レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第34章 平々凡々

亡き息子のこと

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「本当にこのたびは……」 

 応接用のソファーに腰掛けながらかなめはそう切り出した。目の前の老人がおどおどとしている様を見て自分の胡州帝国宰相の娘、次期四大公筆頭候補と言う身分が恨めしく感じられた。

 老人は相変わらず黙っている。事件の始まりに彼のところを尋ねたときは彼女のそんな素性も知らずにうどん屋の亭主と客と言う関係だったと言うのに、この老人の息子、志村三郎の葬儀で老人が手にしている金色の一億東和円の入金されたカードを渡した時からどことなくぎこちない関係になってしまったことを後悔した。

「これ……なんですけど」 

 金色カードをテーブルに置いてかなめに差し出す老人。かなめからも老人の瞳には覚悟のようなものがあるのが見て取れた。

「一度……差し上げたものです。受け取れません」 

 恐らくこの様子を盗撮しているだろう吉田達はこのカードの中身を吉田から聞いてどよめいていることだろうと想像すると、かなめには苦い笑みが浮かぶ。

「でも……こんなことをしていただくことは……」 

「私と三郎さんが付き合っていたのは事実ですから」 

 そう言って笑顔を作っているが、老人はただテーブルの上のカードをさらに押し出すために手を伸ばすだけだった。

「ですから……私としても」 

「じゃあ、これを貰えば息子が帰ってくるんですか?」 

 老人の言葉にかなめは言葉が詰まった。かなめにははじめての経験だが、叔父である嵯峨の前に詰め寄る先の大戦中非人道的作戦に従事し、処刑された嵯峨の部下達の親達の姿でいつか自分も同じことを言われるだろうと思っていた。

 実際にそんな光景をぶつけられて初めてかなめは目が覚めたような気がした。

「知っていますよ。警察の人が来てアイツが何をしていたかはわかっていますから。じゃあなおさらこれはいただけません。人様のものは盗むな。商売は信用が大事だ。弱いものの気持ちを分かれ。いろんなことを教えましたが奴は一つだって守れないままなりばかりでかくなって……」 

 そう言う老人の目に涙が浮かぶ。かなめもようやく諦めてカードに手を添えて自分の手元に寄せた。

「アイツのしたことが許されないことだとはわかっています。命で償うような悪いことだって事も……でも奴はワシのたった一人の息子なのも事実ですから……」 

 老人が似合わない白いジャケットの袖で涙を拭う。かなめは何も言えないまま黙って老人を見つめていた。

「わかりました。これは受け取れないんですね」 

 かなめの言葉に静かに老人はうなづいた。ようやく気持ちを切り替えたように唇をかみ締めたまま老人は無理のある笑みを浮かべる。

「でも一つだけ……一つだけ教えていただけませんか?」 

 遠慮がちに老人が口を開いた。ためらいがちにかなめもうなづく。

「アイツは死ぬ前の日にうちの店に来て……突然、『俺は幸せなのかもしれないな』なんて言ったんですよ。アイツが……明らかに死ぬ前の数日。あなたと再会してからアイツは表情が変わったんです。そんな奴にとって……あなたにとって……あの馬鹿息子はどんな存在になりますか?」 

 老人の視線が痛くかなめに突き刺さった。かなめは黙ったまましばらく志村三郎という存在について考えてみた。

 かなめの沈黙はしばらく続いた。

 三郎と過ごした東都での工作活動任務中の日々。思い出しても割り切ることが出来るほど軽くはなかった。身体を任せたからと言うわけではなく、非正規部隊の隊員として任務遂行の為に近づいたシンジケートの中で頭角を現しつつあった野心に燃えていた三郎の笑顔が思い出される。だが、その任務が終わってもかなめは三郎と会う日々を過ごしていた。

 お互い会う必要など無かったのに、いつの間にか当然のように二人は同じときを過ごした。東都の租界でのシンジケート同士の抗争が激化し、同盟軍の部隊が侵攻した。それまでシンジケートに押されていた東都警察の包囲網が完成し、同盟機構の司法局員が駐留するようになって胡州軍は東都の権益を諦めてかなめにも帰国命令が出た。その時もぼんやりと密輸組織の元締めに収まって喜ぶ三郎のことを考えていたのは確かだった。

「確かに……東都といえば、まずアイツを思い出します」 

 弱々しくしか吐き出せない言葉にかなめは自分でも驚いていた。

「この街に再びやってきて、アイツと会おうと思ったこともあります……」 

 ここまで言葉を繋げてようやくかなめにも心の余裕が出来た。視線を上げると涙を浮かべる老人がかなめを見つめていた。

「でも……もう会えませんでした。何も再びここに来た時の身分が正規部隊の隊員だったからと言うわけじゃないんです。アイツがあのまま変わらなかった。むしろ以前は反吐が出ると言った組織幹部に成り上がったのが裏切られたと思っていたのは事実ですけど……でも……もう終わったことだったので……」 

