レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
444 / 1,503
第12章 決戦兵器

実験

しおりを挟む
「起動準備!島田、固定状態はどうだ?」 

 明華の言葉がハンガーに響く。島田は黒いアサルト・モジュール、『カネミツ』の前で部下達のハンドサインを待つ。

「固定状況異常なし!」 

 空気がぴんと張り詰めたように感じられる。それが黒い機体の周囲に浮かんでは消える干渉空間の振動のせいだと気づいたとき、誠はヘッドギアをつけてタイミングを計っている明華の顔に目を向けた。

「よし!ヨハンの方はどうだ!」 

 明華がカネミツの隣に置かれている簡易調整装置をいじっている巨体の持ち主に声をかける。ヨハンはすぐに手を当ててコックピット内部にいる嵯峨の法術展開状況が最適値に達していることを示した。

「よし!じゃあ、隊長!起動開始してください」 

『ハーイ』 

 抜けたような返事をしている嵯峨の姿が一階のハンガーの隣にある管制室に映る。実働部隊の今日の当番の第一、第二小隊。そしてなぜか出てきている第四小隊の面々や、リアナやアイシャ等の運行部の面々もそこにつめていた。

「狭い……」 

 シャムがそう言うので隣に立っていた誠は少し反対に体をひねる。

「神前君……手が当たるんだけど」 

 やわらかい腕に当たる感触とリアナの声に誠は手を引っ込める。かなめは振り向いて誠をにらみつける。カウラは画面に映されたくわえタバコでエンジン起動実験を開始している嵯峨を見つめていた。

『とりあえず……現在維持している干渉空間を制御してエンジンのバイパスと連結させれば良いんだな?』 

 嵯峨はパイロットスーツではなく普段の勤務服のままコックピットに座っている。誠も何度か模擬戦の時に相手をしたことがあるが、嵯峨のパイロットスーツ嫌いは徹底していた。

「お願いします。展開率80パーセントを越えた時点で対消滅エンジンの炉を展開空間に干渉させますからそのタイミングを間違えないように」 

 明華は慎重に指示を出す。対消滅エンジンの発する熱気でむせかえる管制室。彼女は額の汗をぬぐうと後ろで固まっている野次馬達に目を移した。

「暇というか……何というか……」 

「まあ、言うなよ」 

 その隣でほかの野次馬と同じくランは薄ら笑いを浮かべつつそう答えた。シャムは必死になって管制用モニターの空いているのを見つけて自分の機体のスペックを再確認していた。

「シャム……だからちゃんとさっきそこらへんの確認をしておけって言ったんだ」 

 ランはいらだたしげに必死に起動手順を暗記しようとしているシャムにため息をつく。

「でも大丈夫だよ。初めてじゃないし」 

「まあ、それでもミスは許されねーぞ。場合によっては神前に乗ってもらうことになるかも知れないからな」 

 そう言ってランは皮肉を言いそうな笑みで誠を見上げた。

『おーい、明華。どこまで出力上げればいいの?』 

 画像の中、嵯峨は余裕で鼻歌交じりである。スロットルインジケーターは順調に上がる。すでに出力は10パーセントを超えていた。

「この時点で05式と互角のパワー……化け物だな、こりゃ」 

 かなめは首筋にコードを差し込んで試験状態をチェックしながらニヤついている。誠も目の前の黒い機体が化け物と呼ばれる由来がよくわかってきた。

「とりあえずノーマルのシステムで対応可能なラインまで回してみてください。そこでデータを取った後で本稼動の試験を行うかどうかの判断をしますから」 

 明華の言葉に嵯峨は余裕でうなづく。

「よくまああれほど余裕な表情ができるねー」 

 呆れたというようにランがつぶやく。そして急にエンジン音が途切れた。

「駆動炉を干渉空間に移行したか……」 

 場違いなほどに緊張した言葉に、誠が振り向けばつなぎを着たままのロナルドが親指のつめを口でかみながら画面を見つめていた。

「あんな芸当ができる法術師は他にいないんじゃねーかな」 

 そんなランの言葉にロナルドは大きくうなづく。エンジンの音が途切れて沈黙が支配するハンガー。固定器具の冷却液の吹き上げる音、ハンガーを渡る強い北風の風鳴り、そのような音が響いてまるで何も起きていないかのような錯覚にとらわれる。

