レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
543 / 1,505
第16章 やっつけ仕事

夕刻

しおりを挟む
 あたりの景色がやみに沈みシーンの終わりを告げる。誠はすぐにバイザーとヘルメットを脱いでカプセルから出ようとして縁に頭をぶつけた。

「何やってんだよ」 

 かなめは呆れたような感じでそうつぶやいた。そして起き上がった誠は腕組みをして薄ら笑いを浮かべているアイシャを見つけた。

「アイシャさん!」 

「ああ、何も言わなくても良いわよ!じゃあ……」 

 そう言うとカプセルから顔を出す一同をアイシャは満遍なく眺めた。

「典型的なやっつけ。全部私が悪かったです。ごめんなさい」 

 頭を下げるアイシャに全員が白い目を向ける。役に対する不満と言うより明らかにアイシャの趣味だけで構成された物語にかなめやカウラの視線は殺気までこもっているようにアイシャに突き刺さっていた。

「だってしょうがないじゃない!これ三日で書いたのよ!」 

「期間の問題じゃないと思うがな」 

 カウラはそう言ってあっさり切り捨てる。

「まあ……がんばれ!」 

 シャムは白々しい笑顔を向ける。彼女もオタク歴の長い人物である。設定の矛盾に気づいているのは確かだった。

「私はこういうのは良く分からないからな」 

 明華はとぼけてみせる。三人の言葉にアイシャはさらに落ち込む。

「吉田さん、撮り直しは……」 

 ゆるゆると頭をもたげて画面を編集している吉田を見つめるアイシャだが、目で明らかに拒否しているその姿を見てがっくりと肩を落とす。

「そんなに落ち込まないでよ。私は楽しかったわよ」 

 春子はそう言って彼らがアイシャいじめをしている間に起き上がってお茶を入れている。だが、彼女が先ほどアイシャの台本の致命的弱点を指摘しているだけに、自分の湯飲みを受け取っても答える気力も無いアイシャがそこにいた。

「意外とこう言うの叔父貴が得意なんだけどな」 

 そうぽつりと言ったかなめにアイシャは再び目を光らせる。

「ホント?」 

「嘘ついても仕方がねえだろ?胡州の先の大戦前に活躍した斎藤一学って言う画家がいただろ?あれが確か叔父貴と高等予科の同期でいろいろと付き合いがあって、斎藤が挿絵を描いた発表していない小説が有るとか無いとか親父が言ってたような……」 

 かなめの言葉をそこまで聞くとアイシャはそのまま部屋を出て行こうとするが、サラとパーラが身をもって止める。

「だめよ!どうせ隊長は断るに決まってるじゃない!」 

「今からどう変えるのよ!あんたが書いたんでしょ!」 

 胴にしがみつくパーラ。右足を引っ張るサラ。そのどたばたを察したかのように現れたのは嵯峨だった。

「あれ?俺の出番まだ?」 

 明らかに空気を無視した嵯峨の登場にアイシャは目を潤ませる。嵯峨はその尋常ならざる気配に思わず後ずさりをする。

「俺のことなんか噂してた……ような雰囲気だな」 

 頭を掻きながら目にしたのはアイシャの鋭い視線だった。さすがの嵯峨も焦ったように身を引く。

「クラウゼ、ちょっとその目、怖いんだけど」 

 そう言う嵯峨の前まで早足で近づいたアイシャは嵯峨の両手を取って瞳を潤ませた。

「隊長!た・す・け・て・くださいー!」 

 泣きついて来るアイシャにしなだれかかられて鼻の下を伸ばす嵯峨だが、その視線の先に春子と小夏、そしてかなめがいるのを見てアイシャを引き剥がした。

「なんだよ、そんなにひどい出来には見えなかったけどな。予定よりは」 

「見てたんですね!隊長!ひどいですよ!あれでしょ?隊長は胡州の高等予科時代に書いた作品があったとか……」 

 アイシャの言葉に少し首をひねった後、嵯峨はかなめに困ったような顔を向ける。

「いいじゃねえか。知恵ぐらい貸してやれよ」 

 ニヤニヤ笑いながらそう言うかなめを見つめて嵯峨はさらに困惑した表情になる。

「ああ、学生時代の話ね。俺はどっちかというと散文は苦手でね。詩とか短歌なんかの韻文はそれなりには自信があったけど」 

「インブン?サンブン?」 

 嵯峨の言葉にシャムはいつものように一人でパニックに陥っているその肩を叩いたカウラがシャムに寄り添うように立つ。

「韻文というのは詩だ。語彙のバリエーションや言葉の響きの美しさを求める文章だ。そして散文は小説や評論なんかだな。意味や内容、構築する技術が求められる」 

 そう言うカウラにシャムは分かったような分からないような表情で答える。誠はどちらかと言えばシャムは理解していないと踏んでいた。

「どっちでもいいけどよー。要するに隊長は多少は物語の良し悪しが分かるんだろ?じゃあなんで前もってこいつに教えてやんなかったんだよ」 

 嵯峨の後ろで腕組みをしながらランがそう言った。会議室の全員が嵯峨に視線を向ける。

「だってさあ、こいつがこう言うことに才能を開花させちゃったりしたら大変だろ?うちにはこいつが必要だからな」 

 そう言って嵯峨は落ち込んでいるアイシャの肩を叩く。

「あのー。私はこっちの分野は才能を開花させたいんですけど……」 

「安心しろ!そうなったら俺が全力で潰してやる。なあ、吉田!」 

 嵯峨は満面の笑みを浮かべて窓際でいくつも並べたモニターを眺めている吉田に目をやる。吉田はそれを察して了解したとでも言うように黙って手を上げた。

「ひどい!なんてひどいんでしょう!この上司は」 

 わざとらしくそう言うとアイシャは誠に向かって歩いてくる。

「ひどいと思わない?誠ちゃん。あの人鬼よ!」 

 そう叫ばれても誠は何もできずに愛想笑いを浮かべていた。そのままじりじりと近づいてきて軽くアイシャの胸が誠の手に当たる。ちらりとかなめが蹴りを入れるようなポーズをとるのをカウラが止めているのが見えた。

「大丈夫だよ。吉田がどうせいろいろいじるんだろ?何とか見れるような作品にはなると思うぞ。それじゃあ続きをはじめるんじゃないのか?」 

 そう言って嵯峨はそのまま手前の空いていたカプセルに寝転がる。

「そうね、吉田さん!お願いね!」 

 アイシャが叫んでみるが、相変わらずモニターから目を離さずに吉田が再び手を上げた。

「次は南條家のシーンだから!お姐さん、お願い」 

「はあ、仕方ないか」 

 そう言うとマリアは嫌々カプセルに身を横たえる。誠も出番があったのを思い出してまたカプセルの中に戻った。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

もう、終わった話ですし

志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。 その知らせを聞いても、私には関係の無い事。 だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥ ‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの 少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

王家も我が家を馬鹿にしてますわよね

章槻雅希
ファンタジー
 よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。 『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...