レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
331 / 1,505
第29章 エピローグ

エピローグ

しおりを挟む
「嵯峨少佐、部屋に入ってもよろしいでしょうか?」 

 カウラの言葉に機動部隊詰め所の前に立ちはだかるかえでは、あからさまに誠に向けていた敵意をほぐす。そしてその手は当然のようにカウラの胸に向かった。

「あの……」 

「大丈夫、自信を持って……」 

 そう言うと静かに平らなカウラの胸をかえでが人撫でする。それを見ている誠は次第に顔が赤くなるのを感じていた。

「うん、ベルガー大尉。飾らない胸も素敵だよ」 

 かえではそう言うと笑みを浮かべて部屋に入っていく。そう言われたカウラはほうけたような顔で誠を見つめた。いつもの緊張感で支えられているような鋭い視線はそのエメラルドグリーンの瞳にはもはやなかった。

「神前……」 

「大丈夫ですか?」 

 誠の声にすぐに自分を取り戻したカウラは東和軍教導隊から運ばれてきたばかりの執務机に向かった。誠も隣の自分の席に向かう。そして机の上に花が置いてあるのを見つけた。

「これは誰ですか?」 

 そう言った誠の視界の隅でそっと手を上げるのはアンだった。誠の背筋に寒いものが走る。

「神前曹長。人の好意は受けておくものだな」 

 かえでの言葉に誠は仕方なくぎこちない笑みを浮かべる。そんな彼が入り口で中の様子を伺っているかなめを見つけた。

「西園寺!とっとと席に着け!」 

 カウラの言葉に仕方なく部屋に入ったかなめは、かえでの方をびくびくしながらうかがった。かえではまじめに通信端末の設定をしており、それを見て安心したようにかなめは自分の席に座る。

「ああ、お姉さまの机の設定は僕がしておきましたから!」 

 そんなかえでの一言にかなめはあわててモニターを開いた。大写しされるかえでの凛々しい新撰組のような段だら袴に剣を振るう姿をかなめは冷汗をかいて眺めていた。

「かえで様素敵です!」 

 思わず渡辺が叫ぶ。吉田とカウラはただ黙って同情の視線をかなめに投げる。

「ちょっとこれは……」 

 誠がそうつぶやくと再びかえでの鋭い視線が誠に向けられる。

「わかったよ!これを使えばいいんだろ!」 

 そう言ってかなめはそのまま自分用にモニターの仕様を変更する。かえではその姿を確認すると笑みを浮かべながら自分の作業を続けた。

「誠ちゃん!今度のコミケのネームなんだけど!」 

 大声を張り上げてアイシャが入ってくる。誠にとってこのときほど彼女の存在がいとしいと思える瞬間はなかった。そのまま立ち上がったのは誠とかなめだった。かなめはそのまま誠とアイシャの肩を抱えて部屋を出ようとする。

「西園寺!仕事しろ!」 

 カウラの怒鳴り声を聞いてかなめはめんどくさそうに振り向いた。

「ああ、遠隔でやっとくよ!それより今度のあのコミックマーケットって奴だ」 

「ふうん貴方からそう言うこと切り出すなんて珍しいわね」 

 部屋の中に取り残されるかえでを見て状況を察したアイシャは彼女もつれてそのまま外に出る。

「一応、誠ちゃんの端末にネームは送っておいたけど確認できる?」 

 アイシャはそのまま部屋から離れようとするかなめの勢いに押されながらも誠の腕に巻かれた携帯端末を指差した。

「ああ、後で確認します。ところで、西園寺さん?」 

「もう少し歩こうじゃねえか、な?」 

 明らかに引きつった表情でそう言うかなめにアイシャは何かをたくらんでいるような視線を向ける。とりあえずかえでと距離を取りたい。そのためなら何でもする。かなめの顔にはそう書いてあった。

