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第33章 死闘
一件あって
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『悪夢のような厚生局襲撃事件』と報道された出動から一週間が経っていた。
「シャム!早く片付けろよ!」
司法う局実働部隊のハンガー。並べられたアサルト・モジュール達の前で剣道の胴着に身を包んだランが叫んだ。誠は目の前のシャムに正眼に構えた竹刀に力を入れる。
今日の訓練メニューは珍しく剣道だった。誠が剣術道場の跡取りと言うことで始まった第一小隊対第二小隊の剣道勝負もすでに5回目を迎えていた。成績は第一小隊の全勝。先鋒で出てくるシャムの前にすでに先鋒のカウラ、次峰のかなめ、助っ人の中堅アイシャ、副将のこれも助っ人の島田が倒されていた。
「ヤー!」
雄たけびを上げながら誠はさらにじりじりと間合いをつめる。140cmに満たないシャム。手にした竹刀も普通のものより二割も短い。だが、運動量を生かしたフットワークでいつも誠はその突進の前に倒れていた。
『間合いを取れば勝てると簡単に考えたのがいけなかったんだな……アウトレンジからの奇襲が得意なナンバルゲニア中尉だ。逆に間合いを詰めれば……』
だがシャムの左右への飛ぶような動きの前に攻撃に集中できない誠に勝機があるわけがなかった。すぐに面の下にシャムの笑みが広がるのが見えた瞬間、シャムは竹刀を誠の長いそれに絡ませて思い切り振り上げる。自信があるはずの誠の握力でもそれが飛ばされるのを防ぐことなど出来なかった。
そして飛んでいく竹刀を確認してから誠の面にシャムの一撃が落ちてくる。
「はい!面一本!それまで」
正審をしていた司法局実働部隊運用艦『高雄』火器管制官、パーラ・ラビロフ中尉の声が響く。もはや第一小隊の勝ちが当たり前になって賭けさえ成立しないので無関心な整備員達がやる気のない拍手をシャムに送る。
「神前!また負けやがって!」
面を取ったばかりの誠の首を飛び出してきたかなめは掴んで締め上げた。
「苦しいですよ!マジで!」
誠の叫びを無視してかなめは誠の頭を振り回す。
「西園寺!テメーも負けた口じゃねーか!もっと善戦をねぎらってやれよ!」
第一小隊の大将である小学生用の胴着に身を包んだランが笑いながら軽口を飛ばす。
「でもさあ」
「デモもストライキもねーってんだよ!シャムに手も足も出ないで負けた奴に神前を攻める権利なんてあるわけねーだろ?じゃあ罰ゲームだ。いつもどおり胴着を着たまま十キロマラソン。ちゃんと身体はほぐしとけよー」
あっさりとそう言うとランはそのまま更衣室のあるハンガーの奥へと消えていった。
「ったく……神前の馬鹿が」
「しょうがないじゃないの。相手はシャムちゃん。短剣で暴れたらそう簡単には倒せない相手よ。まあ、誠ちゃんは剣術指南役としていつかは倒さないといけない相手だけど」
アイシャが意味ありげな笑みを浮かべる。カウラはただいつものこんな穏やかな日常に満足しているように満面の笑顔で誠を見つめている。
「またかよ……次回はサラに頼もうかな、助っ人」
「正人!何で私に振るのよ!」
座り込んだまま面をいじりながら誠を見上げていた島田の一言にサラが抗議する。
「にぎやかだなあ」
そこにスーツ姿の落ち着いた雰囲気の女性が現れた。安城秀美少佐。遼州同盟司法局の機動特殊部隊、「特務公安隊」の指揮官を勤める女性サイボーグだった。
「安城隊長……その人は?」
パーラが聞くのは見慣れない小柄な老人がその隣に立っていたからだった。老人はかぶっていた鳥打帽を脱ぐと頭を下げる。
「あっ」
老人の視線がかなめに注がれる。先の事件の加害者とも被害者とも言える人身売買組織を仕切っていた志村三郎。その父親のうどん屋の亭主であることが分かり場が一瞬静まり返る。
「ああ……どうも」
そんな姿に剣道の試合で第二小隊の応援の為に手にタンバリンを持っていた運用艦『高雄』艦長、鈴木リアナ中佐も頭を下げ、隣では安城が困ったような表情を浮かべていた。
