レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第10章 撮影開始

始まりの物語

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 そこには食事を取るシャム達が映し出されていた。

『マジ?あれ本当に旨いの?』 

 そのおいしそうに芋虫を頬張る姿に誠は背筋が寒くなる。

「じゃあ行って来るね!」 

 普段の食事の時と変わらず一番多い量を真っ先に食べ終えたシャムが椅子にかけてあった赤いランドセルを背負って走り出す。

 そのまま誠はカメラを移動させてシャムを映す画面を見続けた。

『私の名は南條シャム。遼東学園初等部5年生。どこにでもいる普通の小学生だったんだ』 

 シャムの声で流れるモノローグ。シャムはいつもの陸上選手のようなスマートな走り方ではなく、あきらかにアニメヒロインのような内またの乙女チックな走り方をする。誠は笑いをこらえながら走っているシャムを映し出す画面を見つめていた。

「おはよう!」 

 バス停のようなところでシャムを待つ小学生達。見たことが無い顔なのでおそらくは吉田の作ったモブキャラなのだろう。そこで誠は周りの景色を確認した。どう見ても豊川市の郊外のような風景。住宅と田んぼが交じり合う風景は見慣れたもので、その細かな背景へのこだわりに吉田のやる気を強く感じる。

『はい、カット!』 

 アイシャの声で画面が消える。バイザーを外す誠の前でシャム達は起き上がった。

「誠ちゃん、なんで食べないの?あれおいしいんだよ!」 

 シャムは開口一番そう言って拗ねる。だが、誠はただ愛想笑いを浮かべるだけだった。

「神前の兄貴は食わず嫌いなんすよ。まあ母さんもそうだけど見た目で食べ物を判断すると損ですよねー」 

 そう言って小夏は芋虫を食べるポーズをする。その手つきに先ほどの芋虫の姿を重ねて誠は胃の中がぐるぐると混ぜられるような感覚がして口に手を回した。

「あのさあ、俺もう良いかな?」 

「ああ、お疲れ様です。しばらく出番はなさそうですから」 

 アイシャにそう言われて嵯峨はカプセルから立ち上がる。

「レンジャー資格は取っといた方が後々楽だぞ」 

 嵯峨はそれだけ言って誠の肩を叩くと部屋を出て行った。

「しばらくはシャムちゃんだけのシーンなんだけど……」 

「僕はちょっと……気分を変えたいんで」 

 誠は自分の顔が青ざめていることを自覚しながらアイシャに声をかける。

「そんなに嫌な顔しないでよ。良いわ。これからランちゃんのシーンを取るから呼んできてよ」 

「おい、上官にちゃん付けは無いんじゃないの?」 

 吉田はずっとバイザーをつけたままだった。首の辺りに何本ものコードをつないだ状態で口だけがにやけたように笑っている。

「はい、それじゃあ呼んで来ます」 

 誠はそう言ってよろよろとカプセルだらけの部屋を出た。

 アイシャに言われるままに倉庫を飛び出すとそのまま駆け足で法術特捜の分室や冷蔵庫と呼ばれるコンピュータルームを通り過ぎて機動部隊の部屋に戻る。そのあわただしい様子にランやかえではものめずらしそうな顔をしていた。

「クバルカ中佐!出番ですよ」 

 誠は机に向かって事務仕事をしているランに声をかけた。

「面倒くせーな。ったく……」 

 そう言いながらランは椅子から降りる。彼女の幼児のような体型では当然足が届かず、ぴょいと飛び降りるように席を立つ。

「なんだ?神前。文句でもあるのかよ」 

 ランが不思議そうに誠をにらむ。実際何度見てもそんな態度のランのかわいさに抱きしめたくなるのは仕方の無いことで両手がふるふると震えた。そんな誠の様子を見て噴出しそうになる渡辺の口をかえでが押さえている。その様がこっけいに見えたらしく噴出したアンをさらにランがにらみつける。

「そう言うわけでは無いんですけど……」 

 口を濁す誠を慣れているとでも言うようにランは右手を振りながら扉に向かう。ドアを閉める直前でじっと大きめに見える目で部屋をくまなく眺めた後戸を閉めて姿を消した。

「神前先輩、どうでした撮影は」 

 自分の椅子に腰掛ける誠に手にコーヒーを持ったアンが擦り寄る。

「ああ、俺が出る幕も無かったよ」 

「おう、神前。アンに対するときは俺でアタシ等には僕か。微妙な言い回し……もしかして……」 

 それまで呆然と目の前のモニターを眺めているように見えたかなめがにやけながら二人を見つめる。そこにアイシャのような腐った妄想が広がっているのがわかってさすがの誠も動揺した。

「何を言うんですか!西園寺さん」 

 タレ目を見開いているかなめに、誠は思わずそう叫んでいた。

「そうですよね。僕は……」 

 いじけるアンの後ろから鋭く光るかえでと渡辺の視線が誠に突き刺さる。

 あえてかなめとかえで、そして渡辺にかかわるのを避けるように誠は端末を起動させる。誠はとりあえず先日砲術特捜からの依頼を受けた仕事の続きをすることにした。法術との関係が疑われる事故や犯罪のプロファイリング。写っているのは不審火の現場。これ以外にも三件あった。

 法術特捜の主席捜査官の嵯峨茜の誠達へ出されたこうした宿題は分量的にはたいしたものでは無かったが、その意味するところは実戦を経験してきた誠にも深刻であることが理解できた。無許可の法術使用、特に炎熱系のスキルを使用したと思われる事件の資料。無残に焦げ付いた発火した人々の遺体ははじめは誠には目を向けることもできないほど無残なものだった。

