レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第36章 手作りの祝福

作柄

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「おい!遊んでんじゃねーぞ!」 

 そこに突然少女の声が響いた。振り返るギャラリー。そこには副部隊長のランが手に幼児のような彼女の体と比べると格段に大きい段ボール箱を抱えて歩いてきていた。後ろにはランにじゃれ付こうとするグレゴリウス16世を必死に鎖で押さえつけようとするが完全に力負けしている吉田の姿があった。

「姐御も撃ちますか?」 

 かなめが茶々を入れるがそれをまるで無視して、ランはそのまま射撃場のテーブルにダンボールを置いた。

「キム、どうだい」 

 小柄と言うより幼く見えるランにこの射撃場は似合わないと誠は思っていた。時々課せられている射撃訓練のとき愛用の拳銃、マカロフピストルを射撃する姿は良く見かけるが、明らかに違和感のある姿だった。

「まあ見世物としては最適ですね。まあ実用性も以前のM500のときよりましなんじゃないですか?」 

 ほめるわけにもけなすわけにもいかずキムの表情は複雑だった。それを見て頷いた後、ランは段ボール箱を開く。誠達が中をのぞくとそこには旬の野菜が詰め込まれていた。

「今年はクワイがいまいちなんだ。でもレンコンは猟友会の人で田んぼ持ってる人がいるからちゃんともらってきたよ。今年は凄くおいしいんだって!」

 シャムがカウラから受け取った銃をホルスターに入れて元気良く答える。

「ごぼうは……」 

「ああ、ちょっと待ってね。あれは長いから箱には入らないんだ。だから部屋に置いてあるよ」 

 シャムは自信たっぷりに答える。空き地と見れば耕してしまう農業少女シャム。猟友会で農家の人々とも交流がある彼女が選んだダンボールの中のみずみずしい野菜達がそこにあった。他にもにんじん、大根、白菜と売り物にも出来るような野菜達が箱の中に並んでいた。

「なるほどねえ、まったくもってこれじゃあ子供ガンマンだな」 

 ランは呆れたようにシャムをつま先から頭まで満遍なく見つめる。

「ひどい!ランちゃんの方が身長低いんだよ!だから……」 

「身長の問題じゃないだろ?アタシはそう言う格好をするときは場所を考えるんだ。職場ではぜってーそんな格好はしねーよ」 

 苦笑いを浮かべつつ、ランもまたシャムの腰の拳銃が気になっているようだった。

「なんなら中佐も撃ちます?」 

 そう言いながらキムは弾薬の箱をもてあそんでいる。それを見てランは呆れたようにため息をつく。

「そんなの興味ねーよ。シングルアクションリボルバーで撃ち合いなんざ真っ平ごめんだ」 

 ランはそう言うと勤務服のベルトから愛用のマカロフを取り出す。中型拳銃だが、手の小さいランにはグリップを握れるぎりぎりの大きさだった。そのまま銃を構えるとランはターゲットに銃口を向ける。

 連射。機能に特化したロシア製の拳銃らしくきびきびとスライドが下がり薬莢が舞う。撃ち終わったターゲットを誠が見ると見事に胸の辺りにいくつもの小さな穴が見えた。

「こんぐらいのことが出来なきゃ問題外だろ?」 

 ランは得意げに笑って見せた。それを見てシャムはダンボールの中を整理していた手を止める。そのままランの隣に立って標的を見つめる。

 すぐさまシャムの右手が銃を手にする。腰で構えるとすぐ左手がハンマーを叩き発砲、それを六回繰り返す。そしてすぐ右手の銃を仕舞うと今度は左手、同じように六発の銃声。

「やるもんだねえ」 

 ランはそう言うと満足げにうなづいた。硝煙の煙が北風に流されターゲットが野次馬達の目に留まる。確かにランの射撃よりは弾は散らばっているがすべてがターゲットを捉えていた。

