レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
425 / 1,531
第6章 警備活動

定時

しおりを挟む
「こういう時はあれだろ?男が仕切って何とかすると言うのが……」 

 得意げに語るかなめの視線が隣の狭苦しそうにひざの先だけコタツに入れている誠に向く。

「へ?」 

「そうね、それが一番じゃないかしら」 

 同意するアイシャの視線がカウラに向く。カウラの頬が朱に染まり、ゆっくりと視線が下に落ちる。

「もう!カウラちゃんたら!本当にかわいいんだから!」 

 そう言ってアイシャはカウラにコタツの中央のみかんの山から一つを取って彼女に渡す。

「ほら!おごりよ。遠慮しないで!」

「あっ……ああ、ありがとう?」 

 とりあえず好意の表れだと言うことはわかったというように、カウラがおずおずと顔を上げて、アイシャから渡されたみかんを手に取る。そしてかなめとアイシャが薄ら笑いを浮かべながら視線を投げつけてくるのを見て困ったように誠を見つめた。

 誠も隣で身体を摺り寄せてくるかなめを避けながら視線をカウラに向けた。

 二人の視線は出会った。そしてすぐに逸らされ、また出会う。

 その様子に気づいたのはかなめだったが、自分が仕向けたようなところがあったので手が出せずにただ頭を掻いて眺めているだけだった。アイシャはすでに飽きてひたすら端末をいじっているだけだった。

「あ!誠ちゃんとカウラちゃんがラブラブ!」 

 そこに突然響いたデリカシーのない少女の声に誠はゲートの方を振り向いた。

 シャムの目が見える。ランよりも若干身長が高いので鼻の辺りまでが誠の座っているところからも見えた。隣に茶色い小山があるのはシャムの一番の家来、コンロンオオヒグマの子供であるグレゴリウス16世の背中だろう。

「シャムちゃんはグレゴリウス君の散歩?」 

「うん!」 

 帰ってきてすぐに顔を出した修羅場での死んだ表情はそこには無く、アイシャの問いに元気良く答えるシャムがあった。書類上は彼女は34歳である。だが一部の噂ではそれ以上の年齢だと言う話も誠は聞いていた。だが、彼女はどう見ても10歳前後にしか見えない。と言うかそれでも精神年齢を下に見積もる必要がある。

「ブウ!」 

 グレゴリウスが友達のシャムが覗き込んでいる小屋に興味を持って立ち上がる。コンロンオオヒグマは大人になれば10メートルを超える巨体に育つ。2歳の子供とはいえ立ち上がれば優に4メートルを超えていた。

「何にもないよ。グリン。じゃあゲート開けて」 

 巨体の持ち主のグレゴリウス16世が通るには歩行者用通路は狭すぎた。仕方なくせかせかと歩いていった誠がゲートの操作ボタンを押す。

「ありがとうね!」 

 シャムはそう言うとそのまま走って消えていく。誠は疲労感を感じながらそのままコタツに向かった。

「タフよねえ。シャムちゃんは。さっきまで死にかけてたのにもう復活してるなんて」 

 そう言いながらアイシャはもう五つ目のみかんを剥き始めていた。

「まあ元気なのは良いことじゃないのか?」 

 同じくカウラはみかんを剥く。かなめは退屈したように空の湯飲みを握って二人の手つきを見比べている。

「どうしたのよ、かなめちゃん。計画はすべて誠ちゃんが立ててくれることになったからって……」 

「アイシャさん。いつ僕がすべてを決めると言いましたか?」 

 異論を挟む誠だが、口にみかんを放り込みながら眉を寄せるアイシャを見ると反撃する気力も失せた。

「……わかりました」 
 
 誠はそう言うのが精一杯だった。

「で、参考までにこう言うのはどう?」 

 アイシャはそう言ってデータを誠の腕の端末に送信する。内容を確認しようと腕を上げた時、終業のチャイムが警備室にも響いてきた。 

 終業のベルを聞いてもゲートには人影が無かった。定時帰りの多い警備部は今日は室内戦闘訓練で不在、年末で管理部は火のついたような忙しさ。当然定時にゲートを通ろうとする人影は無かった。

 出動の無いときの運行部は比較的暇なのはゆっくりみかんを食べているアイシャを見れば誠にもわかる。それでもいつも更衣室でおしゃべりに夢中になっていることが多いらしく、報告書の作成の為に残業した誠よりも帰りが遅いようなときもあるくらいだった。

「みかんウマー!」 

 全く動く気配が無いアイシャがみかんを食べている。隣のカウラも同じようにみかんを食べている。

「しかし……退屈だな」 

 かなめは湯飲みを転がすのに飽きて夕暮れの空が見える窓を眺めていた。

「誕生日ねえ……」 

「ああ、かなめちゃんって誕生日は?」 

 突然アイシャが気がついたように発した言葉にかなめの動きが止まる。しばらく難しい表情をしてコタツの上のみかんに目をやるかなめ。そして何回か首をひねった後でようやくアイシャの目を見た。

「誕生日?」 

「そう誕生日」 

 アイシャとかなめが見詰め合う。カウラは関わるまいと丁寧にみかんの筋を抜く作業に取り掛かり始めた。誠は相変わらずコタツに入れずに二人の間にある微妙な空気の変動に神経を尖らせていた。

「そんなの知ってどうすんだよ。それに隊の名簿に載ってるんじゃねえのか?」 

 投げやりにそう言うとかなめはみかんに手を伸ばした。

「そうね」 

 そう言うとアイシャは端末に目をやる。かなめが貧乏ゆすりをやめたのは恐らく電脳で外部記憶と接続して誠の誕生日を調べているんだろう。そう思うと少し誠は恐怖を感じた。

「八月なの?ふーん」 

「悪いか?神前だってそうだろ?」 

 かなめはそう言って話題を誠に振る。アイシャ、カウラの視線も自然と誠へと向かった。

「え?僕ですか?確かにそうですけど……」 

 誠は突然話を振られて頭を掻く。その時背中で金属の板を叩くような音が聞こえて振り返る。

「お前等……」 

 そこにいたのは医療班のドム・ヘン・タン大尉だった。医師である彼は正直健康優良児ぞろいの司法局実働部隊では暇人にカテゴライズされる存在である。しかも彼は部隊では珍しい所帯持ちであり、できるだけ仕事を頼まないようにと言う無言の圧力をかける嵯峨のおかげで比較的定時に近い時間に帰宅することが多い。

「ああ、ドクター」 

 アイシャの言葉に色黒のドムの細い目がさらに細くなる。

「ドクター言うな!」

「じゃあなんと言えば……」 

「そんなことは良いんだよ!それよりあれ」 

 ドムはそう言うとゲートを指差す。ゲートは閉じている。その前にはファミリー用ワゴン車がその前に止まっていた。

「ゲート開けとけよ」 

「へ?」 

 誠はドムの一言に驚いた。一応は司法特別部隊という名目だが、その装備は軍の特殊部隊に比類するような強力な兵器を保有する司法局実働部隊である。誠の常識からすればそんな部隊の警備体制が先ほどまでも誠達の状況ですらなり緊張感に欠けると叱責されても仕方の無いことと思っていた。

 だが目の前のドムは常にこのゲートがこの時間は開いていたと言うような顔をしている。

「あのー、開けといたらゲートの意味が無いような……」 

 ひざ立ちでずるずるドムのところに向かう誠をドムは冷めた目で見つめてくる。

「まあ、そうなんだけどさ。いつもなら今の時間はゲートは開きっぱなしだぞ」 

 さすがにその言葉の意味が分かったというようにドムは苦笑する。彼も遼南帝国陸軍からの出向である。この異常にルーズな体制には彼もはじめは戸惑ったに違いないことは誠にも分かった。

「ああ、アタシ等はいつも残業があるからねえ。定時に帰れる人はうらやましいや!」 

 みかんを手にしながらのかなめの一言にドムの顔が曇る。とりあえず話題が変わってほっとするが間に立つ誠は二人の間でおろおろするしかなかった。

「でもそれでいいならそうすれば。誠ちゃん」 

 アイシャのその一言で誠はゲートを上げた状態で止まるように操作した。

「じゃあ失礼するよ」 

 そう言うとドムは足早に車に乗り込み急発進させて消えていく。

 そしてまた沈黙が警備室を支配した。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第六部 『特殊な部隊の特殊な自主映画』

橋本 直
SF
毎年恒例の時代行列に加えて豊川市から映画作成を依頼された『特殊な部隊』こと司法局実働部隊。 自主映画作品を作ることになるのだがアメリアとサラの暴走でテーマをめぐり大騒ぎとなる。 いざテーマが決まってもアメリアの極めて趣味的な魔法少女ストーリに呆れて隊員達はてんでんばらばらに活躍を見せる。 そんな先輩達に振り回されながら誠は自分がキャラデザインをしたという責任感のみで参加する。 どたばたの日々が始まるのだった……。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 『修羅の国』での死闘

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第三部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』は法術の新たな可能性を追求する司法局の要請により『05式広域制圧砲』と言う新兵器の実験に駆り出される。その兵器は法術の特性を生かして敵を殺傷せずにその意識を奪うと言う兵器で、対ゲリラ戦等の『特殊な部隊』と呼ばれる司法局実働部隊に適した兵器だった。 一方、遼州系第二惑星の大国『甲武』では、国家の意思決定最高機関『殿上会』が開かれようとしていた。それに出席するために殿上貴族である『特殊な部隊』の部隊長、嵯峨惟基は甲武へと向かった。 その間隙を縫ったかのように『修羅の国』と呼ばれる紛争の巣窟、ベルルカン大陸のバルキスタン共和国で行われる予定だった選挙合意を反政府勢力が破棄し機動兵器を使った大規模攻勢に打って出て停戦合意が破綻したとの報が『特殊な部隊』に届く。 この停戦合意の破棄を理由に甲武とアメリカは合同で介入を企てようとしていた。その阻止のため、神前誠以下『特殊な部隊』の面々は輸送機でバルキスタン共和国へ向かった。切り札は『05式広域鎮圧砲』とそれを操る誠。『特殊な部隊』の制式シュツルム・パンツァー05式の機動性の無さが作戦を難しいものに変える。 そんな時間との戦いの中、『特殊な部隊』を見守る影があった。 『廃帝ハド』、『ビッグブラザー』、そしてネオナチ。 誠は反政府勢力の攻勢を『05式広域鎮圧砲』を使用して止めることが出来るのか?それとも……。 SFお仕事ギャグロマン小説。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

底辺エンジニア、転生したら敵国側だった上に隠しボスのご令嬢にロックオンされる。~モブ×悪女のドール戦記~

阿澄飛鳥
SF
俺ことグレン・ハワードは転生者だ。 転生した先は俺がやっていたゲームの世界。 前世では機械エンジニアをやっていたので、こっちでも祝福の【情報解析】を駆使してゴーレムの技師をやっているモブである。 だがある日、工房に忍び込んできた女――セレスティアを問い詰めたところ、そいつはなんとゲームの隠しボスだった……! そんなとき、街が魔獣に襲撃される。 迫りくる魔獣、吹き飛ばされるゴーレム、絶体絶命のとき、俺は何とかセレスティアを助けようとする。 だが、俺はセレスティアに誘われ、少女の形をした魔導兵器、ドール【ペルラネラ】に乗ってしまった。 平民で魔法の才能がない俺が乗ったところでドールは動くはずがない。 だが、予想に反して【ペルラネラ】は起動する。 隠しボスとモブ――縁のないはずの男女二人は精神を一つにして【ペルラネラ】での戦いに挑む。

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

「日本人」最後の花嫁 少女と富豪の二十二世紀

さんかく ひかる
SF
22世紀後半。人類は太陽系に散らばり、人口は90億人を超えた。 畜産は制限され、人々はもっぱら大豆ミートや昆虫からたんぱく質を摂取していた。 日本は前世紀からの課題だった少子化を克服し、人口1億3千万人を維持していた。 しかし日本語を話せる人間、つまり昔ながらの「日本人」は鈴木夫妻と娘のひみこ3人だけ。 鈴木一家以外の日本国民は外国からの移民。公用語は「国際共通語」。政府高官すら日本の文字は読めない。日本語が絶滅するのは時間の問題だった。 温暖化のため首都となった札幌へ、大富豪の息子アレックス・ダヤルが来日した。 彼の母は、この世界を造ったとされる天才技術者であり実業家、ラニカ・ダヤル。 一方、最後の「日本人」鈴木ひみこは、両親に捨てられてしまう。 アレックスは、捨てられた少女の保護者となった。二人は、温暖化のため首都となった札幌のホテルで暮らしはじめる。 ひみこは、自分を捨てた親を見返そうと決意した。 やがて彼女は、アレックスのサポートで国民のアイドルになっていく……。 両親はなぜ、娘を捨てたのか? 富豪と少女の関係は? これは、最後の「日本人」少女が、天才技術者の息子と過ごした五年間の物語。 完結しています。エブリスタ・小説家になろうにも掲載してます。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...