レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第5.5部『突然魔法少女』 第一章 祭りの予感

節分祭

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 一頭の葦毛《あしげ》の馬が疾走していた。

 背には大鎧を着込んだ平安武将を思わせる兵《つわもの》が一人。右手に弓と左手に二本の矢を握る。間合いを計って矢を番《つが》え、引き絞られた弓。

 それも一瞬、番えた矢は放たれる。一の矢が木の板に命中し、すぐさま二の矢が放たれすぐ隣の板を貫く。

 馬上の武者はすぐ背の靭《うつぼ》から矢を二本取る。集まった観衆の前に気を良くした武者はさらにしばらくおいた二つの板をみごとに矢で貫いてみせた。

 東和の西豊川八幡神社の奥の広場までたどり着いた馬上の武者は速度を緩め、境内に集まった観客がどっと沸くのに手を振って見せる。

「ああ、本当に隊長は何でもできるんですね」 

 鎌倉時代の徒歩侍を思わせる胴丸を着込み、頭には鳥烏帽子。手には薙刀を持たされている遼州司法局実働部隊機動部隊第二小隊三番機パイロットの神前誠《しんぜんまこと》曹長は観客に見送られて本殿の裏へと馬を進ませる司法局実働部隊隊長、嵯峨惟基《さがこれもと》特務大佐を見送った。

 誠も同僚達も遠い昔の鎧兜の姿で警備の警察官などが観衆を見回るのをぼんやりと眺めていた。それが26世紀の地球を遠く離れた植民惑星での光景だなどとは思いもつかない。

「ああ、流鏑馬《やぶさめ》は嵯峨家の家芸だからな。ああ見えて茜も同じことが出来るんだぜ」 

 そう言って笑うのは紺糸縅《こんいとおどし》の大鎧に大きな鍬形のついた兜の女武者だった。平安武将を思わせる姿の遼州同盟司法局実働部隊第二小隊の二番機担当、西園寺かなめ大尉である。

「しかし……」 

「なんだよ……てあれか?オメエが気にしているのは」 

 タレ目のかなめの目じりがさらに下がる。

 その視線の先には桜色の紐でつづられた盾が目立つ大鎧に鉢巻を巻いたエメラルドグリーンの髪をなびかせている第二小隊隊長、カウラ・ベルガー大尉が椅子に座って麦茶を飲んでいた。すぐにかなめは優越感に浸りきったような表情でカウラに向かって歩み寄っていく。

「そんな格好で馬にも乗らずに時代祭りの行列。もう少し空気読めよ」 

 誠の所属する遼州同盟の司法局特別機動部隊の司法局実働部隊は、豊川八幡神社の節分の時代行列に狩りだされていた。士官は基本的には馬に乗り、嵯峨の家の蔵にあるという色とりどりの大鎧を着こんで源平合戦を絵巻を演出していた。伝統を重んじる外惑星のコロニー国家の胡州帝国出身組の嵯峨やかなめにとっては乗馬など余技に過ぎないものだが、カウラ達東和出身組みには乗馬は難関であった。

「でも、本当にカウラちゃんは馬と相性が悪いわね」 

 そう言って近づいてきたのは司法局実働部隊運用艦、『高雄』の艦長代理、アイシャ・クラウゼ少佐だった。しかし、彼女の鎧姿には他の隊員のそれとは違って明らかに違和感があった。かなめはアイシャの頭の先からつま先までに視線を走らせた後大きなため息をついた。

 平安・鎌倉時代の武将を髣髴とさせる大鎧や胴巻き、鳥烏帽子を着込んだ隊員たちの中、一人で戦国末期の当世具足に十文字槍という姿は明らかに違和感があった。さらにその桃成兜《ももなりかぶと》の前面にはトンボを模した細工が際立って見えているのがさらに場の空気とは隔絶したものに誠からも見える。

 そんな格好をアイシャがしている理由はわかっていた。アイシャにそう言う知識が無いわけがない。誠は年末のコミケで彼女が原作を書いた源平絵巻物のBL漫画の絵を描かされていたのでよくわかっていた。自分の作品となれば小道具や歴史監修にすさまじいこだわりを見せるアイシャである。絵を描けと言われて教えられた平安武具のサイトの緻密なこだわりで頭がとろけそうになったことも、今の違和感しかない格好がわざとであることを証明していた。
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