レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第26章 人として

人でなし

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 同盟司法局本局ビルの地下駐車場に車を停めたカウラがそのままエレベータへ向かうと、入り口近くの喫煙所でタバコを吸う嵯峨の姿を三人は見つけた。

「おう」 

 そう言って軽く左手を上げた嵯峨の表情に誠は目を引かれた。明らかにその視線は疲労の色を帯びている。いつものようによれよれのトレンチコートにハンチング帽をかぶり、めんどくさそうに火のついたタバコを備え付けの灰皿に押し付けている。

「隊長、お疲れのようですが」 

「おい、ベルガー。それは俺の台詞だよ」 

 そこまで言って嵯峨が大きくため息をついた。そしてそのまま誠に向ける瞳にはいつものにごった嵯峨の視線が戻っていた。

「茜のとこの会議。俺も出ていいかな?」 

 それでも明らかに余裕を感じさせる嵯峨の態度に誠は苦笑いで答えた。それを見ていつもなら噛み付いてみせるかなめも苦笑いを浮かべながらカウラを見上げる。

「私達にそれを拒否する権限はありません。茜さんに聞いてください」 

 そう言って敬礼をしてそのまま横を通り過ぎようとするカウラを見て呆然と口を開けていた嵯峨が慌てたように三人の後についてくる。エレベータが開き乗り込むときも妙に卑近な笑みを浮かべながら嵯峨はおとなしく付き従っていた。

「今回はマジでごめんな。俺も完全に裏をかかれたよ」 

 そう言って帽子を手にして嵯峨は苦笑いを浮かべる。その弱弱しい笑みを見て誠は嵯峨が珍しく本音を吐いたと直感した。

「いつも人の裏ばかりかいているからじゃないですか?」 

 振り返って嵯峨を見つめるカウラの鋭い視線に嵯峨は目をそらした。エレベータが減速を始め、止まり、そして扉が開く。すでに定時を過ぎたとは言え、法術犯罪の発生により同盟司法局本局のフロアーには煌々と明かりがともされていた。端末に向かい怒鳴りつけるオペレーター。防弾チョッキを着込んで出動を待つ機動隊の隊員が見える。

「あちらさんも大変みたいだ」 

 嵯峨が指差す先では遼南軍の制服の兵士達がついたてに沿ってずらりと並べられた端末の前で囁きあっている。そこには遼南山岳レンジャー部隊の仮設指揮所があった。

「裏をかかれたのはライラの姉貴のところも同じだってことだろ?あの化け物をやっつけた三人の法術師の存在は誰も予想してなかったからな」 

 黙っていたかなめはそう言いながら先を振り向かずに司法局長室に続く廊下へと向かった。次第に背後の喧騒から解放された誠達の前に調整本部長でもある明石が自室から出てきた姿が目に入った。

「あれ?おやっさん」 

 不思議そうな表情で嵯峨に敬礼する明石を見て、部屋の置くから茜が顔を出した。

「お父様、何しにいらしたのかしら?」 

「おいおい、ひでえ歓迎だな。俺がいるのがそんなに不服か?」 

 嵯峨は思わず苦笑いを浮かべる。トイレに行くのだろう、そのまま明石は廊下を誠達が来た道を戻る方向に素早く歩き始める。

「おう!雁首そろえての密会に俺を誘ってくれないとは……つれないねえ」 

「隊長。暇なんですか?」 

 嵯峨の言葉にやり返すランだが、隣にはうつむいているサラの姿があるのを見て全身に緊張が走るのを誠は感じていた。暗い表情のサラの隣、応接用のソファーの一番奥に島田が頭を掻きながら座っている。その右手には血で染まった包帯が巻かれていた。

「ちょっと手を切っただけですよ。もう……ほら!」 

 血で固まってなかなか解けない左腕の包帯を無理に引き剥がしてかざして見せる。そこにはそれまで白い包帯にこびりついていた血がどこから流れ出たのか分からないほどのいつもどおりの島田の手があった。

「やっぱりオメーも『エターナルチルドレン』なんだな」 

 ようやく明石の部屋の応接ソファーに身を投げて足の長さが足りないのでぶらぶらさせているランが島田に目を向ける。その言葉に島田は引っかかるような笑みを浮かべて再びソファーにもたれかかった。

「面倒なものだよなあ、擦り傷から心臓や額に穴をあけられても自然に治っちまう」 

 嵯峨の言葉に島田は愛想笑いを浮かべる。

「でも……私……」 

 そんな島田の手を見てサラは震えていた。

「気持ち悪いだろ?隊長の言うとおりなんだ。俺は簡単には死ねないんだ。細胞の劣化もほとんど無くただ生き続けるより他に仕方が無い、そんな存在なんだ」 

「え?便利じゃねえか。アタシみたいに身体を使い捨てに出来るサイボーグだって脳の中枢と脊髄の一部は替えがきかねえんだぞ」 

 かなめの言葉に島田が力なく笑う。だがその隣にいつの間にか座っていたカウラは手に端末を持って隣でそれを覗き込んでいる茜と小声で囁きあっていた。

「なんだ、ベルガーのとこの博士もお手紙をよこしたのか?」 

 ランがテーブルに置かれていた自分の端末を覗きこんでつぶやく。その様子を立ったままで嵯峨が見下ろしていた。

「ああ、隊長!座っといてくださいよ!」 

 帰ってきた明石を見て嵯峨は仕方が無いと言うように端末のキーボードを叩いているラーナの隣の椅子を引っ張って、誠達の座るソファーの前の応接用のテーブルに持ってきて腰掛けた。

