レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
521 / 1,503
第9章 奢りと罠

あまさき屋

しおりを挟む
「ったく!アイシャには期待していたのによう……奢りってここのことかよ」 

 数時間前まで深刻な顔をしていたかなめはそう言いながらもニヤニヤしながら次々とたこ焼きを口に運んだ。そんな彼女の後頭部にお盆の一撃が加えられる。

「うちでなんか文句あるの?今日はアイシャの姉さんからの監視の指示が出てるからおとなしくしているのよ!」 

 お好み焼きとたこ焼きの店『あまさき屋』の一階のテーブル席に誠とかなめとカウラの三人が座っている。かなめを殴ったこの店の看板娘にしてシャムの舎弟、家村小夏はそう言い残して厨房に消えた。

「まあ、あいつなりに私達に気を使っていると言うことだ。それに私はここのたこ焼きは大好きだがな」 

 カウラはそう言いながら大きな湯のみで緑茶を飲み始める。

 アイシャが言うには撮影はすべて吉田の作った簡易3Dシミュレータを使うと言うことで、その場面やデータの入力の為に吉田とアイシャ、それに運行部の数名が引き抜かれて徹夜で作業をするということだった。当然、副長のランが部隊長の嵯峨へ機械の会議室への搬入の許可を上申することになる。その手間を考えると誠もデザインとして一枚噛んでいるだけに申し訳ない気持ちで一杯になった。

「しかし今回はセットとかはどうするんだ?去年のようなドキュメンタリーじゃ無いんだろ?」 

 カウラはご飯に豚玉のお好み焼きを乗せた特製その名も『カウラ丼』を口に運ぶ。誠はそんな彼女をいつものように珍しい生き物を見るような視線で見つめていた。同じくどんぶりを口に運ぶカウラに驚いた表情を浮かべるかなめは思い直したように咳払いをすると説明をはじめた。

「前のあれがドキュメンタリーだったかどうかは別としてだ。まあ説明するとだな。まず場景を立体画像データとして設定するわけだ。たとえば家の台所とかのまあセットみたいなものをコンピュータに認識させるわけ。そしてその中にデータ化された役者を投入する」 

「そこが分からないんだ。どうやってするんだ?」 

 あまり部隊の任務以外に関心を示さないカウラが珍しくかなめの言葉に聞き入っているのを誠は微笑みながら見つめていた。

「まあ、ここ数年の精神感応系の技術の向上はすごいからな。まあヘッドギアを役者……っつうか素人だからそう呼ぶのも気が引けるけど、アタシ等がつけてコンピュータ内部に入り込んだような状態で中で台詞を読んだり動いたりするわけだ。わかるか?」 

 そこまで言うとかなめはレバニラ炒めを口に掻き込んでそのままビールで胃に流し込む。特性のカウラ丼を頬張りながらまだ納得できないと言うようにカウラが首をひねっている。

「でも私はセリフなんか棒読みだぞ。それだとつまらないんじゃないのか?」 

 納得できないと言うようにそう言うとカウラはソースと豚肉、それにお好み焼きを混ぜ合わせたものをどんぶりの中でかき混ぜた。

「それは吉田の技術で解消するつもりだろ?あいつの合成や音声操作とかで棒読みだろうが声が裏声になろうがすべて修正してプロが演じているようにするくらい楽勝だって言ってたぞ」 

 カウラはかなめのその説明でようやく納得したようにうなづいた。

「吉田さんらしいと言うか……さすがだな」 

「別に感心することじゃないだろ?楽器屋に行ったら廉価版のビデオクリップ作成ソフトとかで同じようなことができるはずだからな。まあ、画像の質とか修正の自由度なんかは吉田が使っているソフトがはるかに上なのは間違いないけど」 

