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第8章 クリスマス風景
西園寺家のクリスマス事情
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「あら、西園寺さんのおうちの話?素敵だわ、是非聞かせてくださいな」
そう言って厨房から現れたのはこの店の女将の家村春子だった。その後ろでは明らかに自分の嫌いなかなめに母を取られたことを悔しがるような表情を浮かべている小夏の姿がある。
「春子さんなら知ってるでしょ?アタシの家には最近は減ったけど結構な数の居候がいること」
「それは居候とは言わないでしょ?食客《しょっきゃく》と言う言葉が正しいんじゃないの?」
そう言うと春子は振り向いた。彼女の弾んだ表情に誠の頬も緩む。
「小夏、ビール頼める?」
紫の着物の袖をたくし上げて隣の空いた椅子を運んできた春子が通路側に席を構えた。
「え?お母さんも飲むの?」
「いいじゃないの。どうせ西園寺さんのおごりなんでしょ?」
そう言って微笑む春子になんともあいまいな笑いを浮かべた後、かなめは再び話を続けた。
「まあずいぶん前からのしきたりでね、画家や書家、作家や詩人、芸人ばかりでなく政治を志す書生も主義を問わずに抱え込むのがうちの流儀でね。実際、当主が三人そんな書生に殺されているってのに本当によくまあ続いたしきたりだよ」
そう言うかなめの言葉に合わせるように小夏がビールの瓶とグラスを持ってきた。
「あら、神前君のがもう無いじゃないの。西園寺さんのおごりなんだからねえ。小夏」
春子はそう言うとビール瓶を持つと静かに自分のグラスに注いで見せる。
「気が利かねえなあ、神前」
「いいのよ西園寺さん。それで続きは?」
誠はかなめの話を黙って聞いているアイシャとカウラを見た。誠もとても想像もつかない雲の上の世界の話。それをかなめは再び続けようとした。
「まあ、胡州は独立直後は神道と仏教以外のイベントは全面禁止だった国だってのはお前等も知っていると思うんだけど、まあ世の中、イベントと言えば飯の種だ。実際摘発なんてやっていない事実上の解禁状態だったからな、アタシの餓鬼のころは」
そう言ってかなめはウォッカの入ったグラスを煽る。満足げに春子はかなめの言葉にうなづいている。
「当然、解禁されたら便乗商売もいろいろ出てきてクリスマスも話題になるようになった。そこでうちでは食客の中でも稼ぎ時のクリスマスにお呼びのかからないような売れない連中にと、クリスマスと正月くらいは力のつくものを食べてもらおうって何代目か前の当主が肉を配ることを考えたんだ」
「それですき焼き……」
アイシャはそう言いながらビールを口にする。誠が中ジョッキを置いた。
「兄貴、注いで来るね」
そう言うと小夏は誠のジョッキを持って厨房に消える。カウラも納得したように頷きながらかなめの言葉が続くのを待った。
「腹に溜まることを重視すると言うわけか」
カウラはそう言いながら豚玉の最後の一口をつまんだ。その隣でしばらく目をつぶっていたアイシャ。ゆっくりと目を開く。
「でも、上流貴族のレベルの肉ってそんな……」
「あのなあ、もう一年半の付き合いだろ?観察力のねえ奴だなあ」
かなめが呆れたようなタレ目をアイシャに向ける。実際この目で何度も見られている誠はその独特の相手を苛立たせる感覚を理解して複雑な表情で睨み返しているアイシャのことを思っていた。
「何言うのよってああ……」
かなめに嘲笑のような言葉を浴びせかけられてアイシャは手を叩いて何かを悟る。そんな様子をほほえましく春子はほろ酔い加減で見守っていた。
「はい!兄貴!」
計ったようなタイミングで小夏が誠にジョッキを運んでくる。かなめとアイシャの間の緊張した空気が解けた。
「貧乏舌だもんね、西園寺さんは」
春子に指摘されてかなめは頭を掻いた。確かにかなめの悪食は有名だった。ともかくまずいと怒っているのは菰田の味付けが崩壊した料理と、目の前のカウラとアイシャ、二人の料理を出されたときだけ。後は鮮度が見るからに落ちている魚だろうが、ゴムのように硬い肉だろうが、素材で文句を言うことはまず無い。そして味付けも量の測り方がおかしくて誰もが文句をつけるところでも平気で食べているかなめを良く見かけた。
