レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
438 / 1,535
第11章 幸福と不幸

悲壮

しおりを挟む
「良く混ぜた方が良いな」 

 カウラの助言に頷くとエルマはどんぶりの中のものをかき混ぜ始めた。

 一方、誠はかき混ぜるのに夢中なカウラとエルマから見えないように春子から手招きされていた。同じように春子に呼ばれたパーラと一緒に立ち上がると階段に向かって静かに歩き始めた。

「神前君。どうにかしてくれる?」 

 春子は困ったように階下を指差す。誠の背中に心理的な理由による汗が広がる。

「来てるんですか?スミス大尉」 

 そんな誠の問いに春子は大きくうなづいた。

 誘われるままに誠は階下に下りた。そこには島田とキム、菰田に囲まれて赤い顔をして酒を飲み下しているロナルドの姿があった。その目だけ死んでいる上官の姿にすぐに誠は後悔の念に囚われていた。

「よう!」 

 島田が手を上げる。その複雑そうな笑みに弱ったように誠は軽くそれに答えながら近くの空いた椅子を運んで彼らの隣に腰掛ける。

「やっぱりノーマルがいいですよね。エンジンは下手にいじると……」 

 誠はそう言ってカラカラと笑うがさらに場の雰囲気は冷たくなった。

「それが……」 

 島田が口を開く。ロナルドはその表情を見ながら皮肉めいた笑みを浮かべた。

「なかなか調整がうまく行かなくてね。しばらく時間はかかりそうなんだ」 

 焼酎入りの炭酸を飲み終えた菰田の言葉。さらに場は落ち込んでいく。島田の頬が引きつっている。ロナルドは目の前のウィスキーのグラスを傾けている。

「でも調整とかはうちの機材で……」 

「さすがの俺も無理だわ。しばらくは搬入した新型の調整で動けなくなる」 

 島田の言葉がさらに落ち込んだ空気に止めを刺す。キムは笑ったままロナルドを見つめている。ぼんやりとした表情でロナルドは皿の上のホルモンを転がす。

「でも……」 

「ああ、お前さんにはわからんか。じゃあ上に行ってこい」 

 島田の一言。もうたまらなくなって誠は立ち上がる。

「すまないな。俺の個人的な問題だと言うのに」 

『酔っ払いアンちゃん!出て来いよ!』

 上の階でかなめの叫び声が響く。それを聞きながらロナルドは強がった笑みを浮かべる。とりあえずいじる対象として誠を呼んだだけあって少し緊張したような調子の声が響いている。

「申し訳ないですね」 

 そう言うと誠は座っていた椅子を元の位置に戻す。

「君の気にすることじゃない」 

 強がるようにロナルドが吐いた言葉になんとなく勇気をもらえた誠はそのまま彼らを置いて二階へと上がった。

「大丈夫なのかよ……」 

 かなめは弱ったように誠に囁く。カウラも大きなため息をつく。

「大丈夫には見えないだろうが。それより島田はこんなことをしていて良いのか?」  

「明華の姐御が気を使ったんだろうな。大変だな島田の奴も。たぶんこのままとんぼ返りで隊に戻ってカネミツの整備手順の申し渡しとかをやるんだろうから……つらいねえ」 

 そう言うとかなめは階下の男達を見捨てるように座敷の自分の鉄板に向かった。

「私に気を使う必要は無いぞ」 

 呼ばれたからと言うことで誠を気遣うエルマの言葉だが、さすがにカウラ達は下の階の葬式のような雰囲気に付き合うつもりは無かった。

「気にするなって。個人的なことに顔を突っ込むほど野暮じゃねえから」 

 鬱陶しい空気を纏ったロナルドの雰囲気がうつっていた誠の肩をかなめがバシバシと叩く。

「そうか?」 

 かなめの言葉にランは小さな彼女が持つと大きく見える中ジョッキでビールを飲んでいた。それを心配そうにエルマが見つめている。

「ああ、大丈夫ですよ。クバルカ中佐は二十歳過ぎていますから」 

 なだめるように言った誠をランがにらみつける。

「悪かったな。なりが餓鬼にしか見えなくて」 

 ギロリとランが誠をにらむ。確かにその落ち着いた表情を見ると彼女が小学一年生ではなく、司法執行機関の部隊長であることを思い知らされる。誠の額に脂汗がにじんだ。

「そんなこと無いですよ!」 

 ランはふてくされたように目を反らした。その様子をいかにもうれしそうにアイシャが見つめている。彼女にとって小さい身体で隊員たちを恫喝して見せる様子は萌えのポイントになっていると誠も聞いていた。このままでは間違いなくアイシャはランに抱きついて頬ずりをはじめるのが目に見えていた。