「作業中、夜食とかあるといいわよね。できればピザとか」 

「わかった神前とオメエとシャムとサラとパーラの分だろ?ちゃんと用意するよ」 

 かなめは即答した。その様子にさらに押せると踏んだアイシャは言葉を続けた。

「甘いものは頭の回転を早くするのよね……まあ飴とか饅頭は持ち寄るから良いんだけど……」 

「なんだ?駅前のリアナお姉さんご用達のケーキ屋のか?わかった人数分用意する」 

 そのままかなめはコンピュータルームまで二人を押していくと、セキュリティーを解除して中へと誠達を連れ込む。

「じゃあ手を打ちましょう。ちょうど茜さんからお仕事貰ってきているしね」 

 そう言って端末の前に腰掛けるアイシャをかなめは救世主を見るような目で見つめている。画面には次々と傷害事件や器物破損事件の名前が並んだファイルが表示された。

「法術特捜の下請けか……わかった!」 

 そう言うとかなめは隣の端末に腰掛けて首のスロットにコードを刺すと直接脳をデータとリンクさせた。硬直したままのかなめは目を閉じる。外部センサーの機能を低下させて事件のデータを次々と読み込んでいる様子がアイシャの前の画面でもわかった。

「かなめちゃんは単純でいいわね」 

 そう言うとアイシャは立ち上がって彼女の後ろに立っていた誠に向き直る。

「誠ちゃん。もうだいぶ部隊に慣れたわよね」 

 アイシャは紺色の流れるような長い髪をひらめかせる。誠はそのいつもと違うアイシャの姿に惹きつけられていった。

「ええ、皆さんのおかげで」 

 細く切れ込むようなアイシャの視線が誠の目を捕らえて離そうとしない。誠はただ心臓の鼓動が激しくなるのを感じながら固まったように立ち尽くしていた。

「えーと、困ったな私。何を言ったらいいんだろうね」 

 そう言って視線をそらすアイシャ。長い髪の先に手を伸ばし、上目遣いに誠を見つめる。

 誠も困っていた。アイシャ、かなめ、カウラ。三人に嫌われてはいないとは思っていた。それぞれに普通とはかなり違う好意が示されているのもわかっていた。それでもどうしても踏み込めない。そんな誠。そしてアイシャは今その関係を踏み越えようとしているのかもしれない。

 そう考えると誠の心臓の鼓動はさらに早くなった。

「クラウゼ少佐……」 

「いいえ、アイシャって呼んで」 

 二人は見詰め合っていた。お互いの呼吸の音が聞こえる。静まり返ったコンピュータルーム。近づく二人の顔と顔。誠にはこの時間がどこまで続くかわからないとでも言うように思えた。

「おい……」 

 突然沈黙が破られた。データの閲覧を終えたかなめがいらだたしげに机に頬杖を付いて二人を見上げている。

「ああ、いいぜ続きをしてくれても」 

 誠の額に脂汗がにじむ。かなめは明らかに怒りを押し殺している。

「かなめちゃん、無粋ね」 

 いつものようにアイシャは挑戦的な視線を投げる。かなめは口元に皮肉めいた笑みを浮かべてにらみかえす。

「人を無視していちゃいちゃするってのは無粋じゃねえのか?」 

 かなめの言葉が震えているのに気づいた誠は一歩彼女から引き下がった。

「神前、三股とは良い了見じゃねえか。まず……」 

「三股?カウラちゃんと私はわかるけどあと誰がいるのかしら?」 

 その切れ長の目の目じりを下げてアイシャはかなめに迫る。

「馬鹿!こいつは人気なんだよ!こんなんでも。ブリッジにもいるだろ?あんだけ女がいるんだから」 

「ふーん。そんな話は聞かないけど……私よりあの娘達に詳しいのねかなめちゃんは」 

 その言葉に反撃できずにただかなめはアイシャを見上げる。

「まあ、いい。データの抽出はできたからあとは各事件の共通項を抜き出す作業だ!神前!手伝えよ!」 

「素直じゃないんだから」 

「何か言ったか?」 

 かなめの怒鳴り声に辟易したようにアイシャは両手を上げる。誠も次々と自分の前のモニターに映し出されていくデータに呆然としていた。そこで部屋の扉が開く。

「仕事だろ、手伝うぞ」 

 そう言っていかにも偶然を装うようにカウラは端末に腰掛ける。

「また邪魔なのがまた来やがった」 

 そうかなめは吐き捨てるようにつぶやく。

 誠はいつまでこのどたばたが続くのか、そんなことを考えながら自分の頬が緩んでいるのを感じていた。

                                         了
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

もう、終わった話ですし

志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。 その知らせを聞いても、私には関係の無い事。 だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥ ‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの 少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

王家も我が家を馬鹿にしてますわよね

章槻雅希
ファンタジー
 よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。 『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...