328 / 1,505
第28章 ニューカマー
出会い
しおりを挟む
次々と流れていく巨大なトレーラーの群れ。それを縫うようにして誠は公用車を運転する。
まだ10時を過ぎたところと言う微妙な時間帯。営業車が一斉に出かけるのか工場の正門にはそれなりの車の列ができていた。誠はとりあえずそのまま産業道路と呼ばれる工業地帯に向かう営業車とは反対側にハンドルを切り、豊川の駅に車を走らせた。
豊川市は同盟成立以降の好景気の影響による再開発が始まったばかりで工事中の看板が目立つ。誠はいつものカウラの運転を思い出し、裏路地を通って駅へと向かう。
気分は悪くは無かった。とりあえず待機ばかりの部隊にいるよりは外で車を走らせているほうが仕事をしているような気分になるのが心地よかった。南口は大きな百貨店が軒を並べる北口とは違って駐車場や工事中の看板が目立つ再開発が進行中の地区である。今日もクレーンを搬送するトレーラーに十分近く行く手をふさがれて、どうにか南口ロータリーに車を止めて周りを見回した。
誠はすぐに二人の女性士官の姿を見つけることができた。相手も誠の司法局の制服が目に付いたらしくゆっくりと誠に向かって歩いてくる。
「貴官が遼州同盟司法局実働部隊第二小隊所属、神前誠曹長だな」
胡州海軍の桜をかたどった星が輝く少佐の階級章が光る。誠の嵯峨かえでの印象は日本の戦国時代のじゃじゃ馬姫と言う感じだった。姉の西園寺かなめとは一つ違い、従姉妹の法術特捜主席捜査官の嵯峨茜と同い年になるわけだが、誠から見てもかばうことができないほど粗暴な姉のかなめよりも、むしろ冷静沈着な従姉妹の茜に似た雰囲気が感じられた。長く黒い髪を頭の後ろにまとめ、顔の両脇から長い髪をたらしている姿は姫君のような気品と若武者のような意思の強さを感じさせた。
「かえで様、彼があの神前曹長なんですか?」
青いショートボブの髪型の気の強そうな大尉が誠を値踏みするように頭の先からつま先まで眺める。
「何と言いますか……この男が西園寺の姫様の思い人とは思えないんですが……」
「思い人?」
誠は自分の顔が赤くなるのを感じた。西園寺の姫様と聞けば誠に思い浮かぶのはかなめである。たしかに嫌われてはいないようだとは思っていたが、あくまで部下と上司の関係で『思い人』と呼ばれるような関係じゃないと思っていた。しかし目の前にいるのはかなめの妹で嵯峨家の当主とその家臣である。万が一だがかなめがそれらしいことを彼女達にほのめかしていたとしてもおかしくは無い。
「あ、あのー嵯峨少佐……」
自分でもわかるほど見事にひっくり返った声が出る。
「どうした?義父上のことだ、あまり階級とかで呼ぶなと言っているだろう。かえででいい。あれが迎えの車か?」
さすがに胡州四大公の当主である、誠を威圧するように一瞥すると誠が乗ってきたライトバンに向かって歩いていく。
「あのー……かえでさん?」
誠の声にかえでは怪訝そうな表情で振り向く。自分で名前で呼ぶように言った割には明らかに不機嫌そうに眉をひそめている。その目で見られると誠はそのままライトバンに向けて全力疾走する。そして二人が荷物を詰めるように後部のハッチを開く。
「うん、なかなか気がつくな」
そう言うとかえではそのまま手にした荷物を荷台に押し込む。
「荷物少ないんですね」
誠は他に言うことも無くきびきびと働く二人に声をかけた。
「マンションに生活用品はすべて送ってくれる手はずになっている。とり急ぎ必要なものを持ってきただけだ」
ハッチを閉めながらかえでが不審そうな瞳を誠に向ける。
「それじゃあ……」
誠が思わず後部座席のドアを開けようとするが、かえでの手がそれを止めた。
「別にリムジンに乗ろうと言うんじゃないんだ。神前曹長は運転をしてくれればいい」
そう言って初めてかえでの顔に笑みが浮かんだ。誠はそのまま運転席に駆け込む。その間、妙に体がぎこちなく動くのを感じて思わず苦笑いを浮かべた。
「それじゃあやってくれ」
運転席でシートベルトを締める誠にかえでが声をかけた。誠の真後ろに座っている渡辺要大尉はじっと誠をにらみつけている。
『なんだか怖いよ』
冷や汗が誠の額を伝う。
駅のロータリーを抜け、そのまま商店街裏のわき道に入る。ちらちらと誠はバックミラーを見てみるが、そこでは黙って誠を見つめるかえでの姿が映し出されていた。まるで会話が始まるような雰囲気ではない。しかもかえでも連れの大尉も話をするようなそぶりも見せない。
沈黙に押し切られるように誠はそのまま住宅街の抜け道に車を走らせた。
