レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第14章 実家

実家

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「しかし混むなあ、高速じゃねえよ。これ低速だよ」 

「そんな誰でも考え付くようなことを言って楽しいか?」 

 かなめの言葉に運転中のカウラが突っ込みを入れる。

 誠の実家は東都の東側、東都東区浅草寺界隈である。東都の西に広がる台地にある都市、豊川市にある司法局実働部隊の寮からでは東都の都心を横切るように進まなければならない。

 都心部に入ってからはほとんど車はつながった状態で、さらに高速道路の出口があと3キロというところにきて車の動きは完全に止まった。

「すいませんねえ、朝食の準備までしていただいたのに……ええ、たぶんあと一時間くらいかかりそうなんです」 

 携帯端末で母の薫とアイシャが話しているのをちらりと見ながら、助手席で誠は伸びをしながらじっと目の前のタンクローリーの内容物を見ていた。危険物積載の表示。少しばかり心配しながらじっとしている。

「シャム達は仕事か……こんなことなら出勤のほうが楽だわ」 

 かなめがそう言ってようやく話を終えて端末を閉じたアイシャをにらみつける。

「なによ」 

 アイシャに言われてかなめは口笛を吹いてごまかす。

「シャムと言えば……今頃はクロームナイトの方のエンジンの試験が始まったころだな」 

 そんなカウラのつぶやきにアイシャは現実に引き戻されて不快感に顔をしかめる。そして大きく一つため息をつくと緊張した面持ちでカウラに食って掛かる。

「駄目よ!カウラちゃん。私達はオフなの、休日なの、バカンスなの」 

「バカンス?馬鹿も休み休み言えよ……あれ?バカがかぶって面白いギャグが言えそう……えーと」 

「かなめちゃんは黙って!」 

 駄洒落を考えていたかなめをアイシャは思い切り怒鳴りつける。その気合の入り方にカウラも少しばかりおとなしくアイシャの言うことを聞くつもりのようにちらりと振り向く。

「要するに仕事の話はするな。そう言いたい訳だろ?」 

 なだめるようにカウラがそう言うとアイシャは納得したようにうなづく。

「そう、わかっているならちゃんと運転する!前!動いたわよ」 

 タンクローリーが動き出したのを見てのアイシャの一言。仕方なくカウラは車を動かす。

 周りを見ると都心部のオフィスビルは姿を消し、中小の町工場やマンションが立ち並ぶ街が見える。

「あとどんだけかかる?」 

 明らかにかなめがいらだっているのを見て誠は心配になってナビを見てみた。

「ああ、この先100メートルの事故が原因の渋滞ですから。そこを抜ければすぐですよ」 

 そんな誠の言葉通り、東都警察のパトカーのランプが回転しているのが目に入る。

「なるほどねえ、安全運転で行きましょうか」 

 窓に張り付いているかなめに大きくため息をつくと、カウラはそのまま事故車両と道路整理のためのパトロールカーの脇を抜け目の前に見える高速道路の出口に向けて車を進めた。

「懐かしいだろ、神前!」 

「そんなに懐かしいほど久しぶりじゃないです。先月だって画材取りに戻ったし」 

 高速から降りて下町の風景を見るといつもかなめはハイになる。あちこち眺めているかなめをめんどくさそうにアイシャが見つめる。

 確かに新興住宅街が多い豊川とはまるで街の様子が違った。車はそれなりに走っているが歩いている人も多く、屋根瓦の二階家や柳の植えられた街路樹など、下町の雰囲気を漂わせる光景がかなめには珍しいのだろうと思っていた。