「なんだよ、神前より当たってるじゃねえの」 

 かなめの歯に衣着せない言葉に誠は頭を掻く。そしてシャムとランの名人芸に感心したように野次馬達が拍手を始める。

「まあシャムは至近距離の戦いのためにショットガンを装備しているからな。拳銃の優先度は部隊でも一番低いんだ。あれだけ当たれば……」 

「ランちゃん、OK?OKなの?」 

 小さいシャムよりさらに小さいランの手を取りシャムは満面の笑みを浮かべた。

「まあどうせ言っても聞かねーんだろ?好きにしろよ」 

 そう言うとランは射撃場から降りる。シャムを見つめているグレゴリウス16世の頭を一撫でしたあとそのまま来た道を引き返す。

「ああ、そうだ!亀吉が暴れてたぞ。朝飯食わせてやったのか?」 

「あ!忘れてた。餌の時間だ!」

 途中で一度振り返ってランが叫ぶ。その声にシャムがあわてたように腰の二挺の拳銃を取り出してキムの机に置いて飛び出す。

「やっぱりクリーニングは俺か?」 

 押し付けられた仕事に苦笑いを浮かべるキムを残してシャムが全速力で隊舎に向かって駆け出した。

 それを見送るとブリッジクルーは隊舎に、整備班員はハンガーに、警備部員は100メートルの射撃訓練レンジへと向かう。ただシャムの銃を手にして何度も確認しているキムと誠達だけが取り残された。

「しかしよく集めたわねえ……ちゃんとメモどおりの野菜が揃ってるじゃないの」 

 一人ダンボールの中の野菜を調べていたアイシャが感心したようにため息をつく。誠はシャムがやっていたようにドライバーで銃から空の薬莢を取り出しているキムを見ていた。

「大変ですね。でもこんな昔の銃の弾が安いんですか?」 

 誠の質問に一度顔を上げて不思議そうな顔をした後、キムは今度は銃の分解を始めた。

「まあな。需要は結構あるんだよこいつは。英雄を気取りたいのは誰にでもある願望だから、アメリカさんの影響力の強い国で銃の規制がゆるい国なら銃砲店に行けばかならず置いてあるからな。それこそカウボーイ・シューティングマニアの羨望の的の銃だからな」 

 そう言うとキムは慣れた調子でシリンダーを取り外し、そこに開いた大きな六つの穴を覗いている。そしてその頃には警備部の面々も射撃訓練を開始して、絶え間ない銃声が射撃場に響き始めた。

「まあ見世物としては面白かったけど、これで終わりとか言わねえよな。わざわざ東都から隊に戻ってきたんだ。それなりのイベントがねえとな」 

 かなめの言葉にキムは一端、銃から目を離して彼女を見上げる。

「俺に聞かないでくださいよ。たぶん島田が何か知ってるんじゃないですか?ナンバルゲニア中尉と時々なんか話していたみたいですから」 

 そう言うとキムはシリンダーを抜いた銃の銃身に掃除用の器具を突っ込んだ。シャムのお祝いについて何も知らないようなキムを見つめた後、かなめはそのままアイシャが中身を確認し終えたダンボールの箱を持ち上げる。

「気が利くじゃないか、西園寺。これじゃあ明日は雪だな」 

「どういう意味だ?」 

 笑顔のカウラにかなめは突っ込みを入れる。その表情はいつもより柔らかい。アイシャはグレゴリウス16世に引きずられてそのまま隊舎の裏手で熊に対抗しようと踏ん張っている吉田を眺めていた。

「あれって散歩って言うのかしら?」 

「違うだろ、あれは罰ゲームって言うんだよ」 

 カウラはそう言うとそのままハンガーに向かって歩き出したアイシャに続く。誠もまたそれに続いて歩き始めた。

 ただ誠達は明らかに雰囲気が先ほど同じ道を来た時とは違っているのを感じていた。事実もうほとんど引きずりまわされるだけになっている吉田だが、明らかにちらちらと誠達、特にカウラの様子を確認しているのはアイシャやかなめもわかっていた。普段は開いていない管理部の裏の窓が開いていてそこから双眼鏡が覘いていたりするのだから、誠にも何かシャム達が企んでいることは分かった。

「何考えてるんだか……」 

 カウラがポツリとつぶやく。その視線の先に赤い髪が動いたのは明らかにサラの後ろ髪だった。それを見てかなめが立ち止まる。

「なあ、少し待ってやろうよ」 

 かなめのうれしそうな顔に同調するようにアイシャも立ち止まる。二人が突然態度を変えたことでカウラの表情が曇る。

「くだらないな。とりあえずごぼうを受け取って隊長に挨拶したら帰るぞ」 

 カウラは振り返り、一言そう言うと歩き出す。

「奥さん、聞きました?帰るですって。すっかり奥方気取りね」 

「ええ、そうですわね。そのまま旦那と昼から……」 

「まあ!」  

「アイシャさん、西園寺さん……」 

 下品そうな笑いを浮かべてささやきあうアイシャとかなめに思わず誠は声をかけていた。カウラは二人の寸劇を気にする様子もなく歩き続けていた。
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