらカウラを冷やかすタイミングを計っていた。
わいわいと年に一度のイベントと言うことでお互いの胴丸姿を写真に撮り合っていた警備部の金髪の隊員達。さすがに飽きが来て部屋の隅で鎧をしまっている運行部の女性陣の手伝いを始めて視界が開ける。するとかなめの表情は一気に呆れたようなものに変わる。
「それにしても……アイシャ」
扇子を懐に収めるとかなめが大きくため息をつく。その目の前には他の隊員とはまるで違う鎧姿のアイシャがいた。
「なに?かなめちゃん」
「その鎧やっぱおかしいだろ?おかしいと思わないのか?」
「いいじゃないの。これは私の私物なんだから」
そう言って鉄でできた胴を外すアイシャ。彼女だけは戦国末期の当世具足姿だった。剣術道場の息子で多少そういう知識もある誠も違和感を感じはするが、どうせアイシャに何を言っても無駄なのは分かっているのでただ黙ってカウラが鎧を脱ぐのを手伝っていた。
「そう言えばシャムは?」
かなめは床机に腰をかけて一月の寒さを身に受けながらも平然と扇を弄っている吉田に声をかけた。
「あいつか?馬の世話だよ。それにしてもなんだ……お前等の追っている事件」
「別に追ってるわけじゃねえよ」
「なら気にならないわけだな」
そっけなく言うと吉田は立ち上がった。
「いや……アタシ等の担当じゃねえけどさ。気になるじゃねえの。他人の能力で相撲を取る卑怯者……うちは法術とは因縁があるしさ……何か知っているのか?」
明らかに素直さに欠けるいつものかなめの姿を見ると満足したように吉田は再び床にどっかりと腰を下ろす。
「なあに、今回の事件の情報に関しちゃ俺の知ってることと茜のお嬢さんの知ってることの差なんてほとんど無いよ。ただ……」
「ただ?」
もったいぶった吉田の態度にカウラはいらいらしながら吉田に話を促すような相槌をいれた。
「こう言うイカレタ連中を相手にしてきた経験が長い者から言わせて貰うとだ。急に犯行の場所が飛んだことにはそれなりの理由があるはず……と考えるのが自然だな。犯人の拠点が東都西部に移った……たまたまこちらに来て悪戯の虫が騒いだとしてこちらに来る特別な何かの理由があるのか……」
「吉田少佐。もしかして住民認定の記録を全部見たんですか?」
呆れたように口を挟んだ誠に吉田がうなづく。
「でもなあ……法術関係の資料は極秘扱いだ。俺でも簡単には開けない。そこで法術特捜の名前で捜査令状を……」
「無茶をおっしゃらないでいただけます?」
そこにはいつの間にか鎧兜の並んだ部屋にふさわしいような和服姿の茜が立っていた。
「あっお嬢さんいらしたんですか?」
吉田は胡坐の姿勢からさっと立ち上がると平安武者の臣下よろしくさっと片膝をついて茜に伺候する。
「吉田少佐。そんなに卑屈にならないでいただけます?」
いつものように優雅に空いた丸椅子に腰掛ける。当然のようにその隣には荷物を持ったラーナが立っている。
「卑屈にもなりますよ……捜査に関しては嵯峨のオヤジさんが助けを呼ぶまで手を出すなって言われてますし」
「じゃあさっきの話だとすでに手を出しているみたいですわよね」
いつもの氷のような流し目で吉田を一瞥して黙らせるところは茜の父が遼州一の悪党と呼ばれる嵯峨惟基であることを再確認させた。冷たく澄んでいてそれでいて見ているものを不安にする何を考えているのか読めない見せ掛けのような微笑を作る技。誠はいつ見てもその表情の作り方に親子の面影を見て感心させられていた。
「法術絡み。特に調査がほとんど及んでいない能力を持った馬鹿が相手だぜ?多少法の目をくぐって無茶をしてもさっさとあぶりだすのは得策じゃねえのか?今は人死にが出ていないんだ。そのうち暴走してどうなることやら……」
かなめの言葉には誠もカウラもうなづくしかなかった。
「でもそうなれば東都警察は面目丸つぶれよね。またマスコミからうちの暴走を止められずにそれどころか手柄まで持ってかれたなんて書かれて……。まあ、『税金泥棒』の称号がうちから東都警察に移るのは結構なお話だけど……」
鉄製の重い胴を外して伸びをしながらのアイシャはそうつぶやいた。誠はやはり自分が組織人であることを再確認した。
「よくわかっているじゃねーか」
そう言って歩いてきたのはすでに勤務服に着替えを終えて半分笑顔を浮かべているランだった。
「今回は多少は東都警察に活躍してもらわなきゃなんねーんだ。きついぞ、人に手柄を取らせるってのは」
ランは頭を掻きながら部屋の隅の折りたたみ椅子を小さな体で運んでくる。
「クバルカ中佐!お願いがあるんですが!」
「アイシャ……萌えたから抱きしめさせてくれってーことならお断りだかんな」
笑顔のアイシャをランは警戒するような瞳で見つめる。それをみてカウラが噴出しそうになる。
「信用無いですねえ。私」
「まあいつものことだからな」
そう言いながらかなめは小手を外す作業に取り掛かった。
「それよりクラウゼ。お願いはどーした?」
ようやくランは話を戻そうとした。しばらくアイシャは話を振られたことを気づかないように突っ立っていた。
「早く話せよ。くだらねー話ならぶん殴ってやるから」
指を鳴らしながら小さなランがすごんで見せる。誠から見てもその光景はかなり滑稽だった。ランの身長は118cm。一方のアイシャは180cmを超える。小学生がプロスポーツ選手を脅迫しているようにしか見えない。つい笑いがこみ上げてくる。
「私達を派遣してくれませんか?豊川署に」
『は?』