「でもいいわよね、こういう街。豊川はおんなじ規格の家ばかりで道を覚えるのが面倒で……」 

「どうでもいいが覚えてくれ」 

 カウラに突っ込まれてアイシャが舌を出す。かなめは完全におのぼりさんのように左右を見回して笑顔を振りまいている。

「胡州の帝都の下町も似たようなものじゃないのか?」 

 大理石の正門が光る工業高校の前の信号を左折させながらカウラが話題を振った。

「あそこはどちらかというと東都の湾岸地区みたいなところだったぜ。もっとぎすぎすしてて餓鬼のころは近づくと怒られたもんだ」 

 かなめの言葉に誠は納得した。彼女は一応は胡州一の名家のお姫様である。何度かテレビでも見た彼女が育った屋敷町は誠にも威圧感を感じるような凄味があった。

 湾岸地区や東都租界のような無法地帯はかなめが潜入工作隊員としてもぐりこんだ場所だった。こういう下町の雰囲気は体験する機会はかなめには無かったのだろう。

「おい!駄菓子屋があるぞ。寄って行くか?」 

 かなめの言葉に誠は見慣れた古い店構えを見ていた。昔の懐かしい記憶が再生される。小学生時代から良く通っていた駄菓子屋。子供相手ということで今ぐらいの時間に登校する子供達を目当てに店を開け、彼等がいなくなると店を閉めるという変わったおばあさんがやっている店だった。

「子供じゃないんだから……それにもうすぐ着くんでしょ?」 

 アイシャの言葉に頬を膨らましてかなめはアイシャをにらみつける。車はそのまま駄菓子屋を通り過ぎると狭い路地に向かって走っていく。

「でも……ここの一方通行はややこしいな」 

 カウラはそういいながら今度は車を左折させた。歩けば二三分の距離だが、路地は狭く車がすれ違えないので一方通行になっている。

 まだ店を開けていない八百屋の角を曲がり、金型工場の横を入ってようやく誠の実家の道場の門が目に入ってきた。

「おい……あれ」 

 かなめが指をさすまでも無く門のところで箒を使っている和服の女性が目に入る。

「ああ、皆さん!」 

 気がついて手を振るのは誠の母、神前薫《しんぜんかおる》だった。手を振る彼女に思わず誠は目をそらした。

「どうもお邪魔します」

 車を止めるとアイシャはいつものように素早く車から降りて頭を下げる。

「これ……蕎麦です。叔父貴からの土産でして……」

 トランクを開けたかなめが荷物の中から袋を出して誠の母に渡した。

「これはどうもご丁寧に……客間は片付いていますから荷物はそちらに」

 薫の言葉に甘えるようにして四人はそのまま道場の入口を兼ねた大きな玄関に上がり込む。

「それにしても早かったんですね、皆さん」 

 客間のテーブルにアイシャ、カウラ、かなめの順で並んで座る。アイシャは正座、カウラは横座り、かなめは胡坐をかいている。

「ええ、渋滞はありましたがなんとか」 

 そう言って出された茶碗に手を伸ばそうとするカウラだが、安定が悪いのでふらふらと伸びた手が湯飲みを取り落としそうになる。

「そんな不安定な座り方するからだ。体育座りでもしてろ」 

 かなめはそう吐き捨てると悠々と茶をすする。そこで突然アイシャが立ち上がる。

「すいません……座卓ありますか?」 

「そうですね、ベルがーさんや西園寺さんも……」 

「ああ、アタシはいいですよ。まあ正座で五分持たない誰かと違いますから」 

 そのかなめの挑発的な発言。にんまりと笑うかなめのタレ目はカウラを捉えている。同じく勝ち誇った笑みを浮かべているアイシャの視線がカウラに飛ぶ。だが、アイシャは膝から下の痺れに耐えかねてそのまま座り込んでしまう。

「じゃあ、ちょっと待っててくださいね」 

 そう言うと薫は消えていく。すぐにアイシャの顔が誠の目の前に動いてきた。

「何度も言うけど、あれお姉さんじゃないの?本当にお母さん?」 

 毎回言われ続けてもう誠は飽き飽きしていた。実物を見たのは夏のコミケの前線基地にここを使ったとき。その時同じ質問を何度も受けたのでもう答えをする気力も無かった。

「ああ、叔父貴の写真でもあの顔だぞ。あれじゃねえか?頭を使う人間は、年をくいにくいって言うじゃん」 

「言わないわよ」 

 アイシャの一言だがかなめは黙って茶をすする。

 かなめの叔父、司法局実働部隊隊長である嵯峨惟基が新人の胡州陸軍の東和大使館付武官時代。まだ彼の名前が西園寺新三郎であったころに彼はこの道場に挑戦を仕掛けてきたという。

