レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
353 / 1,505
第5章 魔都

怪しい男

しおりを挟む
「へえ、こいつが今の姐御の良い人ですか?」 

「そんなんじゃねえよ。注文とるんだろ?アタシはキツネだ」 

 三郎はかなめの顔を見てにやりと笑って今度はランを見た。

「てんぷらうどん」 

 ランはそれだけ言うと立ち上がる。彼女が冷水器を見ていたのを察して三郎という名のチンピラは立ち上がった。

「ああ、お水ですね!お持ちしますよ」 

 下卑た笑顔で立ち上がった三郎はそのままカウンターの冷水器に向かう。

「ああ、姐御のおまけの兄ちゃんよう。姐御とは……ってまだのようだな」 

 ちらりと誠を見て三郎は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。カウラは黙っているが、誠もランも三郎がかなめと肉体関係があったことを言いたいらしいことはすぐに分かった。

「私は……ああ、私もてんぷらうどんで」 

 カウラはまるっきり分かっていないようでそのまま壁の品書きを眺めている。

「僕はきつねで」 

「きつね二丁!てんぷら二丁」 

 店の奥で大将がうどんをゆで始めているのを承知で大げさに言うと三郎は三つのグラスをテーブルに並べる。

「おい、コイツの分はどうした」 

 明らかに威圧するような調子でかなめは三郎を見つめる。子供じみた嫌がらせに誠はただ苦笑する。

「えっ!野郎にサービスするほど心が広いわけじゃなくてね」 

 その言葉に立ち上がろうとする誠をかなめは止めた。

「店員は店員らしくサービスしろよ。な?アタシもそのときはサービスしたろ?」 

 かなめがわざと低い声でそう言うと、三郎は仕方が無いというように立ち上がり冷水器に向かった。

「で? 西園寺。アタシになつかしの遼南うどんを食べさせるって言うだけでここに来たんじゃねーんだろ?」 

 三郎が席を外しているのを見定めてランがそうつぶやいた。

「今回の事件の鍵は人だ。そして人を集める専門家ってのに会う必要があるだろ?」 

 明らかにかなめは表情を押し殺しているように見えた。その視線が決して誠と交わらないことに気づいて誠はうつむく。

「そう言うことでしょうね。そりゃあそうだ」 

 聞き耳を立てていた三郎が引きつるような声を上げた。

「俺は専門家ってわけじゃないですが、今は俺がここらのシマの人夫出しを仕切っているのは事実ですよ」 

 そう言うと三郎はぞんざいに誠の前にコップを置いた。

「人の流れから掴むか。だが信用できるのか?」 

 手に割り箸を握り締めながらカウラは不安そうに三郎を見つめる。だが三郎の視線が自分の胸に行ったのを見てすぐに落ち込んだように黙り込んだ。

「失敬だねえ。一応ビジネスはしっかりやる方なんですよ。外界の法律が機能しないこの租界じゃあ信用ができるってことだけでも十分金になりますから」 

 そう言って三郎はタバコを取り出した。

「こら!客がいるんだ!それより、できたぞ」 

 店の奥の厨房でうどんをゆでていた三郎の父と思われる老人が叫ぶ。仕方がないと言うように三郎はそのままどんぶりを運んだ。

「人が動く……通行証の管理もオメエがやってるのか?」 

 受け取ったきつねうどんを手にするとかなめはそのまま三郎を見上げた。

「俺も一応出世しましてね。わが社の専門スタッフが……」 

「専門スタッフねえ、舎弟を持てるとこまできたのか」 

 かなめはそう言うとうどんを啜りこむ。今度は誠も無視されずに目の前にうどんを置かれた。

「ああ、そうだ。同業他社の連中の顔は分かるか?」 

 一息ついたかなめの一言に三郎の顔に陰がさす。そしてそのまま三郎の視線は誠を威嚇するような形になった。

「ああ、知ってますよ。ですがいろいろと競争がありますからねえ」 

「それで十分だ。さっきお前の通信端末にデータは送っといたからチェックして返信してくれ」 

 あっさりそう言うとかなめはうどんの汁を啜る。昆布だしと言うことは遼南の東海州の味だと思いながら誠も汁を啜った。

「まじっすか?あの頃だって店の連絡先しか教えてくれなかったのに……ヒャッホイ!」 

 いかにもうれしそうに叫んだ三郎が早速ポケットから端末を取り出した。

「馬鹿なこと言ってんじゃねえよ!これは仕事だ。それにそいつは仕事の用の端末だからな。落石事故かタンカーが転覆したときに連絡するのもかまわねえぞ」 

 かなめはそう言って一気にどんぶりに残った汁を啜りこんだ。そんなかなめに三郎は心底がっかりした様子でうどんをすする様子を見つめていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

仰っている意味が分かりません

水姫
ファンタジー
お兄様が何故か王位を継ぐ気満々なのですけれど、何を仰っているのでしょうか? 常識知らずの迷惑な兄と次代の王のやり取りです。 ※過去に投稿したものを手直し後再度投稿しています。

処理中です...