レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
365 / 1,503
第11章 捜査権限

時すでに遅く

しおりを挟む
「遅かったじゃないか」 

 突然の人の声に銃口を向けた誠の先には嵯峨が着流し姿で立っていた。明らかに不機嫌そうな顔でタバコをくわえている。

「隊長……?なんで?」 

 カウラはすぐに嵯峨の足元に人が縛られて転がっているのを見つけた。

「隊長、この人は?」 

「ああ、この基地の総責任者の三上中佐だ。ちゃんと挨拶した方がいいぞ」 

 そう言う嵯峨の手には日本刀が握られている。それを見ると警戒していたかなめは狐につままれたように呆然と立ち尽くした。

「なんだよ、叔父貴は知ってたのか」 

「知ってたというか……ラン」 

「は!」 

 嵯峨のにごった視線がランを捕らえると彼女の小さな体が硬直したように直立不動の姿勢をとる。

「お前がついているから安心していたんだけどなあ……こりゃあちょっとまずいぞ」 

 そう言うと嵯峨は抜き身の愛刀『長船兼光』を転がっている指揮官の首に突きつけた。

 嵯峨はタバコを再び口にくわえて、足元の三上と言う指揮官を軽く蹴飛ばす。

「コイツに話を聞こうと思ったんだけどさ。まあ記憶が消されてるみたいでまるで話のつじつまが合わなくてさ。お前さんら完全にマークされてるな、研究の指揮を執っている奴に。やられたよ」 

 嵯峨の言葉にかなめの顔が硬直する。

「じゃあこっから先の情報は……事件の糸は切れたわけですか」 

 そう言いながらランは銃口を下げる。

「ぷっつんだな。それにこんだけ派手に動いたんだ。相手もかなり警戒することになるだろう。一声、俺に話しとけば何とかできたかもしれねえが……まあ、もう終わったことだ」 

 いつの間にか外の銃声が止んでいた。そしてフル装備の茜達の陽動部隊が入ってきた。

「ああ、お父様」 

 明らかに茜の声は沈んでいた。察しのいい茜である。この場所に来るまでの景色でこれまでのすべての誠達の行動が無駄に終わったことを理解しているように見えた。

「茜。なんなら安城さんに頭下げるか?機動隊の情報網ならなにか引っかかるかもしれないぞ」 

 嵯峨の言葉に茜は首を横に振った。いつも物腰が柔らかい茜にしては珍しい意固地な表情に誠は驚いていた。

「機動隊に頼めば確かに発見できる可能性は上がりますが、あちらの任務は非法術系の捜査活動に限定されているはずですわ。法術にからむ犯罪は私達の……」 

「そうか。まああちらは俺達と違って暇も無いだろうしな。なら俺も手伝ってやるか」 

 そう言うと嵯峨は立ち上がる。頭を掻いてそのまま誠に近づくと嵯峨は手を伸ばした。

「なんでしょう?」 

「端末」 

 嵯峨の言葉に誠は銃のマガジンが刺さっているベストから端末を取り出して嵯峨に手渡す。

「茜、あんまり期待しないでくれよ。俺も神様じゃねえから、情報網の幅が広いのはそれだけ人生を積み重ねてきただけ……出た」 

 その嵯峨の言葉に茜とランが画面を見ようと飛び出して頭をぶつけてそのまましゃがみこむ。

「あのなあ、逃げたりしないから……ほい、拡大」 

 そう言うと嵯峨は端末の画面を拡大してみせる。

「ゲルパルトの退役軍人支援団体ですか」 

 島田が画面に映る凝ったフォントが踊るサイトの表紙を見つめている。嵯峨はそれに入力が出来ないはずのパスワードを打ち込んで次の画面へと進む。

「オデッサ?」 

 茜が頭をさすりながら画面を見つめる。『ネオ・オデッサ機関』。ゲルパルトの戦争犯罪人として追われている人物達の互助会と言うことで誠も名前を聞いたことがあった。

「叔父貴、ずいぶんと大物が釣れたじゃないか」 

 目を見開くかなめだが、嵯峨は表情を一つとして変えることが無い。

「ああ、こいつらは関係ないよ。裏は取ってある」 

 そう言うと嵯峨は画面を検索モードに戻す。明らかに遊んでいる嵯峨の態度にかなめが拳を握り締める様を誠はひやひやしながら見つめていた。

「最近巷で話題の地球人至上主義を唱える連中が動き出したにしては早すぎるし、あいつ等にしてはこれまでの証拠を並べてみれば抜けてるところが多すぎる。今回の件に直接は顔をだすかどうか……」 