「まあ、否定はしねえよ。西園寺の家は代々そうなんだ。爺さんも食い物に文句をつけたことが無いって言うし、親父もおんなじ。まあ遼南貴族の出のお袋やその甥で遼南皇室の血筋の叔父貴なんかは結構舌が肥えてて、いろいろ文句を言うけどな」
さらりとそう言ってかなめはグラスの酒を飲み干す。誠はなんとなく納得ができたと言うように出されたビールを飲み干した。
「でも結構な量なんじゃないのか?何百人っているんだろ?食客」
「まあ芸人なんて言うのはほとんどが稼ぎ時でも高座なんかに呼ばれずに暇を持て余しているのがほとんどだからな。でもお祝い事の季節に最下等の肉ばかり買いあさる貴族なんていねえよ。書生連中もコネがあるから流れ作業で何とかなるみてえだったぞ」
かなめはそう言うと今度は自分で酒を注いだ。
「わかったことがあるわ!」
突然アイシャが叫ぶ。いかにも面倒だと言うような顔でかなめがアイシャを見つめた。
「なんだ?」
アイシャをにらみつけるかなめの目をじっと見つめた後、アイシャが口元に勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「かなめちゃんの話は全く参考にならないということよ!そんなクリスマス嫌!」
「だったらしゃべらせるんじゃねえ!」
かなめが大声で怒鳴りつける。さすがにその大きな声に誠は驚き、カウラと春子は顔をしかめる。
「だから外道って言うんだよ」
厨房の入り口の柱に寄りかかっていた小夏は少し引き気味にそう言うと奥へと消えていった。
「あんまり大きな声出さないでよ……」
そう言うとアイシャはビールを口に運んだ。その様子をにらみつけるかなめの手が怒りに震えている。誠はできるだけ穏便にことが済むようにと願いながら様子をうかがう。
「でも確かに参考にはならないわね。アイシャさん達は普通のクリスマスの過ごし方をしたいんでしょ?」
春子の微笑みにカウラは苦笑いを浮かべている。それを見て誠も頭を掻きながら周りを見回す。
「やっぱり恋人と二人っきりって言うのが定番よね」
「あの、春子さん……」
誠は三人の脅迫するような視線を浴びて情けなく声をかける。春子は笑顔で手にしたグラスの中のビールを一息で飲み干した。
「それに至るには私達の経験値が足りないのよ。だから、とりあえず家族や仲間でのクリスマスの過ごし方を体験しようと……」
珍しく焦った調子でアイシャは取り繕いの言葉を並べる。隣で大きくカウラがうなづいてみせる。
「そういうことなんで春子さんは何か……」
ようやくタイミングが見付かり誠が声をかける。その後ろではグラスにウォッカを注ぎながら威圧してくるかなめの姿があった。
「私ねえ」
かなめの言葉にうつむいて空になったグラスに少しばかりほほを朱に染めながら春子は自分でビールを注ぐ。そのままグラスのふちを撫でながら思いにふけるようにうつむいている。
「あんまり良い思い出は無いかな」
そう言ってすぐに春子は誠に目を向けた。東都の盛り場で育ったと言う彼女の話を人づてに聞いていた誠はしまったと思いながら頭を掻いた。
そんな誠を見ると春子は雰囲気をリセットするような笑みを浮かべる。
「やっぱり神前君の話を聞きましょうよ」
春子は弱り果てていた誠を見つめた。誠は照れてかなめ達に目をやってすぐに後悔した。春子に色目を使っていると誤解した三人はかなり苛立っていた。ともかくこの場を収めなければと言う義務感が誠を突き動かす。
「まずはケーキですね」
「それなら私が手配するわよ。なんと言ってもカウラちゃんの誕生日なんだから」
ようやく落ち着いてアイシャが自慢げに語るのにかなめが白い目を向ける。カウラはどうでも良いというように突き出しを突いている。
「それとチキン。まあ地球では七面鳥を食べるところもあるそうですが」
「動物ならシャムに頼むか?」
かなめの言葉にアイシャが大きく首を横に振る。確かにシャムなら七面鳥を持ってきても不思議ではない。時にはこのあまさき屋にもイノシシや山鳥などの猟で取れた肉や、どこから手に入れたのかわからない珍しい鶏の卵などを持ってくることもある。だがただでさえコミケで死にかけているシャムにそんなジビエの下処理を頼むほどアイシャも鬼ではなかった。
「鶏肉で良いんじゃないのか?そんな珍しいものは必要ないだろ」
烏龍茶を飲みながらカウラがつぶやく。アイシャはその言葉に納得するようにうなづくと誠の次の言葉を待った。
「ツリーとかはどうします?」