『実に静かだねえ……こりゃあ環境にやさしいや』 

 嵯峨は笑う。だが、真剣な表情で彼の様子と調査データ見比べている明華にそんな言葉は届くものではなかった。

「ヨハン!データは?」 

『ばっちり取れてますよ……ってこれは干渉空間がでかい!これだけのエネルギー退避領域があれば予定の倍ぐらいまで標準システムで回りそうですけど』 

 ヨハンの声に明華は複雑な表情で腕を抱えて考え込む。

『明華。エンジン回すのは良いけど俺の負担も考えてくれよな』 

 言葉とは裏腹に嵯峨は余裕の表情で笑みを浮かべていた。だが、しばらく考えた後明華は決断した。

「とりあえず30パーセントまで上昇後、そのままエンジンのエネルギーを正常空間内に誘導。停止ミッションに移行する」 

「だろうな。焦る必要もねーだろ」 

 明華の判断にランも同意するようにうなづいた。

「なんだよ……中途半端というか……煮え切らないと言うか……」 

 そんなことをつぶやくかなめをランがにらみつける。

「わかってるよ。干渉領域に逃げてるエネルギーがエンジンに逆流してきたらドカンと行くって話だろ?確かに急いで稼動状態に持っていく必要も無いわけだし……」 

 合格点の言い訳と捉えたのか、ランはそのまま視線を明華に向けた。

「全てにおいて予想以上というところかしら。隊長!予定出力に達しました。後は……」 

『はいはい、絞ればいいんだろ?早速はじめるよ』 

 嵯峨はそう言うと口に左手を持っていく。それでタバコを口にくわえていないことを再確認するとそのまま大きくため息をつく。

「タバコなら後にしてくださいよ!以前どれだけその臭いで……」 

『すみません。申し訳ないです』 

 おどけたようにそう言うと嵯峨はエンジン出力を絞る。

『こちらも順調です。観測された干渉空間が縮小……エンジン通常空間に出力転移!』 

 ヨハンの言葉が届いたとたん、轟音が黒い機体から響きはじめる。再び機体の周りを制御を離れた干渉空間が覆う。

「つまらねえなあ。もっとやる気の出るようなアクションはねえのかよ」 

 ぼそりとつぶやいたかなめをランが見上げる。

「なんなら……」 

 そう言ってランはにやりと笑う。明らかにそれは無茶な課題を振るときのランの表情だった。

「遠慮します!全力で遠慮します!」 

 かなめはそう言ってごまかしにかかる。そんな彼女をランは鼻で笑う。今度は黒い機体から冷却液が蒸発する煙と振動を伴う轟音が上がり始めた。整備班員の一部、耐熱装備を着込んだ一群がそれを見守っている。

「島田!固定器具の冷却液を追加注入!それと各部の発生動力の観測データをこっちに送れ」 

 明華はそこまで言うと隣にあった椅子に腰掛けて勤務服の襟の辺りに指を差し込む。

「疲れましたか、大佐」 

 カウラの言葉に明華は黙って笑みで返す。次第に機体の振動は止まり、島田の指示で整備班員達がホースやコードを持ってハンガーを走り回る。勢い良く沸騰した冷却液の蒸気が吹き上がる。作業員の叫び声が響き渡る。

「予想以上。そう言う事だな」 

 モニターを見つめていたランの言葉に明華は大きくうなづいた。

「まあそういうこと」

 明華はそれだけ言うとテーブルに置かれていたジュースのカップに手を伸ばした。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

仰っている意味が分かりません

水姫
ファンタジー
お兄様が何故か王位を継ぐ気満々なのですけれど、何を仰っているのでしょうか? 常識知らずの迷惑な兄と次代の王のやり取りです。 ※過去に投稿したものを手直し後再度投稿しています。

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

処理中です...