レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第33章 昼食

昼食

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「なるほど……やっぱりお前等をけしかけたのは叔父貴か」 

 そう言ってかなめは静かに手にした汁の中に静かに蕎麦湯を注いだ。菰田は結局、自白してしおれてうつむく。隣のテーブルでは島田のシャレに突っ込むサラのけたたましい笑い声が響く。

「うるせえ!」 

「止めなさいよ。それにかなめちゃんの声のほうがうるさいわよ」 

 かなめが怒鳴りアイシャがたしなめる。それを見ながらカウラはお代わりした蕎麦をすすっている。

「でもまあこれで……」 

「ご苦労さん。さようなら……出来ればカウラちゃんが食べ終わるまでに会計済ませといてね」 

 アイシャの態度は明らかにつれないものだった。それどころか昼飯をたかるつもり満々な二人の上官に菰田は大きなため息をついた。

「そんな……」 

「あきらめろよ。見つかった俺等が間抜けだったんだ。でも良かったじゃないか。ベルガー大尉と一緒に食事が出来たんだぞ。願ったりかなったりだな」 

 島田の言葉に菰田はさらにしおれていく。サラと誠が同情の視線を向けたのは無理も無い話しだった。

「ふう」 

 そう言うとカウラは最後の一口を汁の入った小鉢からすすりこむ。そして満足げな顔で蕎麦湯で薄めるわけもないというようにそのまま汁を飲み干してしまった。

「おい、そこは蕎麦湯を入れるもんだぞ」 

「別に貴様にどうこう言われる話ではないな」 

 満腹で多少機嫌が直っているカウラだが、かなめ達がつけてきたにはかなり怒っている様だった。かなめとアイシャが暴走するのはいつものことだが、嵯峨の差し金とはいえ、一番苦手としている菰田にまで参加していたことにいらだっていた彼女は菰田のおごりで昼を食べることで何とか機嫌を直していた。

「ああ、それじゃあ俺等は出るわ」 

 はじめから別会計と宣言していた自分達のてんざるセットの分の伝票を持つと島田はさっと立ち上がった。サラも満足したように一緒に立ち上がって赤い色のコートを見にまとう。

「どこでも行け!二度と帰ってくるな!」 

 威嚇するようなかなめの声に首をすくめるようなしぐさをした後、島田とサラは入り口に消えていく。

「良いわねえ……二人っきりのクリスマス」 

 二人の後姿にアイシャはあこがれるような表情を浮かべる。だがこちらも不機嫌そうなかなめはじっとかけ蕎麦をすすっている菰田をにらみつけていた。

「本当にすいません」 

 反省の弁。だがカウラはそのような言葉に耳を貸すわけではなかった。

「それじゃあ帰るか」 

 カウラは立ち上がる。追いすがるような菰田の視線が誠の笑いを誘うが、すぐに目の前で殺意をこめた視線を送ってくる菰田がいるのでただ黙り込む。

「じゃあお勘定お願いね」 

「ちゃんと払えよ」 

 アイシャもかなめも感謝の言葉を口にする気持ちは無いと言うように無情に立ち上がる。誠も仕方なく立ち上がった。黒で統一されたような和風の雰囲気の蕎麦屋。もうすでに自分達の分だけの会計を済ませた島田達の姿は無い。

「あいつが払いますから!」 

 近づいてきた店員に、かなめがうつむいている菰田を指差す。ニヤニヤ笑いながらアイシャが店を出るのにカウラと誠はそのまま付き従う。

「寒いわねえ」 

 店を出たとたん、弱々しい太陽と北風の出迎えを受けてアイシャが首をすくめた。紺色のコートと彼女の同じ色の長い髪が風になびいているのが見える。

「それじゃあ帰るか」 

 最後に出てきたかなめがそう言うとアイシャは大きくうなづいて歩き出す。

「帰るんですか?」 

 誠のその一言にゆらりと振り返っておどろおどろしい雰囲気でかなめは誠をにらむ。

「なんだ?お前これからカウラと何をする気だったんだ?」 

「そりゃあ決まってるじゃないの……ねえ」 

 そう誠に言ってくるアイシャの表情には笑いは無かった。誠は仕方なくカウラを見る。彼女はおいしい蕎麦に満足したと言う表情で誠を見つめてくる。

「わかりましたよ!」 

 そう言うと誠はそのまま最寄の地下鉄の駅を目指して歩き出す。

「でも……なんだか似合ってて少し悔しかったわね」 

 ポツリとつぶやいたアイシャの後頭部をかなめが小突く。二人を振り返り苦笑いを浮かべながら下町情緒のある東都の街を誠達は歩く。考えてみれば彼女達と出会ってまだ半年を迎えるかどうかと言うところ。ここまでなじめるとは誠も考えていなかった。

「それにしても腹立つな……叔父貴め!」 

 そう言ってかなめは何かを殴るふりをする。そんな彼女をアイシャはいつもの流し目で見つめる。

「尾行を考え出した人間がよく言うな」 

 二人ともさすがに今の状態でカウラに見つめられると苦笑いを浮かべるしかなかった。

「でもなんだかオメエの母ちゃんは張り切ってるみたいだったな。シンの旦那から鶏肉がたくさん送られてきたのを見てすっかりやる気になってさあ。邪魔しようとするこいつを台所から追い出して……」 

 先程まで邪魔者に苛立っていたかなめはすっかり機嫌を直してニヤニヤ笑っている。その言葉にアイシャは不本意だと言うように頬を膨らませる。

「それに……カウラ。耳を貸せ」 

 かなめはそう言うとカウラを抱き込んで耳元に何かささやいていた。

「二人ともなに?悪巧みか何か?」 

 いつの間にか到着していた地下鉄へ降りていく階段の前でアイシャは仁王立ちしてみせる。

「まあ気にするなって。お楽しみだよ」 

 そう言うとかなめはさっさと階段を降り始めた。
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