商業高校の脇を抜けても、産業道路に割り込む道で5分も待たされても、菱川重工豊川の工場の入り口で警備員に止められても、かえで達は一言もしゃべらずに誠を見つめていた。
「あの、僕は何か失礼なことをしましたか?」
大型トレーラーが戦闘機の翼を搬出する作業を始めて車が止められたとき、誠は恐る恐る振り向いてそうたずねた。
「なぜそう思う?」
逆にそう言うかえでに、誠はただ照れ笑いを浮かべながら正面を向くしかなかった。とりあえず怒っているわけではない、それが確認できただけでも儲けものだと自分を慰めながら司法局実働部隊のゲートに差し掛かる。
「おう、ご苦労さん」
金髪の彫りの深い警備部の兵士に声をかけられて誠は助かったとばかりに視線を上げる。誠の表情が明らかに疲れているのを見て警備兵は後部座席を覗き込むが、そこに少佐の階級章の士官が乗っているのを見てなんとなく納得したような顔をしてゲートを開いた。そしてロータリーを抜け、正面玄関に誠は車を止めた。
「すまないが案内をしてもらえないだろうか?」
車から降りるとかえではそう言いながら自分で荷物を下ろし始めた。
「僕はこの車を……」
「わかっている。僕はここで待っているから」
そう言うとかえで達は正面玄関に降り立った。誠はそのまま車を公用車の車庫に乗り付ける。そこではグレゴリウス16世と戯れているシャムが居た。
「まだやってるんですか?」
そう言いながら誠は公用車のキーを箱に戻す。シャムはつかつかと誠のところまで来ると興味深そうに誠を見つめてくる。
「誠ちゃん……なんか疲れてるね」
しみじみとそう言うシャムに誠は苦笑いを浮かべながらかえで達の下へと走り出した。
まだ10時を過ぎたところと言う微妙な時間帯。営業車が一斉に出かけるのか工場の正門にはそれなりの車の列ができていた。誠はとりあえずそのまま産業道路と呼ばれる工業地帯に向かう営業車とは反対側にハンドルを切り、豊川の駅に車を走らせた。
豊川市は同盟成立以降の好景気の影響による再開発が始まったばかりで工事中の看板が目立つ。誠はいつものカウラの運転を思い出し、裏路地を通って駅へと向かう。
気分は悪くは無かった。とりあえず待機ばかりの部隊にいるよりは外で車を走らせているほうが仕事をしているような気分になるのが心地よかった。南口は大きな百貨店が軒を並べる北口とは違って駐車場や工事中の看板が目立つ再開発が進行中の地区である。今日もクレーンを搬送するトレーラーに十分近く行く手をふさがれて、どうにか南口ロータリーに車を止めて周りを見回した。
誠はすぐに二人の女性士官の姿を見つけることができた。相手も誠の司法局の制服が目に付いたらしくゆっくりと誠に向かって歩いてくる。
「貴官が遼州同盟司法局実働部隊第二小隊所属、神前誠曹長だな」
胡州海軍の桜をかたどった星が輝く少佐の階級章が光る。誠の嵯峨かえでの印象は日本の戦国時代のじゃじゃ馬姫と言う感じだった。姉の西園寺かなめとは一つ違い、従姉妹の法術特捜主席捜査官の嵯峨茜と同い年になるわけだが、誠から見てもかばうことができないほど粗暴な姉のかなめよりも、むしろ冷静沈着な従姉妹の茜に似た雰囲気が感じられた。長く黒い髪を頭の後ろにまとめ、顔の両脇から長い髪をたらしている姿は姫君のような気品と若武者のような意思の強さを感じさせた。
「かえで様、彼があの神前曹長なんですか?」
青いショートボブの髪型の気の強そうな大尉が誠を値踏みするように頭の先からつま先まで眺める。
「何と言いますか……この男が西園寺の姫様の思い人とは思えないんですが……」
「思い人?」
誠は自分の顔が赤くなるのを感じた。西園寺の姫様と聞けば誠に思い浮かぶのはかなめである。たしかに嫌われてはいないようだとは思っていたが、あくまで部下と上司の関係で『思い人』と呼ばれるような関係じゃないと思っていた。しかし目の前にいるのはかなめの妹で嵯峨家の当主とその家臣である。万が一だがかなめがそれらしいことを彼女達にほのめかしていたとしてもおかしくは無い。
「あ、あのー嵯峨少佐……」
自分でもわかるほど見事にひっくり返った声が出る。
「どうした?義父上のことだ、あまり階級とかで呼ぶなと言っているだろう。かえででいい。あれが迎えの車か?」
さすがに胡州四大公の当主である、誠を威圧するように一瞥すると誠が乗ってきたライトバンに向かって歩いていく。
「あのー……かえでさん?」
誠の声にかえでは怪訝そうな表情で振り向く。自分で名前で呼ぶように言った割には明らかに不機嫌そうに眉をひそめている。その目で見られると誠はそのままライトバンに向けて全力疾走する。そして二人が荷物を詰めるように後部のハッチを開く。
