レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第8章 進行

目覚め

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 誠が意識を取り戻してまず見上げた天井は白く、ただ何も無く白く輝いて見えた。

「大丈夫か?」 

 覗き込んでいるのは勤務服姿のカウラだった。

「おっお目覚めか、うちのお姫様は」 

 医務官ドムの低い声が響く。誠は首に違和感を感じながら起き上がる。いつもかなめやカウラに運ばれてくる自分がドムにどう思われているかを考えて誠は苦笑いを浮かべる。

「首やっぱり痛むか?なんなら湿布くらいは出すぞ」 

 そう言うドムの表情は諦めにも近い顔をしていた。

「僕は……」 

 誠は飛んできた茶色い巨大な塊に押しつぶされて意識を失ったことを思い出した。

「まあグレゴリウス16世も悪気があった訳じゃないんだろうがな。それにしてもお前、本当にくだらない怪我とか多いな。たるんでるんじゃないのか?」 

 ドムが苦笑いを浮かべながらこぼした。最近わかったことは予算の都合で専任の看護師がつかないことがドムのいつも誠達に向ける苛立ちの原因となっていることだった。事実カルテの管理や各種データの提出に彼の労力がかなり割かれていた。その膨大な作業量に誠でも同情したくなるほどだった。

「湿布は……ここか」 

 カウラは薬品庫を慣れた手つきで開ける。

「今年も映画を撮るんだって?それにしても大騒ぎだな、まあいつものことか」 

 そう言うとドムは席に戻って書物を開いた。

「そう言えばドム大尉はお子さんもいるんですよね」 

 ワイシャツのボタン外しながら誠はそう言った。子供の話と聞いてドムは明るい顔をあげた。。

「まあな、どうだ?今回のは子供向けだろ?」 

 家族の話を振られて珍しくドムがうれしそうに振り向く。

「まあ子供向けというより大きなお友達向けだな」 

 カウラはそう言いながら首をさらけ出す誠のどこに湿布を張るかを決めようとしていた。

「だろうけど、去年の悪夢に比べたらな……」 

 そう言うドムの顔には泣き笑いのような表情が浮かんだ。それを見て誠は意を決してたずねることにした。

「そんなに去年のはひどかったんですか?」 

 ドムの顔が引きつる。乾いた笑いの後、そのまま目をそらして机の上の書物に向き合うドム。カウラも冷ややかな笑いを浮かべながら口ごもった後、ようやく話し始めた。

「確かに去年の作品はひどかった。我々の任務を映像化したわけだが……」 

「まあつまらなくはなるでしょうね。訓練とかはまだ見てられますけど、東和警察の助っ人とか……もしかして駐車禁止車両の取締りの下請けの仕事とかも撮ったんですか?」 

 誠がそこまで言ったところでドムがカウラを見つめた。カウラはしばらくためらった後、表情を押し殺した顔で誠に言った。

「確かにそれもほんの一瞬映ったが……内容の半分以上をキムの仕事だけに絞り込んだんだ」 

 キム・ジュンヒ少尉。司法局実働部隊技術部小火器管理の責任者であり、隊の二番狙撃手である。誠はしばらくそれが何を意味するかわからずにいた。

「それがどうして……」 

 そう言う誠を見てカウラとドムは顔を見合わせた。

「キムは小火器管理の責任者だろ?そしてうちの部隊の銃器の多くが隊長の家から持ってきた骨董品を使ってるわけだ」 

 そう言ってカウラは腰の拳銃を取り出す。SIGP226。二十世紀末にドイツで開発された拳銃ということは嵯峨から聞かされていた。誠はベッドの横に置かれた勤務服とその隣に下げられた自分のベルトを見てみる。そこにあるのはモーゼルモデルパラベラムピストル。こちらにいたっては二十世紀初頭の名銃、ルガーP08のコピーである。

 そしてこの二つの銃の弾は同じ9mmパラベラムと言う規格のはずだが、キムには絶対にカウラの銃の弾は使うなと誠は言われていた。キムに言わせると誤作動の原因になるという話だった。

「銃は動作部品の集合体だ。ちょっとしたバランスで誤作動を起こすからな。弾薬も使用する銃にあわせて調整したものが必要なんだ。特にお前のモーゼルモデルパラベラムはかなり神経質な銃だ。市販品の弾を使おうものならかなりの確立で薬莢が割れたり引っかかったりする誤作動を起こすだろうな」 

 カウラはそう言うと誠のモーゼルモデルパラベラムを手に取りマガジンを抜く。手にした弾薬を誠の前に見せ付けた。

「薬莢に傷がありますね」 

 誠の目の前の弾丸の薬莢には引っかいたような跡が見えた。

「ああ、これは一回使用した薬莢を回収して雷管を付け直して再生したものだ。こいつを市販の同じ規格の弾薬で発射したらどうなるかはキムに聞いてくれ」 

 そう言ってカウラは再びマガジンに弾薬を押し込もうとするが、その強すぎるマガジンのスプリングでどうしようもなくなった。カウラはいったん手にした弾丸を誠に渡して力を込めて弾丸を押し、ようやく隙間を作って装弾する。

「もしかしてその弾と炸薬を薬莢に取り付ける作業を……」 

「延々一時間。薬莢に雷管を取り付け、火薬を計って中に敷き詰め、弾丸を押し込んで固定する。それだけの作業を映し続けたんだ」 

 ドムが苦々しげにつぶやいた。確かにそのような映画は見たくは無かった。しかも一応司法局実働部隊の仕事のひとつであることには違いないだけに誠も頭を掻きながら愛想笑いを浮かべるしかなかった。

「で、今度はどれになったんだ?ファンタジーとか、うちの子供が好きでね」 

「魔法少女ですよ」 

 誠の言葉にドムは表情を失う。

「アイシャの奴か?うちは男の子だからシャムのロボットものの方がよかったんだが……」 

 ドムは一言そう言っていつもの不機嫌なドムに戻る。カウラは黙ってマガジンをはずした誠の銃を点検している。

「はあ、シャムさんがヒロインでライバルがランさんだとか」 

 誠の言葉にドムは腕を組みしばらく考える。

「吉田に期待だな。あいつ傭兵時代にはフリーの映像作家も兼業でやってたとか言う話も聞くしな」 

 投げやりなドムの言葉に誠は意表を突かれた。

「映像作家ですか?あの人が?」 

「俺も又聞きだけど傭兵だって戦争が無い状態でも飯は食うからな。それにあいつの高性能の義体のメンテにどれだけの金がかかるか……それなりに稼げる仕事じゃないと生きていけないってことだろ?」 

 カウラが誠の首に湿布を貼るのを見終わるとドムは再び机の上の書物に目を向けた。

「もう平気だろ?西園寺を放置しておいたら大変だからとっとと行ってこいよ」 

 ドムの言葉を背中に受けると誠はすばやく置いてあった勤務服の上着とベルトを手にした。

「あのーカウラさん……」

 誠の一言に納得したようにカウラは白い病室のカーテンを閉める。

「アイシャの馬鹿か……」 

「違うベクトルで見に行きたくなくなる作品になるでしょうな」 

 ドムとカウラが外で愚痴をつぶやいている間にジーパンを脱いで勤務服のスラックスに足を通す。急ぐ必要は無いのだがなぜか誠の手は忙しくチャックを引き上げボタンを留めベルトを通した。そして上着をつっかけて、ガンベルトを巻くと誠はそのままカーテンを押し開けてため息をついているカウラとドムの前に現れた。

「お大事に」

 そう言うとドムは机の上の端末の前の椅子に腰掛けて仕事を始めた。誠達はそのまま一礼して医務室を出ると一路実働部隊の詰め所へと向かった。
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