レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
498 / 1,503
第3章 もとをただせば

時代行列

しおりを挟む
 身を切るような冷たい風が四人を包んだ。

「おーい、シュペルター中尉!」 

 アイシャは階段の上から一人で誠の機体を見ながらポテトチップスの袋を片手に和んでいる技術部法術関連技官であるヨハン・シュペルター中尉に声をかけた。

 その肥えすぎた巨体がアイシャの方を振り向く。

「ああ、これの件ですか?」 

 ヨハンはそう言うと左腕の携帯端末を指差した。

「そう、それ!」 

 そのままアイシャは誠を引っ張って階段を下りていく。ヨハン以外の整備員の影が見えないのを不審に思いながら誠は引っ張られるままアイシャに続いて階段を下りた。

「珍しいじゃないの。あなたが一人なんて……他の連中は?」 

 アイシャに笑いかけられてヨハンは苦笑いを浮かべた。そしてすぐに一階の奥の資材置き場を指差した。

「昨日、西の野郎が怪我しましてね。それを島田がレベッカをだましてごまかそうとしたのがついさっきバレて許大佐が切れちゃってね。ずつと絞られてるんですよ。おかげで隊員全員震え上がって身を隠していて……それで俺がここに一人でいるわけです」 

 そう言うとヨハンは苦笑して軽く両手を広げる。

「西きゅんが怪我したって……大丈夫なの?」 

 アイシャが食いつくようにヨハンをにらみつけた。西高志兵長は司法局実働部隊でも数少ない十代の隊員である。アイシャ達ブリッジクルーが弄り回し、技術部整備班の班長島田正人准尉と副班長レベッカ・シンプソン中尉が目をかけている少年兵である。特にレベッカとは非常に親密と言うより、『シンプソン中尉のペット』と呼ばれるほどで、ほとんど彼女の手足として動いている西に嫉妬する隊員も多く存在した。

「なんてことは無いんですよ。手袋使わずにアクチュエーターの冷却材を注入しようとして低温火傷しただけですから。でもまあ、たまにはああいう風に姐御にシメてもらったほうが……ってそれに書くんですか?さっきのアンケート」 

 そう言うとヨハンは誠の手からアンケート用紙を奪い取る。

「姐御がからんでるとなると半日は説教が続くだろうな。じゃあ、ヨハン。そいつを頼んだぞ。足りなかったらコピーして使え」 

 かなめの言葉に空で頷きながらヨハンは用紙を見つめる。その顔には苦笑いが浮かんでいた。その隣でヨハンの弱りようが分かったというようにカウラがうなづく。アイシャはぐるりとカウラの周りを回ってヨハンのふくよかな胴体を見て大きくため息をついた。その視線がカウラの平坦な胸を見つめていたことに誠はすぐに気づいた。

「アイシャ。私の胸が無いのがそんなに珍しいのか?」 

 こぶしを握り締めながらカウラの鋭い視線がアイシャを射抜く。

「誰もそんなこと言ってないわよ。レベッカが仕事の邪魔になるほど胸があるのにカウラ・ベルガー大尉殿のアンダーとトップの差が……」 

 そこまで言ったアイシャの口をかなめが押さえつける。

「下らねえこと言ってないでいくぞ!」 

 そう言うとかなめはヨハンに半分近くのアンケート用紙を渡してアイシャにヘッドロックをかける。

「わかった!わかったわよ。それじゃあ」 

 かなめに引きずられながら手を振るアイシャ。誠とカウラは呆れながら二人に続いて一階の資材置き場の隣の廊下を進んだ。中からは明華の罵声が切れ切れに聞こえてくる。

「島田の奴。今日はどんだけ絞られるのかな」 

 そう言いながらかなめは残ったアンケートを誠に返す。咳き込みながらも笑顔で先頭を歩くアイシャが資材置き場の隣の警備部の部長室のドアをノックした。

「次はマリアの姐御か」 

 かなめは大きくため息をつく。部隊の警備及び白兵戦要員として編成されている警備部。その部長こそがシン無き今、司法局実働部隊の常識を支えているマリア・シュバーキナ少佐だった。

