レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第31章 思い出

散歩

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 朝食が終わる。

「じゃあ私は点数稼ぎ……」

 そう言ってしばらくは居間でお茶を片手にテレビを見て笑っていたアイシャが立ち上がる。

「点数稼ぎだ?」

「かなめちゃんには無理かな……お母さん、お手伝いしますよ」

 アイシャはそう言って洗い物を始めた薫を手伝う。

「新聞は……西園寺か」

「なんだよ文句があるのか?」

 コタツで伸びをしながらかなめが手にした新聞を振り上げた。アイシャがいなくなってカウラはようやくコタツに足を入れようとした。

「誠ちゃん貸すわよ」 

 アイシャが振り向いてカウラにウィンクする。はじめ、その言葉の意味がわからず誠もかなめもただアイシャの顔をしばらく覗き込むばかりだった。アイシャの呆れた顔にようやく意味がわかったと言うように、かなめが居間のテーブルの上に茶を置いてうなづいた。

「まあ好きに弄り倒してもかまわねえよ……なんなら……」 

 そう言ってかなめは口を押さえていやらしい目で誠を見つめる。

「なんですか?それ」 

 誠の言葉にしばらく考えた後、カウラはコタツに入らずにそのまま立ち上がった。

「何時までに帰ればいいんだ?」 

 少し恥ずかしそうにそう言うと腕の時計を兼ねた端末を覗き込む。アイシャはうれしそうに左手にはめた端末を覗き込んでいる。

「今……8時……」 

「8時45分だろ?お前のはアナログか?」 

 かなめに怒鳴られてアイシャはおどけて舌を出す。誠は自分の意思とは関係なく話が進んでいく状況に困惑しながら座っていた。そのおろおろしている姿にかなめは大きくため息をつく。

「エスコートするくらいの気概は……って無理か」 

「無理ってひどいですよ!」 

 誠は抗議するがだ黙ってじっとかなめに見つめられると次第に自信がなくなって行くのがわかりうつむく。

「まああれよ。誠ちゃんの昔よく行った場所とか、遊んだ場所とか案内するだけで良いと思うわよ。私達みたいな存在には無縁なことだもの」 

 そう言ってアイシャは紺色の髪を掻きあげる。彼女の人造人間と言う宿命を思い出し誠は口を噤む。

「ああ、私も見たいな」 

 カウラの言葉に誠は彼女を見つめた。表情が乏しい彼女でも笑顔を浮かべることがある。そんなことを思い出させるような笑顔だった。

「大人の状態になるまで培養ポッドの中で育って知識も直接脳に焼き付けられたものしかない人間にはそう言う経験は貴重だから」 

 アイシャにしては珍しく誠にもわかる助言をする。かなめが起き上がって感心した目でアイシャを見つめる。

「おい、アイシャ……何か悪いものでも食べたのか?」 

「何言ってんのよ!今朝の朝食はかなめちゃんと同じもの食べたじゃないの!」 

 そう叫ぶアイシャの言葉に納得しながら誠は立ち上がった。カウラは少し頬を赤く染めながら誠を見上げている。

「神前が良いなら私は……」 

 少しばかり動揺したようにカウラは目を伏せた。

「じゃあ、つまらない場所ですけど……」 

 そう言って誠は台所を覗き込む。うれしそうに鶏の腿肉をヨーグルトベースのタレに漬け込んでいる母、薫が振り返った。

「じゃあ行ってらっしゃい!」 

 誠は苦笑いを浮かべるとそのまま玄関に向かった。カウラも誠にひきつけられるように少し緊張しているような誠についていくことにした。

 誠が靴を履くのを見ながらカウラは庭を見つめていた。マキの生垣の上に広がるのは冬らしい空。風は昨日と同じく冷たい。

「じゃあ、行きましょう」 

 立ち上がった誠の視線の前にはカウラの引きつった笑顔があった。

 そのまま門をくぐって誠は歩き出す。つぎはぎだらけの路地のアスファルトの上を所在無げにそんな誠にカウラはついていく。下町の細い道を歩きながらカウラはしきりに周りを見回していた。

「やっぱりずいぶんと古い街なんだな、東都は」 

 カウラは感慨深げにつぶやいた。

「まあ、豊川みたいに先の大戦の特需の後に大きくなった都市とは違いますから」 

 自分でも教科書の受け売りのようなことを言っていると思いながら誠は苦笑いを浮かべる。

 東和共和国は第二次遼州戦争では、同じ日系文化圏の胡州帝国の参戦要求を最後まで拒否して中立を貫いた。遼州の主要国すべてが参戦した戦いに加わらず、ひたすら各国の発注する物資を提供した姿は『遼州の兵器庫』と勝利した国からも敗北した国からも揶揄されることになった。

 その急激な経済成長以前から東都の下町として栄えている東都浅間界隈の路地裏には古いものが多く残されていた。

「もうすぐ見えますよ」 

 カウラに歴史の講釈をしても逆に教えられるだけだと思いながら、誠は枯れ井戸の脇をすり抜け、人一人がようやく通れると言うような木造家屋の間を抜けて歩いた。

「なるほど、これか」 

 開けた場所に来て、カウラは感心したように目を見開いた。

 そこには公園があった。冬休みが始まったと言うことで少年野球の練習が行われている。

「北町ライガース。僕が野球を始めたときに入ったチームの練習ですよ」 

 誠の言葉にカウラは思わず彼を見上げる。そしてすぐに彼女は黒と白の縞のユニフォームの小学生達が守備練習を続けているのを見た。

「お前にもこう言う時期があったんだな」 

 走り回る少年少女を見ながらカウラは感慨深げにしていた。誠はカウラの着ているジャンバーが比較的薄手のような気がして自分の首に巻いているマフラーを彼女の首にかけた。

「おい!」 

 驚くカウラ。ここでかっこいい台詞でも言えればと思いながら、誠は何も言え無かった。そのままカウラから目を離して後輩達の練習を見ているふりをした。

「すまない」 

 カウラはそう言うと誠から受け取ったマフラーを自分の首に巻いた。

「でもこんな時期。私は知らないからな」 

 さびしそうなカウラの言葉。そっと誠は弱弱しく微笑むカウラを見つめる。

「いや、そんな……お前の昔を教えてくれるのはうれしいんだ。こう言う思い出は私には無いからな。でも……」 

 カウラの言葉が揺らいで聞こえる。誠はそのまま公園のベンチに向かって歩き始める。カウラもぼんやりしていたがそんな誠を見て少し距離を置いて彼について歩いた。

 守備練習をしていた少年達が、ノックをしていた監督らしい女性に呼び集められるのが見える。走って外野からホームへ向かう少年達。その向こうに見えるブランコには中学生か高校生くらいの私服の女子の集団が手にジュースのボトルを持ちながらじゃれあっているのが見える。

「こう言うところで育ったのか、お前は」 

 カウラは誠がベンチに座るのを見ながら立ったまま公園を見回した。隣に見えるのは金属部品のプレス工場。そこの社長の息子が中学生の同級生だったことを思い出して、誠はなんだか懐かしい気分に浸る。

「お前もいろいろ思い出すことがあるんだな。そんな顔をしているぞ」 

 そう言うとようやく好奇心を満たされたと言うように、カウラが誠の隣のベンチに腰掛けた。

「まあ、あの子供達の輪にいたのは事実ですけど……それでも目立たない子供でしたから」 

 少年野球の子供達がグラウンドに散る。どうやら紅白戦でも始めるらしい。

「目立たないと言う割には高校ではずいぶんな活躍をしたらしいじゃないか」 

 皮肉るようなカウラの言葉に誠は照れ笑いを浮かべる。

「まあ、左利きだったのが良かったんでしょうね。中学までは控えばかりでしたが、高校だって弱小で知られた高校でしたから。部員が9人しかいなくてサッカー部とかからの助っ人で試合を成立させていたような感じでしたよ」 

「それで四回戦まで勝ち進んだんだろ?凄いじゃないか」 

 カウラに言われて誠は恥ずかしさにうつむいてしまった。正直、誠は褒められることには慣れていなかった。しかも相手はいつも模擬戦での判断ミスや提出書類の不備を指摘されているカウラである。

「まあ運が良かったんですよ」 

 そう言うと誠は立ち上がった。
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