レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
439 / 1,505
第11章 幸福と不幸

偶然の産物

しおりを挟む
 それぞれの鉄板の上ではお好み焼きの焼ける音が響き始めていた。

「早く!誠ちゃんの烏賊玉、出来てるわよ」 

「え?アイシャさん焼いちゃったんですか?」 

 誠は驚いて自分の空になった材料の入ったボールを見た。その前の鉄板には自分のミックス玉を焼きながら誠の烏賊玉にソースを塗っているアイシャがいる。

「もしかして迷惑だった?」 

 アイシャは落ち込んだように見上げてくる。それがいつもの罠だとわかっていても誠はただ愛想笑いを浮かべるしかない。

「別にそう言うわけでは……」 

 誠はそう答えるしかなかった。それを聞くとアイシャの表情はすぐに緩んだ。そしてそのままこてで誠の烏賊玉を切り分け始めた。

「そう言えばクリスマスの話はどうしたんだ?」 

 誠に媚を売るアイシャの姿に、苛立ちながらかなめは吐き捨てるように口を開いた。彼女の方を向いたアイシャは満面の笑みで笑いかける。

「なんだよ気持ちわりいなあ」 

 そう言って引き気味にかなめはジンの入ったグラスを口にする。そんなかなめが面白くてたまらないというようにアイシャは指差して誠に笑いかける。

「あの、クラウゼさん。人を指差すのは……」 

「誠ちゃんまでかなめちゃんの味方?所詮……私の味方は誰もいないのね!」 

 アイシャは大げさに肩を落としうつむく。いつものアイシャのやり方を知っているサラとパーラが複雑な表情で彼女を見つめていた。

「クリスマスねえ。クラウゼも少しは素直にパーティーがしたいって言えばいいのによー」 

 ランは一人、エイ鰭をあぶりながらビールを飲んでいる。

「だって普通じゃつまらないじゃないですか!」 

 そう言ってアイシャは立ち上がりランの前に立った。ここで場にいる人々はアイシャがすでに出来上がっていることに気づいていた。

「つ……つまらないかなあ」 

 さすがに目の据わったアイシャをどうこうできるわけも無くランは口ごもる。誠が周りを見ると、かなめは無視を決め込み、カウラはエルマとの話を切り出そうとタイミングを計りつつ烏賊ゲソをくわえている。

 パーラとサラ。本来なら酒の席で暴走することが多いアイシャの保護者のような役割の二人だが、完全に彼女達の目を盗んで飲み続けて出来上がったアイシャにただじっと見守る以外のことは出来ないようだった。

「やっぱりクリスマスと言うと!」 

 そう言うとアイシャはランの前にマイクを気取って割り箸を突き出す。

「そうだなー、クリスマスツリーだな」 

「ハイ!失格。今回はカウラちゃんのお誕生日会なのでツリーはありません!」 

 アイシャはハイテンションでまくし立てる。その姿をちらりと見た後、ランは腹を決めたように視線を落とした。

「じゃあ次は……」 

 獲物を探してアイシャは部屋を見渡す。偶然にもたこ焼きに手を伸ばそうとしていたパーラの視線がアイシャとぶつかってしまった。顔全体で絶望してみせるパーラに向かってアイシャは満面の笑みでインタビューに向かった。

「何よ!この酔っ払いが!」 

 パーラの叫びが響く。そんなパーラの反応を見るとアイシャは割り箸でその頭をむやみに突きまわす。それを苦笑いを浮かべながらエルマは眺めていた。

「楽しそうな部隊だな。ここは」 

 半分以上は呆れていると言う顔の彼女に合わせてカウラは無理のある笑みを浮かべる。

「あんた、何か言いたいことがあってこいつに声をかけたんじゃねえのか?」 

 タコの酢の物に手を伸ばしたかなめの言葉にエルマは表情を切り替える。

「ああ、そうだ。今夜は例のカネミツが司法局実働部隊に搬入されるらしいな」 

「どこでその情報を?」 

 カウラの問いにエルマは首を振る。

「機動隊の方と言うことは警備任務があったんじゃないですか?」 

 誠が適当に言った言葉にうなづき、エルマはそのまま腕の端末に手を回す。

「神前曹長はなかなか鋭いな。私は新港でのカネミツの荷揚げ作業の警備担当だった」 

「だけどそれだけで私に声をかけたわけじゃないんだろ?」 

 カウラの言葉を聞きながらエルマは端末の上に浮かぶ画面を検索している。

「何も無ければ……確かにな。貴様のことなど忘れていたかもしれない」 

 そう言って笑みを浮かべるエルマが端末の上に画像を表示させた。

 闇の中に浮かぶ高級乗用車。見たところ東和では珍しいアメリカ製の黒塗りの電気自動車である。そこには少年が一人、窓の外に顔を出した運転手のサングラスの男の顔も見える。

「外ナンバーか……新港。監視している連中がいたところで不思議は無いな」 

 カウラはそう言って自分の端末にその写真をコピーした。それをわざわざ立ち上がって覗き込むかなめ。しかし、それを見たかなめの表情が急に変わった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

もう、終わった話ですし

志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。 その知らせを聞いても、私には関係の無い事。 だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥ ‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの 少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

王家も我が家を馬鹿にしてますわよね

章槻雅希
ファンタジー
 よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。 『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...