レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
319 / 1,505
第24章 出発

出発

しおりを挟む
「義父上、本当にそんな格好で良いんですか?」 

 嵯峨かえでは紺の小倉絣の着流し姿にトランク一つと言う義父嵯峨惟基に声をかけた。超空間飛行を行うシャトルが出入りする摂都四条畷宇宙港に一人、そんな姿の嵯峨は周りとは明らかに浮いていた。胡州にしては垢抜けた服装のビジネスマンや観光客が行きかうフロアーで明らかに目立つその姿にかえでは少しばかり呆れていた。

 このような格好が珍しくない胡州国内ならいざ知らず、嵯峨の行き先は圧倒的な経済力を遼州系に見せ付けている東和である。そこに胡州四大公家の家督を姪のかえでに譲り、先例で旧世代コロニーである泉州を領邦とする身分に落ち着いた胡州貴族の当主とは思えない身軽な格好。現嵯峨家当主であるかえではため息をつく。

「別にお前さんの周りをうろちょろするわけじゃねえんだから気にするなよ」 

 そう言って笑う義父の表情が明らかに自分を小馬鹿にしているように見えてまた一つ大きくため息をつく。そして周りを見渡すかえではすぐに顔を隠すように手で顔を覆う。しかし、海軍の佐官の制服。隣に立つ従卒のように付き従う渡辺要大尉。そして先日の殿上会で胡州三位の家柄の嵯峨家の家督を継いだことを報道されたかえでの面立ちのくっきりした顔は注目を集めるには十分すぎる格好だった。

 周りの好奇の目が三人を襲う。

「お前さんも少しは四大公爵の威厳ってものを学ばないとな」 

「義父上と言う反面教師がいるからその点は大丈夫ですよ」 

 そう言ってかえでは苦々しげに笑う。青年将校のように凛々しくも見える面立ちを見ながら嵯峨は義娘が成長したと感じていた。

 嵯峨の目に涙が光った。

 自分では柄ではないと思っている。人斬り、策士、卑怯者。様々なあだ名で呼ばれ敵にも味方にも恐れられた自分の弱さ。それが家族であることを嵯峨は理解していた。

 母は彼の将来を案じて壊れた。祖母はテロに斃れた。父は自分を呪って追い落とし、握った権力に溺れて国を失った。妻は政治抗争の中で殺された。弟は自らの手で斬り捨てた。

 そんな嵯峨が目の前の独り立ちして自分の背負っていた嵯峨家と言う大きな地位を支える立場になったことについ涙が流れる。

「義父上?そんなに僕のことが不安ですか?」 

 かえでが尋ねてくる。嵯峨にも親の体面と言うものがあった。流れようとする涙をぬぐうと嵯峨は再びいつもの飄々とした態度に戻った。

「それよりどうだい。うちへの転属の件」 

「何度も同じこと言うんですね。来週には実際に東和海軍視察と言うことで東都に出張が決まりましたよ。それでそのまま司法局実働部隊への転属と言う形になる予定です」 

 呆れたようにかえでは腰に手をやり笑顔を浮かべる。

「ああ、なんとかこれで遼州同盟司法局もスタッフがそろうことになるからな。いろいろと大変になるがまあがんばってくれよ」 

「了解しました!特務大佐殿!」 

 そう言うとかえでと渡辺が敬礼する。嵯峨はそれに敬礼で返すとそのまま人ごみの中に消えて行った。

「かえで様、本当によろしいのですか?」 

 不安げに渡辺がかえでの右手を握り締める。

「義父上も子供じゃない。それにこの港の警備システムは先日の狙撃犯の供述でかなり信用できるようになったはずだ」 

 そう言うとかえでは振り向かずに空港のロビーを出口へと向かう。

「楽しみだな、東和。姉上はご健勝であらせられるだろうか……」 

 かえではそのままガラスで覆われた天井を眺める。そこには胡州らしい赤い雲が漂う空があった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

もう、終わった話ですし

志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。 その知らせを聞いても、私には関係の無い事。 だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥ ‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの 少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

王家も我が家を馬鹿にしてますわよね

章槻雅希
ファンタジー
 よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。 『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...