誠も久しくクリスマスらしいものとは無縁なので、そう言ってアイシャを見た。アイシャはぐっと右手の親指を上げて任せろと目を向ける。
「勝手にしろ」
そう言うとかなめはグラスを口に運ぶ。
「他にシャンパンは……」
「スパーリングワインでしょ?」
「どっちでもいいよ。でもテメエ等は飲むな」
かなめが誠とアイシャに目を向けながらそう言った。自分の酒癖を自覚している誠達は苦笑いでそれに答えた。
「なんだか愉しそうね。うちも店を閉めて神前君のところお邪魔しようかしら」
そう言って微笑む春子にかなめがタレ目で空気を読んでくれと哀願するようなサインを送る。
「冗談よ、冗談。うちが店を閉めたらシャムちゃん達まで押し寄せるわよ」
「それはちょっと勘弁してもらいたいですね」
誠はその騒動を思い浮かべて愛想笑いを浮かべる。そんな彼の視線に一人で腕の端末に何かを入力しているアイシャの姿が目に入った。
「何をしてるんですか?クラウゼ少佐」
「ん?」
誠の言葉にアイシャの行動を見つけたカウラが端末の画面を覗きこむ。そこでアイシャはメモ帳のアプリに熱心に何かを打ち込んでいた。
「クリスマスを愉しく過ごす100ヶ条。お前、本当にイベントごとを仕切るのが好きだな」
呆れたようにカウラは烏龍茶を口に運ぶ。かなめもカウラの言葉でアイシャの行動に興味を失って静かに空のグラスにウォッカを注ごうとした。
「あれ?空かよ。春子さん」
「今日はウォッカは無いわよ。先月頂いたジンなら一ケース封も切らずに置いてあるけど」
「じゃあ、それで」
かなめの言葉に厨房の入り口に立っていた小夏が呆れたような顔をした後中に消えていった。
「でも、愉しそうよね。できれば写真とか撮って送ってね」
春子はそう言うとさわやかに笑いながら立ち上がり奥へと消えていく。その様を見送っていた誠の目を見てかなめは複雑な表情を浮かべた。
誠が厨房を見つめているのを幸いに懐からウィスキーの小瓶を取り出したかなめは蓋を取って誠の飲みかけのビールのジョッキに素早く中身を注ぎこんだ。
「素敵ですよね、春子さん」
うれしそうに言う誠にかなめは伏せ目がちに視線を送る。アイシャはかなめの行動を見ていたが誠がジョッキに口をつけるのを止めることはしない。
「ぐっとやれ、ぐっと」
カウラも煽るようにつぶやく。誠は不思議に思いながら一気にジョッキを空にした。
「あれ?なんだろう……目が回るんですけど……」
そう言った言葉を残して誠は腰が抜けたようにその場にへたり込んだ。そしてそのまま意識は混濁した闇の中に消えた。
そう言って厨房から現れたのはこの店の女将の家村春子だった。その後ろでは明らかに自分の嫌いなかなめに母を取られたことを悔しがるような表情を浮かべている小夏の姿がある。
「春子さんなら知ってるでしょ?アタシの家には最近は減ったけど結構な数の居候がいること」
「それは居候とは言わないでしょ?食客《しょっきゃく》と言う言葉が正しいんじゃないの?」
そう言うと春子は振り向いた。彼女の弾んだ表情に誠の頬も緩む。
「小夏、ビール頼める?」
紫の着物の袖をたくし上げて隣の空いた椅子を運んできた春子が通路側に席を構えた。
「え?お母さんも飲むの?」
「いいじゃないの。どうせ西園寺さんのおごりなんでしょ?」
そう言って微笑む春子になんともあいまいな笑いを浮かべた後、かなめは再び話を続けた。
「まあずいぶん前からのしきたりでね、画家や書家、作家や詩人、芸人ばかりでなく政治を志す書生も主義を問わずに抱え込むのがうちの流儀でね。実際、当主が三人そんな書生に殺されているってのに本当によくまあ続いたしきたりだよ」
そう言うかなめの言葉に合わせるように小夏がビールの瓶とグラスを持ってきた。
「あら、神前君のがもう無いじゃないの。西園寺さんのおごりなんだからねえ。小夏」
春子はそう言うとビール瓶を持つと静かに自分のグラスに注いで見せる。
「気が利かねえなあ、神前」
「いいのよ西園寺さん。それで続きは?」
誠はかなめの話を黙って聞いているアイシャとカウラを見た。誠もとても想像もつかない雲の上の世界の話。それをかなめは再び続けようとした。
「まあ、胡州は独立直後は神道と仏教以外のイベントは全面禁止だった国だってのはお前等も知っていると思うんだけど、まあ世の中、イベントと言えば飯の種だ。実際摘発なんてやっていない事実上の解禁状態だったからな、アタシの餓鬼のころは」
そう言ってかなめはウォッカの入ったグラスを煽る。満足げに春子はかなめの言葉にうなづいている。
「当然、解禁されたら便乗商売もいろいろ出てきてクリスマスも話題になるようになった。そこでうちでは食客の中でも稼ぎ時のクリスマスにお呼びのかからないような売れない連中にと、クリスマスと正月くらいは力のつくものを食べてもらおうって何代目か前の当主が肉を配ることを考えたんだ」
「それですき焼き……」
アイシャはそう言いながらビールを口にする。誠が中ジョッキを置いた。
「兄貴、注いで来るね」
そう言うと小夏は誠のジョッキを持って厨房に消える。カウラも納得したように頷きながらかなめの言葉が続くのを待った。
「腹に溜まることを重視すると言うわけか」
カウラはそう言いながら豚玉の最後の一口をつまんだ。その隣でしばらく目をつぶっていたアイシャ。ゆっくりと目を開く。
「でも、上流貴族のレベルの肉ってそんな……」
「あのなあ、もう一年半の付き合いだろ?観察力のねえ奴だなあ」
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「何言うのよってああ……」
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「はい!兄貴!」
計ったようなタイミングで小夏が誠にジョッキを運んでくる。かなめとアイシャの間の緊張した空気が解けた。
「貧乏舌だもんね、西園寺さんは」
春子に指摘されてかなめは頭を掻いた。確かにかなめの悪食は有名だった。ともかくまずいと怒っているのは菰田の味付けが崩壊した料理と、目の前のカウラとアイシャ、二人の料理を出されたときだけ。後は鮮度が見るからに落ちている魚だろうが、ゴムのように硬い肉だろうが、素材で文句を言うことはまず無い。そして味付けも量の測り方がおかしくて誰もが文句をつけるところでも平気で食べているかなめを良く見かけた。
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さらりとそう言ってかなめはグラスの酒を飲み干す。誠はなんとなく納得ができたと言うように出されたビールを飲み干した。
「でも結構な量なんじゃないのか?何百人っているんだろ?食客」
「まあ芸人なんて言うのはほとんどが稼ぎ時でも高座なんかに呼ばれずに暇を持て余しているのがほとんどだからな。でもお祝い事の季節に最下等の肉ばかり買いあさる貴族なんていねえよ。書生連中もコネがあるから流れ作業で何とかなるみてえだったぞ」
かなめはそう言うと今度は自分で酒を注いだ。
「わかったことがあるわ!」
突然アイシャが叫ぶ。いかにも面倒だと言うような顔でかなめがアイシャを見つめた。
「なんだ?」
アイシャをにらみつけるかなめの目をじっと見つめた後、アイシャが口元に勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「かなめちゃんの話は全く参考にならないということよ!そんなクリスマス嫌!」
「だったらしゃべらせるんじゃねえ!」
かなめが大声で怒鳴りつける。さすがにその大きな声に誠は驚き、カウラと春子は顔をしかめる。
「だから外道って言うんだよ」
厨房の入り口の柱に寄りかかっていた小夏は少し引き気味にそう言うと奥へと消えていった。
「あんまり大きな声出さないでよ……」
そう言うとアイシャはビールを口に運んだ。その様子をにらみつけるかなめの手が怒りに震えている。誠はできるだけ穏便にことが済むようにと願いながら様子をうかがう。
「でも確かに参考にはならないわね。アイシャさん達は普通のクリスマスの過ごし方をしたいんでしょ?」
春子の微笑みにカウラは苦笑いを浮かべている。それを見て誠も頭を掻きながら周りを見回す。
「やっぱり恋人と二人っきりって言うのが定番よね」
「あの、春子さん……」
誠は三人の脅迫するような視線を浴びて情けなく声をかける。春子は笑顔で手にしたグラスの中のビールを一息で飲み干した。
「それに至るには私達の経験値が足りないのよ。だから、とりあえず家族や仲間でのクリスマスの過ごし方を体験しようと……」
珍しく焦った調子でアイシャは取り繕いの言葉を並べる。隣で大きくカウラがうなづいてみせる。
「そういうことなんで春子さんは何か……」
ようやくタイミングが見付かり誠が声をかける。その後ろではグラスにウォッカを注ぎながら威圧してくるかなめの姿があった。
「私ねえ」
かなめの言葉にうつむいて空になったグラスに少しばかりほほを朱に染めながら春子は自分でビールを注ぐ。そのままグラスのふちを撫でながら思いにふけるようにうつむいている。
「あんまり良い思い出は無いかな」
そう言ってすぐに春子は誠に目を向けた。東都の盛り場で育ったと言う彼女の話を人づてに聞いていた誠はしまったと思いながら頭を掻いた。
そんな誠を見ると春子は雰囲気をリセットするような笑みを浮かべる。
「やっぱり神前君の話を聞きましょうよ」
春子は弱り果てていた誠を見つめた。誠は照れてかなめ達に目をやってすぐに後悔した。春子に色目を使っていると誤解した三人はかなり苛立っていた。ともかくこの場を収めなければと言う義務感が誠を突き動かす。
「まずはケーキですね」
「それなら私が手配するわよ。なんと言ってもカウラちゃんの誕生日なんだから」
ようやく落ち着いてアイシャが自慢げに語るのにかなめが白い目を向ける。カウラはどうでも良いというように突き出しを突いている。
「それとチキン。まあ地球では七面鳥を食べるところもあるそうですが」
「動物ならシャムに頼むか?」
かなめの言葉にアイシャが大きく首を横に振る。確かにシャムなら七面鳥を持ってきても不思議ではない。時にはこのあまさき屋にもイノシシや山鳥などの猟で取れた肉や、どこから手に入れたのかわからない珍しい鶏の卵などを持ってくることもある。だがただでさえコミケで死にかけているシャムにそんなジビエの下処理を頼むほどアイシャも鬼ではなかった。
「鶏肉で良いんじゃないのか?そんな珍しいものは必要ないだろ」
烏龍茶を飲みながらカウラがつぶやく。アイシャはその言葉に納得するようにうなづくと誠の次の言葉を待った。
「ツリーとかはどうします?」
誠も久しくクリスマスらしいものとは無縁なので、そう言ってアイシャを見た。アイシャはぐっと右手の親指を上げて任せろと目を向ける。
「勝手にしろ」
そう言うとかなめはグラスを口に運ぶ。
「他にシャンパンは……」
「スパーリングワインでしょ?」
「どっちでもいいよ。でもテメエ等は飲むな」
かなめが誠とアイシャに目を向けながらそう言った。自分の酒癖を自覚している誠達は苦笑いでそれに答えた。
「なんだか愉しそうね。うちも店を閉めて神前君のところお邪魔しようかしら」
そう言って微笑む春子にかなめがタレ目で空気を読んでくれと哀願するようなサインを送る。
「冗談よ、冗談。うちが店を閉めたらシャムちゃん達まで押し寄せるわよ」
「それはちょっと勘弁してもらいたいですね」
誠はその騒動を思い浮かべて愛想笑いを浮かべる。そんな彼の視線に一人で腕の端末に何かを入力しているアイシャの姿が目に入った。
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「ん?」
誠の言葉にアイシャの行動を見つけたカウラが端末の画面を覗きこむ。そこでアイシャはメモ帳のアプリに熱心に何かを打ち込んでいた。
「クリスマスを愉しく過ごす100ヶ条。お前、本当にイベントごとを仕切るのが好きだな」
呆れたようにカウラは烏龍茶を口に運ぶ。かなめもカウラの言葉でアイシャの行動に興味を失って静かに空のグラスにウォッカを注ごうとした。
「あれ?空かよ。春子さん」
「今日はウォッカは無いわよ。先月頂いたジンなら一ケース封も切らずに置いてあるけど」
「じゃあ、それで」
かなめの言葉に厨房の入り口に立っていた小夏が呆れたような顔をした後中に消えていった。
「でも、愉しそうよね。できれば写真とか撮って送ってね」
春子はそう言うとさわやかに笑いながら立ち上がり奥へと消えていく。その様を見送っていた誠の目を見てかなめは複雑な表情を浮かべた。
誠が厨房を見つめているのを幸いに懐からウィスキーの小瓶を取り出したかなめは蓋を取って誠の飲みかけのビールのジョッキに素早く中身を注ぎこんだ。
「素敵ですよね、春子さん」
うれしそうに言う誠にかなめは伏せ目がちに視線を送る。アイシャはかなめの行動を見ていたが誠がジョッキに口をつけるのを止めることはしない。
「ぐっとやれ、ぐっと」
カウラも煽るようにつぶやく。誠は不思議に思いながら一気にジョッキを空にした。
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