 その時、めったに他流試合では剣をとらない母が彼の相手をした場面の映像は誠も目にしていた。

「まあ僕はそういうものだと思っていましたから……」 

「そうだろうな。身近な人間は気づかないものだ」 

 カウラは体育すわりのままうなづいてみせる。そこに笑顔で座卓を手にした薫が戻ってきた。

 言われて意識して見るとやはり自分の母は妙に若く見えた。高校時代あたりからそのことは誠自身も引っかかっていた。だがそんな意識していた時期も過ぎるとそういうものだと受け入れてしまっている自分がいた。

「はい、これ。カウラさんとアイシャさん」 

 薫はそのまま二人に木製の座卓を渡す。そしていつものようににこやかに笑う母に誠は少しばかり安心した。

「ありがとうございます……でも本当にお母様はお若いですね」 

 受け取りながらのアイシャの言葉ににっこりと笑う薫だが特に言葉も無くそのまま誠の隣に座った。

「嫌だわ本当にお上手で、でも、カウラさん。クリスマスが誕生日なんて素敵ですよね」 

 そう言うと薫は茶をすすってうれしそうにカウラを見つめる。

「まあ、特に私の場合は関係ないですが」 

 薫の言葉にカウラは微笑を浮かべながら答える。カウラがまんざらでもないときの表情を最近誠は覚えていた。

「でも結構広い庭で……建物も古そうですし……」 

「悪かったですね。中古住宅で」 

 誠はアイシャの言葉に思わず突っ込んでしまう。

「そういう意味じゃないわよ、誠ちゃん。由緒正しいというか、風格があるというか……」 

 アイシャはごまかすようにそう言うと茶をすすった。そんなやり取りを薫はほほえましく眺めていた。

「そういえば神前一刀流の継承者は現在は薫さんじゃないですか?」 

 すっかりくつろいでかなめはそう言った。薫はにこやかに笑いながらうなづいた。

「ええ、私の四代前の遼南の庶子の姫君が始めたという話ですけど」 

 真剣な表情を浮かべる薫にかなめはうなづいてみせる。

「ほう、じゃあちょっと見せてもらえませんかね。アタシは剣術に疎いんで」 

 挑発的にかなめはそう言った。

 誠は知っていた。遼南流剣術の達人であり、薙刀を使ってはあの嵯峨を子ども扱いしてみせるかなめの母、康子。当然、かなめも徹底して鍛えられており、とても剣術に疎いというのは謙遜以外の何ものでもない。

 前回の夏のコミケでは雑用ばかりで一戦交えたことも無かったが、今回はそんな用事も無い。腕に自信のあるかなめならではの挑戦だった。

「それよりカウラさんの誕生日プレゼントはまだお買いになっていないんじゃないですか?とりあえずそちらの方を先にされては」 

 まるでかなめの言葉を聞かなかったとでも言うように薫は立ち上がった。それを見てアイシャも立ち上がる。

「そうですね。かなめちゃん、行くわよ」 

「行くってどこに?」 

 薫に試合を断られて不愉快そうなかなめにあきれ果てたようにアイシャはため息をつく。

「決まってるでしょ?買い物よ」 

 そう言うアイシャに目をつけられてしぶしぶ誠も立ち上がった。

「こいつへのプレゼントか?いいじゃん、そこらの駄菓子屋でメロンソーダでも買ってやれば喜ぶだろ?」 

「それがお前のおごりだったら私は自分で金を払う」 

 カウラは立ち上がり見下すような視線をかなめに向ける。

「そんな子供じゃないんだから。そうだ!カウラさんは私と一緒にお買い物しましょうよ。その間に三人でカウラさんへのプレゼントを買っておくって言うのはどうかしら」 

 自分の提案に自信があるというように薫は胸を張って見せる。

「じゃあそれで。行くわよかなめちゃん」 

 アイシャに腕を引っ張られてかなめはようやく重い腰を上げた。
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