 かなめが珍しくまともに説明しているのが誠には奇異に見えた。とりあえず誠も事が順調に進みそうなことに安心しながらビールを飲み干した。

「ああ、神前。ビールだな」 

 カウラがビールの瓶を手にする。普段ならここでかなめの妨害が始まるはずだが、珍しくかなめはそれが当然だというように自分のグラスに酒を注いで杯を掲げた。

 そんなリラックスしていた三人は突然厨房から声が聞こえてそちらに視線を向けた。

「ジャーン!マジックプリンセス、キラットシャム!」 

「同じく!キラットサマー……」 

 小夏の名乗りに素に戻ったシャムが声をかける。

「小夏ちゃん!元気を出して!……それじゃあ!」 

「オメエ等、何しに来た?」 

 ポーズをとるシャムと小夏にかなめが冷めた視線を送る。シャムと小夏は誠がデザインし、運行部で製作した衣装を着込んで立っている。

「いっそのことそのままその格好で暮らしてみたらどうだ?世界が違って見えてくるかもしれないぞ」
 
 呆れたようにカウラがつぶやく。二人の冷めた反応にシャムは気落ちしたようにうつむく。誠は仕方なく拍手をすることにした。

「馬鹿!こいつが図に乗るだろ?」 

 かなめの言葉通りすぐに復活したシャムが小走りで厨房に戻る。そして彼女は袋を持って誠の前に立った。

「はい、これ誠ちゃんの分!」 

 無垢な目を向けるシャムを誠は後悔の念に駆られながら見上げた。

「はい、神前。それ着て踊れ」 

 かなめはざまあ見ろと言うような笑みを浮かべながら今度はウォッカの隣に置かれたラム酒をグラスに注ぐ。カウラも自業自得だというような視線を誠に送ってくる。

「ナンバルゲニア中尉、ちょっと僕は……」 

「私もあのデザインは無いと思うのよねえ」 

 立ち上がった誠の背後からの声に翻ってみればそこには小夏の母、家村春子がいつものように紫の小紋の留袖を着て立っていた。今回の作品で恐怖薔薇女と言った怪物役に勝手に決められた春子がため息をつく。

「あれは……その。アイシャさんが……」 

「良いわよ、言ってみただけ。小夏もシャムちゃん暴れないで着替えてきなさい」 

 そう二人の腕白モノに声をかけて春子は厨房に消える。

「だから言ったんだよ。暴れるなって」 

 かなめはそう言ってグラスをあおった。そんな彼女にシャムが頬を膨らませた。

「そんなこと一言も言ってないよねー!」 

 誠に問いかけてくるシャムに頷いた誠の背中にかなめとカウラの視線を感じる。

「いいから着替えて来い」 

「了解!」 

 いつものようにかなめには反発してもカウラの言葉には素直に従う二人。明らかに気分を害したというようにかなめは灰皿を隣のテーブルから取ってくるとタバコに火をつけた。

「少しは周りを気にしたらどうだ?」 

 タバコの煙に眉をひそめるカウラの表情を見てかなめは機嫌を直す。誠もかなめといれば受動喫煙になることを知っているが口が出せないでいた。

「でも、春子さんもよく引き受けたものだな、あのような役」 

 カウラの独り言を聞いたかなめがカウラの頭を引っ張る。抗議しようとしたカウラににんまりと笑ったかなめは口を開いた。

「叔父貴の奥さん役ってのが良いんじゃねえの?」 

 カウラと誠はかなめの言葉に顔を見合わせた。

「それは無いんじゃないかな?確か二人の付き合いは『東都戦争』のころからって聞いてるけど、見ていて鈴木中佐みたいな兆候もなにも……」 

「鈍いねえ小隊長殿は」 

 首をひねるカウラをかなめは笑い飛ばした。だが、そんなかなめの表情が不意に険しくなった。

「オメエ等、黙ってろ」 

 そう言うとかなめは忍び足で外に暖簾のはためくガラスの引き戸へ向かう。

「かなめ、何やってるの?」 

 着替えてきたシャムに静かにするようにかなめは人差し指を立てる。いつもなら突込みを入れる猫耳セーラー服姿のシャムをちらっとだけ見て頭を抱えた後、そのまま扉に手をかけた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

てめぇの所為だよ

章槻雅希
ファンタジー
王太子ウルリコは政略によって結ばれた婚約が気に食わなかった。それを隠そうともせずに臨んだ婚約者エウフェミアとの茶会で彼は自分ばかりが貧乏くじを引いたと彼女を責める。しかし、見事に返り討ちに遭うのだった。 『小説家になろう』様・『アルファポリス』様の重複投稿、自サイトにも掲載。

学園長からのお話です

ラララキヲ
ファンタジー
 学園長の声が学園に響く。 『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』  昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。  学園長の話はまだまだ続く…… ◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない) ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

レジェンド・オブ・ダーク遼州司法局異聞 2 「新たな敵」

橋本 直
SF
「近藤事件」の決着がついて「法術」の存在が世界に明らかにされた。 そんな緊張にも当事者でありながら相変わらずアバウトに受け流す遼州司法局実働部隊の面々はちょっとした神前誠(しんぜんまこと)とカウラ・ベルガーとの約束を口実に海に出かけることになった。 西園寺かなめの意外なもてなしや海での意外な事件に誠は戸惑う。 ふたりの窮地を救う部隊長嵯峨惟基(さがこれもと)の娘と言う嵯峨茜(さがあかね)警視正。 また、新編成された第四小隊の面々であるアメリカ海軍出身のロナルド・スミスJr特務大尉、ジョージ・岡部中尉、フェデロ・マルケス中尉や、技術士官レベッカ・シンプソン中尉の4名の新入隊員の配属が決まる。 新たなメンバーを加えても相変わらずの司法局実働部隊メンバーだったが嵯峨の気まぐれから西園寺かなめ、カウラ・ベルガー、アイシャ・クラウゼの三人に特殊なミッションが与えられる。 誠はただ振り回されるだけだった。

処理中です...