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第31章 思い出
母校
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「もう行くのか?」
驚いたようにカウラも立ち上がる。誠はつい考えも無く立ち上がってしまったことを悔いたが、ここでまたベンチに座るのも気が引けるような感じがしていた。
「じゃあ、懐かしい場所に行きましょう」
思いつきで誠は歩き始める。カウラは少しばかり不思議そうな顔で誠を見つめながら隣を歩いていく。常緑樹の生垣に囲まれた公園を抜けると、再び古びた家の間の狭い路地が続く。慣れていないカウラはその瞬時に変わる景色を見て誠の後ろをおっかなびっくり歩いてついてくる。
「どこに行くんだ?」
「ええ、まあついてきてください」
誠はカウラの言葉で思い出を探してみようと、目の前の開けた国道に出るとそのまま北風に逆らうように歩き始めた。
「地下鉄か?」
「ええ、ちょっと離れているんで」
狭い入り口の階段を降りながらカウラは誠についてくる。もしかしたら彼女は地下鉄に乗るのが初めてなのかもしれない。そう思いながらエレベータの昇降口の前の改札の機械に腕の端末をかざす。カウラもおっかなびっくり誠の真似をして改札を抜けた。
「ちょうど良いですね」
「え?……あ!」
カウラが目の前に突然現れた銀色の地下鉄の車両に驚いたように反り返る。それを見て思わず誠は微笑んでいる自分に気づいた。
止まった地下鉄の車両から吐き出される人々。見回してみるが乗り降りする客はまばらだった。それは昔からのことだった。
「三駅です」
そう言いながら誠はぼんやりと立っているカウラの手を引いた。車内の光景が昔と変わらない。一列シートにに三人の客が腰かけている。そんな様を見て誠はなんとなく安心感のようなものが心を包んでいた。
「かなり狭いんだな」
カーブの多い路線の為、豊川の街を走る東都中央線の通勤快速よりは明らかに一回り小さな車両。誠は苦笑いを浮かべながら空いていたシートに腰掛けた。
「まあ地下鉄ですから。他の線への乗り入れも無いですし」
「そうか」
納得したようにカウラはうなづく。彼女はしばらくシートで揺られる誠の姿を前のつり革に手をかけて見下ろしていた。
「三駅程度なら立っていたほうが良いんじゃないのか?」
「あ……そうかも知れませんね」
そう言うと思わず誠は立ち上がっていた。車両は早速急に右にカーブして加速を続ける。ゆらりと揺られているが、カウラはつり革につかまり緊張した面持ちで揺られていた。
「いいかげんどこに向かおうとしているのか言っても良いんじゃないか?」
カウラの言葉に誠はにやりと笑って見せた。
「僕の通ってた高校です。……大学はちょっと田舎にありましたから今日は行けそうに無いんで」
「そうか」
カウラはうれしさと寂しさが混じったような表情を浮かべていた。
彼女は確かに変わってきている。配属されてから半年。カウラの表情が増えていくのは誠にもうれしいことだった。それまでは単調な喜怒哀楽だけを映していた面差しに、複雑な感情の機微が見えるようになったのが自分のせいなら素敵なことだ。そんなことを思いながら早速減速を始めた地下鉄の外を見てみる。
止まった電車の扉が開かれるこちらは国有鉄道との乗換駅。ドアが開けばほとんどガラガラの車内に買い物袋を下げた主婦や背広のビジネスマンが次々と乗り込んできては空いている席に腰掛ける。
「一気に混んで来たな」
「これも昔からですよ」
そう言いながら誠は閉まる扉を眺めるカウラの後頭部のエメラルドグリーンの髪を見つめていた。
再び電車が加速を始める。そしてまた急カーブに差し掛かる。
「都市計画がむちゃくちゃだったのか?こんなにカーブばかりだと効率が悪いだろうに」
つぶやくカウラの言葉にいつもの彼女らしい発想を感じて誠は微笑んでいた。
「でもまあ……」
誠はカウラが何か言葉を飲み込むのを見た。ただ黙って何かをごまかすように頬を赤らめるカウラのしぐさに心引かれる誠だった。
次の駅では人の動きは無かった。そしてまた動き出す車両。
「次の駅が神前の通っていた高校の最寄駅か……」
カウラは感慨深げだった。誠はなぜか彼女を連れてきたことが非常に恥ずかしいことのように思えてうつむいた。
「どうした?」
エメラルドグリーンのポニーテールの長身で痩せ型の女性が立っている。誠も東和では大柄で通る体格なので、かなり回りの客の注目を集めていた。誠が先ほど座った席に腰掛けているピンクのカーデガンの上品そうな白髪の女性も、好奇心を抑えられないと言うようにちらちらと二人を見上げてきている。
そして再び電車は減速を始めた。白い壁面照明の光が目に染みながら流れていく。誠は周りの視線を気にしながら出口への進路が開いているのを確認した。
「じゃあ、降りましょう」
電車が止まり扉が開く。誠についてカウラがドアを出て行こうとする。周りの男性客は惜しいものを逃したと言うような表情でカウラに視線を向けていた。
「やはり目立つかな。私の髪は」
ポツリとさびしそうにカウラは自分の髪を手にしながらそう言った。
「たぶんそれだけじゃ無いと思うんですけど……」
「じゃあ何があるんだ?」
真剣な目つきでカウラは見上げてくる。その教科書で見たギリシャのアテナ像を思わせる面差しに、思わず誠は口を噤んでしまった。
「何を言っても良いぞ。聞くから」
黙って改札に向かう誠の後ろからカウラは声をかけてくる。誠は褒められるのも苦手だが、褒めるのも得意ではなかった。
改札の機械は新しいものに交換されていたが、エレベータと階段の落書きや張り紙を消しては書かれと言う葛藤の末に曇りきってしまった壁面照明が懐かしい高校時代を思い出させる。誠は昔のような感覚で人がすれ違うのがやっとと言う狭い階段を上り始めた。
「これじゃあヨハンは通れないな」
部隊一の巨漢の名前を口にしたカウラの言葉に誠は頷いていた。
「この出口を出たらすぐですから」
そう言う言葉を口にしながら久しぶりの母校のグラウンドを想像して舞い上がる誠がいた。
地上に出ると地下鉄の構内の暖かい空気が一瞬で吹き飛んでしまう。誠は思わず襟に手をやる。カウラも首のマフラーを巻きなおした。そのしぐさに誠はどこか心引かれながら視線を合わせることも出来ずに歩き続ける。
「ここか……」
感慨深げにカウラは目の前のコンクリート製の建造物を見上げた。誠が生まれ育った街での受験可能な公立高校で、一応、最高レベルの高校だった。それなりの歴史を刻んできた建物にカウラは一瞬感動したような声を上げる。
「高校と言うと豊川にはいくつあったかな?」
カウラは突然そう言い出した。誠は指を折って数えようとした。
「まあいいか。それよりどこに連れて行きたいんだ?」
カウラはいつになく楽しそうな表情を浮かべている。誠はその期待に答えるべく、慣れた足取りで歩き始めた。
足は昔の道を覚えていた。学校の横のわき道。あまり人が通らないのか、歩道のブロックからは枯れた雑草が顔を出している。その上を誠は確信を持った足取りで歩く。
驚いたようにカウラも立ち上がる。誠はつい考えも無く立ち上がってしまったことを悔いたが、ここでまたベンチに座るのも気が引けるような感じがしていた。
「じゃあ、懐かしい場所に行きましょう」
思いつきで誠は歩き始める。カウラは少しばかり不思議そうな顔で誠を見つめながら隣を歩いていく。常緑樹の生垣に囲まれた公園を抜けると、再び古びた家の間の狭い路地が続く。慣れていないカウラはその瞬時に変わる景色を見て誠の後ろをおっかなびっくり歩いてついてくる。
「どこに行くんだ?」
「ええ、まあついてきてください」
誠はカウラの言葉で思い出を探してみようと、目の前の開けた国道に出るとそのまま北風に逆らうように歩き始めた。
「地下鉄か?」
「ええ、ちょっと離れているんで」
狭い入り口の階段を降りながらカウラは誠についてくる。もしかしたら彼女は地下鉄に乗るのが初めてなのかもしれない。そう思いながらエレベータの昇降口の前の改札の機械に腕の端末をかざす。カウラもおっかなびっくり誠の真似をして改札を抜けた。
「ちょうど良いですね」
「え?……あ!」
カウラが目の前に突然現れた銀色の地下鉄の車両に驚いたように反り返る。それを見て思わず誠は微笑んでいる自分に気づいた。
止まった地下鉄の車両から吐き出される人々。見回してみるが乗り降りする客はまばらだった。それは昔からのことだった。
「三駅です」
そう言いながら誠はぼんやりと立っているカウラの手を引いた。車内の光景が昔と変わらない。一列シートにに三人の客が腰かけている。そんな様を見て誠はなんとなく安心感のようなものが心を包んでいた。
「かなり狭いんだな」
カーブの多い路線の為、豊川の街を走る東都中央線の通勤快速よりは明らかに一回り小さな車両。誠は苦笑いを浮かべながら空いていたシートに腰掛けた。
「まあ地下鉄ですから。他の線への乗り入れも無いですし」
「そうか」
納得したようにカウラはうなづく。彼女はしばらくシートで揺られる誠の姿を前のつり革に手をかけて見下ろしていた。
「三駅程度なら立っていたほうが良いんじゃないのか?」
「あ……そうかも知れませんね」
そう言うと思わず誠は立ち上がっていた。車両は早速急に右にカーブして加速を続ける。ゆらりと揺られているが、カウラはつり革につかまり緊張した面持ちで揺られていた。
「いいかげんどこに向かおうとしているのか言っても良いんじゃないか?」
カウラの言葉に誠はにやりと笑って見せた。
「僕の通ってた高校です。……大学はちょっと田舎にありましたから今日は行けそうに無いんで」
「そうか」
カウラはうれしさと寂しさが混じったような表情を浮かべていた。
彼女は確かに変わってきている。配属されてから半年。カウラの表情が増えていくのは誠にもうれしいことだった。それまでは単調な喜怒哀楽だけを映していた面差しに、複雑な感情の機微が見えるようになったのが自分のせいなら素敵なことだ。そんなことを思いながら早速減速を始めた地下鉄の外を見てみる。
止まった電車の扉が開かれるこちらは国有鉄道との乗換駅。ドアが開けばほとんどガラガラの車内に買い物袋を下げた主婦や背広のビジネスマンが次々と乗り込んできては空いている席に腰掛ける。
「一気に混んで来たな」
「これも昔からですよ」
そう言いながら誠は閉まる扉を眺めるカウラの後頭部のエメラルドグリーンの髪を見つめていた。
再び電車が加速を始める。そしてまた急カーブに差し掛かる。
「都市計画がむちゃくちゃだったのか?こんなにカーブばかりだと効率が悪いだろうに」
つぶやくカウラの言葉にいつもの彼女らしい発想を感じて誠は微笑んでいた。
「でもまあ……」
誠はカウラが何か言葉を飲み込むのを見た。ただ黙って何かをごまかすように頬を赤らめるカウラのしぐさに心引かれる誠だった。
次の駅では人の動きは無かった。そしてまた動き出す車両。
「次の駅が神前の通っていた高校の最寄駅か……」
カウラは感慨深げだった。誠はなぜか彼女を連れてきたことが非常に恥ずかしいことのように思えてうつむいた。
「どうした?」
エメラルドグリーンのポニーテールの長身で痩せ型の女性が立っている。誠も東和では大柄で通る体格なので、かなり回りの客の注目を集めていた。誠が先ほど座った席に腰掛けているピンクのカーデガンの上品そうな白髪の女性も、好奇心を抑えられないと言うようにちらちらと二人を見上げてきている。
そして再び電車は減速を始めた。白い壁面照明の光が目に染みながら流れていく。誠は周りの視線を気にしながら出口への進路が開いているのを確認した。
「じゃあ、降りましょう」
電車が止まり扉が開く。誠についてカウラがドアを出て行こうとする。周りの男性客は惜しいものを逃したと言うような表情でカウラに視線を向けていた。
「やはり目立つかな。私の髪は」
ポツリとさびしそうにカウラは自分の髪を手にしながらそう言った。
「たぶんそれだけじゃ無いと思うんですけど……」
「じゃあ何があるんだ?」
真剣な目つきでカウラは見上げてくる。その教科書で見たギリシャのアテナ像を思わせる面差しに、思わず誠は口を噤んでしまった。
「何を言っても良いぞ。聞くから」
黙って改札に向かう誠の後ろからカウラは声をかけてくる。誠は褒められるのも苦手だが、褒めるのも得意ではなかった。
改札の機械は新しいものに交換されていたが、エレベータと階段の落書きや張り紙を消しては書かれと言う葛藤の末に曇りきってしまった壁面照明が懐かしい高校時代を思い出させる。誠は昔のような感覚で人がすれ違うのがやっとと言う狭い階段を上り始めた。
「これじゃあヨハンは通れないな」
部隊一の巨漢の名前を口にしたカウラの言葉に誠は頷いていた。
「この出口を出たらすぐですから」
そう言う言葉を口にしながら久しぶりの母校のグラウンドを想像して舞い上がる誠がいた。
地上に出ると地下鉄の構内の暖かい空気が一瞬で吹き飛んでしまう。誠は思わず襟に手をやる。カウラも首のマフラーを巻きなおした。そのしぐさに誠はどこか心引かれながら視線を合わせることも出来ずに歩き続ける。
「ここか……」
感慨深げにカウラは目の前のコンクリート製の建造物を見上げた。誠が生まれ育った街での受験可能な公立高校で、一応、最高レベルの高校だった。それなりの歴史を刻んできた建物にカウラは一瞬感動したような声を上げる。
「高校と言うと豊川にはいくつあったかな?」
カウラは突然そう言い出した。誠は指を折って数えようとした。
「まあいいか。それよりどこに連れて行きたいんだ?」
カウラはいつになく楽しそうな表情を浮かべている。誠はその期待に答えるべく、慣れた足取りで歩き始めた。
足は昔の道を覚えていた。学校の横のわき道。あまり人が通らないのか、歩道のブロックからは枯れた雑草が顔を出している。その上を誠は確信を持った足取りで歩く。
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