「状況は悪いな……と言うか……」 

 そんな嵯峨の一言に奥で茜が唇をかみ締めているのが見えた。

「茜、お前を責めてるわけじゃないんだ。俺達が動けるのは何かがあった後の話だ。今回、法術の違法研究の証拠が出てきてからようやくお前さんのところにも捜査の依頼があったわけで、その頃にはすでに手遅れになってたのかも知れないしな」 

 沈黙が部屋に漂う。

「とりあえず証拠の完全隠滅だけは阻止したんやから。ええ仕事したと思うとるでワシは。後はそのさきどう落とし前をつけるかだけ」 

 明石の声に静かにかなめがうなづいた。

「良いこと言うねえタコ。なあベルガー……幾つか収穫はあったんだよ」 

 嵯峨の言葉で二人きりで話を進めているカウラと茜のほうに一同の目が向いた。

「とりあえずこれを見ていただけますかしら?」 

 そう言って茜は手にした端末を操作する。明石の机の上に大きめな画像が展開し、表が映し出された。

「なんだ……こりゃ?」 

 嵯峨がこめかみを押さえながらつぶやく。それを一瞥した後、カウラが立ち上がった。

「これは北博士の指揮による工程表です。彼らは同盟厚生局から得たデータを元に実戦投入可能な法術師を三名調整していたと思われます。彼らに施す手術や投薬、訓練に関するデータがここに記されています」 

「厚生局?その表情じゃー任意で引っ張るのも難しいくらいのデータしか無かったって顔だな」 

 緊張している茜にランが声をかける。幼い見た目に関わらず実戦を潜り抜けた猛者であるランの言葉には余裕すら感じられて、誠には不安げな茜の表情が少しだけ和らいで見えた。

「残念ながらその通りですわ。この工程表の原本はたぶん厚生局の監修によるものと推測されます。ですけどあくまでそれは推測。推測で非人道的な技術が使用されているというだけで役所を一つ敵に回すのは……」 

「そのデータは後でヨハンに送っておけ。で?」 

 嵯峨の目が鋭く光って娘の茜を捕らえる。ようやくペースがつかめたというように茜は画面を切り替えた。

「さっき言いましたけど、最初からこの計画では三人の法術師の養成が目的とされていたのは先ほどの工程表から判明いたしました。ですが、それなら私達がこの事件に気づくきっかけになった明らかに失敗としか思えない法術暴走の犠牲者や同盟本部ビルを襲った少女達はなぜ作られたか……」 

 そう言って茜は島田を見つめた。やりきれない思いのようなものを感じてか、目をそらした茜は大きく深呼吸をして画面に動画を映し出す。

 その中央には肉の塊が浮かんでいた。ぼこりぼこりとその床に付く面からはオレンジ色の部屋の照明に照らされながらなんとも知れない液体が流れている。

「なんだよ、これは」 

 嵯峨ですらその光景に目を丸くしていた。茜の言いたいことは誠にも分かった。それが法術師の成れの果てだということ。そしてそれが一人の法術師のものでないことは何本かの突起が人の腕や足であることが見えたところで分かってきた。

 それに完全密閉の防護服を着た技師が巨大な注射器のようなものを突き立てる。表面の膜をうごめかせながらそれを受け入れるかつて人であったもの。

「こんなのを作ろうとしたわけか?」 

 嵯峨の言葉にカウラがうなづく。

「片桐博士のデータによると、工程表にある『α波遮断型血清254』と言うのを製造するために作られた生体プラントだそうです。この組織に送られた法術適正者はこれを製造するために使用されたことが工藤博士の手記からも裏付けられています」 

「その過程で生体プラントに使用できない法術師を廃棄処分にしようとして逃げられたのが……」 

 かなめが唇をかみ締めている。その怒りを溜め込んでいるような視線に誠は思わず目をそらしていた。

「これが人間のやること……なんですかね」 

 震える声で島田がつぶやく。その隣には画面の不気味な塊に恐れをなして彼の腕を掴んでいるサラの姿もある。

「つまりコイツの移動さえ出来れば、後の施設はどうとでもなると……まあ他の必要な資材は三人の博士の全面協力と……」 

「厚生局をはじめとするシンパの公的機関と大学、病院、研究機関からの補給ですぐに復活が出来るってわけか」 

 嵯峨の震える声をランが強い調子で受け継ぐ。

「そして三人の調整済みの法術師の試験運用が例の同盟本部ビル襲撃事件……」 

「つながりましたね」 

 そう言って茜を見るラーナだが、茜の表情は暗いままだった。

「そうだつながっちまった」

 嵯峨はそうこぼすと静かにうなづきながら茜を見つめた。
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