レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第2章 訓練を終えて

訓練を終えて

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「コーヒー……どうだ。お前も飲んだ方がいいんじゃないか?疲れただろ」 

 そんな嵯峨の言葉もにらみ合うかなめとアイシャを気にしている誠には届かなかった。いつもなら止めにはいるカウラもここ三回続けてかなめの暴走で閉所訓練で嵯峨を倒せていないこともあって二人を止める様子も無かった。

「いい身分だな。ぬくぬくしたところで指示だけ出しているんだ。気楽だろ」 

「へえ、やっぱり上官の命令を聞かないサイボーグは言うことが違うわね」 

 次第に二人の間の空気が再び険悪になっていく。そこで突然アイシャの携帯端末が鳴った。

「アタシよ……何?逃げた?吉田さんも一緒?ゲーセンとプラモ屋、それに本屋と食べ物屋を頭に入れて巡回……そうね、マリアには貸しがあるから警備部の非番の連中もかき集めて頂戴」 

 そう言うとアイシャは通信端末を切った。その内容は誠にも予想できることだった。

 遼州同盟司法局実働部隊。司法実力機関として嵯峨惟基の指揮の下、実績を重ねている部隊のレクリエーション機関の存在があった。それは『アニメーション研究会』。会長はアイシャだった。

 コミケや近隣豊川市のアニソンイベントやプラモデルコンテストなどを牛耳るその組織。そこには人気絵師のナンバルゲニア・シャムラード中尉と神前誠曹長の活躍があった。

 今日はナンバルゲニア・シャムラード中尉は部隊での勤務と言う名目による執筆活動が佳境を迎えているところだった。もう残すところ一週間も無いコミケの原稿締切日。動物と仲良く遊ぶことが趣味の彼女は三日にわたり宿直室に監禁されて執筆を続けていた。だが、遼南の7騎士に序せられる彼女の身柄を確保することはアイシャのシンパでも不可能なことだった。

「なんだ?またシャムが逃げたのか?」 

 突然の報にかなめはにやりと笑って顔を突き出す。だが、アイシャはすぐに状況打開の策を編み出していた。

「アイシャ!」 

 カウラが声を出す暇も無かった。すぐに誠の腕を掴みそのまま重い扉を開く。

「アイシャさん……」 

 その行動で誠はシャムの抜けた穴を誠を早く帰すことで埋めようとしているアイシャの魂胆を見抜いた。しかし、車がないアイシャに何が出来るでもない。かなめは完全にアイシャのさせるままにしている、カウラにいたっては立ち上がってアイシャの後に続いて開いたドアに続く。

「アイシャさん……」 

「大丈夫よ。マリアはきっとシャムをつきとめるわ」 

 そう言ってアイシャは誠の手を引いて廊下を進む。気になったのか誠が見ている後方ではかなめがニヤニヤ笑いながら付いてくる。司法局実働部隊の白兵戦専門の部隊である司法局実働部隊警備部。その部長であるマリア・シュバーキナ少佐は部隊でも数少ない常識人だが、そんな彼女もアイシャの前では手ごまの一つに過ぎなかった。

「車は私のでいいんだな」 

「お願いできるかしら」 

 誠の意思とは関係なく、アイシャとカウラの間で話がまとまる。その様子にかなめはにんまりと笑った。

「シャムは毎回逃げてないか?絵を描くのが嫌なんじゃねえの?」 

「絵が嫌いなわけじゃないもの。まああの子にじっとしていろって方が無理な話なんだけどね」 

 そう言うとアイシャは訓練場の粗末な階段を降り始める。窓の外を見れば、この訓練場の本来の持ち主である東和陸軍の特殊部隊の面々が整列している様が見れた。

「ご苦労様ねえ」 

 そう言いながらアイシャは戦闘服のままの誠の手を引っ張って埃が巻き上がるような手抜き工事の階段を下りながら早足で歩き続けた。

 冬の弱々しい日差しが屋内戦闘訓練場を出た誠達に降り注いだ。次の訓練予定が入っている東都警察強襲機動隊の面々が寒空の中、缶コーヒーを飲みながら駐車場で待機していた。

 男性隊員の視線がかなめに集まる。かなめはその視線を心地よいとでも言うように強調された胸のラインを披露しながら中性的に見えるカウラの後に続いていた。しばらく歩いていたカウラだが、あからさまな視線に飽きれてかなめを振り返った。

「あれ?隊長殿はそう言うことは気にはされないと思っていました……が?」 

 そんな挑発的なかなめの言葉にカウラは一気に不機嫌になる。ようやくこの状況に気づいたように東都警察の部隊長の眼鏡をかけた女性指揮官が咳払いをしている。

「あ……あ?」 

 エメラルドグリーンのポニーテールを降りながらカウラの視線は女性指揮官に注がれた。

「エルマ……エルマじゃないか!」 

 そのままカウラはエルマと呼んだ女性士官に向かって近づいていく。誠も良く見ればその士官の髪がライトブルーでそれが遼州星系で起きた前の大戦の敗戦国ゲルパルトが製造した人造人間『ラストバタリオン』のものであることに気がついた。