「うん、なかなか気がつくな」
そう言うとかえではそのまま手にした荷物を荷台に押し込む。
「荷物少ないんですね」
誠は他に言うことも無くきびきびと働く二人に声をかけた。
「マンションに生活用品はすべて送ってくれる手はずになっている。とり急ぎ必要なものを持ってきただけだ」
ハッチを閉めながらかえでが不審そうな瞳を誠に向ける。
「それじゃあ……」
誠が思わず後部座席のドアを開けようとするが、かえでの手がそれを止めた。
「別にリムジンに乗ろうと言うんじゃないんだ。神前曹長は運転をしてくれればいい」
そう言って初めてかえでの顔に笑みが浮かんだ。誠はそのまま運転席に駆け込む。その間、妙に体がぎこちなく動くのを感じて思わず苦笑いを浮かべた。
「それじゃあやってくれ」
運転席でシートベルトを締める誠にかえでが声をかけた。誠の真後ろに座っている渡辺要大尉はじっと誠をにらみつけている。
『なんだか怖いよ』
冷や汗が誠の額を伝う。
駅のロータリーを抜け、そのまま商店街裏のわき道に入る。ちらちらと誠はバックミラーを見てみるが、そこでは黙って誠を見つめるかえでの姿が映し出されていた。まるで会話が始まるような雰囲気ではない。しかもかえでも連れの大尉も話をするようなそぶりも見せない。
沈黙に押し切られるように誠はそのまま住宅街の抜け道に車を走らせた。
商業高校の脇を抜けても、産業道路に割り込む道で5分も待たされても、菱川重工豊川の工場の入り口で警備員に止められても、かえで達は一言もしゃべらずに誠を見つめていた。
「あの、僕は何か失礼なことをしましたか?」
大型トレーラーが戦闘機の翼を搬出する作業を始めて車が止められたとき、誠は恐る恐る振り向いてそうたずねた。
「なぜそう思う?」
逆にそう言うかえでに、誠はただ照れ笑いを浮かべながら正面を向くしかなかった。とりあえず怒っているわけではない、それが確認できただけでも儲けものだと自分を慰めながら司法局実働部隊のゲートに差し掛かる。
「おう、ご苦労さん」
金髪の彫りの深い警備部の兵士に声をかけられて誠は助かったとばかりに視線を上げる。誠の表情が明らかに疲れているのを見て警備兵は後部座席を覗き込むが、そこに少佐の階級章の士官が乗っているのを見てなんとなく納得したような顔をしてゲートを開いた。そしてロータリーを抜け、正面玄関に誠は車を止めた。
「すまないが案内をしてもらえないだろうか?」
車から降りるとかえではそう言いながら自分で荷物を下ろし始めた。
「僕はこの車を……」
「わかっている。僕はここで待っているから」
そう言うとかえで達は正面玄関に降り立った。誠はそのまま車を公用車の車庫に乗り付ける。そこではグレゴリウス16世と戯れているシャムが居た。
「まだやってるんですか?」
そう言いながら誠は公用車のキーを箱に戻す。シャムはつかつかと誠のところまで来ると興味深そうに誠を見つめてくる。
「誠ちゃん……なんか疲れてるね」
しみじみとそう言うシャムに誠は苦笑いを浮かべながらかえで達の下へと走り出した。
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
あなたがそう望んだから
まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」
思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。
確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。
喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。
○○○○○○○○○○
誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。
閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*)
何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
仰っている意味が分かりません
水姫
ファンタジー
お兄様が何故か王位を継ぐ気満々なのですけれど、何を仰っているのでしょうか?
常識知らずの迷惑な兄と次代の王のやり取りです。
※過去に投稿したものを手直し後再度投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる