レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第12章 謹慎

談合

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『おう、ちんちくりん。今日も西園寺のお嬢さんと二人か?』

 素早く店に飛び込んだランに向けて、亭主と思われる男の怒鳴り声が店の前で入るのを逡巡していた誠達にも聞こえてきた。 

「口の悪い親父だな……客商売なんだからもう少し愛想よくしてもバチが当たらねーだろうが。それに今日は千客万来だぜ、西園寺だけじゃなくてアタシの部下で今同じ仕事をしている若いのを全員連れてきた……おう、入れ!」

 引き戸から顔を出したランの言葉に誠は意を決して店内に入った。店内はこじんまりとしたたたずまいだった。この地価の高い東和としてはこれ以上の広さは望めないのだろう。店の奥には巨漢の赤ら顔の店長が腕組みをして誠達の挙動をうかがっている。

 少々気おされ気味の誠、島田、サラを押しのけて珍しそうに周りを見渡しながらカウラが手打ちうどんらしい奥の銀色のカウンターの前に立った。

「西園寺も来たことがある店なのか?」

 カウラは棚からトレーを取ると、うどんを茹でる釜の前に立った。

「まあな。それより親父。かみさんが見当たらないみたいだけど……逃げられたか?。湯で加減は親父にはわからないだろ?金ならないわけじゃないんだ。ちゃんと急な客に対応できるようにバイトぐらい雇えよ」

 先頭で揚げ物を選んでいるカウラの後ろに、トレーを取ったかなめが並ぶ。誠は彼女の口調からかなめがこの店の亭主とは旧知の間柄であることを察した。

「おい、なんとでも言え!レイチェルはちょっと出てるだけだ。それよりラン」

「なんだよデブ」

 かなめの後ろで並んでいたランと亭主をデブ呼ばわりして睨み返すラン。まったくサービス精神の無さそうな亭主の顔を見ながら、なぜ、明らかに不機嫌そうなランがあえてこの店に誠達を連れてきたのか不思議に思っていた。

「ランよ。今何時だ?もうすぐ3時だぞ。昼の営業はとっくに終わっている時間だ」

「この店にそんな決まりがあんのかよ。親父の気分で営業時間を決めてるくせによく言う……」

 亭主の言葉が終ると、かなめがすぐさま言葉で反撃する。

「親父、かけうどんで」

 待ちくたびれたカウラがそう言ってトレー持ち上げて、腕組みしたまま仁王立ちしている巨漢の店の親父に促して見せた。

「緑の髪のお嬢さん……ゲルパルトの人造人間ってとこですか?いやあ、ランと西園寺が言うように俺が打ったうどんの湯で加減はレイチェル……まあうちのかみさんしか知らないんですよ。まあすぐに帰ってくると思いますから待っててください」

 ランとかなめには不愛想な親父も何も知らずに注文してきたカウラには笑顔を向けて答えた。

「おいおい、新しい顧客を連れてきたんだぞ?茹で方知らねえから待てだ?」

 誠は今のかなめが時々見せる怒りに飲み込まれたかなめに変化する前兆を感じて、店の親父が少しでも妥協することを心に祈っていた。だが、店の親父は相変わらず腕組みした仁王立ちの姿で立ち続けている。

「なんだよ……本当にサービス精神0な店だな……おい、ラン。帰ろうぜ」

 かなめはそう言って手にしていたトレーを棚に戻した。誠はとりあえずかなめが店内で暴れだしたりしない様子なのに安心すると、店を出ようと表を向いた。

 自動ドアでもないのに、誠が振り向くと同時に店の引き戸が開いた。白い三角巾を頭に、白い上下の料理着。典型的なうどん屋の女性店員姿の金髪の妙齢の女性が買い物かごを右手に店内に滑り込んだ。