「そうでしょう。それでよかったんですよ」 

 老人の目は優しくかなめを見つめていた。先ほどまで息子を殺された被害者の目だったそれが、優しくかなめのことを見守っている父親の目に変わっていた。

「今回の出来事もアイツの自業自得ですよ。ただ、アイツのことをこれからも心にかけてくれるのなら……おかしい話ですね。忘れろと言ったり忘れるなと言ったり。年をとるとどうにも愚痴っぽくなってしまって……。今のあなたは立派な将校さんだ。本当はアイツのことなんか忘れてもらいたいと言うのに……親馬鹿って奴ですか」 

 力なく笑う老人にかなめも無理に笑顔を作って見せる。老人は取って置きの白いジャケットからハンカチを出して涙を拭った。

「そうだ!私は商売人ですから。この前……東和政府から租界を出るための居住許可が出たんですよ」 

 租界から東都に渡るには多種多様な事務手続きが必要だった。かなめもその手続きに2~3年の時間がかかることを知っていた。我慢していた涙腺の疼きを笑顔が凌駕したおかげで少しばかり安心しながらうなづく。

「それで、実は新港に弟夫婦がいましてね。店舗の建物だけあるんだがって話が来てまして……」 

「お店、移るんですね」  

 ようやく救われたような話を聞いたかなめは溜まった涙を素早くふき取った。

「ええ、新港ですから。確か……司法局実働部隊の運用艦は新港を母港にしていましたよね?」 

 老人もようやくさっぱりとした表情でかなめに笑いかけてくる。かなめもまたそんな老人を見てようやく落ち込んだ気持ちから救われる気がした。

「じゃあ食べに行っても良いですよね」 

「もちろんですよ!それにそちらの技術者さん達が新港にもいるそうじゃないですか?」 

 笑顔の老人が言葉を飲み込んだのは、こつりと何かが当たってテーブルが動いたからだった。かなめはつい反射で腰の拳銃に手を伸ばした。

 再び机が動く。そして開け放たれたカーテンの下になにか丸いものが動いているのが目に入った。

「あれ、何でしょうかね……」 

 老人も気がついたように日向に動く丸みを帯びた物体に目を向けていた。

「駄目!かなめちゃん!駄目!」 

 ドアが突然開き、驚きの表情を浮かべていたかなめの目に、小さなシャムが映った。そして誠やカウラ、アイシャまでもが慌てた表情で飛び込んできて銃に手をかけていたかなめを取り押さえにかかる。

「なんだよ!何があった!」 

 まとわり付く誠の頭がカウラに押しのけられて胸に当たったので、とりあえずかなめは誠の首筋に肘鉄を叩き込んだ。

「あ!誠ちゃん!」 

 かなめの一撃でのされた誠にアイシャが手を伸ばす。拳銃を取り上げて安心したようにため息をつくカウラを見て、かなめはその襟首を掴んで引き寄せる。

「おい、説明しろ。何が駄目なんだ?どうしてここにお前等が乱入して来るんだ?」 

 だがカウラは視線を合わせずに窓の方に向かったシャムを見つめていた。

「怖くないよ。大丈夫……」 

 かなめから見てテーブルが影になって見えないところでシャムが何かと話をしていた。それに合わせてテーブルの隣の球状の何かが揺れている。

「ほう、これは大きな亀ですね」 

 老人は微笑むとシャムのところに歩いていく。

「亀?」 

 かなめの体から力が抜けた。そのまま座ってカウラとアイシャを見つめる。

「銃はいらないわよね。見ての通りシャムちゃんが飼ってる亀さんよ」 

「はあ?」 

 アイシャの言葉にかなめはしばらく思考が止まる。後頭部を押さえながら彼女の膝元で誠が意識を取り戻す。

「誠ちゃんも災難よねえ……暴力娘の一撃が当たるなんて。それにしてもシャムちゃんはなんでここに亀吉を連れてきたの?」 

 高さが1メートルはあろうかと言う立派な甲羅の持ち主を撫でているシャムが小首をかしげた。

「ああ、それは決まってるだろ?寒さに弱いからな。ベルルカンオオリクガメは」 

 扉のところで騒動を見つめていた吉田がそう言うとそのままシャムのところに向かう。

「車に乗せてきたってことは吉田……テメエは最初から知ってたんだな?」 

 指を鳴らしながら近づくかなめに吉田が迷惑そうに顔をしかめる。

「亀ぐらいいいじゃないか。こいつは草食だから人に危害を与えたりしないぞ」 

「そう言う問題じゃなくって!」 

 怒鳴るかなめに意識が戻り、後頭部を押さえている誠が迷惑そうに彼女を見つめた。

「ごめんな……ってお前のせいだからな!いきなり人の胸に抱きつきやがって!」 

「抱きついてないわよねえ?」 

「私が押したら胸に当たっただけだ。全部お前のせいだな」 

 アイシャとカウラの言葉にかなめの言葉が詰まる。そんなかなめ達のやり取りを老人は笑顔で見つめていた。
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