レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
363 / 1,503
第10章 取引

取引

しおりを挟む
 その日、カウラと交代したかなめにくっついて歩いた誠は正直疲れ果てていた。かなめの肢体に目を向ける欲望に染まったぎらぎらした男達の視線にを感じながら租界を歩くのは苦痛に近い。しかもかなめが知っている人身売買の嫌疑がかかっているシンジケートの事務所をもう五つ訪問していたが、そのやり口は誠から見ればそれは訪問ではなく襲撃だった。

 今もかなめは彼女に手を上げようとしたチンピラの右腕の関節をへし折ったところだった。表情一つ変えることなく荒事をこなす彼女の姿は、乱暴なのはいつもと一緒と言ってもその淡々としたところが誠にはまったく受け入れられなかった。

「痛え!」 

 涙ににじむ瞳でチンピラが無表情なかなめを見上げた。誠はとりあえず法術の発動準備をしながらかなめの隣に立つ。かなめはチンピラを掴んだままそのままドアを蹴破った。室内の構成員達が銃を構えてにらみつけてくるが、逆にいつもの残酷そうな笑みを浮かべながらかなめは悠々と室内に入り込む。

「なんだ!貴様は!」 

「今更って言うか……馬鹿しかいないんだなここは」 

 そのまま人質代わりに片腕を折られたチンピラを抱えたままかなめは応接セットに腰掛ける。誠はその殺気立った雰囲気に耐えながら彼女の隣に座る。

「こいつは例の化け物じゃないか?」 

 一人の角刈りの構成員が誠を見てつぶやいた。一瞬で事務所中に動揺が広がる。今年の夏の初めに司法局に配属になった直後、誠は法術師の素体として誘拐されかけたことがあったが、たぶんその時にもこの組にも誠の誘拐を持ちかけた組織があったのだろう。少しのきっかけで動揺が広がり始めた時、事務所の顔役らしい男が現れた。

「銃を仕舞え!お前等じゃこの人には勝てないぞ」 

 そう言うと三下達はしぶしぶ銃を仕舞う。本局勤めの明石を思わせる悪趣味な赤と黄色の柄のネクタイが紺色のどぎついワイシャツの上にゆれている恰幅の良すぎる幹部構成員の一睨みに、誠もチンピラ達が自分達に怯むのと同じくらい怯んでいた。

「おう、久しぶりだな。組を一つ任されるとは……オメエモ出世したもんだな」 

 かなめは人質代わりのチンピラを突き飛ばすと、銃ではなくタバコを懐から取り出した。気を利かせるように貫禄のあるその男はライターを取り出して慣れた調子でかなめのくわえたタバコに火をつけた。

「姐さんも元気そうじゃないですか。あれですか?今は志村の野郎の商品の流通ルートの調査ですか?」 

 男の話にかなめは笑みを浮かべながらタバコの煙を吐いた。どこに行っても状況は同じ。かなめは見張りのつもりで事務所の前でうろうろしている三下を張り倒して引きずってそこの顔役に話をつけると言うことばかり続けている。さすがにここにもかなめの所業についての話が聞こえてきていたのだろう。

「なんだ、知っているのか……ってそれが飯の種ってわけだからな。テメエの」 

 かなめの不敵な笑いに男も笑い返す。誠はチンピラの飼い主の妙に下手に出る態度が理解できずに呆然と二人を見つめていた。そしてかなめはぐるりと事務所の中を見回した。

「なあに、噂じゃあ志村三郎の扱っている商品を保管している連中がいるらしいじゃねえか。ほとぼりが冷めるまで預かって、またアタシ等が調査を中止したら出荷する。商いは信用第一、危険は避けるのが当然の工夫だろ?」 

 その言葉でようやく誠はこの暴力的なシンジケート事務所めぐりの目的を理解した。志村三郎がかなめの姿を見てからあの父親の経営するうどん屋にも寄り付かなくなったのは誠も知っていた。おそらく彼をいぶりだすのに組織を一つ一つ実力行使で脅しをかけながら追い詰めていくつもりなんだろう。そう思うとあの誠に威圧的に当たった三郎のことが少しだけ哀れに思えてきた。

「残念ですがうちではその手のものは扱っていませんね。ただでさえ人間の売買はリスクが大きいのに法術適正がある連中が混じっているとなると手に負えませんや。それに法術関係の話になれば制服を着た連中とのやり取りも出てくるわけでして……俺等の情報網でもそう言うところまでは……君子危うきに近づかずと言う奴でして」 