「あなた!ごめんなさい……思ったより時間がかかって……ってお客さんじゃないの?」

「ランと西園寺のお嬢も客に入れるのか?」

 妙齢の女性店員が、リズミカルにカウンターの下をくぐってうどんをゆでる鍋の前までやってくる。

「ごめんね。うちの人は愛想が悪くて。この時間に8人もお客さんなんて、久しぶりよね。はい、先頭の緑の髪のゲルパルトの人造人間のお嬢さん。ご注文は?」

 これまでのぎすぎすした雰囲気が金髪の妙齢の女性、おそらく店の大将の妻であろう女性の登場で柔らかいものに変わった。仏頂面をさらして天ぷらを見つめていたカウラが、女性の声に驚いたように顔を上げた。

「か……かけうどん……」

「はいかけうどん。じゃあ、次に並んでいるかなめちゃん」

 すばやくうどんを茹でながら妙齢の女性は笑顔を浮かべていた。その笑顔に負けたようにかなめは頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。

「ったく……レイチェルさんにはかなわねえや。アタシはぶっかけ。クバルカ中佐も同じだろ?茜、ラーナ……」

 かなめはそう言って店のはじで心配そうにかなめ達を見つめていた茜とラーナに声をかけた。

「嵯峨警視正はこういう店は初めてでしょうから……じゃあかけを二つ!それと……」

 茜の陰に隠れていた小柄なラーナは注文を済ませるとそのままおずおずと店の大将の方に歩み寄った。

「大将!」

「なんだ?嬢ちゃん」

 相変わらず仁王立ちしながら店の大将は威嚇するようにラーナを見下ろしている。

「出汁は?きのこ汁は……やっぱり無いですよね?」

 おずおずとラーナが尋ねるのを聞いて、大将はしばらく沈黙した。

 そして次の瞬間、大将はそれまでの腕組みをとくと両手を叩いで大笑いし始めた。

「あなた、失礼よ!ごめんね……小さなお嬢さん、びっくりしたでしょ?」

 大将の大笑いを見ておびえたように首をすくめていたラーナに、レイチェルはうどんを茹でながら声をかける。

「いやいや、驚かせて失敬。小さいお嬢さん。きのこ汁と言い出すとは……あんた、遼南の出だね?しかも北兼州の山間部の生まれだろ?」

 先ほどまでの不愛想をどこかに捨て去ったように、店の大将はでっぷりと太った顔をほころばせながらラーナを見下ろしてそう言った。

「よくわかりますね。大将もやっぱり遼南の出ですか?」

 ラーナはまだこの不愛想な巨漢の大将に心を開いていないのか、少し小さな声で大将に声をかけた。

「いいや、生まれは胡州さ。ただ、遼南が長くてね。懐かしいなあ、きのこ汁。あれは……旨いのは確かなんだが、そもそもあの出汁を出すにはその出汁の元であるきのこを選ぶ。それに……」

「あなた。うんちくはいいから……最後にそこの背の高いお兄さん」

 すでに島田やサラも注文を終え、てんぷらを選び始めていた。取り残された誠は、レイチェルの優しい面差しに浮かぶ笑みに照れ笑いを浮かべながらトレーを手にした。

「それじゃあ、かけで」

「はい!」

 誠の注文に快く応えたレイチェルは手慣れた手つきでうどんを茹でていく。

「しかし、親父の態度はともかくここのうどんはうまいぞ。例の志村三郎の実家のうどん屋の味と同じくらいだ」

 一番最初に食べ始めたカウラはそう言ってうどんの味を讃えた。

「西園寺の嬢ちゃんの同僚が志村の野郎の実家の味を知ってるってことは……ラン。租界に入ったな?」

 腕組みしたまま店の親父はそう言った。

「あんなとこ好きで行く馬鹿がどこにいるよ。仕事だ!仕事!」

 うどんを箸でつまみながらランが叫んだ。

「あなた、常連さんに喧嘩売ってばかりだと本当にうちはつぶれるわよ。はい!背の高いお兄さんかけ!」

 レイチェルは夫をなだめすかしながらそう言って茹でたうどんを誠に手渡した。
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