レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第22章 娯楽

目覚め

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「痛み?」 

 誠は目を覚ました。布団から転がり出ていつも漫画を描いている机の脚に額がぶつかっている。そして足元に人の気配がしたのでそちらを寝ぼけた視線で見つめた。

「大丈夫か?そんな格好でいたら風邪を引くぞ」 

 緑の髪の女性に視線を合わせる。ドアから顔をのぞかせたカウラがそのまま上体を持ち上げようとする誠のそばに座った。

「ああ、カウラさん。おはようございます」 

「とっとと顔を洗え。それと鍵は閉めておくものだぞ」 

 そう言ってカウラはドアの外に消えていく。それを呆然と見守りながら誠は先ほどの夢を思い出していた。

 昨日の同盟本部ビルの前で画面の向こう側で膨張した肉片と化した少女。恐らくは嵯峨やシャム、ランそして島田が持っている法術再生能力の暴走がその原因であることは理解していた。本来は意識でコントロールしている体組織の安定が損なわれたことがあの巨大な肉塊となった原因だった。そしてその能力は誠には無かった。

「でもなあ!」 

 自分にはありえない事故だとしても、もしかして……。そう思うと夢の中の体が崩壊していく感覚を思い出す。誠はそのまま布団の上にドスンと体を投げた。

 カウラが去ったドアを見ながらしばらく誠は呆然と部屋を見渡す。額を流れる脂汗。寒い部屋とは思えないその量を見て苦笑いを浮かべるとそのまま二度寝に入る。

「なによ、まだ寝てるの?」 

 意識が消えかけたところで今度はアイシャの声が耳元でした。誠は驚いて飛び起きた。そんな誠をジャージ姿で見守っているアイシャはシャワーを浴びたばかりのようで石鹸の香りがやわらかく誠を包み込んでいた。

「起きてますよ」 

 そう言って誠は再び体を起こす。アイシャはタオルで巻いた紺色の長い髪に手をやりながら誠の机の上の書きかけのイラストに目をやる。

「ああ、今回のコミケは私達はお手伝いはしなくていいんだったわね」 

 突然そんなことを言いながらアイシャは今度は本棚に向かう。そこには堂々と18禁同人誌が並んでいるが、同じものをコンプリートしているアイシャはさっと見ただけでそのままドアに向かう。

「なんだか寝ぼけた顔ね、シャワー浴びた方が良いんじゃないの?今なら空いてるわよ」 

 そう言ってアイシャが何事も無かったかのように部屋から消える。目が冴えてきた誠は立ち上がると押入れの中の収納ボックスから下着を取り出した。

「おい!元気か……って。寒いからって爺さんみたいに腰を曲げやがって!」 

 今度は朝からかなめの高いテンションの声が響く。下着とタオルを手にして誠が立ち上がった。

「おう、シャワーか?今なら空いてるぞ」 

「知ってます」 

 そう言うとそのまま誠はドアに向かう。

「なんだよ、妙に暗いじゃねえか」 

 廊下に出てもかなめは珍しく誠に張り付いている。不安な部下に対するというより元気の無い弟を見守るような表情でかなめは階段を下りる誠についてくる。

「あのー」 

 シャワー室の前の廊下で誠が振り返るとかなめは真っ赤な顔をしていた。

「分かってるよ!早く飯食わねえと置いてくぞ!それが言いたかっただけだからな!」 

 そう言ってかなめは食堂に向かう。誠は彼女がちらちらと振り向いているのを確認した後シャワー室に入った。服を脱ぎ終えて誠はシャワーを浴びた。まだ夢の続きのように全身に力が入らないような気分が続いていた。

「おう、お前がいたのか」 

 島田の声がしたので振り向いたが、すでに島田は隣のシャワーに入っていた。

 彼の声で島田が嵯峨達と同じ法術再生能力の持ち主であることを思い出して誠ははっとする。それがわかっても誠にどう島田に声をかけるべきかと言う考えは浮かばなかった。

 シャワーの音だけが響く。沈黙が続いた。誠は耐えられずに頭のシャンプーを流し終わるとすぐにタオルで体を拭いて出て行こうとした。

「今日からが正念場だな」 

 シャワー室から出ようとする誠に島田の声。誠は大きくうなづくとドアを開ける。そしてそこでドアに顔面を強打して倒れているかなめとアイシャ、そしてサラの姿にため息をついた。

「何してるんですか?」

 思わず誠はそう尋ねた。

「何でもない!何でもないって!」

 アイシャがそう叫んで食堂に消えていく。かなめとサラは取り残されまいとそそくさとそのあとに続いた。

「なんだかなあ……」

 誠は苦笑いを浮かべながらタオルに手を伸ばした。
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