レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
448 / 1,505
第15章 ショッピング

ショッピング

しおりを挟む
「おい、アイシャ」 

「なに?かなめちゃん」 

 さすがに今の状態で誠はアイシャを弁護することはできなかった。彼女はすでに両手に袋を下げていた。そして中身はどうやら自分でなくカウラにプレゼントする目的で買ったらしいということもわかっている。

 右の袋の中には服が入っていた。アイシャはそれを選ぶときもカウラのサイズを事前に調べておいたらしく、徹底的に注文をつけた。生地にもこだわり、デザインも店員を泣かせるようなこだわりを見せる。ただしそのこだわりをカウラが歓迎するのはその中身がメイド服でなかったらと言うことになるだろう。

『自分でもらったらうれしいものをプレゼントする。これが大事なのよ』 

 誠の実家を出ていつに無く張り切っているアイシャの言葉に、かなめも同意してうなづかなければならなかったが、ここに来てもうかなめは呆れて口を開くのをやめた。

 そしてそのままおもちゃ屋に直行。フィギュアを真剣な目で吟味してその中でも最近人気のファンタジーノベルのヒロインのそれを嘗め回すように見た後、店員を呼んでプレゼント用に包ませた。

「誠ちゃんはどうして買わないの?好きでしょ?」 

 店を出るアイシャに誠は言葉が無かった。

「オメエなあ、あいつの趣味くらい分かれよ。伊達に二年も付き合いがあるわけじゃねえだろ?」 

 まったく今の心境としては誠はこのかなめの言葉に全面的に賛成するしかなかった。だが、誠は自分の方をアイシャがじっと見つめていることに気づいて動揺する。

「うるさいのは無視して……じゃあ、聞くけど。誠ちゃんは何を買うの?」 

 そんな一言に誠は正直虚を突かれた。カウラと言えば仕事。次がサークル活動の野球。そして車。

 まず仕事に役に立ちそうなものが思いつかなかった。万年筆などはありきたりと言う以前にカウラはあまり無用のものを持ち歩かない主義だ。そうなると文房具の類は没となる。グローブやスパイクだが先週誠と新しいグローブとスパイクを買いに行った以上、ただ邪魔になるだけとすぐにわかる。

 車はとても手が出ない。それにワックスやオイルを誕生日にプレゼントするなどと言う話は聞いたことが無かった。アクセサリーなどカウラがつけて喜ばないことは何度と無くシャムと吉田が怪しげなお守りを土産に渡すもののすぐにゴミ箱に捨てる行動からも理解できる。

「なんだよ、仕方ねえなあ。アタシが見本を見せてやるからついて来い」 

 そう言うとかなめは目の前にある巨大な百貨店のビルへと歩き始めた。慣れた足取り、悠々と肩で風を切って歩く自信。確かに誠はかなめに期待をかけた。だが一点、周りの人々が奇異の目でかなめを見ていたのには理由があった。

 寒空の中いつもの黒のタンクトップにジーンズ。彼女が極地での奇襲作戦にも対応可能な軍用義体の持ち主であることを知らない通行人にはその姿は罰ゲームか何かのようにしか見えなかった。

「かなめちゃん。コート」 

 アイシャはそう言ってかなめの手に握られている先ほどおもちゃ屋の前で邪魔だと言って脱いだコートを指差す。それを見て気がついたかなめはばつが悪そうに誠を見るとすばやくそれを羽織った。

 暖かそうなコートを羽織って本来のお姫様的な物腰を取り戻したかなめは、そのままデパートの回転扉を開いた。誠もアイシャも高級感を感じる店内に少しばかり居心地の悪さを感じながら左右を見回す。アイシャはその中で奮発して買ったときに誠に見せに来た化粧品のブランドを見つけて、そちらの方に足を向けようとするが、かなめはまるで反対のほうに足を向ける。

 宝飾品売り場。しかもどれも地球ブランドの高級品ばかりが展示されているのがわかる。アイシャは値段を見て一生懸命指を折る。誠はまるで場違いで頭を掻きながらかなめの後に続いた。

「あの……お客様?」 

 誠と同い年くらいの多少派手に見える化粧の店員が、参考展示品のティアラを眺めているかなめに声をかけるが、まったくそのタレ目は冷酷に値踏みするような表情を浮かべるだけだった。

