レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
517 / 1,503
第7章 非番と言えども

トラブルメーカー

しおりを挟む
 それまで静かにしていたアイシャが満面の笑みをたたえながら歩いてくる。何も言わず、そのままかなめと誠が覗き込んでいるモニターを一瞥した後、そのままキーボードを叩き始めた。そしてそこに映し出されたのは典型的な女性の姿の怪物だった。ひどく哀愁を漂わせる怪人の姿を要がまじまじと見つめる。

「おい、アイシャ。それ誰がやるんだ?絶対断られるぞ」 

 かなめは諭すようにアイシャに語りかける。

「ああ、これはもう本人のOKとってあるのよ!かなめちゃん……自分の衣装がひどいひどいって言うけどこれに比べたらずっとましでしょ!」

 何を根拠にしているのかよくわからない自信に支えられてアイシャが笑う。誠は冷や汗をかきながらもう一度アイシャの指差す画面を覗き込んだ。 

「これって配役は確かあまさき屋の女将さんですか?」 

 誠は恐る恐るそう言ってみた。その言葉にかなめももう一度モニターをじっくりと見始めた。両手からは鞭のような蔓を生やし、緑色の甲冑のようなものを体に巻いて、さらに頭の上に薔薇の花のようなものを生やしている。

「おい、冗談だろ?小夏のかあちゃんがこれを受けたって……本人がOKしても小夏が断るだろ」 

 かなめはそう言うと再びこの怪人薔薇女と言った姿のコスチュームの画像をしげしげと眺めていた。

「そんなこと無いわよ。小夏ちゃんには快諾してもらっているわ、本人の出演も含めて」 

 そのアイシャの言葉がかなめには衝撃だった。一瞬たじろいた後、再びじっと画面を見つめる。そして今度は襟元からジャックコードを取り出して、端末のデータ出力端子に差し込む。あまりサイボーグらしい行動が嫌いなはずのかなめが脳に直接リンクしてまでデータ収集を行う姿に誠もさすがに呆れざるを得なかった。

「本当に疑り深いわねえ。まったく……!」 

 両手を手を広げていたアイシャの襟首を思い切りかなめが引っ張り、脇に抱えて締め上げる。

「なんだ?北里アイシャ?シャムの学校の先生で……カウラと誠をとりあっているだ?結局一番普通の役は自分でやろうってのか?他人にはごてごてした被り物被らせて……」 

「ちょっと!待ってよかなめちゃん!そんな……」 

 誠もカウラもかなめがそのままぎりぎりとアイシャの首を締め上げるのを黙ってみている。

「アイシャさん、調子乗りすぎですよ」 

「自業自得だな」 

「なんでよ誠ちゃん!カウラちゃん!うっぐっ!わかった!」 

 そう言うとアイシャはかなめの腕を大きく叩いた。それを見てかなめがアイシャから手を離す。そのまま咳き込むアイシャを見下ろしながらかなめは指を鳴らす。

「どうわかったのか聞かせてくれよ」 

 かなめはそう言うと青くなり始めた顔のアイシャを開放した。誠とカウラは画面の中に映るめがねをかけた教師らしい姿のアイシャを覗き込んだ。

「でも……そんなに長い尺で作るわけじゃないんなら別にいらないんじゃないですか?このキャラ」 

「そうだな、別に学園モノじゃないんだから、必要ないだろ」 

 誠とカウラはそう言ってアイシャを見つめる。アイシャも二人の言うことが図星なだけに何も言えずにうつむいた。

「よう、端役一号君。めげるなよ」 

 がっかりしたと言う表情をアイシャは浮かべる。その姿を見てかなめはそう言って悦に入った表情でアイシャの肩を叩く。

「なんだ……もしかして……気に入っているのか?さっきの痛い格好」 

 今度はカウラがかなめをうれしそうな目で見つめる。

「別にそんなんじゃねえよ!それよりかえでは……あいつは出るんだろ?オメエの配役だと」 

「あ、お姉さま!僕ならここにいますよ!」 

 部屋の隅、そこでは運行部の隊員と一緒に型紙を作っているかえでと渡辺の姿があった。

「なじんでるな」 

 あまりにもこの場の雰囲気になじんでいるかえでと渡辺の姿にかなめはため息をついた。同性キラーのかえでは配属一週間で運行部の全員の胸を揉むと言う暴挙を敢行した。男性隊員ならば明華やマリアと言った恐ろしい上官に制裁を加えられるところだが、同性そしてその行為があまりに自然だったのでいつの間にか運行部にかえでと渡辺が常駐するのが自然のように思われるようにまでなっていた。

「お前等、本当に楽しそうだな」 

 呆れながらかえで達をかなめは見つめる。誠とカウラは顔を見合わせて大きなため息をついた。運行部の女性隊員達が楓の一挙手一投足に集中している様を見ると二人とも何も言い出せなくなる。

「アイシャいる?」 

 ドアを押し開けたのは小柄なナンバルゲニア・シャムラード中尉だった。いつものように満面の笑みの彼女の後ろにはシャムの飼い熊、グレゴリウス16世の巨体が見えた。

「なに?ちょっと忙しいんだけど、こいつのせいで」 

「こいつのせい?全部自分で撒いた種だろ?」 

 怒りに震えるかなめを指差しながらアイシャが立ち上がる。

「俊平が用事だって」 

 吉田俊平少佐が画像処理を担当するだろうと言うことは誠もわかっていた。演習の模擬画像の処理などを見て『この人はなんでうちにいるんだろう?』と思わせるほどの見事な再現画像を見せられて何度もまことはそう思った。

「ああ、じゃあ仕方ないわね。かなめちゃん!あとでお話しましょうね」 

 アイシャはニヤニヤと笑いながら出て行く。だがかなめはそのまま彼女を見送ると端末にかじりつく。

「そうか、吉田を使えばいいんだな」 

 そう言うとかなめはすぐに首筋のジャックにコードを差し込んで端末に繋げた。彼女の目の前ですさまじい勢いで画面が切り替わり始め、それにあわせてにやけたかなめの顔が緩んでいく。

「何をする気だ?」 

 カウラの言葉にようやくかなめは自分が抜けた表情をしていたことに気づいて口元から流れたよだれをぬぐった。

「こいつ、おそらく今回も吉田の監修を受けることになると思ってさ。そうなればすべての情報は電子化されているはずだろ?そうなればこっちも……」 

「改竄で対抗するのか?西園寺にしては冴えたやり方だな」 

 カウラはそう言うとキャラクター設定の画像が映し出される画面を覗き込む。

「じゃあ、私はもう少し……」 

 自分の役のヒロインの姉の胸にカーソルを動かすカウラ。

「やっぱり胸が無いのが気になるのか?」 

 生ぬるい視線をかなめが向けるのを見てカウラは耳を真っ赤に染める。

「違う!空手の名人と言う設定がとってつけたようだから、とりあえず習っている程度にしようと……人の話を聞け!」 

 かなめはラフなTシャツ姿のカウラの画像の胸を増量する。

「これくらいで良いか?ちなみにこれでもアタシより小さいわけだが」 

 そう言ってかなめはにんまり笑う。誠はいたたまれない気分になってそのまま逃げ出そうとじりじり後ろに下がった。誠は左右を見回した。とりあえず彼に目を向けるものは誰もいない。誠はゆっくりと扉を開け、そろそろと抜け出そうとする。

「何してるの?誠ちゃん」 

 突然背中から声をかけられた。シャムがぼんやりと誠を見つめている。

「ああ、中尉。僕はちょっと居辛くて……」 

「そうなんだ、でもそこ危ないよ」 

 突然頭に巨大な物体の打撃による衝撃を感じた瞬間、誠の視界は闇に閉ざされた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

潜水艦艦長 深海調査手記

ただのA
SF
深海探査潜水艦ネプトゥヌスの艦長ロバート・L・グレイ が深海で発見した生物、現象、景観などを書き残した手記。 皆さんも艦長の手記を通して深海の神秘に触れてみませんか?

魅了だったら良かったのに

豆狸
ファンタジー
「だったらなにか変わるんですか?」

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

レジェンド・オブ・ダーク遼州司法局異聞 2 「新たな敵」

橋本 直
SF
「近藤事件」の決着がついて「法術」の存在が世界に明らかにされた。 そんな緊張にも当事者でありながら相変わらずアバウトに受け流す遼州司法局実働部隊の面々はちょっとした神前誠(しんぜんまこと)とカウラ・ベルガーとの約束を口実に海に出かけることになった。 西園寺かなめの意外なもてなしや海での意外な事件に誠は戸惑う。 ふたりの窮地を救う部隊長嵯峨惟基(さがこれもと)の娘と言う嵯峨茜(さがあかね)警視正。 また、新編成された第四小隊の面々であるアメリカ海軍出身のロナルド・スミスJr特務大尉、ジョージ・岡部中尉、フェデロ・マルケス中尉や、技術士官レベッカ・シンプソン中尉の4名の新入隊員の配属が決まる。 新たなメンバーを加えても相変わらずの司法局実働部隊メンバーだったが嵯峨の気まぐれから西園寺かなめ、カウラ・ベルガー、アイシャ・クラウゼの三人に特殊なミッションが与えられる。 誠はただ振り回されるだけだった。

処理中です...