「しっかりしているねえ、それが正解の生き方だ。危ない橋を渡るのは良くないからねえ」 

 そう言うとかなめはディスクをポケットから取り出す。それには吉田の字で『秘』と書かれているのが見えた。

「これにはちょっとした情報が入っている。遼南クーデターの首謀者として有名な吉田俊平少佐お勧めの秘密情報だ。ちょっとした財産が築ける保障つき。今なら格安でお譲りするが……どうする?」 

 悪事を働くときのいたずらっ娘のような顔で男を見つめるかなめの姿がそこにあった。

「どうせガセでしょ?」 

 男はそう言って笑いながらかなめの手にあるディスクを手にする。そして何度かじっくりと見つめた後、部下にそれを渡した。その表情には驚きがある。そこから誠も吉田のデータが明らかに価値を持つものであること知った。

「じゃあ、こちらも後ほど情報を送りますよ」 

 笑顔が隠しきれないという男の表情にかなめが満足げに頷いて見せる。

「まああれの中身をしっかり見てからで良いぜ」 

 そう言うとかなめは立ち上がった。チンピラ達は殺気を隠さずに誠達をにらみつけている。

「それと三下の教育はしっかりしておくべきだな。これじゃあ危なくてしょうがねえや」 

 かなめの言葉に男は苦笑いを浮かべた。

「行くぞ、神前」 

 そう言って重いドアを開けて出て行くかなめのあとを誠は生まれたばかりのひよこのようにくっついて歩く。かなめは颯爽と肩で風を切るようにして事務所の目の前に止めた銀色のスポーツカーに向かって歩く。

「何ですか?あのディスク。吉田さんの情報って……」 

 狭い運転席に体をねじ込むようにして座った誠を相変わらずの殺気を感じるような視線で見つめるかなめ。

「嘘はないぞ。あれがあるとちょっと便利なんだ。まあアタシは使うつもりは無いけどな」 

 そう言って車のエンジンをかけるかなめ。明らかにカウラのスポーツカーを意識して購入した車のエンジンが低い振動を二人にぶつけてくる。

「それじゃあ分かりませんよ。もしかして違法な取引の勧誘とか……まさか軍事機密?」 

「そんなんじゃねえよ。むしろ民間系の情報だ。ベルルカン風邪ってあるだろ?あれの即効性の特効薬の開発に成功した製薬会社が明日それを公表するが、その情報だ」 

 あっさりと言い切るかなめは車を急発進させた。

「それでも十分まずい情報じゃないですか。インサイダー取引ですよそれ」 

 そんな誠の言葉を無視してかなめは車を走らせる。租界の怪しげな店のネオンが昼間だというのに町をピンク色に染めている。

「まああの手合いから情報を穏やかな方法で手に入れるには仕方の無いことなんだよ。蛇の道は蛇と言うやつだな。それに実際今の段階ではと言うカッコつきの情報だ。発表が延びるかもしれないし……」 

 大通りに入っても車は加速を続ける。誠はかなめの表情をうかがいながら曇り空の冬の街を眺めていた。かなめや吉田の生きてきた裏の世界の話を聞くたびに誠はどこかしら遠くの世界に彼等がいるように感じられた。

 その時急にかなめは車を減速させて路肩に寄せて止まった。

「西園寺さん」 

 誠の言葉に振り返ったかなめはにんまりと笑っていた。

「ビンゴだ」 

 そう言うとかなめはしばらくの間目をつぶり動かなくなる。脳に直接送られたデータを読み取っているとでも言う状況なのだろう。誠は黙ってかなめを見つめた。

「商品の保管場所は……遼南の駐留軍の基地か。軍を巻き込むとはずいぶん危ない橋を渡るんだな……言ってることとやってることがばらばらじゃねえか」 

 かなめの言葉で誠は頭の血液が体に流れ込むようなめまいを感じながらかなめを見つめていた。そして一気に手のひらが汗で滑りやすくなるのを感じていた。

「神前。暴れられるぞ」 

 そう言うかなめの表情に再び悪い笑みが浮かんでいるのに誠は気づいた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

てめぇの所為だよ

章槻雅希
ファンタジー
王太子ウルリコは政略によって結ばれた婚約が気に食わなかった。それを隠そうともせずに臨んだ婚約者エウフェミアとの茶会で彼は自分ばかりが貧乏くじを引いたと彼女を責める。しかし、見事に返り討ちに遭うのだった。 『小説家になろう』様・『アルファポリス』様の重複投稿、自サイトにも掲載。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

学園長からのお話です

ラララキヲ
ファンタジー
 学園長の声が学園に響く。 『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』  昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。  学園長の話はまだまだ続く…… ◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない) ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...