「駄目だな」 

 そう言い残してかなめは立ち去ろうとする。その気まぐれな動きに店員も誠達もただ呆れていた。

「おい、どうした!行くぞ」 

 ティアラを見つけたときとまるで別人のようないつもの兵士の姿のかなめがそこにいる。

「どうしたのよ。もしかしてあんな高いの買おうとしたの?ティアラなんてそんな……」 

 心配そうに声をかけるアイシャにいつもの挑発するようなかなめのタレ目の視線が飛ぶ。

「アタシの上官をやってるんだ。どんな事情でお高く留まった連中の誘いを受けるかもしれねえだろ?その時の準備として恩を売っとこうと思っただけだが……あれじゃあねえ」 

 そう言ってかなめはデパートを出てしまう。

「あんなちんけなもんを飾っとくとは……下町はしょせん庶民の街だ。今度、東都銀座に行くからそん時買おう」 

 誠はアイシャと顔を見あわせた。そんな誠の肩をかなめが叩く。

「おい、オメエはどうすんだ?指輪でも買うか?それとも……」 

 そう言ってかなめはにんまりと笑う。この界隈の最高級の万年筆を買ったとしてもインパクトでかなめにかなうわけが無かった。

「おい!もうすぐ昼だぞ。薫さんとカウラと東都金町駅前で待ち合わせじゃなかったか?」 

 そう言ってかなめは一人先に歩き出す。アイシャはそれを見ると誠の耳に口を寄せる。

「あの子、インパクトで誠ちゃんのプレゼントの印象を潰すつもりよ。贈り物のインパクトで押したって駄目!何か考えて」 

 アイシャの珍しく正確な助言に誠はうなづくがいい考えが思いつかなかった。

「おい!早くしろよ!」 

 かなめは完全に仕切る気満々だった。だが誠はこのままかなめのペースに飲まれるのはまずいと思っていた。アイシャもかなめに仕切られるのは気分が悪いと言うのが明らかにわかる表情を浮かべている。

「まだ30分以上あるじゃないの!」 

 せっかちなかなめにアイシャは怒鳴り返す。彼女の持っていたおもちゃ屋の袋の萌え系美少女の絵が動いて見えた。緑色の長髪。仮想アイドルグループのマスコットの少女の人形である。そしてそのエメラルドグリーンのキャラクターの髪の色は必然的にカウラの髪の色を思い起こさせるものだった。

 その時、誠にひらめきが走った。

「もう一度戻りますよ!デパートに」 

 誠はそう言うともと来た道を進んでデパートへと歩き始めた。突然の誠の行動にかなめもアイシャも驚いたような表情を浮かべる。

「なんだ?何かあるのかよ」 

 かなめはそう言って駆け寄ってくる。アイシャはしばらく誠を見つめた後、走りよってきてにんまりと笑みを浮かべた。

「何か考え付いたのね」 

 その問いに誠は黙ってうなづいた。

 とりあえず中に入り、そのままエレベータに向かう。

「6階か」 

 誠の言葉にかなめとアイシャはその階の店の一覧に目をやる。その隙にエレベータのボタンを押して誠は黙ってランプを見る。

「カルチャーフロアー?」 

 そう言ってかなめはしばらく頭をひねる。しばらくその様子とそのフロアーに出展している店の名前を見比べていたアイシャだが、ひらめいたように満面の笑みで誠を見つめた。

「これは考えたわね」 

 アイシャの問いに誠は黙ってうなづく。その二人の様子にかなめはしばらく訳も分からず呆然としていた。

 エレベータが止まる。地下の食料品売り場から流れてきた客が吐き出されるのと同時に三人は中に納まった。

「どう言う事だよ!二人だけなんだかわかったような顔しやがって」 

 不機嫌なかなめにアイシャは自分の買い物袋に書かれたキャラクターを指差した。しばらくその絵に目を向けた後不思議そうにかなめは首をかしげた。

「は?それはその店のキャラクターだろ?……すると何か?あいつにそのちびのコスプレでもさせるのか?」

 かなめの言葉にアイシャはあきらめたような大きなため息をつく。その様子がさらにかなめをいらだたせているのがわかる。だが誠には迷いが無かった。

 ささやかなメロディーが流れドアが開いた。誠は慣れた足取りでエレベータの前の書店を素通りする。その確固たる足取りにかなめは少しばかり驚いたような表情を浮かべる。そしてアイシャもそんなかなめを興味深そうな視線で観察している。

 文具店がある。その前でも誠は迷うことなく素通りを決める。さすがにこの時はかなめの表情は驚きを超えて不思議そうなものを見つけたシャムのそれと変わらなくなっていった。

「ここまで来てわからないの?」 

 アイシャの挑発の言葉。だが、かなめは素直にうなづいてしまう。

「あ!」 

 突然かなめが叫ぶ。そして手を打つ。その視線の前には画材屋があった。

「そうか、絵を描くのか……なるほど。それは考えたな、神前にしては」 

 少しばかり声が震えている。アイシャはニコニコ笑いながら早速アクリル絵具を物色し始めた誠を覗き込んだ。

「ずいぶん慣れた足取りだったけど……この店は?」 

 とりあえず店内をざっと見回す誠に声をかけたアイシャに微笑が浮かぶ。

「昔からよく来ていますから」 

 誠はそう言ってアクリル絵具が並ぶコーナーを見つけて緑色の絵具を一つ一つ手に取った。

 手に取る絵具をしげしげと見つめていた誠にかなめがかごを持ってきた。

「使えよ」 

 いかにもぶっきらぼうにかなめはかごを差し出す。そう言われて誠は黙ってかごを受け取る。手にしているのは誠が一目見たときから惹かれていたつやのあるエメラルドグリーンの絵具。そして肌を再現しようと誠は白の様々なバリエーションを確かめる。

「結構本格的に描くのね。縁側にでも座ってもらって、そこで直接カウラちゃんのスケッチでもするの?」 

 アイシャの言葉に誠は首を振った。

「そんなモデルにするなんて言ったら……」 

「アタシが殺す」 

 断言するかなめに誠は愛想笑いを浮かべながら絵具を選んでいく。

「確か筆とかはあったはずだから……」 

 そう言って今度は白い紙を手に取る。

「もしかして誠ちゃんの描く萌えキャラ系にするわけ?」 

「まあ少しその辺は後で考えますよ」 

 次々と必要なものを迷わず選んでいく誠にしばらくアイシャとかなめは見入っていた。店員はかつて大学時代にここに通っていたときとは変わっていた。メガネの小柄な女子高生がバイトでやっていると言う感じの店員は誠が迷わずに画材を選んでいく様をただ感心したように眺めている。

「じゃあ、これでお願いします」 

 絵具はかなりの量になる。その時誠は少しばかり寮に画材を送りすぎたことを思い出して後悔した。

「へえ、いいなあ。アタシも描いてくれないかな」 

 かなめが小声でつぶやいた。そこに顔を近づけるのは予想通りのアイシャの反応だった。

「なに?かなめちゃんも描いてほしかったの?ふーん」 

「な……なんだよ。気持ち悪りいな」 

 一歩下がってにやけた表情のアイシャをかなめはにらみつける。

「ちなみに私は4月2日だから」 

「なんだよ!テメエが描いてほしいんじゃないか!」 

 かなめの突っ込みを無視するとアイシャはそのまま絵具のコーナーに向かう。誠は苦笑いを浮かべながら必死にレジの作業をしている店員を見下ろしていた。

「えーと。二万八千円です」 

 店員の言葉に誠は財布を取り出す。そしてその隣にはいつの間にかアイシャが紺色の絵具をいくつか持って並んだ。

「あのーお客さん。そちらもですか?」 

「ああ、いいわよ私が別に払うから」 

 財布を手にしたまま誠はアイシャを引きつった笑顔で見つめた。

「なにやってんだかなあ。急げよ!待ち合わせの時間まですぐだぞ」 

 かなめはそう言いながら複雑な表情で二人を見つめていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

もう、終わった話ですし

志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。 その知らせを聞いても、私には関係の無い事。 だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥ ‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの 少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

王家も我が家を馬鹿にしてますわよね

章槻雅希
ファンタジー
 よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。 『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...