レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第35章 エピローグ

エピローグ

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 老人は笑い始めた。それを見て一緒に意味も無く笑おうとしたシャムの頭を吉田がはたく。

「本当に素敵な方たちですねえ。西園寺様。あの人たちはあなたの身分を……」 

「身分?そんなものここじゃ関係ないですよ。それにアイツとあった頃のアタシもそう言う状況じゃなかったですから」 

 かなめは思わず照れて頭を掻く。その後ろにじりじりとアイシャは迫る。

「なに気取った口調でしゃべってるのよ。いつも通りの方がうどん食べに行くとき気が楽でしょ?」 

「オメエは食うことしか頭に無いのか!」 

 そう言って頭に当てていた手をアイシャに振り下ろすが、アイシャはそれを素早くかわしてシャムのところに顔を出す。

「怖いわよねえ……あんな化け物相手に怖かったでしょう?」 

「おい、アイシャ。一遍死んでみるか?」 

 じりじりと指を鳴らしながら近づくかなめをアイシャが振り返る。老人はそんな光景を笑顔で見つめていた。

「良いですね……仲間って感じがしますよ」 

 後頭部を殴られたせいでじっとその光景を離れてみていた誠に老人がつぶやいた。

「確かにうちはコンビネーションが売りですから」 

 そう言って苦笑いを浮かべる誠を老人は羨望の目で見つめる。

「こういう仲間がいれば……あいつも道を踏み違えたりしなかったでしょうね」 

 老人の目に再び涙が光る。どうすることも出来ずに誠はただ老人のそばでシャムと怒鳴りあいをはじめるかなめを見つめていた。

「なんだってこんなところに連れて来たんだ!ここは職場だぞ!動物園とは違うんだからな!」 

「何でよ!グレゴリウスもいるじゃないの!それにこの亀は前回のベルルカン出動の時に世話になった村長さんから貰ったのよ!粗末にしたらバチが当たるんだから!」 

「いや、ナンバルゲニア中尉。村長とバチは関係ないと思うぞ」 

 カウラまでも巻き込んで広がるどたばた。うなづきながら老人はかなめ達を見守る。

「おい!暴れんじゃないよー!」 

 ドアが開いて入って来たのは嵯峨だった。さらに明華と明石、部外者である安城までもが部屋に入ってきた。

「ったく……何やってんだよ。亀一匹の問題でそんなに熱くなること無いだろ?」 

「隊長!亀吉は私の大事なお友達だよ!ひどいよ!その言い方!」 

「すいません」 

 シャムに詰め寄られて嵯峨はすぐに頭を下げる。明華と安城は顔を見合わせてその頼りない隊長を見つめている。

「すいませんねえ。うちの餓鬼共は躾がなってなくて……」 

 頭を掻きながらそう言う嵯峨に痛々しい視線が集中する。嵯峨の浮かべた苦笑いは老人にも伝染した。

「でも楽しそうでいいじゃないですか。東都警察の仏頂面に比べたらずっとましですよ」 

 老人の言葉に東都警察との出動が多い同盟司法局機動隊の隊長である安城が大きくうなづいている。

「まあ人間味あふれる部隊と言えば格好が付きますかね」 

「あまり自慢にはならないんじゃ無いですか?そのキャッチフレーズ」 

 自分の言葉を明華に一言で否定されて嵯峨は泣きそうな顔をする。彼らを無視してかなめとシャムの口論は続いていた。

「勤務中に銃を携帯する必要なんて無いんだからね!」 

「そりゃお前がぼけてるだけだろ?常在戦場がアタシ等の気概として必要なんだよ。当然敵が出てくりゃ鉛弾の一発もくれてやるのが礼儀って奴だ」 

「お前は一発じゃすまないだろ……」 

「カウラちゃん。良いこと言ったわね」 

「お前等は黙ってろ!」 

 三対一。分の悪い勝負と悟ったように島田が持っていた銃を奪い取るとかなめはそのままホルスターにそれを差し込む。カチリと響く音で固定されたのを確認するとそのままシャムが頭を撫でている亀に近づく。

「しかし……なんでこんなのがいるんだ?」 

「そりゃあ吉田とシャムが車に乗せて運んだからだな」 

「そう言うことを聞いてるんじゃねえよ!叔父貴!」 

 亀の甲羅を叩きながらかなめの視線が嵯峨に飛ぶ。

「別にいいだろ。危険物を運んだわけじゃないし」 

「それ甘すぎだろ?ここは職場であって動物園じゃ無いんだ。ペットの持ち込みは……」 

「動物園は普通ペット持込禁止よね。動物が暴れるから」 

 減らず口を叩くアイシャをかなめがにらみつける。

「亀がいると何か邪魔になるのか?」 

「おい!叔父貴。普通職場に亀はいないだろ?」 

「すっぽん料理の専門店とか……」 

「うちはいつから料理屋になったんだ?」 

「ひどいよ隊長!亀吉を食べるなんて!」 

 うかつな一言でそれまで嵯峨の味方だったシャムまでも嵯峨を責める様な視線を向けてくる。その隣では他人の振りの吉田がニヤニヤと笑っている。

「食べるってのは……冗談?」 

「何で疑問形なんだ?」 

 そうかなめに突っ込まれると嵯峨は仕方が無いと言うように頭を下げた。

「さてと……これで失礼しますね」 

 老人の一言にようやくかなめは視線を上げる。

「あ!……ああ……」 

 自分の隠していた地がばれたことに気づいてかなめがうろたえる。それをニヤニヤしながら嵯峨が見上げる。この見慣れた光景を見ている老人の表情に、安心したような表情が浮かんだのを見て軽く頭を下げた。

