レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第7章 非番と言えども

ドタバタの予感

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「なんだよオメー等。非番じゃねーのか?」 

 司法局実働部隊機動部隊の待機室。かなめの始末書に目を通すランの顔を見て誠は頭を掻いた。小学生低学年にしか見えないランが耳にボールペンを引っ掛けて書類に目を通している姿は誠にもある意味滑稽にも見えた。

「仕事の邪魔しに来たんじゃねえんだからいいだろ?」 

 そう言うとかなめは自分の席に座って机に足を投げ出す。ダウンジャケットの襟を気にしながら隣でデータの整理をしていたシャムを眺める。シャムは特に変わった様子も無くデータの入力を続けていた。

 司法局実働部隊の副隊長にランが本異動すると同時に実働部隊詰め所の内容も大きく変わっていた。

 それまで上層部の意向ですべての書類が手書きのみと言う前時代的雰囲気は一掃され、隊員の机のすべてにデータ入力用の端末が装備されるようになった。おかげで部屋の壁を埋めていたファイルの書庫は消え、代わりに観葉植物が置かれるなどいかにもオフィスといった雰囲気になっている。すべてのコンセプトはランが手配したものだが、落ち着いたオフィスと言う雰囲気は彼女の子供のような姿からは想像できないほどシックなものだった。

「で、アイシャの奴が……送ってきたんだよなーこれを……」 

 ランはそう言うと私服で席についている誠とカウラにデータを転送する。

「いつの間に……」 

 ファイルを展開するとすぐにかわいらしい絵文字が浮かんでいる。その書き方を覗き見た誠はそれが台本であることがすぐに分かった。細かいキャラクターの設定、そして誠の描いた服飾デザインが並んでいる。

「ああ、これってこのまえアイシャさんが書いたけど没にした奴ですね。確かに魔法少女が出てきますよ。寝かせてから出すって言ってたんですが……なるほどこれの設定だったんですか……忘れてました、これですか……」 

 誠は昨日キャラのデザインをしていて忘れていた以前アイシャに見せられた全年齢対象の漫画のプロットを思い出した。その言葉にカウラと要が反応して誠に生暖かい視線を向けてくる。

「なんだ、オメエは知ってるのか?」 

 かなめはゆっくりと立ち上がって尋問するように誠の机に手をかける。カウラは再びモニターの中の原稿に目を移した。

「知ってるって言うか……一応感想を教えてねって言われたんで。僕はちょっとオリジナル要素が強すぎて売れるかどうかって言ったらアイシャさんが自分で没にしたんですよ。そうだ、やっぱり先月見た奴ですよ。確かにあれは魔法少女ですね。ちょっとバトル系ですけど」 

 そんな誠とかなめのやり取りにいつの間にかシャムが立ち上がって誠の隣に来てモニターを覗き始める。

「ホントだ。これってどっちかって言うと魔法少女と言うより戦隊モノっぽい雰囲気だったよね」 

 シャムも見せられていたらしく、すでに自分の案が通らないことを吉田に言い渡されていたわりには嬉々としてモニターを覗きこんでいる。

「まあアタシはどうでもいいけどさ」 

「でも配役まで書いてあるよ。かなめちゃんは……誠ちゃんが助ける敵の騎士だって」 

 そんなシャムの言葉にかなめが急に机から足を下ろして自分の机の端末のモニターを覗き見る。

「引っかかった!」 

 シャムはそう言うとすばやく自分の席に戻る。かなめはシャムを一睨みしたあと苦虫を噛み潰したような表情で端末の細かい文字を追い始めた。

「オメー等なあ……仕事の邪魔しに来たわけじゃねーんだろ?もう少し静かにしてくれよ」 

 たまりかねたようにランが口を挟む。そしてシャムもさすがにふざけすぎたと言うように舌をだすとそのまま備品の発注の書類を作り始めた

「それにしても遅いな。吉田がグダグダ言ってるんだろうけど」 

 アイシャのいる運用艦『高雄』の運行スタッフの詰め所に行ったまま帰らない吉田の席を見ながらかなめはそんな言葉を口にする。カウラはそんなかなめの言葉など聞こえないとでも言うようにじっとモニターを食い入るように見つめている。