「開いてるわよ」 

 中から良く響く女性の声が聞こえる。アイシャは静かに扉を開いた。嵯峨の隊長室よりも広く見えるのは整理された書類と整頓された備品のせいであることは四人とも知っていた。マリアは呆れた様子でニヤニヤ笑っているアイシャを見つめた。

「好きだなあ、お前等は」 

 そう言うとマリアは机の上の情報端末を操作する手を止めて立ち上がった。

「でもこの映画、節分にやるんですよね。姐御達は西豊川八幡の節分はまた警備ですか?」 

 かなめが警備部のメンバーの数だけアンケート用紙を数えている。

「まあな。一応東都では五本の指に入る節分の祭りだからそれなりの事故防止が必要だろ?」 

 そう言うとマリアはかなめから一枚アンケート用紙を取り上げてじっと見つめる。

「マリアさんなら鎧兜似合いそうなのに、残念ね」 

 アイシャのその言葉に誠は不思議そうな視線を送った。

「ああ、神前君は今年がはじめてよね。西豊川神社の節分では時代行列と流鏑馬をやるのよ」 

「流鏑馬?」 

 東和は東アジア動乱の時期に大量の移民がこの地に押し寄せてきた歴史的な流れもあり、きわめて日本的な文化が残る国だった。誠もそれを知らないわけでもないが、流鏑馬と言うものを実際にこの豊川で行っていると言う話は初耳だった。

「流鏑馬自体は東和独立前後からやってたらしいんだけど、司法局実働部隊が来てからは専門家がいるから」 

 そんなカウラの言葉に誠は首をひねった。

「流鏑馬の専門家?」 

「隊長だ」 

 アンケート用紙をじっくりと眺めながらマリアが答える。

「胡州大公嵯峨家の家の芸なんだって流鏑馬は。去年は重さ40キロの鎧兜を着込んで4枚の板を初回で全部倒して大盛り上がりだったしね」 

 アイシャはそう言うとマリアの机の上の書類に目を移した。誠達はそれとなくその用紙を覗き込んだ。何本もの線が引かれた大き目の紙の脇にはカタカナで警備部の隊員の名前が記入されている。

「シフト表ですね。警備部は休むわけには行かないから大変そうですよね」 

「その大変なところに闖入してきていると言う自覚はあるならそれにふさわしい態度を取ってもらわないとな」 

 明らかに不機嫌そうなマリアの言葉に誠は情けない表情でアイシャを見つめた。タレ目のかなめはようやく警備部の人数分のアンケート用紙を取り上げるとマリアに手渡した。

「まったく隊長には困ったものだな。市だって『嫌だ』って言えばこんな話は持ってこないのになあ」 

 そう言いながらマリアは再びシフト表に視線を落す。

「じゃあ、失礼します」 

 アイシャを先頭に一同は部屋を出た。

「鎧兜ですか?そんなものが神社にあるんですか?」 

 誠の言葉を白い目で見るかなめ達。

「叔父貴の私物だよ。胡州の上流貴族の家の蔵にはそう言うものが山とあるからな」 

 そう言ってかなめはそのままブリッジクルーの待機室に向かおうとする。誠は感心するべきなのかどうか迷いながら彼女のあとに続いた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

てめぇの所為だよ

章槻雅希
ファンタジー
王太子ウルリコは政略によって結ばれた婚約が気に食わなかった。それを隠そうともせずに臨んだ婚約者エウフェミアとの茶会で彼は自分ばかりが貧乏くじを引いたと彼女を責める。しかし、見事に返り討ちに遭うのだった。 『小説家になろう』様・『アルファポリス』様の重複投稿、自サイトにも掲載。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

学園長からのお話です

ラララキヲ
ファンタジー
 学園長の声が学園に響く。 『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』  昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。  学園長の話はまだまだ続く…… ◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない) ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...