時が止まったようだった。誰もがアイシャの言葉の意味を理解できずにいた。ただ一人吉田は納得したようにうなづいている。
「あれか。法術関係捜査の実績はあるからな。その経験を生かしての助っ人と言うことなら……受け入れてくれるかもしれないねえ」
吉田の言葉にようやく全員がアイシャの意図に気づく。そしてその視線は自然と法術特捜の全権を握る茜へと向けられた。
茜は襟元に手をやりしばらく考えていた。
「別にはったりじゃないですし……実績ならありますよ。厚生局事件の報告書は豊川署でも閲覧できるはずですから」
アイシャの言葉に茜は小首をかしげて考えにふける。その肩をランがぽんと叩いた。
「アタシは無理だが……クラウゼにベルガーに西園寺に……神前。これで十分だな」
「え?島田君達は?」
そんなアイシャの言葉に首を振るラン。彼女も一応この部隊の主である技術部部長、許明華大佐の部下に隊を離れる命令は出せないことは誰にも分かっていた。
「お前等経由なら色々情報も豊川署に流してやれるし……あちらも所轄の玉石混交とはいえそれなりに膨大な資料を扱っているんだ。俺等の知らないことも知ってるはずだしな」
なんとも他人事のように吉田はそう言うと立ち上がった。
「いいんですか?隊長の許可は……」
カウラの言葉にランはわかっているというようんいにんまりと笑う。その笑顔は頼もしく『アタシに任せろ!』と太鼓判を押しているとこの場の誰もが思っていた。彼女はそのまま何も言わずに満足げにうなづくと足袋を脱げないでいるカウラの足に手を伸ばした。
「おい、ちょっと足を上げろ」
いきなり手を出されて驚いたカウラはランに言われるままに足を上げた。そしてそのままランは椅子の横棒に載せた右足の足袋をとめている紐を緩め始める。
「実は……おやっさんから言われててな。今回の件。誰か志願する奴がいれば捜査に当たらせてやれってよー」
器用に紐を解いていく小さなランの姿を見ながらアイシャが少しだけ目を潤ませていた。
「ランちゃん……」
「おやっさんのお考えだ。それと今アタシのことを抱きしめてみろ……ぶっとばすからな」
そう言われるとアイシャはがっくりとうつむいてしまう。それを見ながら黙々と作業を続けてワイシャツに袖を通しているかなめが大きくうなづいていた。
「まあ叔父貴だからな……裏で何を考えているのやら……まあアタシも今度の事件の馬鹿野郎には着物代を弁償してもらわないといけねえからな」
「かなめちゃんも手伝ってくれるの?」
アイシャは目を潤ませて手を合わせる。かなめは思わず引き気味にうなづくとそのまま無視してランに目を向けた。
「で、現在の豊川署の捜査担当の部署は?」
「あそこは捜査二課だそうだ。しかも専従捜査官はいねーそうだ……危機感があるのかねーのか……当日は相当な騒ぎだったみてーじゃねーか?そのくせ専従捜査員はゼロ。矛盾だらけだな」
ランは顔を上げてかなめ達を満足げに見上げる。そしてカウラの右足の足袋を脱がせると今度は左足に取り掛かる。そしてそんなランの言葉に予想通りだというようにかなめは口笛で応じた。
「大山鳴動して軽犯罪ですか……まああれから連続して小火騒ぎがあれば本庁から捜査官でも派遣されたんでしょうが……法術の違法発動だけならそんな感じですよね」
誠も胴丸や上半身の小手などを自分でとって足袋を脱ぎ始める。その様子を確認するとランはそのままカウラの左足の足袋を脱がせた。
「まあそんなところだ。危機感が足りねーんだろうな。この前の厚生局事件の時はあれほど大騒ぎしたのに被害が小さければなかったことにする。まったくお役所仕事って奴さ」
「アタシ等もお役所ジャン」
「くだらねーことやってねーで早く着替えろ!」
ランの言葉に舌を出すとかなめはすばやく鎧の胴を元の箱に戻した。
「でもさっきの派遣任務の話は本当と受け取っていいんですよね」
「当たりめーだろ?くだらねーこと言ってねーで着替えろ!」
ランの怒鳴り声に一斉に隊員達は着ている鎧を脱ぎ始める。誠も自分の胴丸の背中に手を伸ばしながらこれからの任務に緊張の気持ちを隠すことが出来ずに引きつった表情を浮かべながら結び目の紐を捜した。
0
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第六部 『特殊な部隊の特殊な自主映画』
橋本 直
SF
毎年恒例の時代行列に加えて豊川市から映画作成を依頼された『特殊な部隊』こと司法局実働部隊。
自主映画作品を作ることになるのだがアメリアとサラの暴走でテーマをめぐり大騒ぎとなる。
いざテーマが決まってもアメリアの極めて趣味的な魔法少女ストーリに呆れて隊員達はてんでんばらばらに活躍を見せる。
そんな先輩達に振り回されながら誠は自分がキャラデザインをしたという責任感のみで参加する。
どたばたの日々が始まるのだった……。
法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 『修羅の国』での死闘
橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった
その人との出会いは歓迎すべきものではなかった
これは悲しい『出会い』の物語
『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる
法術装甲隊ダグフェロン 第三部
遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』は法術の新たな可能性を追求する司法局の要請により『05式広域制圧砲』と言う新兵器の実験に駆り出される。その兵器は法術の特性を生かして敵を殺傷せずにその意識を奪うと言う兵器で、対ゲリラ戦等の『特殊な部隊』と呼ばれる司法局実働部隊に適した兵器だった。
一方、遼州系第二惑星の大国『甲武』では、国家の意思決定最高機関『殿上会』が開かれようとしていた。それに出席するために殿上貴族である『特殊な部隊』の部隊長、嵯峨惟基は甲武へと向かった。
その間隙を縫ったかのように『修羅の国』と呼ばれる紛争の巣窟、ベルルカン大陸のバルキスタン共和国で行われる予定だった選挙合意を反政府勢力が破棄し機動兵器を使った大規模攻勢に打って出て停戦合意が破綻したとの報が『特殊な部隊』に届く。
この停戦合意の破棄を理由に甲武とアメリカは合同で介入を企てようとしていた。その阻止のため、神前誠以下『特殊な部隊』の面々は輸送機でバルキスタン共和国へ向かった。切り札は『05式広域鎮圧砲』とそれを操る誠。『特殊な部隊』の制式シュツルム・パンツァー05式の機動性の無さが作戦を難しいものに変える。
そんな時間との戦いの中、『特殊な部隊』を見守る影があった。
『廃帝ハド』、『ビッグブラザー』、そしてネオナチ。
誠は反政府勢力の攻勢を『05式広域鎮圧砲』を使用して止めることが出来るのか?それとも……。
SFお仕事ギャグロマン小説。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
底辺エンジニア、転生したら敵国側だった上に隠しボスのご令嬢にロックオンされる。~モブ×悪女のドール戦記~
阿澄飛鳥
SF
俺ことグレン・ハワードは転生者だ。
転生した先は俺がやっていたゲームの世界。
前世では機械エンジニアをやっていたので、こっちでも祝福の【情報解析】を駆使してゴーレムの技師をやっているモブである。
だがある日、工房に忍び込んできた女――セレスティアを問い詰めたところ、そいつはなんとゲームの隠しボスだった……!
そんなとき、街が魔獣に襲撃される。
迫りくる魔獣、吹き飛ばされるゴーレム、絶体絶命のとき、俺は何とかセレスティアを助けようとする。
だが、俺はセレスティアに誘われ、少女の形をした魔導兵器、ドール【ペルラネラ】に乗ってしまった。
平民で魔法の才能がない俺が乗ったところでドールは動くはずがない。
だが、予想に反して【ペルラネラ】は起動する。
隠しボスとモブ――縁のないはずの男女二人は精神を一つにして【ペルラネラ】での戦いに挑む。
ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり
柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日――
東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。
中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。
彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。
無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。
政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。
「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」
ただ、一人を除いて――
これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、
たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。
「日本人」最後の花嫁 少女と富豪の二十二世紀
さんかく ひかる
SF
22世紀後半。人類は太陽系に散らばり、人口は90億人を超えた。
畜産は制限され、人々はもっぱら大豆ミートや昆虫からたんぱく質を摂取していた。
日本は前世紀からの課題だった少子化を克服し、人口1億3千万人を維持していた。
しかし日本語を話せる人間、つまり昔ながらの「日本人」は鈴木夫妻と娘のひみこ3人だけ。
鈴木一家以外の日本国民は外国からの移民。公用語は「国際共通語」。政府高官すら日本の文字は読めない。日本語が絶滅するのは時間の問題だった。
温暖化のため首都となった札幌へ、大富豪の息子アレックス・ダヤルが来日した。
彼の母は、この世界を造ったとされる天才技術者であり実業家、ラニカ・ダヤル。
一方、最後の「日本人」鈴木ひみこは、両親に捨てられてしまう。
アレックスは、捨てられた少女の保護者となった。二人は、温暖化のため首都となった札幌のホテルで暮らしはじめる。
ひみこは、自分を捨てた親を見返そうと決意した。
やがて彼女は、アレックスのサポートで国民のアイドルになっていく……。
両親はなぜ、娘を捨てたのか? 富豪と少女の関係は?
これは、最後の「日本人」少女が、天才技術者の息子と過ごした五年間の物語。
完結しています。エブリスタ・小説家になろうにも掲載してます。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる