レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第26章 演操術

演操術

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「おいカウラ」 

「なんだ?」 

「このままオメエの車にある拳銃持って来てくれないかな?この警察署を襲撃したいんだけど……」 

「冗談はそのタレ目だけにしろ」 

 すでに日は沈んでいた。西の空のあかね色が誠とかなめ、そしてカウラの頬を染めていた。通り魔を捕まえた三人はそのまま所轄の警察署に連れて行かれ、法術特捜の主席捜査官である嵯峨茜警視正が来るまでの間、取調室に拘束されていた。

「はぁー!腹立つ!」 

 入り口を出て振り返り物騒な言葉を並べ立てる女性を目にして、制服姿の警察官達はいぶかしげに三人を眺めながら忙しそうに出入りを繰り返す。

「怒ってどうにかなる話じゃないだろ?それにあちらも仕事だ。職務執行中の警察官から拳銃を取り上げて良いと言う職務規定は、同盟司法局には無いからな」 

 そう言うとそのままカウラは急ぎ足で大通りに向かう道を歩き始めた。置いていかれると思ったのか、愚痴を続けていたかなめも彼女の後を早足で追う。誠はそんな二人を眺めながらただおろおろしながら付いていくだけだった。

「そりゃそうなんだけどさあ。あの時、アタシ等ができる最善の行動はあれ以外に無かったのは事実だろ?機動隊の到着まで待ってたらいつまで時間がかかるか……」 

「だが規則は規則だ。あちらだって最後には茜に頭を下げてたじゃないか」 

 カウラの言葉にかなめは子供のように頬を膨らませる。誠はなだめようとするが、目の前に赤い車が飛び出してきたのに驚いて飛びのく。

「ヤッホー!元気そうじゃない」 

「来たよ裏切り者が」 

 飛び出したのはカウラのスポーツカー。運転していたのはアイシャだった。デパートで人質が救急車に乗せられていくのを三人が見守ったときには、すでに野菜の袋を手にしたアイシャの姿は無かった。面倒なときにはいつも要領よく逃げおおせる。それはアイシャの十八番とも言えた。

「だって食材が無いと料理が出来ないじゃない」 

 開き直るようなアイシャの言葉を無視するように、黙ったままカウラは自分の車の助手席のドアを開いて乗り込む。そして当然のようにかなめも後部座席に滑り込んだ。さらにかなめの手に引きずられるように誠も助手席の後ろに腰を下ろす。

「帰るぞ」 

 不機嫌そうなかなめの一言。アイシャは参ったと言うような顔をするとそのまま車を発進させた。

「でもまあ無事解決……とは行きそうに無いみたいよ」 

 アイシャの突然声色が真面目なときの彼女のものに変わった。かなめとカウラの表情はすぐに曇った。

「犯人にはかなめちゃんに撃たれるまでの記憶が無いんだって。銃も凶器の山刀の入手先も知らないの一点張り」 

「あれだけの事件を起こしたんだ。言い逃れをしようというところじゃないのか?」 

 そんなカウラの言葉にアイシャは大きく首を横に振る。

「薬物で意識が飛んでたわけじゃないのは二人も見たでしょ?」 

 アイシャの言葉にカウラは黙り込む。かなめも難しい表情を浮かべて腕組みを続けている。

「法術……か?」 

 そのかなめの言葉にアイシャは大きくうなづいた。

 アイシャは滞り気味に流れる上を高速道路が走る大通りからハンドルを切り、誠の家の前の路地に車を進める。そして車を道場の門の手前でいったん止めて話を続けた。

「先日の同盟厚生局での非合法の法術師育成プロジェクト。その中で一人、精神介入系の技術の能力に特化した法術師がいたのよ」 

「へー」 

 関心が無いように装うかなめの言葉。アイシャはあきらめたように大きくため息をついた。

「ずいぶんと余裕なのね。西園寺のお姫様」 

 アイシャの挑発にかなめは乗る様子も無く黙り込む。仕方なくカウラはアイシャの言いたいことを話し始めた。

「元々精神波動の異常を脳下垂体の特殊な器官で発生させる法術では、一番初歩的に発動可能な能力が精神介入能力だ。今まで確認されている同盟厚生局の研究施設で製造された人造法術師は6名。うち一名は身柄の確保に成功して、現在司法局でリハビリ中、彼女と一緒に精神干渉系の能力調整を施された法術師の行方がいまだ不明だ。おそらく今回の犯人は……」 

「なるほど、この街のどこかにパトロンでも作ってテロリスト商売でも始めたって言うのか?」 

 茶化すようなかなめの言葉に隣のカウラが怒りの表情でにらみつける。参ったと言うようにかなめは手を上げ。そしてアイシャはその様子を見てため息をつく。

「法術研究の専門家のヨハンに言わせると、精神介入能力は一番初歩的でしかも不安定なんだって。他者の意識に介入するんだもの。下手をすれば自我崩壊すら起こしかねないわよ。それに、もしかなめちゃんの言うパトロンのことを法術師が気に入らないと思えばパトロンの意識に介入して自分を解放させるくらいのことは考えるんじゃないの?ねえ、誠ちゃん」 

 アイシャの言葉に誠ははじめてのアサルト・モジュールでの実戦を経験した『近藤事件』を思い出した。死んでいく敵兵の意識が誠の脳裏に張り付いたあの瞬間。誠はその嫌な感覚を思い出してうつむく。

「つまり十分躾を施してから今回の悪趣味な実験を行ったって言うわけだな」 

 自分の言葉を一語一語確かめるようにしてカウラはつぶやく。彼女の言葉に大きくうなづいた後、アイシャは再び車を動かす。ゆっくりと道場の門をくぐってその中庭。一台のマイクロバスの後ろに車を止めた。
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