「工場の正門で困った顔してたから乗せてきてあげたの。西園寺大尉!」
「はい!」
凛とした安城の声にかなめは最敬礼で答える。その顔はいつもの斜に構えたかなめではなく気恥ずかしさを押し隠している無表情をまとっているように見えた。
「お客さんは案内したからね!じゃあ私はあの昼行灯のところに行くからよろしく」
老人を置いて安城はそのままハンガーの奥へと進む。
「かなめちゃんのお客さん」
「あの志村さんのお父さん?」
「はい……」
誠の言葉に一同の目が老人に向けられた。うどん屋で見た景気の良い大将の姿はそこにはなく、明らかにどこか借りてきた猫のようにそわそわして見えることが誠には気になった。そしてランも冷めた瞳で老人を見つめているかなめに目をやった。
「ちょっと近くまで用事がありまして……西園寺の姫様。よろしいでしょうか?」
顔を上げた老人にかなめがうなづく。
「サラ!茶を用意してくれ。あとクバルカ中佐。会議室使うんで!」
「ああ、いいぞ」
ランの許可を取るとかなめはそのまま安城が消えた技術部の詰め所の方へと足を向けた。ハンガーで剣道の試合を眺めていた人々はただ呆然と彼女を見送るだけだった。
「サラ。アタシも手伝ったほうがいい?」
「うん……お願い!」
アイシャの言葉にサラは答えると奥の給湯室へと消えていった。それを見送ったアイシャがいつの間にかこの光景を他人事のように見つめていた吉田の隣に立っていた。
「覗きの依頼か?なんだよ趣味が悪いな」
「部隊の部屋のすべてに隠しカメラとマイクを仕掛けた本人の台詞じゃないわねそれは」
アイシャがにんまりと笑う。吉田が頭を掻く。いつの間にかその周りにはカウラ、ラン、島田、菰田。そしていつもどおりシャムの姿がある。
「じゃあ付いて来い」
そう言うと吉田は諦めたようにハンガーの奥の階段を上り始める。誠もアイシャに引っ張られてその群れに従って歩いていく。
いつもどおり忙しそうな管理部を抜け、嵯峨に呼ばれたのか隊長室に入る管理部部長高梨渉参事の呆れたような視線を無視して一同は冷蔵庫と呼ばれるコンピュータルームにたどり着いた。
「シャム!早く片付けろよ!」
司法う局実働部隊のハンガー。並べられたアサルト・モジュール達の前で剣道の胴着に身を包んだランが叫んだ。誠は目の前のシャムに正眼に構えた竹刀に力を入れる。
今日の訓練メニューは珍しく剣道だった。誠が剣術道場の跡取りと言うことで始まった第一小隊対第二小隊の剣道勝負もすでに5回目を迎えていた。成績は第一小隊の全勝。先鋒で出てくるシャムの前にすでに先鋒のカウラ、次峰のかなめ、助っ人の中堅アイシャ、副将のこれも助っ人の島田が倒されていた。
「ヤー!」
雄たけびを上げながら誠はさらにじりじりと間合いをつめる。140cmに満たないシャム。手にした竹刀も普通のものより二割も短い。だが、運動量を生かしたフットワークでいつも誠はその突進の前に倒れていた。
『間合いを取れば勝てると簡単に考えたのがいけなかったんだな……アウトレンジからの奇襲が得意なナンバルゲニア中尉だ。逆に間合いを詰めれば……』
だがシャムの左右への飛ぶような動きの前に攻撃に集中できない誠に勝機があるわけがなかった。すぐに面の下にシャムの笑みが広がるのが見えた瞬間、シャムは竹刀を誠の長いそれに絡ませて思い切り振り上げる。自信があるはずの誠の握力でもそれが飛ばされるのを防ぐことなど出来なかった。
そして飛んでいく竹刀を確認してから誠の面にシャムの一撃が落ちてくる。
「はい!面一本!それまで」
正審をしていた司法局実働部隊運用艦『高雄』火器管制官、パーラ・ラビロフ中尉の声が響く。もはや第一小隊の勝ちが当たり前になって賭けさえ成立しないので無関心な整備員達がやる気のない拍手をシャムに送る。
「神前!また負けやがって!」
面を取ったばかりの誠の首を飛び出してきたかなめは掴んで締め上げた。
「苦しいですよ!マジで!」
誠の叫びを無視してかなめは誠の頭を振り回す。
「西園寺!テメーも負けた口じゃねーか!もっと善戦をねぎらってやれよ!」