 誠の行動ににこりと笑って老人は笑う。

「本当にすいません。西園寺はこういう奴なので……」 

 抗議するような視線のかなめを無視してカウラが老人に頭を下げる。

「いえいえ、素敵な人達ばかりで……アイツもあなた達に見送られて逝ったなら幸せだったんでしょう……」
 
 再び老人の目に涙が浮かぶ。そんな彼の肩を叩く明華の姿にそれまでの騒がしい応接室は沈黙に包まれていた。

「ああ、湿っぽいのはここには似合いませんよね。じゃあ、西園寺大尉には一つだけお願いをしたいのですけど……」 

 老人は涙を拭うと笑顔を作って黙り込むかなめを見つめる。

「ああ、できることなら何でもしますよ」 

 嵯峨を折檻するのをやめてかなめが立ち上がった。真剣なタレ目が見える。

「うちの店に……新港で営業始めますから。是非来てください」 

 かなめは大きく頷くがすぐにシャムと吉田を振り返った。

「かなめちゃんのおごりだもんね!」

「違うだろ!」 

 シャムを怒鳴りつけるかなめだが、隣の吉田やアイシャは大きく頷いてシャムのそばに一歩近づく。

「わかりました。新港に行くときは西園寺のおごりでうかがいます」 

「何勝手に決めてんだよ!カウラ!」 

 真剣な顔でカウラにまでそう言われて今度はかなめが泣きそうな顔になる。そんな光景を老人はうれしそうに見守る。

「では、お世話になりますね。これからも」 

 そう言うと一礼して老人は出て行った。

「たいへんだなあ……かなめ坊」 

 タバコの箱をポケットから取り出しながら応接室のソファーに座っている嵯峨がニヤニヤと笑う。

「まあうどんは嫌いじゃないからな。仕方ねえけど一回分くらいはおごってやるよ」 

 そのかなめの言葉にシャムは目を輝かせる。

「たいへんですね……西園寺さん」 

 誠は思わずそう言うが振り向いたかなめの笑顔の中で目が笑っていないことに気がついて口をつぐんだ。

「おう!それじゃあ練習するか」 

 かなめはそう言って立ち上がる。誠もカウラもその言葉の意味が分からずにいた。

「そうね、おじいちゃんはパーラに連絡とって駅まで送らせるから」 

 アイシャの一言に察して立ち上がったパーラはそう言うと腕の端末を掲げている。

「ランニングからですか?いつもどおり」 

 吉田の言葉にようやくかなめが言い出した練習が野球サークルのものだとわかって誠は嵯峨に目をやる。

「いいんじゃないのか?俺もしばらく運動してなかったしなあ」 

 立ち上がって伸びをする嵯峨に安城は冷たい目を向ける。その厳しい表情を見て嵯峨は諦めて腰を下ろす。

「安城隊長。ランニングくらいならいいんじゃないですか?どうせ隊長の運動不足解消の必要があるのは事実ですから」 

 小さなランが含み笑いを浮かべて嵯峨を見やる。

「そうね、十キロ走の訓練があるんでしょ?それに隊長自ら参加するのも悪くない話かもね」 

「秀美さん……それは無いですよ」 

 そう言いながら嵯峨は苦笑いを浮かべる。大きな亀を抱えたシャムがニコニコ笑いながらその光景を見守っている。

「じゃあ全員着替えてハンガーに集合!」 

 かなめはそう言って足早に応接室を後にする。

「しゃあねえなあ……」 

 諦めたように嵯峨は立ち上がって屈伸運動を始める。

「それじゃあお先に失礼します!」 

 誠はそう言うとそのまま応接室を後にした。そこには彼を待っていたかなめの姿があった。

「西園寺さん……」 

「なんだ?」 

 問いかけにかなめはぶっきらぼうに答える。そこにはいつものかなめがいる。先ほどまでの飾った姿ではなく、アイシャが言う『底意地の悪そうな表情』のかなめに誠は安心感を覚えた。

「とりあえず十キロ走って……お前はヨハンを立たせて50球ぐらい投げるか?」 

「やっぱり走るんですね」 

「そりゃそうだろ?安城隊長が見てるんだ。叔父貴も嫌とは言わねえだろ」 

 そう言うとかなめは女子更衣室に向かう。

「ご愁傷様!」 

「お前も走るんだよ」 

 遅れて出てきたアイシャ、それにカウラが声をかける。ただ黙ってうつむいて男子更衣室へ嵯峨はとぼとぼと歩く。

「隊長」 

「ああ、気にするなって。運動不足を何とかしたかったのは事実だしなあ」 

 そう言った後嵯峨は大きなため息をつく。再び取り戻した日常に誠はただ半分呆れながら足を突っ込んでいく自分を感じているだけだった。


                                  了
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