レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第16章 昼食時に

昼食時に

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「アイシャ……」 

 駅前の下町の風情のある洋食屋。スパゲッティーナポリタンを食べ終えたカウラは、好物のメロンソーダをすすりながらあきらめたように目の前に置かれたアイシャの荷物に向けてつぶやいていた。

「だから言ったんだよ、私は」 

 ようやくステーキを食べ終えたかなめが皿を下げる店員をやり過ごしながらつぶやいた。フィギュアの入っている袋からカウラはその中身が何かを想像できていた

「だって!やはり自分がもらってうれしいものが……」 

「相手がもらってもうれしいとは限らないのよ。ねえ、ベルガーさん」 

 カウラの隣に座ってオムライスの乗っていた皿が運ばれていくのを見ながら薫がつぶやく。さすがに薫の言葉にはアイシャも愛想笑いで自分の失態を認めて見せなければならなかった。

「それにしても今度はなんだ?夏はスクール水着だったが……」 

 次にカウラの視線は目の前の見たことの無いブティックの袋に向かっている。誠もかなめもそれについては何も言う気は無かった。

「セーラー服か?巫女装束か?」 

 ストローから口を離してカウラはそうつぶやいた。

「惜しい!」 

「全然惜しくないわ!」 

 アイシャの隣に座っていたかなめが思わず突っ込んだ。後頭部を叩かれてアイシャは思わず店員が運んできたコーヒーに顔から突っ込みそうになる。

「危ないじゃないの!」 

「危ないのはテメエの頭だ!メイド服なんていったいどこで着るんだ?」 

 かなめの剣幕。カウラは呆れてものも言えない状態だった。気まずそうにコーヒーを並べながら店員はすごすごと引き上げていった。さすがにとめるべきかと迷う誠を薫が制する。

「意外と誠はそう言うの好きなのよ。小学校の時からそう言う絵を描いていたじゃないの」 

 事実だけに誠は何もいえない。そんな彼をかなめがタレ目ながらも明らかに恫喝している視線を送ってくる。おずおずとカウラを見た誠だが、興味深そうな純粋な視線を誠に向けてくるカウラの姿がそこにはあった。

「そう……なのか?」 

「食いついたよこいつ!良いのか?それで良いのか?」 

 かなめを無視してカウラは視線をアイシャの買い物袋に移す。それを見て得意げに胸を張りながらアイシャはコーヒーをすする。

「私も考えたのよ。今度のコミケは一般客として行く予定だけど、一人ぐらいコスプレする人がいても良いんじゃないかと思って」 

 いかにもアイシャは得意げだった。カウラは袋と誠を見比べながらしばらくじっとしていた。手にしていたメロンソーダのストローがゆっくりと指先から離れていく様を誠はじっと見つめていた。

「一人?出てくる前に荷物が届いたんだが……」 

 カウラの言葉にアイシャは驚いたように視線を上げる。

「誰から?もしかしてシャムちゃん?」 

 アイシャの言葉にカウラと薫が大きくうなづく。力なくアイシャは椅子にへたり込んだ。

「他人事を気取ってるからそう言う目にあうんだよ。カウラはその荷物を開けたのか?」 

 痛快そうにかなめが笑う。カウラは首を横に振る。

「そうか、あれじゃないか?この前作った自主映画の怪人の衣装」 

「それなら当然あんたのも来てるわよね」 

 アイシャの言葉にかなめはびくりと体を震わせる。

「そうよねえ、あのお話ではかなめちゃんが裏切りの機械帝国の女指揮官の役だったもの。私はただの端役のメガネ教師」 

「うるせえ!その配役はテメエと誠で決めたんじゃねえか!」 

 つばを飛ばしかねない勢いでかなめはアイシャに食って掛かる。その様子を黙ってみていた薫だが事情が飲み込めたようで声をかける。

「それって皆さんで映画を作られたって話は……」 

「そうなんです、来年の節分に豊川八幡のお祭りのときに上映するんで是非……」 

「見せるな!神前!見せるんじゃねえぞ!」 

 かなめは必死に叫ぶ。二人の大声に他の客も視線を誠達に向けてきている。

「二人とも静かに」 

「恥を掻くのは私達も一緒なんだ」 

 誠とカウラがなだめることでかなめはようやく落ち着いた。アイシャは十分かなめをいじり倒して満足したと言う表情を浮かべている。

「ああ、そうだ。神前の持っているその荷物はなんだ?」 

 そんな気を利かせたつもりのカウラの言葉にアイシャの表情が緩む。

「カウラちゃん。何だと思う?」 

 アイシャの言葉。しばらくその言葉の裏の意味を考えようと言うようにアイシャをにらみつけていたカウラだが明らかにアイシャの影響を受けているだろうというように不愉快そうな視線を誠に向けた。一方アイシャは特に裏も無いというように首を横に振る。それを見てしゃれた格子模様の袋の中身をカウラは考え始めた。

「何かの材料と言った感じだな。神前は意外と器用だからな」 

 カウラの言葉にアイシャは激しくうなづいてみせる。カウラの隣に座っている薫は母親だけに息子のその買い物の中身がわかったとでも言うような満足そうな笑みを浮かべていた。