「非番なんだからそのままおとなしくしてろよな」 

 自分の作業を続けながらそう言ったランだが、その言葉は晴れ晴れとした表情で実働部隊詰め所のドアを開いたアイシャによって踏みにじられることは目に見えていた。

「皆さん!お元気そうですね!」 

 晴れやかなアイシャの言葉にランの表情が曇る。さらに彼女に連れられて戻ってきた吉田の疲れているような表情に部屋の空気が重くなる。

「そう言えば……かえでのお嬢ちゃんはどうした?」 

 自宅待機の日にもかかわらず誠達に連れられて出勤してきたかえでの名前をランがめんどくさそうに口にする。その言葉に端末のモニターを食い入るように見ていたかなめが大きく肩を落とす。

「いや、あいつのことは忘れようぜ。どうせ第四小隊が射撃レンジで訓練中だからそれを見に行ったんだろ?」 

 そう言うかなめの声が震えている。カウラと誠は生暖かい視線でかなめを見つめた。

「ああ、かえでちゃんはサラ達と一緒にコスチュームを考えるんだって。誠君の原画だけじゃ分からないこともあるからって」 

 何気なく言ったアイシャの言葉に反応して台本を見ていたかなめが立ち上がる。

「どうしたんだ?運行の連中のところに顔を出すのか?」 

 冷や汗を流さんばかりのかなめをカウラはニヤニヤしながら見上げる。

「お前はいいよな、普通なキャラだし」 

 かなめはそう言うとアイシャに目をやった。彼女は珍しくかなめをからかうわけでもなく自分の席に着いた吉田と小声で何かをささやき会っている。

 そんな状況の中、誠は久しぶりに見る台本を読んで一息ついた。シャムがヒロインの魔法少女バトルもの。確かに誠の『萌え』に触れた作品であることは確かだった。機械帝国に滅ぼされようとする魔法の国の平和を取り戻すために戦う魔法少女役のシャムが活躍する話と言う設定はいかにもシャムが喜びそうなものだった。

 そしてシャムの憧れの大学生でなぜか彼女の家に下宿している神前寺誠一というのが誠の配役だった。彼の正体は滅ぼされた魔法の国のプリンスと言うと格好はいいが、アイシャが台本に手を入れるならシャム達の身代わりにぼこぼこにされるかませ犬役でしかないのは間違いなかった。誠としてはアイシャの趣味からしてそうなることは予想していたので、別に不満も無かった。むしろアンとの男同士の愛に進展しないだけましだった。

 問題はかなめとカウラの配役だった。

 カウラの役は魔法少女姉妹のシャムの姉で誠の恋人の役だった。誠の設定ではアイシャがこの役をやると言うことでデザインした原画を描いたのだが、隊に来て車を降りたときにかなめがアイシャの首を絞めていたことから見て無理やりかなめがその役からアイシャを外させたのだろうと言うことは予想がついた。

 そしてかなめ。彼女は敵機械帝国の尖兵の機械魔女と言う設定だった。しかも彼女はなぜか失敗を責められて破棄されたところを誠一に助けられるという無茶な展開。その唐突さにかなめは若干戸惑っていた。しかも初登場の時の衣装のデザインはかなりごてごてした服を着込むことになるのでかなめは明らかに嫌がっているのは今も画面を見て苦笑いを浮かべているのですぐにわかる。

「そうだ普通が一番だぞ、ベルガー。アタシは……なんだこの役」 

 ランがそう言うのも無理は無かった。彼女自身、誠の原画を見てライバルの魔法少女の役になることは覚悟していたようだった。しかし自分のどう見ても『少女』と言うより『幼女』にしか見えない体型を気にしているランにとっては、その心の傷にからしを塗りこむような配役は不愉快以外の何モノでもないのだろう。

 魔法の国以前に機械帝国に侵略されて属国にされた国のお姫様。誠としては興味深いがランにとっては自分が姫様らしくないのを承知しているのでむずがゆい表情で時折かなめや誠、そして吉田と密談を続けているアイシャを眺めている。

「じゃあ、よろしく頼むわね」

 その時ようやく話にけりがついたと言うように渋々首のジャックにコードを挿して作業を始めようとする吉田の肩を叩いて立ち去ろうとする。

「まあ……いいや。アタシはちょっと運行の連中に焼きいれてくるわ……アイシャ!オメーも来い」 

 そう言って部屋を出ようとするかなめの纏う殺気に、誠とカウラはただならぬものを感じて立ち上がり手を伸ばす。アイシャはにこやかな笑みでにらみつけてくるかなめの前で黙って立ち尽くしていた。
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