レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第7章 衝突

衝突

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 誠達が捜査と言う名の散歩をはじめてから一週間の時間が流れた。いつの間にか世間は師走の時期に入り、地球と同じ周期で遼州太陽の周りを回っている遼州北半球の東和も寒さが厳しい季節に入った。

 ランが指定した建物の調査と言う名目で訪問した建物は100を超えたが、誠もカウラも法術研究などをしているような施設にめぐり合うことは無かった。

 そもそも調査した建物の半分が廃墟と言ったほうが正確な建物だった。5年前の東都中央大地震の影響で危険度が高まり放置された廃墟の内部構造の様子と生活臭がありそうなごみの山を端末で画像に収めながら歩き回るのが仕事だった。

 その日もいつものように液状化で傾いたため放棄された病院の跡地の調査を終えて、車に戻った誠にカウラが缶コーヒーを投げた。熱いコーヒーを手袋をした手で握りその温度を手に感じる。

「ありがとうございます」 

 そう言うと誠は缶コーヒーのプルタブを開けた。

「やはりここも外れだな」 

 寒さにも関わらず冷たいメロンソーダを飲んでいるカウラのエメラルドグリーンのポニーテールを眺めていた誠に自然と笑みが浮かんだ。

「何か良いことでもあったのか?」 

 ぶっきらぼうに答えるカウラの視線につい恥ずかしくなって誠は視線を缶に向けた。

「それにしても島田先輩達は何をしているんでしょうね」 

 ランとかなめが志村三郎を追っていることは知っていた。三郎はあの日以来父の経営するうどん屋にも自分の事務所にも立ち寄らず姿を消していた。一方、茜が仕切る別働部隊は主に研究機関の支援をしている可能性のある政府機関を当たっているが芳しい結果は得られていないということしか誠は知らなかった。

「ああ、あいかわらず嵯峨警視正につれられて官庁めぐりをしているらしいな」 

 実際官庁めぐりを続ける茜達の他に、本部にはネットの海の狩を得意とする吉田俊平少佐もあちこちのサーバーを片っ端からチェックして大きな動きが無いかをチェックしているのも知っていた。

「誰が最初に当たりを引くかですね」 

 何気なく言った誠の一言にカウラがうなづいた。海からの強い風が車の冷えたボディーに寄りかかっていた二人をあおる。

「中で飲もう」 

 そう言うとカウラはドアを開ける。誠も助手席に座って半分以上残っている暖かいコーヒーを味わうことにした。

「でもこんな研究の成果を誰が買うんでしょうね……今のところ不完全な法術師しか作れないんでしょ?」 

 その言葉に冷めた表情で同じ事を言うなと言っているように誠を見つめるカウラがいた。

「これまで見つかったのはすべて失敗作だと考えるべきだな。神前程度の覚醒をしているのであれば我々がそいつを見逃すわけが無い。自爆テロ以上のことができるならどこの軍でも欲しがるさ。当然売り手を求めている連中の動きが吉田少佐のネットワークに引っかかるはずだ。それに人工的に法術師を作れないとしても既存の法術師を覚醒させる技術を所持していると言うことを内外に示せればそれなりの技術力の誇示はできるだろ?数百年前の核ミサイルと同じことだ」 

 カウラの言葉にも誠は納得できなかった。法術の発動が脳に与える負荷については司法局実働部隊の法術関連システムの管理を担当している技術部のヨハン・シュペルター中尉から多くのことを聞かされていた。

「急激な法術の展開を繰り返せば理性が吹き飛ぶ。そうなればもう誰もとめることができない」  

 ヨハンの受け売りの言葉を誠はつぶやいていた。だが彼の前には感情を殺した表情のカウラの姿があった。

「その時はこれまでどおり爆弾として使う。それにいったんノウハウを把握できれば再生産が可能なのは私達『ラストバタリオン』の製造で分かっていることだ」 

 そう言うとカウラはメロンソーダを飲み干してその缶を握りつぶした。

 その時、突然カウラの携帯端末が着信を告げた。

 取り出したカウラの端末には発砲するかなめとそれを見ながら端末を覗きこむランの姿があった。

「中佐!大丈夫ですか!」 

 思わずカウラが叫ぶのを聞くとランは苦笑いを浮かべた。

「西園寺の馬鹿がやりやがった!相手は胡州軍の駐留部隊だ」 

 そう言うとランは画面から離れてサブマシンガンで掃射を行う。そして全弾撃ちつくすとマガジンを代えて再び端末に向かう。

「隊長には連絡したから向こうの発砲も収まるだろうが……どうせ拘束されるから身柄の引き受けに来てくれ」 

 ランは通信を切った。

「駐留部隊と撃ち合い……何やったんだ?あの無鉄砲が」 

 そう言うとカウラはメロンソーダを飲み干してホルダーに缶を差し込む。そのままエンジンをかけて車は急加速で租界の入り口へ向かう幹線道路へと走り出す。

「胡州軍か。これは隊長の大目玉は確実だな」 

 カウラはそうつぶやくとさらに車を加速させる。瓦礫を運ぶトレーラーの群れを避けながら進むカウラのスポーツカー。再び端末に着信を知らせる音楽が流れる。

「頼む、見てくれ」 

 そう言われるまま誠はカウラから端末を受け取った。そこには死んだ魚の目の嵯峨が映っていた。嵯峨はいかにも面倒なことに巻き込まれましたと言っているようにけだるそうに頭をかく。

「おう、駐留軍の基地に向かってるか?」 

「ええ、今急行しています」 

「うむ」 

 誠の返事を聞くと画面の中で嵯峨は静かにうなづいた。

「同盟軍とはやりあいたくは無いんだけどな、いつかは世話になるかもしれないし。だが起きたものは仕方が無いよね。ベルガー、連中の身柄の引き取り、頼んだぞ。あくまで穏便にな」 

「了解しました!」 

 カウラはそう言うとマニュアルシフトのギアを切り替える。。

「理由は?なんで撃ちあいなんかに?」 

「ああ、そうか。説明してなかったな」 

 画面の中で嵯峨が頭を掻いている。急ハンドルを切ってカウラのスポーツカーは幹線道路に飛び出す。カウラはダッシュボードからパトランプを取り出すと天井に点灯させそのまま租界へと向かう。

「例の志村とか言うチンピラを追って胡州軍の資材管理の部署までたどり着いたんだそうだ。今日はそこの調査に出るって話だったんだが。定時連絡ではそこで不審な経費の明細を提出している士官がいるって事で二人はその人物の身柄の確保に動いたんだ。だが、この状況からしてその士官が所属している部署どころか駐留軍の部隊長クラスが経理の不正処理を指示していたんだろうな。恫喝交じりで当たってくる軍人さん相手に土壇場になってかなめ坊がたまらず拳銃を抜いたんだそうな。正当防衛って線で胡州軍とは話をつけたいんだが……難しいよね。まあ面倒なことになったら俺に振ってよ」

 そう言うと嵯峨は通信を切った。カウラのスポーツカーの向こうには租界のバリケードが見える。急ブレーキで臨検の兵士の直前でカウラは車を停止させる。バリケードの影から兵士達がわらわらと沸いて車を囲い込む。

「これは穏便には済みそうにないな……」

 さすがにいつもは強気のカウラも兵士達の緊張した面持ちに冷汗をかいているのが誠からも見えた。
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