第一小隊の大将である小学生用の胴着に身を包んだランが笑いながら軽口を飛ばす。
「でもさあ」
「デモもストライキもねーってんだよ!シャムに手も足も出ないで負けた奴に神前を攻める権利なんてあるわけねーだろ?じゃあ罰ゲームだ。いつもどおり胴着を着たまま十キロマラソン。ちゃんと身体はほぐしとけよー」
あっさりとそう言うとランはそのまま更衣室のあるハンガーの奥へと消えていった。
「ったく……神前の馬鹿が」
「しょうがないじゃないの。相手はシャムちゃん。短剣で暴れたらそう簡単には倒せない相手よ。まあ、誠ちゃんは剣術指南役としていつかは倒さないといけない相手だけど」
アイシャが意味ありげな笑みを浮かべる。カウラはただいつものこんな穏やかな日常に満足しているように満面の笑顔で誠を見つめている。
「またかよ……次回はサラに頼もうかな、助っ人」
「正人!何で私に振るのよ!」
座り込んだまま面をいじりながら誠を見上げていた島田の一言にサラが抗議する。
「にぎやかだなあ」
そこにスーツ姿の落ち着いた雰囲気の女性が現れた。安城秀美少佐。遼州同盟司法局の機動特殊部隊、「特務公安隊」の指揮官を勤める女性サイボーグだった。
「安城隊長……その人は?」
パーラが聞くのは見慣れない小柄な老人がその隣に立っていたからだった。老人はかぶっていた鳥打帽を脱ぐと頭を下げる。
「あっ」
老人の視線がかなめに注がれる。先の事件の加害者とも被害者とも言える人身売買組織を仕切っていた志村三郎。その父親のうどん屋の亭主であることが分かり場が一瞬静まり返る。
「ああ……どうも」
そんな姿に剣道の試合で第二小隊の応援の為に手にタンバリンを持っていた運用艦『高雄』艦長、鈴木リアナ中佐も頭を下げ、隣では安城が困ったような表情を浮かべていた。
「工場の正門で困った顔してたから乗せてきてあげたの。西園寺大尉!」
「はい!」
凛とした安城の声にかなめは最敬礼で答える。その顔はいつもの斜に構えたかなめではなく気恥ずかしさを押し隠している無表情をまとっているように見えた。
「お客さんは案内したからね!じゃあ私はあの昼行灯のところに行くからよろしく」
老人を置いて安城はそのままハンガーの奥へと進む。
「かなめちゃんのお客さん」
「あの志村さんのお父さん?」
「はい……」
誠の言葉に一同の目が老人に向けられた。うどん屋で見た景気の良い大将の姿はそこにはなく、明らかにどこか借りてきた猫のようにそわそわして見えることが誠には気になった。そしてランも冷めた瞳で老人を見つめているかなめに目をやった。
「ちょっと近くまで用事がありまして……西園寺の姫様。よろしいでしょうか?」
顔を上げた老人にかなめがうなづく。
「サラ!茶を用意してくれ。あとクバルカ中佐。会議室使うんで!」
「ああ、いいぞ」
ランの許可を取るとかなめはそのまま安城が消えた技術部の詰め所の方へと足を向けた。ハンガーで剣道の試合を眺めていた人々はただ呆然と彼女を見送るだけだった。
「サラ。アタシも手伝ったほうがいい?」
「うん……お願い!」
アイシャの言葉にサラは答えると奥の給湯室へと消えていった。それを見送ったアイシャがいつの間にかこの光景を他人事のように見つめていた吉田の隣に立っていた。
「覗きの依頼か?なんだよ趣味が悪いな」
「部隊の部屋のすべてに隠しカメラとマイクを仕掛けた本人の台詞じゃないわねそれは」
アイシャがにんまりと笑う。吉田が頭を掻く。いつの間にかその周りにはカウラ、ラン、島田、菰田。そしていつもどおりシャムの姿がある。
「じゃあ付いて来い」
そう言うと吉田は諦めたようにハンガーの奥の階段を上り始める。誠もアイシャに引っ張られてその群れに従って歩いていく。
いつもどおり忙しそうな管理部を抜け、嵯峨に呼ばれたのか隊長室に入る管理部部長高梨渉参事の呆れたような視線を無視して一同は冷蔵庫と呼ばれるコンピュータルームにたどり着いた。
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