 そんな事件のファイルを見ながら誠は鑑識のデータを拾い報告書の作成を始める。だが、すでに提出を終えているかなめは暇そうに部屋を見回して誰かに絡もうとしていた。

「お姉さま、コーヒーでも飲まれますか?」 

 誠の隣の席で暇そうにしているかなめにかえでが声をかける。

「別にいらねえよ……、神前。そこの資料は同盟司法局のデータよりも厚生局の資料を見てから書いたほうが正確になるぞ」 

 かなめの言葉に誠はそのまま厚生局の法術事故の資料のフォルダーを開いた。

「ありがとうございます……ああ、あそこは法術犯罪のケースのまとめ方がうまいですね。参考になります」 

 そう言いながら誠は資料に目を通す。そんな彼の横から明らかに敵意をむき出しにしたかえでの視線が突き刺さる。

「ったく暇でしょうがねえな。こういう時に限って司法警察の連中の下請け仕事も無いと来てる」 

 かなめは退屈そうにくるくると椅子を回転させる。

「第四小隊はM10の新動作プログラムの試験に出たっきり……うらやましいですよね」 

 かえでがしみじみと語る。

 司法局実働部隊機動部隊。アサルト・モジュールでの実力制圧活動を行う部隊は四つの小隊で構成されていた。

 東和陸軍の教導部隊のエースであるクバルカ・ラン中佐の指揮する第一小隊。彼女は司法局実働部隊副長でもあるので機動部隊全体の指揮官とも言えた。そこには遼南共和国の救国の英雄とも言われるナンバルゲニア・シャムラード中尉、伝説の傭兵と語り継がれる『電脳の悪魔』の二つ名の吉田俊平少佐が所属し、事実上の司法局実働部隊のエース部隊といえるものだった。

 誠が所属するのは第二小隊。隊長はカウラ・ベルガー大尉。そして隣でぶらぶらしている西園寺かなめも隊員の一人である。

 そして胡州・遼南の混成部隊第三小隊。ここには胡州四大公の爵位を持ち、司法局実働部隊隊長嵯峨惟基特務大佐の養女の嵯峨かえでを隊長とした部隊である。そこには愛人の渡辺要大尉と遼南出身のアン・ナン・パク軍曹が所属していた。

 そして最後の第四小隊になるわけだが、その部隊はこれまでの部隊とは少しばかり性質の異なる部隊だった。誠は第四小隊の小隊長ロナルド・スミスJr上級大尉の席に視線を移す。彼の席も部下のジョージ・岡部中尉、フェデロ・マルケス中尉の机もどれも住人はいないと言うのに端末の電源は入りっぱなしでさらに通信まで行われている。

 彼等は現役のアメリカ海軍の軍人である。彼等と技術部の整備班で最新鋭アメリカ海軍採用のアサルト・モジュールM10シリーズの整備を担当しているレベッカ・シンプソン中尉の配属には強い政治的配慮がなされた結果のものだった。

 司法局実働部隊隊長、嵯峨惟基特務大佐はどの軍隊でも敵に回したくない人物の上位に顔を出すやり手として知られていた。さらに遼州星系の最高の権威である遼南王朝の皇帝の肩書きを本人は返上したと言ってはいるが、遼南の議会は全会一致で彼の退位を無効とする決議をしていたので彼は遼南皇帝の位も持ち合わせている。

 この星遼州の外を回る第四惑星胡州では胡州貴族の頂点である四大公。家督を養女のかえでに譲ったとは言え未だに数多くのコロニーを領邦として所有する有数の資産家として知られ、遼北、西モスレム、東和、大麗、ゲルパルトと言った遼州同盟の主要国に血縁や外務武官時代に作った独自のパイプを持つ人物として知られた。

 そのような人物であればその動静を押さえておきたい。同盟の成立に不快感を隠さない地球の超大国アメリカの意向を遼州同盟は受け入れる決断を下した。

 立場が強いうちにこそ妥協ができる。それが座右の銘ともいえる嵯峨がアメリカ海軍からの部隊員出向を受け入れる見返りに司法機関実力部隊として活動することで得られるさまざまなデータを引き渡す。第四小隊の結成を遼州同盟の政治機構が認めたのはそんな流れからのことだった。

「でも、あいつ等も色々あるんだろうねえ」 

 ポツリとかなめがつぶやく。05式での運用データの収集がひと段落着いたと判断した開発元の菱川重工業はその稼動データを元に改修してテストを進めていた。より癖の無いプログラムに仕上げるため、テストパイロットは05式の操縦経験の無い第四小隊が担当することになった。しかし、それは最新のアサルト・モジュール開発国である東和のトップシークレットをアメリカに流すと言うことを意味していた。

 そのような上層部の判断は誠にはどういう結果をもたらすものかは理解できなかった。明らかに技術流出につながるこの政治的取引が何で補填されるか。それはランなどの部長級の人々の関心事ではあっても一隊員の誠には分かるはずも無かった。誠は隣の空いた机を見て苦笑いを浮かべながら再び画面に集中する。

 かえでは嵯峨の実の娘の茜から割り振られたデータの整理の仕事を渡辺、アンに振り分けているようで無駄話をやめてそれぞれの事務仕事をはじめていた。

 そして沈黙が部屋を支配することになった。ただキーボードを叩く音、画面が切り替わるときの動作音、そして端末の放熱ファンの音だけが響く。
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