 嵯峨は相変わらず濁った眼で画面を見つめている。彼の足元に転がっている三上と言う名の遼南指揮官は恐怖におびえながら嵯峨の表情を伺っている。

「まあ連中は金は持ってるからな。でも技術はあまり無い。顔が効く範囲で当たってみたんだがやはり、同盟厚生局が噛んでるって所までは当たれるんだけどねえ」 

 そう言うと嵯峨はサラと並んで立っている島田に目をやった。

「?……隊長?」  

 島田が見つめられて自分の鼻に指を当てる。それを見て嵯峨は満足げにうなづいた。そしてそのまま転がっている指揮官に目をやるランに声をかける。

「同盟厚生局はマークしてるんだろ?ならそっちを調べな。ここにいても時間の無駄だぞ。俺は島田と話があるんだ」 

 剣を収めた嵯峨は島田の肩を叩くと廊下を進む。ランは何かを悟ったようにかなめの脇を小突いた。仕方なく不思議そうな顔の島田は嵯峨に続いて廊下に消えた。

「西園寺、司令官殿を連行しろ。サラ、手伝え」 

「でも……」 

 島田が連れ出された出口を見つめるサラだが、鋭いランの視線に導かれるように口から泡を吐いている三上と言う司令官の肩を支える。

「じゃあ、撤収だ」 

 ランはそれだけ言うと銃を背負って歩き出す。カウラもアイシャもそれに習うようにショルダーウェポンを背負う。階段の途中で外で爆音が響いているのに気づいた。

「早速隊長の顔が効いた訳だ」 

 ランは振り返ると部下達に乾いた笑みを投げかけた。そしてそのまま急ぎ足で階段を上りきり施設の出入り口を開ける。

 輸送ヘリから次々とラベリング降下してくる兵士が目に入る。駐留軍の兵士達が次々と黒ずくめの降下してきた兵士達に武装解除される光景が目に
入ってくる。

「ラン!」 

 一人降下した装甲車両の脇で部下からの報告を受けているような女性指揮官が誠達を見つけて手を振っている。誠は苦笑しながら歩いていくランを見つめていた。ランの知り合いらしい女性部隊指揮官は余裕のある表情で時折引きつった笑みを浮かべるランと話し始めた。

「あの人……なんか見たことがあるような……」

 誠はそう言ってカウラとかなめを見た。

「遼南皇家の映像が頭に残っているんだな。ムジャンタ・ライラ中佐か。つまりこの部隊は……」 

「遼南帝国第一山岳レンジャー連隊ってことになるな」 

 かなめの言葉に緊張が走る。弱兵で知られる遼南軍だが、一部の驚異的な強さを誇る部隊が存在することで知られていた。シャムが最初に軍で配属された禁裏守護特機隊、通称『青銅騎士団』は最強のアサルト・モジュール部隊として知られていた。そして目の前で次々と降下し展開する山岳レンジャー部隊もそんな遼南を代表する特別急襲部隊として恐れられる組織だった。

 ランから一通り説明を受けたようで自信に満ちた笑みを浮かべながらライラは誠達に向かって歩み寄ってきた。

「おう、紹介しとくぞ。コイツが遼南第一山岳レンジャー連隊の連隊長のアルバナ……」 

 ランがそこまで言ったところで茶色い地が鮮やかな戦闘服の女性士官がランの頬をつねった。

「クバルカ中佐?その苗字は去年の話でしょ?」 

 にこやかに笑いながらランの頬をつねるだけつねると安心したように敬礼をする。

「遼南第一山岳レンジャー連隊、連隊長のムジャンタ・ライラ中佐だ!」 

 その言葉に誠達は整列して敬礼する。

「ムジャンタ姓……遼南皇家と言うことは……」 

 誠はライラの顔の記憶はあったが皇帝ムジャンタ・ラスコーこと司法局実働部隊隊長嵯峨惟基との関係までは覚えていなかった。

「うちの隊長の弟の娘さん。つまり姪御さんだ」 

 つぶやいた誠の耳元でカウラがささやく。

「やっぱり身内で固めるんだなあ、あのおっさんは。それでこの状況の説明は?」 

 そう言いながらタバコに火をつけようとしていたかなめに、明らかに殺気を込めた視線を送るライラに、思わずかなめの手が止まる。

「それについては説明させてもらう。指揮車まで来てもらおう」 

 ライラはそのまま部隊展開の報告をしようとする部下を待たせて誠達を装甲車両の中へといざなった。

「あのー、警視正……」 

 誠は遅れて歩き出した茜に声をかけた。そのいつも自信にあふれていた表情がそこには無かった。青ざめたような、弱弱しいような。そんな茜の姿に誠はその肩を叩いていた。

「私のせいで……」 

「うじうじすんなよ!間違いなくここで研究が行われていたのは確かなんだ。少なくともここを引き払うのにかかった手間と時間の分だけ被害者を減らすことが出来たんだ」 

 ランが入り口で茜を一喝する。ようやく気づいた茜が指揮車の後部にある司令室に歩き出した。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

潜水艦艦長 深海調査手記

ただのA
SF
深海探査潜水艦ネプトゥヌスの艦長ロバート・L・グレイ が深海で発見した生物、現象、景観などを書き残した手記。 皆さんも艦長の手記を通して深海の神秘に触れてみませんか?

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

魅了だったら良かったのに

豆狸
ファンタジー
「だったらなにか変わるんですか?」

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...