レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第4章 戦いの記録

仁義なき戦い

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「退屈だねえ」 

 そう言って肩をくるくるとまわすかなめにランの視線が注いがれている。

「なら先週の山崎での道路の陥没事故の報告書あげてくれよ。転落したトレーラーを引き上げるどころかオメーはしくじって一緒に落ちやがって。05式を稼働状態に持ってくのに時間いくらかかると思ってんだ?」 

 ランの小言に振り向いたかなめが愛想笑いを浮かべている。

「おい、神前。豊川東警察署から届いた調査書はお前のフォルダーに入れてあったんだよな」 

 そう言いながらかなめは端末をいじる。明らかにやる気が無いのはいつものことだった。誠は仕方なく自分の端末を操作してフォルダーのセキュリティーを解除した。

「サンキュー」 

 言葉とは裏腹にかなめの表情は冴えないものだった。カウラのかなめに向ける視線が厳しくなっているのを見て、誠はまたいつもの低レベルな口喧嘩が始まるのかと思ってうつむいた。

「諸君!おはよう!」 

 妙に上機嫌にシャムが扉を開く。その後ろに続く吉田は明らかにシャムに何かの作業を頼まれたと言うような感じで口笛を吹きながら自分の席につく。

「何かいいことでもあったのか?さっきは端末覗いたと思えば飛び出して行きやがって」 

 ランの言葉にシャムは一瞬うなづこうとしてすぐに首を振るシャム。

「アイシャに続いてオメエ等まで馬鹿なこと始めたんじゃねえだろうな」 

 五分も経たずに書類作成に飽きたかなめが退屈を紛らすためにシャムに目を向ける。そんなかなめを見つめるカウラの視線がさらに厳しいものになるのを見て誠はどうやれば二人の喧嘩に巻き込まれずに済むかということを考え始めた。

 そんな中、乱暴に部屋の扉が開かれた。

 駆け込んできたのはアイシャだった。自慢の紺色の長い髪が乱れているが、そんなことは気にせずつかつかと吉田の机まで進んできて思い切りその机を叩いた。

「どういうことですか!」 

 アイシャのすさまじい剣幕に口げんかの準備をしていたかなめが目を向けた。

「突然なんだよ。俺は何も……」 

「何で在遼州アメリカ軍からシャムちゃん支持の大量の投票があったかって聞いてるんですよ!」 

 アイシャの言葉に部屋は沈黙に包まれた。呆れるかなめ。カウラは馬鹿馬鹿しいと言うように自分の仕事に集中する。ランは頭を抱え、シャムはにんまりと笑みを浮かべていた。

「別に……あっそうだ。うちはいつでもアメリカさんの仮想敵だからな。きっと東和の新兵器開発については関心があるんじゃないか?」 

 表情も変えずにそう言う吉田に再びアイシャが机を叩いた。部屋の奥のかえでと渡辺が何をしているのかと心配するように視線をアイシャに向ける。

「怒ることじゃねえだろうが。ったく……」 

 そこまで言ったかなめだが珍しく真剣な表情のアイシャが顔を近づけてくると、あわてたように机に伏せた。

「よくって?この豊川に基地を置く以上は皆さんに愛される司法局になる必要があるのよ!だからこうして真剣に市からの要請にこたえているんじゃないの!当然愛される……」 

「こいつを女装させると市役所から褒められるのか?」 

 カウラが誠を指さしながらつぶやいた。何気ない一言だが、こういうことに口を出すことの少ないカウラの言葉だけにアイシャは一歩引いてカウラの顔を見つめながら乱れていた紺色の長い髪を整えた。

「そうだよ!マニアックなのは駄目なんだよ!」 

「シャムちゃんに言われたくないわよ!」 

 シャムは席でいつの間にか猫耳をつけている、それに言い返そうとアイシャは詰め寄っていく。

「オメー等!いい加減にしろ!」 

 かなめと同じくらい短気なランが机を叩く。その音を聞いてようやくアイシャとシャムは静かになった。

「あのなあ、仕事中はちゃんと仕事してくれ。特にアイシャ。オメーは一応佐官だろ?それに運行艦と言う名称だが、『高雄』は一応クラスは巡洋艦級。その副長なんだぞ。サラとか部下も抱えている身だ。それなりに自覚をしてくれよ」 