「なんだ……カウラか」 

 女性隊長はそう言うと複雑な表情で近づいていたカウラの手を握った。

「おい、知り合いか?」 

「まあな」 

 そう言って二人は手を握り合う。だが誠にはその二人の表情はどこかぎこちなく見えた。エルマの部下達も少し怪訝な表情で二人を見つめている。

「紹介ぐらいしろよ」 

 かなめの声に後ろから駆けてきたアイシャがうなづく。それを見てカウラは驚いたようにエルマの手を離した。

「そうね。エルマ……エルマ・ドラーゼ警部補。東都警察だったな、所属は」 

「そうだが……これが噂の司法局実働部隊の人達か」 

 エルマの視線が誠達に向く。かなめ、アイシャ、誠。三人ともそれぞれの意味で警察や軍部では有名人と言うこともあり、エルマの部下達も囁きあっている。

「それにしても出世したものだな、お互い」 

 そう言うエルマのおかっぱに刈りそろえられたライトブルーの髪が揺れる。カウラは振り返って部下のかなめと誠、そしておまけのアイシャの方を見て困ったような表情で鈍い笑みを浮かべた。

「確かに。でもそちらは良い部下に恵まれているみたいじゃないか」 

「アタシ等は悪い部下だと言いてえわけだな」 

 カウラにあてこするように振り返ったかなめが誠とアイシャを見つめる。アイシャは勤務服の襟の少佐の階級章を見せながら頬を膨らませる。誠も頭を掻きながらエルマを見つめていた。

「これは少佐……アイシャ・クラウゼ少佐ですか?」  

 そう言うとエルマが厳しい表情に変わり直立不動の姿勢をとる。アイシャは戸惑ったようにごまかしの笑みを浮かべる。それをしばらくカウラは見比べていた。

「良いのよ、別に気なんて使わなくても」 

「いえ……クラウゼ少佐の話は教育施設でも良く聞かされましたから。ゲルパルト独立戦争でのエースとして、あのゲルパルト共和国大統領、シュトルベルグ大佐貴下の遊撃部隊での活躍。私の仲間でも知らないものはいませんから」 

 目を輝かせるエルマにカウラは気おされていた。カウラもアイシャもゲルパルトの人造人間計画『ラストバタリオン』で製造された人造人間である。だが、ほとんどは製造中に終戦を迎え、それまでに育成ポッドの外にいたのは司法局では運用艦『高雄』の艦長で運行部の部長鈴木リアナ中佐一人だと誠は思っていた。

「アイシャさんはゲルパルト独立戦争に参加したんですか?」 

「教えてくださいよ!オバサン!」 

 誠の純粋な疑問にかぶせてかなめががなりたてる。握りこぶしを作りながらアイシャがじりじりとかなめに近づいていく。

「馬鹿をやっている暇は無いんじゃないのか?エルマ……ちょっと急ぎの用事があってな。いくぞ、西園寺!」 

 馬鹿騒ぎが起きることを察知したカウラがそう言ってかなめの手を引いた。カウラは唖然とするエルマを置いて駐車場の隅に向かう。

「かなめちゃん」 

 カウラの赤いスポーツカーにたどり着いたアイシャが珍しくこめかみをひくつかせながらかなめをにらみつけている。

「なんだよ。急いでいるんじゃねえのか?シャムのことだ。徹夜が続くとまた逃げ出すぞ……と言うか逃げたんだな」 

 助手席のドアを開けたかなめはシートを倒してすぐに後部座席にもぐりこんだ。アイシャも何も言えずに同じように乗り込む。

「一応言っておくが、アイシャは早期覚醒で実戦に投入されたわけだ。私やサラみたいに自然覚醒まで培養ポットで育った者より稼動時間が長いのは当然だろ」 

 気を利かせてのカウラの一言。誠にはその違いがよく分からなかった。すぐにガソリンエンジンの響きが車内を満たす。

「いいわよそんなフォロー。それより久しぶりだったらお茶くらいしていけばいいのに」 

 アイシャの言葉にカウラはちょっとした笑みを浮かべる。車は駐車場を出て冬の気配の漂う落葉樹の森に挟まれた道に出た。

「今でもそう言うことには関心が持てないからな。アイシャほど実社会に対応した期間が長くは無い」 

「何よ!カウラちゃんまでそんなこと言うの?」 

 アイシャの膨れっ面がバックミラーに映っている。誠は苦笑いを浮かべながら対向車もなく続く林道のを見渡していた。

「稼働時間を年齢とすると……8歳か、カウラは」 

 何気なく言ったかなめの言葉にカウラの表情がハッとしたものに変わる。

「ロリね……ロリキャラね」 

 アイシャが非常にいい顔をするので明らかにその様子を眺めていたカウラが渋い表情を浮かべる。

「でも8年で大尉に昇進なんて凄いですね」 

「そうだな、どこかの誰かは三週間で少尉候補生から曹長に格下げ食らったからな」 

「西園寺さん勘弁してくださいよ」 

 誠は自分の降格をネタにされて後ろで窮屈そうに座ることにすでに飽きているかなめを振り返る。

「そう言う誰かも一度降格食らったことが無かったか?」 

 カウラの皮肉にかなめは黙り込むことで答えようとしているように口をへの字に結んで外の枝だけが残された木々に視線を移していた。
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