「それより、もしかしてエルマさんの誕生日も12月24日なんですか?」 

 焦って口に出した言葉に誠は後悔した。予想通りエルマは不思議な生き物でも見るような視線をまことに向けてくる。

「誕生日?」 

「どうやら起動した日のことを指すらしいぞ。まあ、エルマの起動は私よりも二週間以上遅かったな」 

 カウラの言葉で意味を理解したエルマがビールに手を伸ばす。

「そうだな。私は一月四日に起動したと記録にはある。最終ロットの中では遅い方では無いんだがな」 

 エルマの言葉を聞きながら誠は彼女の胸を見ていた。確かにカウラと同じようにつるぺったんであることが同じ生産ラインで製造された人造人間であるということを証明しているように見えた。

「あれ?誠ちゃん……」 

 誠の胸の鼓動が早くなる。声の主、アイシャがにんまりと笑い誠の目の動きを理解したとでも言うようににじり寄ってくる。

「レディーの胸をまじまじと見るなんて……本当に下品なんだから」 

「見てないです!」 

 叫んでみる誠だが、アイシャだけでなくかなめやサラまでニヤニヤと笑いながら誠に目を向けてくる。

「こいつも男だから仕方がねえだろ?」 

「そうよねえ。でもそんなに露骨に見てると嫌われるわよ。ねえ、カウラちゃん」 

「ああ……」 

 突然サラに話題を振られてカウラは動揺しながら烏龍茶を飲む。誠もその雰囲気に先ほどロナルドが纏っていた通夜の帰りのような気分が変わるのを感じていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 人造人間の誕生日又は恋人の居ない星のクリスマス

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第五部  遼州人の青年神前誠(しんぜんまこと)が司法局実働部隊機動部隊第一小隊に配属になってからほぼ半年の時が過ぎようとしていた。 訓練場での閉所室内戦闘訓練からの帰りの途中、誠は周りの見慣れない雪景色に目を奪われた。 そんな誠に小隊長のカウラ・ベルガー大尉は彼女がロールアウトした時も同じように雪が降っていたと語った。そして、その日が12月25日であることを告げた。そして彼女がロールアウトして今年で9年になる新しい人造人間であること誠は知った。 同行していた運用艦『ふさ』の艦長であるアメリア・クラウゼ中佐は、クリスマスと重なるこの機会に何かイベントをしようと第二小隊のもう一人の隊員西園寺かなめ大尉に語り掛けた。 こうしてアメリアの企画で誠の実家である『神前一刀流道場』でのカウラのクリスマス会が開催されることになった。 誠の家は母が道場主を務め、父である誠一は全寮制の私立高校の剣道教師としてほとんど家に帰らない家だった。 四人は休みを取り、誠の実家で待つ誠の母、神前薫(しんぜんかおる)のところを訪れた。 そこで待ち受けているのは上流貴族であるかなめのとんでもなく上品なプレゼントを買いに行く行事、誠の『許婚』を自称するかなめの妹で両刀遣いの変態マゾヒスト日野かえで少佐の訪問、アメリアの部下である運航部の面々による蟹パーティーなどの忙しい日々だった。 そんな中、誠はカウラへのプレゼントとしてイラストを描くことを思いつき、様々な妨害に会いながらもなんとか仕上げることが出来たのだが……。 SFお仕事ギャグロマン小説。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第五部 『カウラ・ベルガー大尉の誕生日』

橋本 直
SF
遼州司法局実働部隊に課せられる訓練『閉所白兵戦訓練』 いつもの閉所白兵戦訓練で同時に製造された友人の話から実はクリスマスイブが誕生日と分かったカウラ。 そんな彼女をお祝いすると言う名目でアメリアとかなめは誠の実家でのパーティーを企画することになる。 予想通り趣味に走ったプレゼントを用意するアメリア。いかにもセレブな買い物をするかなめ。そんな二人をしり目に誠は独自でのプレゼントを考える。 誠はいかにも絵師らしくカウラを描くことになった。 閑話休題的物語。

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?

山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。 2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。 異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。 唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

処理中です...