レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
378 / 1,503
第12章 謹慎

ヤバい連中

しおりを挟む
「オメエ等も餓鬼じゃない。それどころかきっちり軍事訓練を受けた兵隊だってことは知ってる。だがな。租界に足を踏み込むってことはだ。そんな兵隊さん達の寝首を掻くことぐらい造作もなくやってのける化け物達に目を付けられる可能性があるってこった。まあ、今時そんな凄腕が東和くんだりで商いやってるとは思えねえがな。遼州の火薬庫。ベルルカン大陸の失敗国家の紛争地帯に行けばそう言う連中の手ならいくら出しても買いたい奴は五万といる。ただ、そいつ等が里心がついて租界のゲットーに舞い戻ってる可能性も捨てきれねえ」

 物騒なことを言う割に、かなめの顔は笑っていた。

「西園寺の言う事は大げさに聞こえるかもしれねーが、アタシも西園寺もその慎重さゆえに今があるんだ。だからアタシからも言っておく。本当にヤバい奴に出会って、その場にアタシ、西園寺、隊長、吉田、シャム、この五人が居ないときは逃げろ。もし東都の中での出会いなら、あの店に飛び込んであのデブにそれについて説明して保護を求めろ。まあ、順番は逆だが、同じことは第三小隊の連中には説明済みだ」

 ランはそう言って笑った。その表情には強がりのようなものがあった。

「らんちゃん。隊長と吉田さんなら確かにそんな物騒な連中とでもやりあえると思うけど……シャムちゃんがなんで入ってるの?あの娘、そんなに強いの?」

 不思議そうにそう言うアイシャの言葉に全員がうなづく。誠もアイシャと同じ疑問を持った。

 遼南内戦の無敵のエース。撃墜数198機。確かにシャムの十年前の戦績は常識を超えているのは分かる。だが、だれから見ても彼女は十歳ぐらいの小さな女の子である。戸籍上は三十代だが,そう言って信じる者は誰もいない。

 確かに彼女が一流の法術師だということも誠も知っている。だが、それならば誠も第三小隊小隊長の嵯峨かえで少佐も小隊長である。誠にも自分の身は自分で守れるくらいの自信はあるし、それなりに危険な任務にもあたった経験のあるかえでまでもがシャムと比べて劣っているとは思えない。

「あの馬鹿か?アイツは特別製だ。オメー等はアイツのヤバさにまだ気づいちゃいないようだが……本気のあいつを敵に回した時の怖さってのを知っていて墓の下に入っていないのはアタシと吉田だけだ。アイツに護衛を付けようなんて酔狂はあいにくアタシは持ち合わせていなくてね」

 ランは言葉を選びながらそう言った。そして最後に自嘲気味に笑う。その仕草はとても話題の小さな騎士、シャムよりさらに小さいランのものとは思えない。

「本気って……なんですかそれ?なんか、ナンバルゲニア中尉はもの本のバケモンで二段変身でもするってんですか?」

 あまりにランの態度が脅しに入ってきているのが気に入らないのか、島田がいちゃもんをつける。

「島田よ。それはさっき狙撃兵相手にビビってた奴の言っていいセリフじゃねえな。アタシも本気のシャムって奴を生で見たわけじゃねえが、哀れな敵だった吉田とこのチビ隊長。それとあのちっちゃな悪魔の上司だった叔父貴から聞いた話を総合するとシャムってのは相当ヤバいバケモンだ。まあ、血塗られた戦場って奴をくぐってない幸せな平和な兵隊さんには一生分からないだろうがな。神前!カウラ!アイツが同僚でいる間に見ないで済むといいねえ、本気のシャムって奴」

 かなめは感情のない笑みを浮かべながらそう言った。誠はかなめがそう言う表情を浮かべるときは嘘や冗談を言う時ではないことを知っていた。

「でも、あんなに仲間思いのシャムちゃんでしょ?本気を出したら鬼に金棒じゃない」

 ひとしきり考えを巡らせた後、アイシャはそう言った。かなめとランはその言葉にため息をついた。

「まあ、理屈はそうだがな。ただ、ぶつかって玉砕したアタシの経験から言えば、本気のシャムが敵とか味方とか、そう言う人間なら誰でも理解できる尺度で動いてるとは思えねーな。なあに、そんな出来事がそうそう起こるなんて……あのシャムをもう一度拝むなんて……まあないだろうな」

 ランの顔に一瞬だけ怯えの色が入ったことを誠は見逃さなかった。沈黙が流れる。ランとかなめが口を開かないのはシャムの本気の怖さをみなに知らしめた。

「怒りに我を忘れてバーサークするんですか?」

 沈黙に耐えられず、手を挙げたサラがそう呟いた。黙って目を閉じていた隣の茜、ラーナが言葉の先、ランに視線を向ける。

「バーサーク?意識が飛んで、敵味方関係なく殺戮を開始するってことか?まあ、その程度で済む話ならアタシ等の理解の藩中だからな。どうにか手の打ちようがある……ってあれは実際実物を見るまで理解できねーだろうな。オメー等にできることはそう言う事態が起きないことだけだ。まあ、そんな事態が起きないように祈るってのがアタシ等にできる唯一のことかな」

 力なくランは微笑んだ。

「なあに、アタシ等が言いたいのはだ。アイツを守ろうなんて思う必要はねえってことだ。カウラ、アイシャ、神前。お前等のシャムに対する態度。見ていて歯がゆかったぜ。テメエのケツも拭けねえ半人前が人を守ろうなんざお笑い草だ。ここに配属になったらまず自分が生きる方法を考えろ。人を守るなんて一人前の兵隊の言うセリフだ。アタシやランに言わせれば……オメエ等はまだまだ……」

 かなめはそう言って再び加熱式タバコを取り出した。

「でも、私達軍人でしょ?」

 立ち上がったアイシャがそう言って机を叩く。

「まあな。だが、あのうどん屋の親父レベルになると、普通の兵隊なんて射撃の的のスイカ同然だ。シャムもそっち側の人間だってことだ。そんな連中を前にしたらオメー等は無力だ。アタシ等の言う通り黙って逃げろ」

 冷酷なランの言葉に誠達は打ちのめされた。

「で、オメエ等。アタシ等の話は分かったか?」

 そう言ってかなめは周りを見回す。

「西園寺はともかく、クバルカ中佐が嘘を言うとは思えないからな。私も犬死はするつもりは無い」

 カウラは静かにうなづいて隣のアイシャを見る。

「私だって死にたくないわよ!」

 自分の胸を叩きながらアイシャは激しくそう言った。

「私も嫌……正人は?」

「馬鹿!俺だって!」

 サラと島田も叫んだ。

「お父様もご存じとあれば、私(わたくし)に異存など……ラーナは?」

「へっへっへ、まあアタシも……死ぬのはしばらく先の方が……いいかと……」

 法術特捜コンビの茜とラーナもそう言った。

「おい、神前。オメーもそうか?」

 ランは一人黙って自分を見つめている誠に声を掛けた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

潜水艦艦長 深海調査手記

ただのA
SF
深海探査潜水艦ネプトゥヌスの艦長ロバート・L・グレイ が深海で発見した生物、現象、景観などを書き残した手記。 皆さんも艦長の手記を通して深海の神秘に触れてみませんか?

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

魅了だったら良かったのに

豆狸
ファンタジー
「だったらなにか変わるんですか?」

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...