レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
438 / 1,503
第11章 幸福と不幸

悲壮

しおりを挟む
「良く混ぜた方が良いな」 

 カウラの助言に頷くとエルマはどんぶりの中のものをかき混ぜ始めた。

 一方、誠はかき混ぜるのに夢中なカウラとエルマから見えないように春子から手招きされていた。同じように春子に呼ばれたパーラと一緒に立ち上がると階段に向かって静かに歩き始めた。

「神前君。どうにかしてくれる?」 

 春子は困ったように階下を指差す。誠の背中に心理的な理由による汗が広がる。

「来てるんですか?スミス大尉」 

 そんな誠の問いに春子は大きくうなづいた。

 誘われるままに誠は階下に下りた。そこには島田とキム、菰田に囲まれて赤い顔をして酒を飲み下しているロナルドの姿があった。その目だけ死んでいる上官の姿にすぐに誠は後悔の念に囚われていた。

「よう!」 

 島田が手を上げる。その複雑そうな笑みに弱ったように誠は軽くそれに答えながら近くの空いた椅子を運んで彼らの隣に腰掛ける。

「やっぱりノーマルがいいですよね。エンジンは下手にいじると……」 

 誠はそう言ってカラカラと笑うがさらに場の雰囲気は冷たくなった。

「それが……」 

 島田が口を開く。ロナルドはその表情を見ながら皮肉めいた笑みを浮かべた。

「なかなか調整がうまく行かなくてね。しばらく時間はかかりそうなんだ」 

 焼酎入りの炭酸を飲み終えた菰田の言葉。さらに場は落ち込んでいく。島田の頬が引きつっている。ロナルドは目の前のウィスキーのグラスを傾けている。

「でも調整とかはうちの機材で……」 

「さすがの俺も無理だわ。しばらくは搬入した新型の調整で動けなくなる」 

 島田の言葉がさらに落ち込んだ空気に止めを刺す。キムは笑ったままロナルドを見つめている。ぼんやりとした表情でロナルドは皿の上のホルモンを転がす。

「でも……」 

「ああ、お前さんにはわからんか。じゃあ上に行ってこい」 

 島田の一言。もうたまらなくなって誠は立ち上がる。

「すまないな。俺の個人的な問題だと言うのに」 

『酔っ払いアンちゃん!出て来いよ!』

 上の階でかなめの叫び声が響く。それを聞きながらロナルドは強がった笑みを浮かべる。とりあえずいじる対象として誠を呼んだだけあって少し緊張したような調子の声が響いている。

「申し訳ないですね」 

 そう言うと誠は座っていた椅子を元の位置に戻す。

「君の気にすることじゃない」 

 強がるようにロナルドが吐いた言葉になんとなく勇気をもらえた誠はそのまま彼らを置いて二階へと上がった。

「大丈夫なのかよ……」 

 かなめは弱ったように誠に囁く。カウラも大きなため息をつく。

「大丈夫には見えないだろうが。それより島田はこんなことをしていて良いのか?」  

「明華の姐御が気を使ったんだろうな。大変だな島田の奴も。たぶんこのままとんぼ返りで隊に戻ってカネミツの整備手順の申し渡しとかをやるんだろうから……つらいねえ」 

 そう言うとかなめは階下の男達を見捨てるように座敷の自分の鉄板に向かった。

「私に気を使う必要は無いぞ」 

 呼ばれたからと言うことで誠を気遣うエルマの言葉だが、さすがにカウラ達は下の階の葬式のような雰囲気に付き合うつもりは無かった。

「気にするなって。個人的なことに顔を突っ込むほど野暮じゃねえから」 

 鬱陶しい空気を纏ったロナルドの雰囲気がうつっていた誠の肩をかなめがバシバシと叩く。

「そうか?」 

 かなめの言葉にランは小さな彼女が持つと大きく見える中ジョッキでビールを飲んでいた。それを心配そうにエルマが見つめている。

「ああ、大丈夫ですよ。クバルカ中佐は二十歳過ぎていますから」 

 なだめるように言った誠をランがにらみつける。

「悪かったな。なりが餓鬼にしか見えなくて」 

 ギロリとランが誠をにらむ。確かにその落ち着いた表情を見ると彼女が小学一年生ではなく、司法執行機関の部隊長であることを思い知らされる。誠の額に脂汗がにじんだ。

「そんなこと無いですよ!」 

 ランはふてくされたように目を反らした。その様子をいかにもうれしそうにアイシャが見つめている。彼女にとって小さい身体で隊員たちを恫喝して見せる様子は萌えのポイントになっていると誠も聞いていた。このままでは間違いなくアイシャはランに抱きついて頬ずりをはじめるのが目に見えていた。

「それより、もしかしてエルマさんの誕生日も12月24日なんですか?」 

 焦って口に出した言葉に誠は後悔した。予想通りエルマは不思議な生き物でも見るような視線をまことに向けてくる。

「誕生日?」 

「どうやら起動した日のことを指すらしいぞ。まあ、エルマの起動は私よりも二週間以上遅かったな」 

 カウラの言葉で意味を理解したエルマがビールに手を伸ばす。

「そうだな。私は一月四日に起動したと記録にはある。最終ロットの中では遅い方では無いんだがな」 

 エルマの言葉を聞きながら誠は彼女の胸を見ていた。確かにカウラと同じようにつるぺったんであることが同じ生産ラインで製造された人造人間であるということを証明しているように見えた。

「あれ?誠ちゃん……」 

 誠の胸の鼓動が早くなる。声の主、アイシャがにんまりと笑い誠の目の動きを理解したとでも言うようににじり寄ってくる。

「レディーの胸をまじまじと見るなんて……本当に下品なんだから」 

「見てないです!」 

 叫んでみる誠だが、アイシャだけでなくかなめやサラまでニヤニヤと笑いながら誠に目を向けてくる。

「こいつも男だから仕方がねえだろ?」 

「そうよねえ。でもそんなに露骨に見てると嫌われるわよ。ねえ、カウラちゃん」 

「ああ……」 

 突然サラに話題を振られてカウラは動揺しながら烏龍茶を飲む。誠もその雰囲気に先ほどロナルドが纏っていた通夜の帰りのような気分が変わるのを感じていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

潜水艦艦長 深海調査手記

ただのA
SF
深海探査潜水艦ネプトゥヌスの艦長ロバート・L・グレイ が深海で発見した生物、現象、景観などを書き残した手記。 皆さんも艦長の手記を通して深海の神秘に触れてみませんか?

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

魅了だったら良かったのに

豆狸
ファンタジー
「だったらなにか変わるんですか?」

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...