レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第3章 もとをただせば

時代行列

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 身を切るような冷たい風が四人を包んだ。

「おーい、シュペルター中尉!」 

 アイシャは階段の上から一人で誠の機体を見ながらポテトチップスの袋を片手に和んでいる技術部法術関連技官であるヨハン・シュペルター中尉に声をかけた。

 その肥えすぎた巨体がアイシャの方を振り向く。

「ああ、これの件ですか?」 

 ヨハンはそう言うと左腕の携帯端末を指差した。

「そう、それ!」 

 そのままアイシャは誠を引っ張って階段を下りていく。ヨハン以外の整備員の影が見えないのを不審に思いながら誠は引っ張られるままアイシャに続いて階段を下りた。

「珍しいじゃないの。あなたが一人なんて……他の連中は?」 

 アイシャに笑いかけられてヨハンは苦笑いを浮かべた。そしてすぐに一階の奥の資材置き場を指差した。

「昨日、西の野郎が怪我しましてね。それを島田がレベッカをだましてごまかそうとしたのがついさっきバレて許大佐が切れちゃってね。ずつと絞られてるんですよ。おかげで隊員全員震え上がって身を隠していて……それで俺がここに一人でいるわけです」 

 そう言うとヨハンは苦笑して軽く両手を広げる。

「西きゅんが怪我したって……大丈夫なの?」 

 アイシャが食いつくようにヨハンをにらみつけた。西高志兵長は司法局実働部隊でも数少ない十代の隊員である。アイシャ達ブリッジクルーが弄り回し、技術部整備班の班長島田正人准尉と副班長レベッカ・シンプソン中尉が目をかけている少年兵である。特にレベッカとは非常に親密と言うより、『シンプソン中尉のペット』と呼ばれるほどで、ほとんど彼女の手足として動いている西に嫉妬する隊員も多く存在した。

「なんてことは無いんですよ。手袋使わずにアクチュエーターの冷却材を注入しようとして低温火傷しただけですから。でもまあ、たまにはああいう風に姐御にシメてもらったほうが……ってそれに書くんですか?さっきのアンケート」 

 そう言うとヨハンは誠の手からアンケート用紙を奪い取る。

「姐御がからんでるとなると半日は説教が続くだろうな。じゃあ、ヨハン。そいつを頼んだぞ。足りなかったらコピーして使え」 

 かなめの言葉に空で頷きながらヨハンは用紙を見つめる。その顔には苦笑いが浮かんでいた。その隣でヨハンの弱りようが分かったというようにカウラがうなづく。アイシャはぐるりとカウラの周りを回ってヨハンのふくよかな胴体を見て大きくため息をついた。その視線がカウラの平坦な胸を見つめていたことに誠はすぐに気づいた。

「アイシャ。私の胸が無いのがそんなに珍しいのか?」 

 こぶしを握り締めながらカウラの鋭い視線がアイシャを射抜く。

「誰もそんなこと言ってないわよ。レベッカが仕事の邪魔になるほど胸があるのにカウラ・ベルガー大尉殿のアンダーとトップの差が……」 

 そこまで言ったアイシャの口をかなめが押さえつける。

「下らねえこと言ってないでいくぞ!」 

 そう言うとかなめはヨハンに半分近くのアンケート用紙を渡してアイシャにヘッドロックをかける。

「わかった!わかったわよ。それじゃあ」 

 かなめに引きずられながら手を振るアイシャ。誠とカウラは呆れながら二人に続いて一階の資材置き場の隣の廊下を進んだ。中からは明華の罵声が切れ切れに聞こえてくる。

「島田の奴。今日はどんだけ絞られるのかな」 

 そう言いながらかなめは残ったアンケートを誠に返す。咳き込みながらも笑顔で先頭を歩くアイシャが資材置き場の隣の警備部の部長室のドアをノックした。

「次はマリアの姐御か」 

 かなめは大きくため息をつく。部隊の警備及び白兵戦要員として編成されている警備部。その部長こそがシン無き今、司法局実働部隊の常識を支えているマリア・シュバーキナ少佐だった。

「開いてるわよ」 

 中から良く響く女性の声が聞こえる。アイシャは静かに扉を開いた。嵯峨の隊長室よりも広く見えるのは整理された書類と整頓された備品のせいであることは四人とも知っていた。マリアは呆れた様子でニヤニヤ笑っているアイシャを見つめた。

「好きだなあ、お前等は」 

 そう言うとマリアは机の上の情報端末を操作する手を止めて立ち上がった。

「でもこの映画、節分にやるんですよね。姐御達は西豊川八幡の節分はまた警備ですか?」 

 かなめが警備部のメンバーの数だけアンケート用紙を数えている。

「まあな。一応東都では五本の指に入る節分の祭りだからそれなりの事故防止が必要だろ?」 

 そう言うとマリアはかなめから一枚アンケート用紙を取り上げてじっと見つめる。

「マリアさんなら鎧兜似合いそうなのに、残念ね」 

 アイシャのその言葉に誠は不思議そうな視線を送った。

「ああ、神前君は今年がはじめてよね。西豊川神社の節分では時代行列と流鏑馬をやるのよ」 

「流鏑馬?」 

 東和は東アジア動乱の時期に大量の移民がこの地に押し寄せてきた歴史的な流れもあり、きわめて日本的な文化が残る国だった。誠もそれを知らないわけでもないが、流鏑馬と言うものを実際にこの豊川で行っていると言う話は初耳だった。

「流鏑馬自体は東和独立前後からやってたらしいんだけど、司法局実働部隊が来てからは専門家がいるから」 

 そんなカウラの言葉に誠は首をひねった。

「流鏑馬の専門家?」 

「隊長だ」 

 アンケート用紙をじっくりと眺めながらマリアが答える。

「胡州大公嵯峨家の家の芸なんだって流鏑馬は。去年は重さ40キロの鎧兜を着込んで4枚の板を初回で全部倒して大盛り上がりだったしね」 

 アイシャはそう言うとマリアの机の上の書類に目を移した。誠達はそれとなくその用紙を覗き込んだ。何本もの線が引かれた大き目の紙の脇にはカタカナで警備部の隊員の名前が記入されている。

「シフト表ですね。警備部は休むわけには行かないから大変そうですよね」 

「その大変なところに闖入してきていると言う自覚はあるならそれにふさわしい態度を取ってもらわないとな」 

 明らかに不機嫌そうなマリアの言葉に誠は情けない表情でアイシャを見つめた。タレ目のかなめはようやく警備部の人数分のアンケート用紙を取り上げるとマリアに手渡した。

「まったく隊長には困ったものだな。市だって『嫌だ』って言えばこんな話は持ってこないのになあ」 

 そう言いながらマリアは再びシフト表に視線を落す。

「じゃあ、失礼します」 

 アイシャを先頭に一同は部屋を出た。

「鎧兜ですか?そんなものが神社にあるんですか?」 

 誠の言葉を白い目で見るかなめ達。

「叔父貴の私物だよ。胡州の上流貴族の家の蔵にはそう言うものが山とあるからな」 

 そう言ってかなめはそのままブリッジクルーの待機室に向かおうとする。誠は感心するべきなのかどうか迷いながら彼女のあとに続いた。
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