「誠にしてはいい買い物ね」 

 満足げな薫の笑顔。さらにそれがカウラの推察を鈍いものとしていく。

「そんな神前のことでいい考え?プラモデルじゃないくらい……」 

「僕はどこまで模型好きということになっているんですか!」 

 思わず誠は我慢できずに突っ込みを入れていた。

「あのなあ、アイシャ。クイズ大会に来たわけじゃないんだ」 

 それまで様子を見守っていたかなめがつぶやく。誠はようやく救われた気持ちになった。

「やっぱり西園寺は何も無しか。まあその方が気楽だがな」 

 カウラはそう言うと淡々とメロンソーダをすする。

「おい、アイシャ。やっぱこいつに物やってもしょうがねえよ」 

「まあ落ち着いて」 

 アイシャがなだめてかなめが収まる。いつもの光景だが、かなめが買おうとしているものがものだけに誠も仕方ないというように愛想笑いを浮かべた。

「でも誠は本当に迷惑かけていないんですか?どうも心配で……」 

 そう薫がつぶやいたとき、アイシャの右手に巻かれた携帯端末が着信音を響かせた。

「それは逆にうちの方が心配なくらいで……ちょっとごめんなさいね」 

 アイシャはそのまま端末を起動させる。まさにうれしそうと言う言葉を体現するために存在するような笑顔のリアナがその画面を占拠した。

『まあ、食事中なの?』 

 リアナは少し遠慮がちにコーヒーをすするアイシャに声をかける。

「いえいえ、もう終わりましたよ」 

 かなめの言葉にリアナは納得するようにうなづく。そして彼女は画面の下にロードされているデータを指差した。

『ごめんね、休みなんだけど。遼州同盟軍でちょっとトラブルがあって。今送ったデータの提出が同盟会議で問題になっているのよ。それをわざわざ東和海軍から資料の提出を求められちゃって……アイシャちゃん。お願いだから手伝ってくれる?』 

 今にも泣きそうなリアナの一言にアイシャには残された選択肢は無かった。

「それって提出期限はいつなんですか?」 

『えーと明後日……明後日で良いみたいよ』 

 振り返ってリアナが確認した時点でアイシャは何かを悟ったようにかなめを見つめる。

「お疲れさーん」 

 かなめの一言。アイシャはそれで立ち上がる。

「すいませんね、ちょっと近くのネットカフェで仕事してきます」 

「良いのか?セキュリティーは?」 

 囃《はや》すかなめをアイシャは渾身の笑みで迎えて見せた。

「私は一応佐官なの。それなりのセキュリティーのある店に行くわよ」 

 そう言うとそのままアイシャは伝票を持ってレジへと向かう。

「珍しくおごりか?」 

「まあね」 

 かなめの突っ込みに背中で答えながらアイシャは視界から消えた。

「この荷物……」 

 かなめは隣の席にいたアイシャが残していった袋二つを見て頭を掻いた。

「まあ、私へのプレゼントなんだろ?西園寺か神前が持つのが普通だな」 

「よし、神前持て」 

 嫌も応も無いかなめの一言、苦笑いで誠はうなづいた。

「でも安心したわ」 

 心のそこからの言葉と言うようにコーヒーカップを包み込むように手にしている薫がカウラとかなめを見つめる。

「皆さんと仲良くやっているみたいで。この子が高校時代に野球部で肩を壊したときなんて……本当にこんな感じになるなんて思ってなかったから」 

 母が安心したようにコーヒーを飲んでいるのを安心したように見つめる誠だが、その視線の先にはにやけたかなめの顔があった。

「なんだ?オメエにも荒れてる時期があったと言うのかよ」 

「そんなことは無いですけど……」 

 誠は照れたように頭を掻く。だが、母親は面白そうにかなめと誠、そしてその様子を伺っているカウラを見回した。

「結構荒れてたじゃないの。肩の手術をしろという部長に当り散らしたりとか、メスを肩に入れてはじめての投球練習のときなんか……」 

「母さん!やめてくれよ」 

 誠の言葉にいかにもうれしそうな表情をかなめは浮かべる。

「私は肉親が無いからな。そう言う気持ちはわからないんだ」 

 どこかしらさびしげな表情でカウラはつぶやく。誠は母と向き合って自分の言葉が彼女を傷つけたのではと黙り込む。

「わかる必要もねえよ。いたらいたで面倒なだけだ」 

 それぞれの本心ともいえるカウラとかなめの言葉。それぞれを予想していたのか、にこやかな表情で薫は黙ってうなづいた。

「じゃあ、帰りましょうか」 

 かなめが一気にコーヒーを飲み下すのを見た薫が立ち上がる。すでに準備ができていたカウラ、アイシャの置き土産をかなめは行きがかりで持つことになった。そして誠は両手に画材を抱える。その立ち上がるのを見て店員は頭を下げる。四人はそのまま暗がりが店内に広がるような洋食屋の店内から冬の日差しが降り注ぐ金町駅前広場にやってきていた。

「なんだかうれしそうね」 

 かなめとカウラを薫は目を細めて見守る。そんな母を見ながら誠はしばらく彼女達が自分の中でどういう存在なのか確かめてみようと思っていた。
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