レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
347 / 1,505
第4章 職場

あてにならない新人

しおりを挟む
 ハンガーに続く階段を降りきるまで、何人もの管理部や技術部の隊員達とすれ違うがランは一言もしゃべらず敬礼を返すだけだった。

「やはり他の隊員にも秘密なんですね」 

 誠の言葉に真剣な表情でランが振り向く。

「何事にも秘密はつきもんだろ?それとも何か?例のかつて人間だったものを公開するわけか?パニックが起きるだけだな」 

 そう切り捨てるように言うと、ランはそのまま階段を下りる。

「お出かけですか?ちょっと島田班長に用があるんですけど」 

 降りてきた小さなランに整備の若手のホープである西高志(にしたかし)兵長が声をかけてくる。

「ああ、追加資材の発注だろ?整備班長の権限は現状ではシンプソン中尉に委譲中だ。島田は別任務で動く」 

「はあ、そうですか」 

 ランの言葉に西はそのまま建物の奥の技術部の倉庫に走っていく。

「でもどうするんだ?明華の姐御が帰ってくるまでデカ乳が現場を仕切れるとは思えねえんだけどな」 

 そう言ってかなめが笑う。技術部にアメリカ海軍から出向してきているレベッカ・シンプソン中尉と言えばその豊かな胸で知られていた。それにどちらかと言えば彼女は打たれ弱く、パニックに陥っているイメージが誠にもあってかなめの言葉ももっともなように聞こえた。

「一応仕事なんだからさ。いつまでたってもおたおたなよなよじゃあ困るんだよ。たまには将校らしく毅然とした態度をとってもらわねーとな」 

 ランはそのまま整備員達から敬礼される中を進んでグラウンドに出た。ハンガーを出て山から吹き降ろす北風に身が凍えるのを感じながら誠はランに続いて正門へと向かった。

 そこにある鉄柱には鎖がつながっていてその先にはシャムの友達であるコンロンオオヒグマの子供、グレゴリウス16世がいた。

「飯はねえぞ」 

 一言かなめがそう言ったのを見て怒ったようにうなり声を上げる。

「西園寺。熊と同レベルで喧嘩してどーすんだよ!」 

 思わず笑みをこぼしながらランはカウラが遠隔キーであけたスポーツカーの助手席のドアを開き、助手席を倒して後部座席に身を沈めた。

 ランに続いてかなめが後ろの席に座り、運転席にはカウラ、誠は助手席に座ることになった。

「ベルガー。出る前にちょっといいか?」 

 ランの言葉にハンドルから手を離してカウラが振り向く。誠もそれに合わせてランを見つめる。

「租界はアタシと西園寺が担当する。神前のお守りは頼むぞ」 

「なんだってこんな餓鬼の……」  

 普段は本当に小学校低学年の少女にしか見えないランだが、その元々にらんでいるような目つきが鈍く光を発したときには、中佐と言う肩書きが伊達ではないというような凄みがあるのは誠も知っていた。

「租界じゃ名の知れた山犬がうろちょろするんだ。『東都戦争』で恨みなら山ほど買ったんだろ?そんなところに神前みたいな素人を送り込めるかよ」 

 ランの口元の笑みが浮かぶ。かなめはちらりと誠を見てそのままそっぽを向いた。東都警察も匙を投げたシンジケートや利権を持つ国々の非正規部隊の抗争劇『東都戦争』の舞台となった東都租界と言えばすぐに『胡州の山犬』として知られたエージェントのかなめが幅を利かせるのは当然のことだった。

「カウラ、気をつけとけよ。今も『近藤資金』に未練のある国の工作員が潜伏しているだろうからな。それに今回の超能力者製造計画をたくらむ悪の組織……」 

「ふざけるなよ、バーカ」 

 誠の特撮への愛を知っているかなめのリップサービスにランがかなめの頭をはたく。

「まあどうせトラブルになる可能性は暴力馬鹿の西園寺を連れてる分アタシ等の方が大きいんだ。お前らはとりあえず予定した調査ポイントでアタシの指示通りに動いてくれりゃあそれでいい。できるだけ面倒は避けろ」 

 まるで期待をしていないようなランの言葉を不快に思ったのかカウラはそのまま正面を向き直り車のエンジンをかける。

「そう気を悪くするなよ。相手は法術師を擁している可能性が高けーし、隊長は買ってるがアタシは正直、神前をあてにしてねーかんな」 

「そうだな、コイツはあてにならねえな」 

 かなめにまでそう言われるとさすがに堪えて誠も椅子に座りなおしてシートベルトをした。

「いじけるなよ。即戦力としては期待はしてねーけど将来は期待してるんだぜ」 

 ランのとってつけたような世辞に誠は照れたように頭を掻く。カウラはそのまま乱暴に車を発進させる。

「姐御、カウラは結構根にもつから注意したほうが良いですよ」 

「そうなのか?」 

 囁きあうかなめとランをバックミラー越しに見ながらカウラはそのまま車を正門ゲートへと向かわせる。

 いつものようにゲートには警備部の歩哨はいなかった。カウラはクラクションを派手に鳴らす。それに反応してスキンヘッドの大男が飛び出してくる。

「緊張感が足りないんじゃないのか?」 

 いつもなら淡々と出て行くカウラにそう言われて出てきた大男は面食らう。

「すいません……出来ればシュバーキナ少佐には内密に」 

 手を合わせるスキンヘッドを見下すような笑みで見つめた後、カウラは開いたゲートから車を急発進させる。

「確かになあ。根に持ってるわ」 

 ランは呆れたように車を急発進させるカウラを眺めていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

もう、終わった話ですし

志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。 その知らせを聞いても、私には関係の無い事。 だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥ ‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの 少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

王家も我が家を馬鹿にしてますわよね

章槻雅希
ファンタジー
 よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。 『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...