 そう言うとランは再び端末の画面に目を移した。

「まあ、いいわ。つまり票が多ければいいんでしょ?それと……このままだと際限なく票が膨らむから範囲を決めましょう。とりあえず範囲は東和国内に限定しましょうよ」 

「うん、いいよ。絶対負けないんだから!」 

 アイシャとシャムはお互いにらみ合ってから分かれた。シャムは自分の席に戻り、アイシャは部屋を出て行く。

「何やってんだか」 

 呆れたように一言つぶやくとランは再びその小さな手に合わせた特注のキーボードを叩き始めた。

『心配するなよ。オメーの女装はアタシも見たくねーからな』 

 誠の端末のモニターにランからの伝言が表示される。振り向いた誠にランが軽く手をあげていた。

「なんだか面白くなってきたな」 

 そう言って始末書の用紙を取り出したかなめがシャムに目を向ける。

「おい、賭けしねえか?」 

 誠の脇を手にしたボールペンでつついてきたかなめが小声で誠に話しかけてくる。

「そんなことして大丈夫ですか?」 

「大丈夫な訳ないだろうが!」 

 当然誠をいつでも監視しているカウラはそう叫んだ。だが、それも扉を開いて入ってきた嵯峨の言葉に打ち消された。

「はい!シャムが勝つかアイシャが勝つか。どう読む!一口百円からでやってるよ」 

 メモ帳を右手に、左手にはビニール袋に入った小銭を持った嵯峨が大声で宣伝を始める。

「じゃあ、シャムに10口行くかな」 

 そう言って吉田は財布を取り出そうとする。ランは当然厳しい視線でメモ帳に印をつけている嵯峨を見つめていた。

「ちょっと……隊長。話が……」 

 帳面を手に出て行こうとする嵯峨の肩にランは背伸びをして手を伸ばす。

「ああ、お前もやるんだ……」 

 嵯峨がそこまで言ったところでランは嵯峨から帳面を取り上げて出て行く。さすがの嵯峨もこれには頭を掻きながら付いていくしかなかった。

 再びの沈黙だが主のいないロナルドの席を当然のように占拠してアイシャが端末で何か作業をしているのが誠にも見えた。シャムもまるで決闘でも始めそうな笑顔でちらちらとアイシャに目をやる。その頭には猫耳が揺れている。

「ふっふっふ……。はっはっは!」 

 アイシャが挑発的な高笑いをした瞬間、吉田はシャムを呼び寄せた。そして二人でしばらく密談をしたあと、不意に吉田が立ち上がった。それを見ると端末の電源を落としてロナルドの席から立ち上がり、気がすんだように伸びをしてそのまま部屋を出て行くアイシャ。それを横目にささやきあっていた吉田とシャムが立ち上がる。

「カウラ。ちょっと許大佐から呼び出しが……」 

 吉田は出口で振り返るとカウラに声を掛けた。

「いちいち許可は必要ないんじゃないですか?」 

 カウラは明華の名前が出てきている以上あまり強く言えなかった。

「じゃあ!」 

 吉田とシャムが部屋を出て行く。誰がどう見ても先ほどの賭けの件であることが分かるだけに、カウラの表情は複雑だった。とりあえず諦めて画面に向かった誠だが、一通のメールが運行部班長名義で到着していることに気づいてげんなりした。運行部班長はアイシャである。先ほどの吉田とシャムの動きを見ていればアイシャが動き出すのは当然と言えた。

『昼食の時にミーティングがしたいからカウラちゃんを連れてきてね。ああ、かなめちゃんは要らないわよ』 

「誰が要らないだ!馬鹿野郎!」 

 隣から身を乗り出して誠の端末の画面を覗き込んでいたかなめが突然叫んだ。その大声に呆然とするかえでと渡辺。隣で新聞を見ていたアンもかなめの顔をのぞき見ていた。

「もういーや。お前等も好きにしろよ!」 

 嵯峨を引き連れて戻ってきたランは諦めたようにそう言った。そとでピースサインをした嵯峨が帳面を手に戻っていく。その様子を見ていらだったような表情を浮かべていたかなめの顔色が明るくなった。

「それってさぼっても……」 

「さぼってってはっきり言うんじゃねーよ。どうせ仕事にならねーんだからアイシャと悪巧みでも何でもしてろ!」 

 そう言ってランは端末の前に陣取ると報告書の整理を再開する。かなめはすぐさま首にあるジャックにコードを挿して何かの情報を送信した後、立ち上がっていかにも悪そうな視線をカウラに送る。思わずカウラは助けを求めるようにランを見つめていた。

「クラウゼの呼び出しか?ベルガー、ついてってくれよ。こいつ等ほっとくとなにすっかわかんねーからな」 

 カウラは大きくため息をついてうなだれた。かなめとカウラは席を立った。かなめの恫喝するような視線に誠も付き合って立ち上がる。表を見た三人の目にドアの脇からサラが中を覗き込んでいるのが見えてくる。かなめが派手にドアを開いてみせるとサラが誠達に詫びを入れるように手を合わせた。
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